みーたんは腐男子一年生





突然だが、俺には誰にも言えない秘密がある。間違ってもメンバーやマネージャー、他のスタッフには絶対にバレてはいけない秘密だ。





「あ!更新されてる……やーべー。この人の話、好きなんだよな……投げ銭投げられるなら、投げたいくらいだよ…」
愛しいペット達に囲まれる部屋で、俺はPC画面に視線を釘付けにしていた。
なにかって?それは、某小説イラスト投稿サイト。俺のお気に入りの作家さんが、ここによく投稿しているので更新の通知がくる度にチェックしては、他の作家さんの新作も一通り巡回するようにしている。


そう。何を隠そう、俺こと〝柩“は腐男子なのである。しかも、ハマったキッカケは今開いている投稿サイトをネットサーフィン中にたまたま見つけて某有名少年漫画の2次創作についハマり込んでしまった。最初に読んだ作品がそりゃもう、男キャラ同士で描かれている愛しさと切なさと…が盛りだくさんに溢れている内容で俺は読み終えた瞬間に感動の涙を流していた。まるで、初武道館ライブの時のように。
そうして、しばらくの間はアニメや漫画の作品を読み漁っていたのだが、好奇心で自分たちを題材にしている作品はあるのかと検索をかけてみた。

そしたら、あったんだ。数は少ないけど、確かにあった。作家さんの後書きで、一時期はかなり多かったらしいけど今はすっかり数が減ってSSSレアくらいのケースらしい。
…それを見て、何故か俺は活動を頑張らないといけない使命感に駆られた。
そして、俺は数少ない作品のうちでも所謂〝新咲“と言うものにハマった。
うちの下手組だな。〝瑠黄“やら〝瑠咲“〝新瑠“〝咲柩“…何パターンかあるカップリングの中で俺がハマったのは新弥と咲人の話。

因みに、この前楽屋でスマホで読んでいたものは学園パラレル。よくありがちな設定だが、真面目な咲人と少し不良な新弥がたまたま知り合って交流を重ねていくうちにお互い惹かれ合って…と言うもの。体育祭や文化祭、夏祭りなんかのお馴染みイベントも盛り込まれていて結構な長編だった。
卒業で、別々の進路を選ぶことになり別れを選択した咲人の感情とリンクして俺はスマホの画面を見ながら泣いていたと思う。
数年後、新弥と再会をして2人はお互いの想いをぶつけ合い…ようやく身体も重ねるのだった。
「…良かったなぁ!新弥!咲人ー!」と、スマホに話しかけつつ百面相をしている俺を眺めている同じ空間にいたゾジーの視線はまるで珍獣でも見ているようなものだった。
まあ、確かにスマホを眺めてにやけたり泣いたりしている俺は側から見ても変だとは思う。
誤解を防止する為に、俺はノート型パソコンを新しく購入する事にした。楽屋でも、PCを開いてモニターに向かっていれば何かしら作業をしていると思ってくれるだろう。
〝萌え“は、作曲作業のエネルギーにもなる。
そうだ。俺の仕事にも、関わってくる大事な要素なんだ。
だから、頼む。そんな目で見ないで…ゾジーさんや…


数少ない作品を読み込んでいくうちに、俺は気が付いた。
「あれ。コレ、俺が書いてもいいんじゃない?」と。
同じバンドのメンバーという事もあって、プライベートでも多少の付き合いはあるし、楽屋でもステージでも常に2人の動向は見守る事は出来る。
しかし、俺は上手で2人は下手。上手から、演奏中に下手2人の様子を眺める…というのは割と難しい…
いっそ、俺が最前に行って2人の様子を眺めたいくらいだ。

そんなある日のライブで、俺は自分の演奏にも気を配りつつちらほらと新弥と咲人の様子を伺っていた。
そして、それは起こった。

ーーな、内緒話してやがる…!距離が近い!距離が近い!しかも、なんか嬉しそうだぞ?!オイ!!ーー

普通に考えれば、ステージの上。しかもライブ中となれば、曲の進行だったりフレーズについてだったりそんなもんだと思うが、いかんせん俺は腐男子。
勝手に脳内変換される。

『新弥…ライブ終わったら…俺の部屋来て?』

『…マジで?!俺、頑張るかんな?!』

…つい、にやけそうになったのを俺はヘドバンで誤魔化した。


家に帰ってから、俺は2人の絡みに刺激をされてとうとう自分でも創作活動を行うこととした。
ペンネームは、〝栗まんじゅう(仮)“由来は、瑠樺さんに似てるって言われたから。

俺は、ノートPCの前に腰を下ろし愛しいペットを膝の上に乗せた所で早速Wordを開いて取り掛かる。
書くのはもちろん、新弥と咲人の物語だ。
俺の視点からして、リアル設定が良いだろうな。
さて…頑張って打ち込んで行くとするかな。




数時間後ーー
出来上がった。渾身の俺の一作。気づいたら、膝の上にいた愛しい子は身体を丸めてスヤスヤと眠り込んでいた。
俺は、この力作をポチッと投稿ボタンを押す。
〝投稿されました“…はぁ。なんか、一仕事終えた気分だ…少し寝るとするか
作曲作業?……今は、知らん。でも、なんなんだろう。この高揚感…まるで、初めてのレコーディングを終えた時のような…!
……結局は、興奮状態が続いてまるで遠足前の小学生のような気分になってしまった俺はなかなか寝つくことが出来なかった。
変に覚醒してしまった俺は、そのまま起きて興奮の赴くままついでに作曲作業にも手を付ける事にしたのだった。
結局、徹夜だ。この年になっての徹夜は、結構響く。(いや、年齢は非公開設定だっけ)
うっすらと、目の下に隈を作り俺は今日も現場へと向かうのだった。

現場であるスタジオに着いた時、そこには珍しく新弥と咲人の姿が。なんか、楽しそうにキャッキャ話しているように(俺には)見える。

「…はよーございまーす。」

「あ、おはよー。ひつ。」「おー。はよーっす」

「…何してんの?」NSクラスタな俺には、この状況の把握はいかんせんとも大事だ。とりあえず2人が何で、そんなに盛り上がっているのかを聞きたくて咲人に尋ねた。

「新弥がさぁ。この前、ウナギ釣ったんだって!それで、写真見せて貰ってた。」

「へー!ウナギとか釣れるんだ?」

「俺も初めて釣ってびっくりした!」

そこから、しばらくの間釣りトークで花が咲いて。
俺から見ている2人の世界には、こう、なんか…キラキラした特効みたいなのが撒き散らされているように見えて。
徹夜明けの頭には「うん。尊い。」としか認識されなかった。
瑠樺さんとゾジーが来るまでの間、俺は決して2人の世界を邪魔しないように話を振られたら答える程度の壁に徹する事にしていた。

時間を確かめようと不意にスマホに手を伸ばして、画面をタップする。すると、一通のメールが届いていた。
某投稿サイトからのお知らせだ。それを開くと、〝栗まんじゅう(仮)様へ“と。

ーーふぁっ?!ーー

俺は、徹夜明けのダルダルな脳内をフル稼働させながらメールを開く。そこには、〝月見うどん“と書かれた差出人からの感想文が。

ーーえ?!待って?!月見うどんさん?!マジで??ちょっ!俺、すげー人から感想メール貰っちゃったよ!ーー

月見うどんさんは、瑠黄を描かせたら右に出るものはいないと言われている絵師さんだ。
ちなみに、俺も何回かイラストを拝ませて貰ったことがある。この人の描く瑠樺さんは、色気が溢れていて俗に言う〝スパダリ“風味が出ているんだ。そして、黄泉は可愛い。普段のアイツを想像すると、悲しくなるくらい可愛い。

そんな人から感想メールを貰った俺は、スマホを掴んだまま歓喜に打ち震えて椅子の上でまるで折り畳みのような状態でジタバタとしていた。
「…ひつ、大丈夫?」

「…疲れてんだなぁ…」と、2人からはUMAを見るような目で見られたがそんなことは気にしていられない。
俺は、この月見うどんさんとマイ⚫︎クになったのだ。そして、この日から月見うどんさんとの交流が始まった。
互いに新作を投稿すれば、感想を送り合ったりまたリクエストを頼んだり、ライブがあればその感想を送りあったりする仲に。

そんな時だ。月見うどんさんから、「今までに描いた作品をまとめて本にしようと思うんです。数ページの漫画も描き下ろしで入れようかと」と言うメールが届いた。
「ホントですか?!欲しいですー!(><)」と迷うことなく返信を送る。
「仕事柄、イベントにはなかなか参加することが出来ないんで部数限定で作ってオフ会みたいな形でお渡ししようかと思ってます。」

ーーオフ会!!ーー

「栗まんじゅう(仮)さんは、どうですか?
お仕事忙しいですよね?」

俺は、即自分のスケジュールを確認して少しすると忙しくはなるがまだ余裕はある事を確認し

「大丈夫です!時間空いてます!」と返信を送った。
そうなると、俺もいっその事本を作った方がいいのでは…?
投稿サイトに上げている作品達も、結構数が増えてきたし…記念と言う形で本にしてみても良いかもしれない。
思い立ったら即行動だ。俺は、愛しいペットを背中に背負いながらノートPCで印刷所の検索をする事にした。値段や、納期、諸々を考えつつ評判の良さそうな印刷所が見つかった為、そこに依頼をする事にする。
そう、これはまるでインディーズで初めてCDを作った時のような感動に似ていた。


そんなこんなで、オフ会当日。
あっという間だった…この日まで。作業→原稿→作業→原稿の繰り返しで、入稿ギリギリになるかと思われたがどうにか印刷屋さんに迷惑をかける事無く入稿が出来て、昨日本が届いた。俺も、イベントに参加するわけにもいかないし通販するというのも難しいから月見うどんさんと同じようにこのオフ会に参加する人にだけ手渡しという形でかなり限定的な形にはなるが、記念的なものとして本を作ったと言うわけだ。
段ボールの中に入った新刊達を初めて見た時の感動は、メジャーデビューをして初めてのアルバムを仕上げた時の感覚に似ていた。

「あーー!インクの匂いーー!ヤバイー!テンション上がるー!」
そうこうジタバタして過ごしているうちに、俺はまた睡眠時間を削る羽目になった。

オフ会…月見うどんさんからは、結構な人数が来ると聞いていたが実際はどれくらいなんだろう。ジャンルがジャンルだし、女の子が多いようなイメージが強い。ただ、俺のような腐男子もこのオフ会には参加しているようで。
待ち合わせ場所が、都内の某ライブハウス周辺。あー…ココ無くなるんだよな。寂しくなる。老朽化とかで、仕方ないことはあるが音楽をやってる人間からすれば胸につかえるものがある。俺は、軽い変装をして月見うどんさんの到着を待っていた。場所が場所だから、というものもある。

「…すいません!遅れました…栗まんじゅう(仮)さんですか?!」

「あ、いえ!全然…はじめまし、て…?月見、うど、ん…さん…??」

「……え?…あれ、…ひ…つ…」

「「…………」」

目の前にいる新刊を詰め込んでいるであろう紙袋を持っているのは、月見うどんさんであり俺が個人的によく見知っている姿である。
簡単に言えば同業者だ。

「……月見うどんさんって、美月だった、の…?」

「…栗まんじゅう(仮)さんって、柩さんやったん…?」

「「……アハハハハ……」」お互いに、顔を見合わせては笑うしかなかった。
ライブハウス周辺の待ち合わせ、と言うことでまず俺は疑いをかけなければいけなかったんだな。うん。…


「…とりあえず、いきましょか……」

「うん……」

オフ会の場所は、ここから近くの某有名チェーン店の居酒屋で。ここで、美月と遭遇してしまった俺はこのオフ会にも知り合いが潜んでいるんじゃ無いかと思い、内心ドギマギとしていた。
少し遅れて入ってきた俺たちを出迎えてくれたのは、投稿サイトで有名な絵師さん達や作家さんたちで。ほぼ、女性だった。
中には、ちらほらと同業者が紛れ込んでいた為に自然と俺たちは固まるようにして飲んだり食ったり萌えについて語ったりを繰り返し、気づけば深夜。その間に、新刊の交換や、手紙やプレゼントを色々と頂いた。某絵師さんから頂いたNSキーホルダーとアクスタは俺の宝物にしようと思う。
ありがたい事に、変装はバレなかった。いや、気づかなかったフリをしてくれたのかもしれない。
帰宅してから考えた事。……オフ会楽しい!!
同じ嗜好を持つ人間達で集まって、やんややんやと萌えの共有をするのはなんて楽しいんだろう!正直、ライブ後の打ち上げにも似ているようなメンツではあったがそれとはまた違う解放感や、心地良さに満たされていた。月見うどんさん、もとい美月から貰った新刊を魚に俺はまた酒を飲む。そして、俺の睡眠時間は削られていくのだ。(因みにこの前作って持っていった曲は採用となった。とても褒められた。嬉しい。)


…明日からまた怒涛の仕事と萌えの供給が始まる。それでもいい。俺は幸せなんだから。
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