アンビバレント
ー何か、凄く楽しそうに見えた。
いや、実際楽しかったのは俺も同じなんだけどさ。仲の良い他のバンドと、ツーマンやってツアー回って…ってほとんどなかった事だしな。
音楽について語れる相手が増えたってのも、アイツにとっちゃその一部なんだろう。
珍しく普段はセーブするのに、その日は朝までずっと飲んでピアノ弾いたりギター弾いて遊んでたらしい。
SNSからは、そんな楽しそうな様子が見てとれた。
楽しそうなアイツを見るのは、いいんだ。でも、俺を相手にするには物足りない部分っつーか…そういうのがあんだろうなって思うと…情けねぇけど、ちょっとばかり寂しくなった。
まあ、それはお互い様なのはわかるし…俺が釣りしててもアイツが着いてくる事なんてほとんどねぇし。
何もかも、全部共有するべきだとは思ってない。
アイツも俺も、それぞれの価値観があってやりたい事とか違ってたりする部分はもちろんあるし。1人の時の方がいいってこともある。
でも、根っこの部分ではちゃんと繋がっているとは思ってたい。
それは、アイツも同じだと思うんだ。
「にーや。」
「んー?」
2人で過ごす部屋。俺はベースを触ってて、アイツは本を読んでいる。何となく、背中合わせで。そういや、今日は目を合わせてねぇなぁ。喧嘩した、とかさ。そんな理由じゃねぇんだけど…でも、背中に視線を感じたからアイツの方に振り返ってみる。
ノーメイクの垂れ目と目が合った。
「どした。咲人……」
そう言うと、不意にしがみついてくる腕の感触。お?なんだ?甘えモードか?そう思って、その背中に腕を回して抱き寄せる。
「なぁんだよ。どした?甘えんぼか?」そう小さく笑って、尋ねれば。
「にーやが、構って欲しそうな空気出してたから。」
そう言って、イタズラっぽく笑うとその薄い唇を押し付けてくる。
「…咲人もだろ?」
その唇に、応えると笑ってその細い身体を思いっきり強く抱きしめた。
距離が空いたかと思えば、またすぐに埋めたくなって。
1人が良い、とか思ってみても…やっぱり隣にいてほしくて。
甘えて欲しいとか思ってみても、甘えたいのは自分の方でもあって。
でも、この感情は心地良い。相手がお前だからだとそれは思うよ。何年経っても、俺の隣はお前がいい。咲人ー。
1/1ページ