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「そういや、もうすぐ桧山が誕生日だけど[#dn=2#]ちゃんはなにか考えてる?」
「えっ」
最近教えて貰ったばかりのスレッジハンマーというカクテルを、できるだけ存在感を消して片隅でチビチビ俯いて飲んでると、突然大谷さんから流れ弾をくらった。
ハッとして顔を上げてみると、相変わらず私には馴染まないキラキラした空間と、いつにもなくニッコリと愉悦に細めたシャンパンゴールドが目に入る。
「だから誕生日だよ。もうすぐ桧山の誕生日だし、[#dn=2#]ちゃんのことだから何か考えてるでしょ?」
「……えーっと、すみません。初耳です……」
「へぇー、意外。桧山くん言ってないんだ」
「別に意外なこともないでしょ」
爽やかさと胡散臭さの間を漂う微笑みをたずさえてそう投げかけてくる大谷さん。
桧山さんの誕生日を知ってるという前提で話に混ぜられるが、生憎も初耳だ。
そもそも、私はあまり桧山さんのプライベートに明るくない。
それに意外だという声をあげる慎さんと、そうでも無いと興味なさげにバッサリ切る神楽さん。
確かに神楽さんの言う通り意外でもなんでもないかもしれない。
一般的に考えこの歳になると自分の誕生日なんか自分から言わないのが大半だろう。
「てっきり知ってるものだと思っていたから残念」
「ご期待に添えなくてすみません…………?」
明ら様に残念だという態度を取る大谷さんにとりあえず謝っておく。
全く何が悪いかわからないが。
「でも、桧山は[#dn=2#]ちゃんから祝ってもらえれば喜ぶと思うから、何か考えてやってよ」
「そうですか……?そんなことないと思うんですけど……」
明らかに面白がっている表情を隠さず大谷さんは言う。
それに私は思わず首をかしげた。
友達である彼らから祝って貰えたら当然喜ぶとは思うが、私が祝ってもそんなことないのではないだろうか。
私が祝って桧山さんが喜ぶという図が上手く想像できない。
「君たちよく2人で出かけてるなら喜ぶんじゃないの?」
「そこまで出かけてないですからね……?」
少し驚いたようにも見える神楽さんの当たってるような、当たっていないような投げかけに、そうでないとやんわり否定を返す。
出かけてるというのも、私が無趣味で仕事以外家でやることがないとをポロッと言ってしまったのが始まりだ。
そんな私を見兼ねて、何か楽しみを覚えてもらおうと考えた桧山さんの好意で色々な所に連れ行ってもらってるという、なんとも仕事とプライベートの曖昧のラインである。
それ以上の他意はないし、第一に桧山さんは私に対して最近飼い始めた猫みたいな感覚で私に接してる節があるから、とても特別な関係とは言えない。
つまり、いいところでペット的ポジションにいるだけだ。
「[#dn=1#]さんのことが嫌いなら、桧山くんもそうやって傍に置かないと思うし、[#dn=1#]さんが良いなら考えてみてください」
「……そういわれると……………」
槙さんにそう言われると、なにかしたら喜んで貰えるでないかと思ってしまう。
彼の人の良さからだろうか。
それを抜きにしても、確かに桧山さんには私を自身の会社に拾ってくれたり、美味しものを食べさせてくれたり返しきれない感謝がある。
そう考えると、やはりこの機会にそれを伝えるべきではないだろうか。
「……分かりました。プレゼントくらいは少し考えてみます。」
それに、いつもしてくれている10分の1にもなんないけど、ほんの少しでも気持ちを返せたらと思った。
とは言ったものの、男の人に何かプレゼントをしたことがあるのは父だけだった。
それも学生時代までで、近年は仕事に忙殺されていたためそもそも人になにか贈る行為が久しぶりだ。
経験値として到底足りないことが目に見える。
(こういう時に経験値が足りないのが覿面に出る…………)
昼休みのオフィスの窓側に近い自分の机で頭を思わず抱えた。
皆、昼食をとるためにオフィスから出払っていて、今の私の姿が見られていないのは幸いだろう。
(ネットで調べても色々あって訳が分からない……)
なにか参考になれば、と軽い気持ちで覗いたまとめサイトはあれもこれもと品が載っていて目がグルグル回る。
クリスマスも近いことからか、たくさんサイトがあるのはありがたいが載っている品物が多すぎる。
さすが、クリスマス特集!と銘が打たれてあるだけはある。
この中から選べる気がしないが。
残るは数少ない友達達に頼ることだが、彼女たちも俗に言うバリキャリなので、この時期は忙しいだろう。
友達の1人のSNSを除くと、普段はマメに更新してあるそれが全くも更新がないというのはそういうことだ。
そんな修羅場に呼び出してプレゼント選びの手伝いをしてくれと言った時は、話題の餌食になるか、こんな忙しい時期に連絡を取ろうとしたことを非難するかの2択だろう。
話題の餌食になるのも、非難を浴びるのもまっぴらごめんだ。
なので彼女たちに頼る選択肢が消える。
身近な男性に頼るというのは、まず気軽な関係の男性など私にはいないし、大谷さんと槙さんと神楽さんの誰かしらに頼るというのは1番最初に捨てた。
そもそも彼らとは友達でもなんでもないし、言わば知り合いに近い。
ただの知り合いならまだしも彼等は上司の友達である。
その手前なんだか頼みづらい。
(となると、自力でなんとかするしかないな……)
正直不安しかないが、こういうものは気持ちというし、品物を見たら案外これというものが見つかるかもしれない。
そうポジティブに考え直し、午後からの作業前に気分の入れ換えをしようと自販機に行くため席を立った。
「だめだ……」
全然決まらない。思わず零れたその言葉がショッピングモールの賑やかさに消えた。
桧山さんの誕生日プレゼントを選ぶべく、連日残業もそこそこにして繁華街や百貨店をウロウロ日々を送っていたが、なかなかビビッとくるものが見つからずじまいだった。
というものの、品を見れば見るほど普段から庶民から見ても高そうなものを身につけていらっしゃるのに、何をプレゼントに選ぶべきなのか分からなくなった。
(私が買えるものなんておおよそあれらの足元に、およばないのにいいのだろうか……)
年代がそう変わらないとはいえ、相手は財閥の社長、そして自分の上司である。
桧山さんならどうこう思うことは無いだろうが、私の心が少々申し訳なさに苛まれる。
いやかなりと言っていい。
(でもこういうのって気持ちというし……)
背伸びして、所謂高級品を購入してもそれは、自己満足にしかならない。
相手のこと考えながら選ぶ過程が大事なことは分かっている。分かっているけど…………
(せめて、せめてこれだ!というものがあればいいのだけど……)
自分で納得できるものがあれば、値段とかつまらないものを気にする必要がない。
かと言ってそう簡単に見つかる訳が無いのも現実である。
「あっ、これ……」
ふと目に入ったそれは、意外といいのではと私の第6勘が私に告げた。
安っぽいものだが、桧山さんの目には珍しいものとして映るのではないかと思った。
ヤケになってネタに走った感は否めないが、考えて決めたのには変わりはない。
(喜んでくれるといいな……)
少しふわふわとした夢見心地で、喜んでくれる桧山さんを思い描こうとした。
1週間ほど前と変わらず、上手くその姿は思い描くことができないけど、何となく喜んでくれるのではないかと思った。
……だからだろう。
少し考えたら分かる大事なことを見落としていた。
いつもいつも私のことを気にかけてくれていたから、すっかりとそれがいないとばかりに決めつけていたが、そうでない可能性もがあることを。
私はそれを次の日思い知ることになったのだった。
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