千本桜の視る夢
「本当は全て捨てるつもりだったの」
砕けた刀を彷彿させる布の上にある、もう元の姿が分からないくらい粉々なそれから一瞬たりとも目を離さず、ただただ呆然と座り込んだ主がポツリと零した。
カーテンのように顔を覆う髪によって表情はうかがえないが、きっと、どうしようもない絶望を滲ませていることだろう。
主の目の前のそれほどの付き合いはないが、もう6年の付き合いだ。
それくらいは否が応でもわかる。
「審神者になる時に、思い出も想いも何もかも捨てるつもりだった」
でもできなかったや。
ちょっとおどけた声色で響いたそれは、酷く酷く痛ましさを残した。
この主が何もかも捨てれていたのなら、きっと俺だって修業に出る前から何もかも割り切れていただろう、と少しばかり思う。
彼女があまり割り切りの良いほうではないのは、顕現されたときから知っている、身をもって。
少しでも大切なものを落とさないように必死になっていたのをこの目で見ている。
主は徐に鈍く光る銀に手を伸ばしかけたが、下ろし固く手のひら握りしめた。
「…………国広」
「……なんだ」
掠れた声で傍に控えさせていた俺を呼んだ。
振り向いた顔はひどく青白かった。
だが、それが彼女の美しさの本質を引き出している気がして、こんな時に不謹慎なと心中で苦笑が零れる。
「くにひろ」
「あぁ、なんだ。なんでも言ってみろ」
俺はあんたの刀だからな。
迷子のような表情で華奢な震えた肩を引き寄せて抱きしめた。
そして赤子をあやす様に背中をトン、トンとしてやると、ようやく堰を切ったように涙を流した。
まるで小さな子供のように俺に縋り付き泣いてる様に、少しばかり、優越感を覚えた。
「だいじだったの、」
「……そうか」
「なによりも、だいじで、あの
それだけでよかったのに、と悲痛に嗚咽を漏らして吐き出す主を見て思う。
本当にあんたは馬鹿だ、鶴丸国永。
こんなにもあんたを想っていた主を残して逝くなんて本当に大馬鹿者だ。
俺はあんたみたいに主を傷つけないと決し抱きしめていた腕を一層強くした。
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