千本桜の視る夢
「私は結局のところ審神者としての力を求められていないんだよ」
車窓越しに舞う桜を、どこかつまらなそう見ながら呟く審神者がとても美しく、儚げに見えた。
まるでこの世を漂う人ならざるもの、と言ったところだろうか。
人間なのにどこか人間味を感じないところは、あの白い刀の影響を強く受けていると薬研は感じた。
「だからね、こうして不甲斐なく政府に世話されて餌を与えられて、そして――――――」
その先の言葉は桜吹雪にかき消されたが、ひどく、ひどく哀しそうな顔をしていた。
薬研は毎朝の日課がある。それは主である審神者の私室を訪ねることだ。
審神者は、幼少のある頃から霊力量が一定の量を保てない。
時には湯水のように溢れる霊力が、何日も日照りに曝され乾燥した土地のように枯渇する時もある。
薬研の日課は、そんな審神者の体調をチェックし彼女が無理をしないように管理することだ。
「大将、入るぜ」
はーい、と眠そうな声が襖の向こうから返ってきた。
どうやら今日は時間通りに朝から起きれているので、霊力量はなにかしら問題がある訳でないらしい。
少なかったり多かったりすると起きれなかったり、起きていても布団から出れないことがざらにある。
「おはよう、薬研。今日もごめんなさいね」
襖を開けると、布団の上で行儀よく座った審神者が眉を下げて申し訳なさそうにした。
「そこはありがとうって言葉を言うべきじゃないか?」
「……そうだね、ありがとう薬研」
申し訳なそうな顔が困ったように微笑んだ。
どっちも変わりないが、笑ってるだけマシだと薬研はそう思うことにした。
薬研は少しばかりでも医療に心得がある。
それで審神者の役に立てるなら迷惑ではなく、むしろ本望だ。
何回もそう言ってあるのだが、未だに申し訳なく思っているらしく毎度毎度謝っている。
謙虚なのはいいことだが、それも程々にしてほしい。
彼女自身はそうは思わないかもしれないが、立派な審神者なんだから少しばかりは堂々としてもらいたいものだ。
「うん、今日は良さそうだな。問題がない」
いつも通り血圧と体温、そして政府から配布される特殊な機械で霊力量値を測る。
部屋に入る前に予想した通り今日は何も問題がなさそうだった。
「ならよかった」
測定中に少し強ばらせていた表情を審神者は和らげ安堵した。
「刀が増えたから心配していたんだが、今のところは大丈夫そうだな」
先日、この本丸に3振りの刀が増えた。その3振りとも言わばレア刀と言われる刀で、霊力供給もかなりの量がいる。
それはこの審神者にとってはかなり負担がかかることだ。
審神者は目をぱちくりさせ意味を吟味した後、苦笑いを零した。
「彼らは3振りとも政府からの譲渡刀だから、私に負担がかからないんだ」
鶴丸もそうだけど、政府産の刀は半分ほどは政府から供給されてる霊力で顕現してるの。
ポツリと秘密を告白するような、静かな声で恥ずかしそうに審神者は言った。
それを聞いた薬研はハッと息を飲み、先日の話を思い出した。
ただそこに在ること求められている。
政府行きの車――――――と言っても馬車である――――――でつまらなそうにそう零した審神者が脳裏に蘇った。
「…だからと言って、大将を心配しないわけがないだろう?」
負担が少なければそれでいい。
ただそれだけだ。
少しでも、この審神者が生きやすくするようにサポートできたらそれでいい。
そして、少しでも長く生きてくれればそれでいいと薬研は思う。
だから、自分を大事にしない審神者のそれは痛ましく見えた仕方がない。
「そうだね、薬研はそういう子だったね」
眉を下げながら、しかしクスクスとまた笑い審神者は笑った。
「そら、ぼんやりしないでとっとと支度しろよ?」
「うん」
測定した数値を持参した手帳に書き込み、部屋を出るために薬研は襖に手をかけた。
このままここにいては、朝餉までに審神者の支度は間に合わないだろ。
「薬研」
すると凛とした声で審神者に呼びかけられ振り返った。
「ありがとうね」
ふわりと窓の外で風が吹き桜が舞った。
まるでそれは審神者の力が作用して言葉に呼応した形に思えるほどだった。
それが非常に美しく、そして消えしまいそうな儚さを孕んでいた。
嗚呼、この審神者を消して亡くしてはいけないのだと薬研はこの時思った。
絶対に何があっても守らねばならないと。
「大将、それさっき聞いた」
薬研は少し頬緩ませた後、くるりと返り旭日が射す廊下へ歩を出した。
薬研は願う。
審神者が、いつか素直に感情的に笑ったり泣いたりできることを。
今はあの白の刀の元でしか今は晒せていないそれを、自分や初期刀、本丸のみんなにも向けられることを。
この本丸が、審神者が明日も安寧なことを。