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千本桜の視る夢

「ねぇねぇ主さん!主さんが育った現世ってどんなとこなの?」

目をキラキラさせてそう言う乱に、「あぁ、この日が来たな」と思った。
きっと大広間に最近設置したテレビに感化されて、“現世からこの本丸に来た”私にこの質問をぶつけることにしたのだろう。
私は何事にも興味を持つことは決して悪いことだとは思っていない。
むしろ自分の見聞を広めることは、彼らが歴史修正主義者との戦いでなにか役に立つことがあるかもしれない。
しかし、その質問をぶつける相手はかなり悪かったのも事実である。

「そうね………」

さり気なく、当たらずも遠からずの返答しなければならない。
そのプレッシャー故に、たらりと背筋に汗が流れる。この愛しい私の神さまを騙すことを許してほしい。

「公園で遊んだり、学校へ通って勉強したりしたかな」

懐かしげに、できるだけどこかへ思い馳せるように呟いたつもりだが、果たしてそのように伝わったのだろうか。
演技に関しては、分かる人には分かるぞ、それ。顔に出てる。と以前、半笑いで鶴丸に指摘されているものだから心配極まりない。
そもそも、言った内容も聞いたことのあるような話をしただけだ。
私自身義務教育すら受けさせてもらっていない身だから、これ以上詳しいことを聞かれると逃げる余地がない。

「そうなんだね!いいなぁ〜〜〜」

そう羨ましげに乱は言ったが、下手に返答してボロが出ても困るので曖昧に笑って返した。
羨ましいのはこちらである。
私も現世での生活というのを1度してみたい。
きっと一生縁がないことなんだろうけど。
それよりも、今はここから退散することを考えた方がいい。
これ以上ここにいても、更なる追撃を受けてボロを出しかねない。

「いたいた、主!」
「つ、鶴丸……」

退散する理由を必死で絞り出そうとした時、廊下から鶴丸がやってきた。
正直、助かったと思い胸をなでおろした。

「少しばかり君の時間が欲しいんだが、乱と取り込み中か?」

少し申し訳なさそうに眉を下げる鶴丸。
どんな顔をしても美人は絵になるからずるいなと、気を抜いた頭の隅でそんなことを考えた。

「ううん!そんなことないよ。鶴丸さんばかり主さんを独占するのはずるいけど、僕はここらで退散とするね。」
「すまんな、乱。」
「その代わり、今度茶屋でなにか奢ってね!」

約束だよー!っとサラサラとしたストロベリーゴールドの髪を靡かせ元気に廊下を駆けて行った乱。
これで一段落ついたかと思うと、ドッと疲れた気がする。
隠し事をするというのは辛いものだ。

「たく……ちゃっかりしてるな……」
「あはは……世渡り上手だね……」

ふと、乱のそこは果たして誰に似たのだろうか?と考えた。
刀剣男士は顕現した審神者に似ると言うが、乱のそんな部分は私には毛頭ない。
乱のようであれば、今頃定例会議で疎まれることはなかったであろう。
羨んでもどうしようもないことだが羨ましい限りだ。

「さて、主」
「どうしたの話って………うん?」

横にいた鶴丸が改まって私のことを呼ぶものだから、思わず顔を向けると徐に伸ばされた手に頬を掴まれてしまった。
嫌な予感がする。

「つ、鶴丸……?」
「ははっ、ちと痛いと思うが君が悪いからな?」
えっ?と疑問を口に出す前にそれは訪れた。
「い゛っ!?!?!?!」

掴んだ頬を強い力で引っ張られ思わず声を上げる。
男の人、否、刀剣男士の力であってかなり痛く、生理的な涙が出る。
なお引っ張ってる本人は非常に愉しげないい笑顔で笑っているが。

「ひゃ、ひゃなして………!」
「俺は言ったよな?君の身の上のことは本丸のみんなで共有するべきだと。」
「で、でみょ……」
「でもじゃない!まったく………君は自身の霊力のことをわかって言ってるのか?」
「うぅ…………」

だからしばらくお仕置きだ。
さらに笑みを深めた鶴丸の目は笑っていなかった。
こういう時は、気が済むまで離してもらった試しがない。
私が何かした時、決まって仕置はこれだったのでよく覚えている。
こんな細腕からこれだけの力がどこから出てるのだろう。と常々思っていた。
こんな所で昔を感じるとはな。と思い反抗するのを諦め、大人しく仕置を受けた。




もう、無理。そう思った頃に鶴丸はようやく頬を離してくれた。
恐らく大分赤くなっているであろう頬はジンジンと痛みを律儀に訴えてくれる。
酷いもんだ。

「も、もう………」
「ははっ、恨むなら君のその考えを改め直すことだな。」

頬擦りながら、涙目でじろりと鶴丸を見るとまたもやいい笑顔を携えてそう返されてしまった。
全くもてその通りであるが腑に落ちない。
理不尽なもんだ。

「いいじゃない……審神者会議に連れて行くことの多い国広や薬研にはちゃんと言ってるんだから………」
「……あのな……君……」
「分かってる。もしも、もしも本丸が襲撃された時の話を鶴丸はしてるんでしょ?」

もしもそういうことがあれば、鶴丸を含む政府からの譲渡刀たちや事情を知っている古参2人は出陣している可能性が高い。
知ってるか知らないかでは、大きく違うというのは分かっている。
だけど、どうしても同情の目で見られたくないと言うのが本心だった。
ちょっと拗ねたように言ったのはずるいと思わなかった訳では無い。
しかし、鶴丸がこの声色に弱いことを承知の上である。
思った通り鶴丸は、 仕方がないと言ったかのようにため息をつき、私の頭を少々乱暴に撫でる。
それがとても心地がいいのは、今も昔も変わらないことだ。
鶴丸の手のひらは、魔法のように心地がよい。

「……俺は君のことが大事なだけなんだ」
「……知ってる」

少し考え倦ねたあと呟やかれたそれは、出会った頃からちゃんと伝わっていることだ。
あの頃から、何よりも私のことを考え動いてくれていることは、ちゃんと分かっている。
私がここまで育ったのは、愛情を注いでくれたのは紛れもない鶴丸だ。

「……ねぇ、抱きしめて」

感傷的に昔のことを思い出すと、小さい頃よく抱きしめてくれていた腕が恋しくなった。
昔はいつまでも抱きしめてくれると思い込んでいたものだから、徐々に減ったそれが存外好きだったことに気づいたのは随分後だった。

「……今日は珍しく甘えん坊だな。」
「たまにはダメ………?」

甘えた声で強請ると、いいや、そんなことない。とどこか困ったように笑いながら、優しく包み込んでくれた。
私を包み込む腕はとても懐かしさを覚えた。
戦装束から香る竜胆の匂いも変わってなくて、変わったのは私だけなんだなと少し寂しくなり背中に腕を回した。

「私ね、本当は鶴丸さえいてくれたらそれでいいの。」

胸を満たす切なさに、思わず零れ落ちたそれは紛れもない本心だった。
3歳の時に親から引き離された私にとっては、鶴丸が、鶴丸だけが紛れもない父で母で兄だった。
所詮刀と人。
周りから言わせれば家族ごっこと何も変わらないそれだが、私にとっては違うのだ。
それが全てだった。
だから現世での生活に憧れはするが、憧れるだけだ。
行きたいとは本当に思わない。
だって現世には鶴丸はいないから。
私の知らない人たちしかいないから。

「ねぇ、ちゃんと最期まで見守っててね―――」

私が死ぬその時までちゃんと一緒にいて欲しい。
そういう気持ちを込めてのことだった。
あぁ、この温もりをいつまでも感じていたい。次に目を開けた時、昔のように鶴丸の腕の中で眠っていて、あやしてくればいいと願いながら私はそっと目を閉じた。


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