大都会の有閑喫茶
name chenge
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【エスプレッソと有閑】
都会の喧騒を一本逸れた路地裏に、その店はある。
重厚な木製のドアを開けると、カウベルがカラランと乾いた音を鳴らした。
焙煎された豆の香ばしい匂いと、微かに流れるチェロの独奏曲。
「いらっしゃいませ」
カウンターの中でカップを磨いていたマスター、秋元康が、穏やかな笑みを浮かべて顔を上げた。
その横で、大学二年生のバイト、山内瑞葵が「あ、えっと、こちらへどうぞ!」と少し緊張した面持ちで席を案内する。
カウンター5席と二人掛けのテーブル席が2つのこじんまりした店内だが、高窓から差し込む陽の光が店内を柔らかく照らしている。
「ずっきー、だんだん笑顔が増えてきたな」
「あ、ありがとうございます!ゆいさんのおかげです」
「そんなことないよ。ずっきーが頑張ったからやで」
ゆったりとした京都弁に穏やかな雰囲気を纏う女性ー常連の横山由依がいつものように一番奥のカウンター席につく。
「ずっきー、いつものやつもらえる?」
「は、はい!エスプレッソ…ですよね?」
「お、正解や。ちゃんと覚えててくれたんやな」
瑞葵が康にオーダーを書いた用紙を渡すと、康は慣れた手つきでエスプレッソを準備する。
豆を挽く鋭い音、粉を均一にならし、精緻な手つきでホルダーを押し固める。
瑞葵は康から「コーヒー入れるのは趣味」と聞いていたが、迷いのないその所作には、単なる「趣味」で片付けるには惜しいほどの気品と技術が宿っていると感じていた。
マシンにセットしスイッチを入れると、濃厚な琥珀色の雫が静かにカップを満たしていく。
「はい、どうぞ」
エスプレッソを受け取ると由依は小さく「いただきます」と呟いて口をつけた。
「いつものよりフルーティーな気がする」
「さすが由依さん。今日はいつもと豆が違うんだ」
「美味いな、これ。まあマスターが入れたらどんな豆でも美味いんやろうけど」
「嬉しいね。そう言ってもらえると」
由依がいつものように文庫本を開くと同時に店のカウベルが乾いた音を鳴らした。
すかさず瑞葵が「いらっしゃいませ」と声を掛ける。
二人組の客をテーブル席に案内し瑞葵がオーダーを取る後ろ姿を康が穏やかに見つめていた。
―――ここは喫茶『有閑』。都会の喧騒から離れた場所で心落ち着く一杯をほんの少しの「答え」を差し出す場所。
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