星が消えないうちに
name chenge
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9月18日:深夜 由奈side
夜中に目が覚めてしまった。時刻は2時半。
明日、というか今日も移動してからの公演だし、長野から新潟はバス移動だから少しでも寝ておきたいのに、一度覚めてしまったから、なかなか寝付けない。
ベッドの中でもぞもぞと寝返りをうってなんとか寝ようと試みるけど、ダメそうだ。
一瞬スマホに手が伸びたけど、どう考えても逆効果だ。
本でも読もうかなと思ったけど、寝付けない夜に本を読んでそのまま朝を迎えたことが何度かあるので、これも逆効果だろう。
こういうときは何も考えずに深呼吸するのが良いって、前にネットで見たから実践してみる。
目を瞑って深呼吸する。何も考えないように、と思うと逆に考えてしまう。
頭の中に浮かぶのは、昨日の夜の康さん。
酔っていつもよりもトロンとした表情、ぽかぽかした体温、ほんのり香るお酒の匂い…会いたい、と思ってしまうけど、流石に淡い期待は叶わなかった。
…このまま部屋にいてもきっと眠れない。喉も乾いたから自販機に行くことにした。
流石に夜中だから、ホテルの廊下はしんと静まり返っていた。
自販機はラウンジがあるフロアにしかなかったから、エレベーターで下に降りる。
修学旅行みたいに、深夜に部屋から出ちゃいけない決まりはないけど、みんなが寝静まった時間に出歩くのはちょっと悪いことをしているような気分になって、他の人と鉢合わせないことを祈った。
ラウンジがあるフロアも、自販機の明かりとやんわりした暖色の照明が付いているだけで結構薄暗い。
ちょっと怖いかも、と思いながら自販機に行くと、すでに先客がいたらしい。
引き返そうかと思ったけど、自販機の前で飲み物を選ぶ後ろ姿に見覚えがあって、期待で胸が一杯になる。
「…康さん?」
「わ、由奈か。びっくりした」
寝る前に今日も来てくれたら、なんて淡い期待はしたけれど、本当に会えるなんて思わなくて、あまりの嬉しさに飛び上がりそうになるけど、なんとかこらえて平静を装う。
「寝れないの?」
「はい、夜中に目が覚めちゃって…康さんは酔覚ましですか?」
「ん…今日は、大丈夫、です」
照れ隠しで康さんをからかうと、バツが悪そうに視線を逸らされた。
「えへへ、冗談ですよ」
「もう、年上をからかわないでよ…」
そう言って恥ずかしそうに笑う康さんを見て、胸の奥がキュッとする。
「奢るよ。何が良い?」
「そんな、悪いですよ」
「いいから、いいから。…それに、カッコ悪いところ見せちゃったしね」
ごめんね、と言って眉を下げる康さんにキュンとする。
康さんのこんな表情を知っているのは後輩の中で私だけだろう、という優越感も少しだけある。
「そういうことなら、いただきます」
康さんが私の分と自分の飲み物を買って、一本手渡してくる。
これを受け取ったら、このまま終わってしまう気がして、なかなか受け取れない。
康さんが困った顔で私を見てる。
「…これじゃ、足りないです」
「え…?」
「…なので、もう少しお話しませんか」
私のわがままに康さんがゆっくりと頷いた。
ラウンジのソファに横並びで座る。肩が触れそうで触れない距離感がもどかしい。
「初めてですね、康さんとこうやってしっかりお話するの」
「…そうだね」
康さんは落ち着かない様子で、さっきからペットボトルを手の中でくるくる回している。
「もしかして、緊張してますか?」
「…はい」
図星だったみたいで、小さい声とともに、康さんの髪から覗く耳が赤くなっていた。
それが面白くて、わざと康さんとの距離を詰めるとわかりやすく康さんの体がこわばる。
「すみません、嫌、でしたか」
「違っ…!全然、嫌とかじゃなくて、その…私、人見知りなんだ、後輩限定で…だから、緊張しちゃって…」
「良かった…ていうか、珍しいですね。後輩に人見知りするって」
「そう、だよね」
「もしかして、普段後輩メンバーとあんまり絡まないのって…」
「緊張、しちゃうからです…」
思わぬ告白に思わず可愛い…と漏れてしまった。
康さんが人見知りだったって事を後輩メンバーに伝えた方が、もっとみんな康さんと話せるようになると思ったけど、やっぱり康さんのこの一面を知ってるのは私だけが良いと思ってしまう。それにしても…
「昨日一緒に寝たのに、緊張するなんて今更じゃないですか?」
「…そう、だね?」
私は結構軽い気持ちで言ったのに、康さんの表情はなぜか深刻だ。
「あの、さ…私、昨日の夜のことが記憶なくて…」
「ああ、朝言ってましたよね、全然覚えてないって」
「その、なんか変なこと、してないかなって…」
「変なこと?」
「あの…、一線を、超えてしまった、とか…」
本当に恐る恐る、といった表情で康さんが言うから思わず笑ってしまった。
「…ふふ、してないですよ。
康さん、私の部屋に入った途端寝ちゃうから、ベッドまで運ぶの大変だったんですよ?」
私が笑ったのをみて、安心したのか康さんの体から一気に力が抜けた。
「焦った~…起きたときから気が気じゃなくて、でも、聞くに聞けないし…いや本当に申し訳ない…」
「あはは、本当に心配してたんですね」
「そりゃするよ…大事な後輩だから」
眉を下げながらも優しい笑顔を向ける康さんにドキっとした。
緊張が解けたのか、康さんの話し方が普段17期さんや18期と話すときの硬い感じから、先輩たちと話してるときの雰囲気に近くなる。
それが嬉しくてもっと話したくなってしまう。
康さんのする話が可笑しくて私が笑うと、康さんも笑ってくれるからそれも嬉しい。
でも、連日の疲労と深夜という時間も相まって、段々と瞼が下がってくる。
このまま話したい気持ちと眠気がせめぎ合う。
康さんの優しい声が心地いい。触れ合った肌から伝わる温もりが、私を深い眠りへと誘った。