短編
name chenge
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車の振動音とイヤホンから流れる曲で少しずつ目が覚めてくる。
移動中の車内でずっと寝ていた事を思い出しながら、脳は半分夢の中らしい。
なんとなく懐かしい気がする、と覚めている半分の脳で思う。
まだ到着まで時間がかかりそうだし、あわよくばこのままもう一眠りしたいと思いながら夢に意識を向けた。
【未来へのスクロール】
車が完全に停車して目的地についたんだとわかると、自然に目が覚めた。
なんだか不思議な夢をみた。誰かと一緒にいる夢。
懐かしいんだけど、知らない人…なのかな。
なんか通っていた高校の教室に似ている。
高校生の頃の思い出?眼の前にいる人は、友達…?
でも、顔がわからない。なのに実際に経験したような気もする。
もしかしたらなにか忘れてるんじゃないかと思うけど、何も思い出せない。
モヤモヤした気持ちを抱えたまま私は帰路についた。
車の中でみた夢の違和感が消えなくて、結局ずっと考えていた。
なにか忘れてるのかな…そう思って高校のアルバムを引っ張りだした。
順番に遡っていけばなにか思い出すかもしれない。
久しぶりに開いたアルバムは、まだ卒業してから2年ちょっとしか経っていないのに随分昔のように感じる。
アルバムにはたくさんにの思い出が詰まっていた。
コロナの影響で思うように行事ができなかった代わりに、クラスメイトとの何気ない日常が写っている。
マスクをしていても、一人ひとりの名前を思い出せる。
「あれ、誰だっけ…?」
卒業アルバムに映る私と、その隣で微笑むクラスメイト。
同じクラスだったはずなのに、名前が思い出せない。
おかしいな、そんなに人数の多い学校じゃないからクラスの子くらい覚えると思ったのに。
わからないままなのも嫌だから、個人写真のページでその人を探す。
同じクラスの人、、、秋元、康ちゃん…?
名前を見ても何も思い出せなかった。
まるで私の記憶の中にはじめから存在していなかったかのようだ。
でもアルバムの中の私は秋元さんと仲よさげに笑い合っていたり、肩を組んだりしている。
友達だった…?
でも他の友達のことはよく覚えているのに、一人だけ忘れることなんてあるのかな。
私が写っている写真には、だいたい秋元さんの姿もあって、それが、私と秋元さんが常に一緒にいるくらい仲が良い友達だった、という証拠のように見えた。
でもやっぱり何も覚えていない。
アルバムの中の私に問いかけても、何も答えは出なかった。
昔のスマホなら何かわかるかもしれない!そう思って手当たり次第引き出しを開ける。
見つけた。AKBに入る直前に買い替えたやつだ。
充電したらまだ使えたかな?
そう思ってしばらく充電してみた。
AKBに入るから、あんまり昔の写真を残しておくと何か合ったときに怖いなと思って、新しいスマホ写真を引き継がなかったんだよなぁ。
今の私が覚えていない、過去の私の友達だった人。なんでなにも覚えてないんだろう…。
スマホの充電が溜まったみたいで、画面がついた。
ロック画面を開くと、最寄りのバス停で撮った桜の木が壁紙になっていて、それさえももう懐かしい。
写真フォルダを開くと、大学の友達との写真がたくさん入っていた。
今でも学校で会うのに、なぜか懐かしい気持ちになる。
いろんな写真フォルダの中に、一つだけ鍵付きのフォルダを見つけた。
何だっけ、これ。
最終更新の日付は高校時代の日付だ。
ってことは高校生の頃の写真?なんでロックかかってるんだろう?
不思議に思って、パスコードを入れてみるけど、どれも違うみたい。
ヒントには「記念日」って書いてある。
なんの記念日?高校生なんて結構小さいことでも〇〇記念日って言ってたから検討もつかない。
うんうん唸って考えてみたけどなんにもわからない。
まあいいや。いったん今の自分の思う記念日を入れてみよう。
誕生日、高校生の頃好きだったバンドの結成日、両親の結婚記念日…うーん、どれも違う。
あと記念日といえば19期研究生としてのお披露目日。
私の人生が180度変わった日。
まさか、あんなに大きな会場で、あんなにたくさんのファンの方の前に立つなんて思いもしなかったけど、大切で特別な一日。
でも、高校生の頃の自分には関係ないし…
「え、開いた…」
なんでかわかんないけど合っていたみたいで、フォルダが開いた。
フォルダの中にはたくさんの写真が入っていた。
でも全部同じ人…秋元さんとのツーショットだ。なんで…?
秋元さんとの写真はいっぱいあった。
一緒に映画を見に行った写真やテーマパークに行った写真、友達にしてはだいぶ距離が近いような写真もある。
これは友達ってよりも…
「恋人みたい…」
写真に映る私達はいつも幸せそうに笑っていた。
秋元さんが私を見る瞳も、私が秋元さんを見る瞳もとても愛おしそうで、仲の良い友人というよりも、もっと特別な存在のように感じる。
特別な存在…?
「もしかして、夢に出てきた誰かってこの人なのかな…」
でも、だとしたら、どうして私は秋元さんを覚えていないんだろう。
気になってお母さんに聞いてみたら、予想もしなかった答えが返ってきた。
「ねえ、お母さん、私の高校の同級生の秋元康さんって知ってる?」
私の言葉に、お母さんが目を見開いて驚いている。
「百花、どうして、その名前…!!」
「え、なになに?!」
母に聞かされた、私の知らない私の過去。
どうやら私は大学に進学する直前に、事故にあってしまったらしい。
そしてそのショックで、記憶の一部を失ってしまった。
そしてその一部というのが、秋元さんに関わる記憶らしい。
「ねえ、秋元さんと私って仲がよかったの?」
「ええ、とっても。クラスは3年間同じだったし、何度もお泊りしたり、お泊りに行ったりしてたわ」
「そうなんだ…
じゃ、じゃあ私の記憶がないことを、秋元さんは知ってるの?」
「…知ってるわ。康ちゃんが事故の後初めて病室に来たときに、百花が記憶を失っていることがわかったんだもの」
「そっか…」
その日の夜、私はベットで横になりながら考えていた。
もしも立場が逆だったとして、私は、自分の大事な人から自分の記憶が無くなっていることを受け入れられるだろうか…
その孤独に耐えきれるだろうか…
…多分無理だ。想像しただけで胸が張り裂けそうになる。
私は、そんな残酷な事実を、秋元さんに突きつけてしまったんだ…
忘れてしまった記憶を知ってから数日がたった。
秋元さんについて結局自分では何も思い出せず、母から聞いたことしかわからない。
秋元さんに会ってみたいという気持ちが日に日に強くなるけど、秋元さんにつながる手がかりは何も残っていなかった。
LINEにもSNSにも、秋元さんの痕跡は見つからなかった。
「ああ、康?知ってるよ。確か隣町のA大に通ってるはず」
灯台下暗しとはまさにこのこと。
同じゼミに同じ高校の子がいて、ダメ元で聞いてみたら秋元さんを知っていた。
その子から、通っている大学とバイトしているというカフェを教えてもらった。
写真の中にしか存在しなかった秋元さんが、急に現実に現れた感じだ。
大学の後、お仕事までは少し時間があるから、バイト先のカフェの近くまで行ってみた。
まさか会えるなんて思ってないけど、何もせずに過ごすよりは良いと思ったから。
それからというもの、仕事の合間や休みの日に大学やバイト先の周りで秋元さんを探す日々。
でも、そんなにうまい話はなくて、かれこれ1ヶ月がたった。
流石にもうこれで最後にしよう。
今日ここで会えなければ、この先、私と秋元さんの人生が交わることはない。
元はといえば、忘れてしまった私が悪いんだ。
もう何度通ったかわからない道を歩く。
次の交差点につくまでに見つけられなければもう諦めよう。
そう思いながら歩いていた。
「会えなかったな…」
現実はドラマのようにはいかなくて、結局秋元さんを見つけられないまま交差点についてしまった。
仕方ない。そう自分に言い聞かせて駅に戻るため振り向いたとき…
「わっ…!」
急に振り向いたせいで、後ろの人にぶつかってしまった。
「す、すいません!」
「こちらこそ、すいません」
懐かしい声がして、思わず顔を上げる。
「…康?」
「っ…百花?」
急に頭を殴られたような頭痛がして、思わずしゃがみ込む。
画面の中にしか存在しなかった、私の記憶から姿を消してしまった、母の話でしか知らなかった秋元康という存在が急に自分の頭の中に流れ込んでくるような感覚。
驚いたときに丸くなる目も、私の名前を呼ぶ声も、ふわっと香る柔軟剤の匂いも、他の人よりちょっぴり高い体温も、私が忘れてしまったことが、一気に脳裏を駆け巡る。
「百花?!大丈夫?」
急にしゃがみ込んでしまった私を、康が慌てて介抱してくれる。
そんな姿さえ懐かしくて、視界が滲む。
やっと思い出せた…。
私が少し話がしたいというと、康は少し悩んでから家まで案内してくれた。
康がひとり暮らししているアパートに入ると、高校生の頃に何度も行った康の部屋を思い出した。
「急にどうしたの?大学こっちじゃなかったよね?」
知らないうちにアイドルになってるしさ~と、少し茶化しながら言う康。
その姿が、記憶の中の私をからかうときの康と重なり泣きそうになる。
「あの、実は…」
康にこれまでのことを話した。そして、康を探していたことも。
康は黙ってそれを聞いていた。
あのスマホに入っていた写真の私は、とても幸せそうに笑っていた。
その事実が、私がどれだけ康に愛されていたかを示してくれる。
写真を通してしか知らなかった康が、今、眼の前にいる。
声も、表情も、雰囲気も、匂いも、すべてが私が好きだった康だ。
「ごめんね、康…私、ずっと康のことを忘れてた。でも、どうしても会いたくて…康を…ずっと探してたの」
無意識に涙がこぼれる。
眼の前に座る康も泣いていた。でも笑っている。
まるで愛おしいものを見るような眼差しで…
その眼差しに、急に心臓が高鳴った。
ああ、私、やっぱり康と付き合ってたんだ…
だって、今の私も同じくらい…
「ねえ、康。私やっぱり、康のことが好…」
私の言葉を遮るように、康の手が私の口を塞いだ。
その手は少し震えている。
「…だめだよ。私が知ってる"いともも"は、ファンを悲しませたりしない」
ああ、そうか…私はもう、普通の女の子じゃないんだ。
康はわかってるんだ。ファンを裏切れないことを。
もう私は、康の隣に立てないんだ…
伝えられない気持ちと、それをわかってくれている康の優しさに涙が止まらない。
頬を伝う涙を康の手が優しく拭ってくれる。
そして、写真の中の康と同じ眼差しで微笑みかけてくれる。
「もう二度と、百花に会えないと思ってた。
…でも会いに来てくれた。それだけで十分なんだ。
だから、これはずっと…私の片想いだよ。」
2人でひとしきり泣いた後、康が送ってくよ、と言ってくれた。
バイト代で買ったというバイクに乗せてもらい、家までの道を走る。
多分、康と会うのはこれが最後だ。
さっきアパートで二人でそう決めたわけじゃないけど、お互いにそう予感していたと思う。
だからこうして、間近で康を感じられるのもこれが最後。
名残惜しくて、今度こそずっと忘れたくなくて、康の腰に回した腕に力を込めた。
家についた。私が玄関のドアを閉めたら康との関係は過去のものになる。
決心がつかなくて、なんでも良いから時間を引き伸ばしたくて、他愛ない会話で康をつなぎとめてしまっている。
ずっとこのままが良いのに…
「百花」
康が短く私の名前を呼ぶ。
「会いに来てくれて、嬉しかった」
その言葉にまた涙が溢れそうになる。
「私も、会えて嬉しかった」
「もう忘れないでよ?」
「うん…!絶対忘れない」
「…アイドル、頑張ってね。応援してる
…じゃあね」
「うん、じゃあね」
バイバイと手を振って、康が私に背を向ける。
そしてそのまま振り返らなかった。
その背中に「さよなら」じゃなくて「ありがとう」と呟いた。
振り向かれたら、私はきっと、康から離れられなくなる。
それをわかっているから、康は振り返らなかったんだと思う。
結局、住宅街を走り抜ける康のバイクが見えなくなるまで、私はその場を離れられなかった。
玄関のドアを閉め、自分の部屋に戻って、思い出の詰まったスマホを手に取る。
このスマホがなかったら、何も思い出せなかった。
もう一度電源をつけて、康との思い出のアルバムを開く。
パスワードは私と康が付き合い始めた日だった。
そしてそれは、今の私にとっても大切な日。
アイドルじゃなかったら、康に気持ちを伝えられた。
でも、アイドルにならなかったら、思い出せないままだったかもしれない。
愛しい日々が溢れていて、立ち止まりそうになってしまったけど、振り返らずに去っていった康の姿が私の背中を押してくれた。
私ももう振り返らない。あの日々が、今の私に続いている。
私が踏み出す未来は、まだ真っさらなまま。
この先で、アイドルとして輝く姿が、記憶に残るといいな。
移動中の車内でずっと寝ていた事を思い出しながら、脳は半分夢の中らしい。
なんとなく懐かしい気がする、と覚めている半分の脳で思う。
まだ到着まで時間がかかりそうだし、あわよくばこのままもう一眠りしたいと思いながら夢に意識を向けた。
【未来へのスクロール】
車が完全に停車して目的地についたんだとわかると、自然に目が覚めた。
なんだか不思議な夢をみた。誰かと一緒にいる夢。
懐かしいんだけど、知らない人…なのかな。
なんか通っていた高校の教室に似ている。
高校生の頃の思い出?眼の前にいる人は、友達…?
でも、顔がわからない。なのに実際に経験したような気もする。
もしかしたらなにか忘れてるんじゃないかと思うけど、何も思い出せない。
モヤモヤした気持ちを抱えたまま私は帰路についた。
車の中でみた夢の違和感が消えなくて、結局ずっと考えていた。
なにか忘れてるのかな…そう思って高校のアルバムを引っ張りだした。
順番に遡っていけばなにか思い出すかもしれない。
久しぶりに開いたアルバムは、まだ卒業してから2年ちょっとしか経っていないのに随分昔のように感じる。
アルバムにはたくさんにの思い出が詰まっていた。
コロナの影響で思うように行事ができなかった代わりに、クラスメイトとの何気ない日常が写っている。
マスクをしていても、一人ひとりの名前を思い出せる。
「あれ、誰だっけ…?」
卒業アルバムに映る私と、その隣で微笑むクラスメイト。
同じクラスだったはずなのに、名前が思い出せない。
おかしいな、そんなに人数の多い学校じゃないからクラスの子くらい覚えると思ったのに。
わからないままなのも嫌だから、個人写真のページでその人を探す。
同じクラスの人、、、秋元、康ちゃん…?
名前を見ても何も思い出せなかった。
まるで私の記憶の中にはじめから存在していなかったかのようだ。
でもアルバムの中の私は秋元さんと仲よさげに笑い合っていたり、肩を組んだりしている。
友達だった…?
でも他の友達のことはよく覚えているのに、一人だけ忘れることなんてあるのかな。
私が写っている写真には、だいたい秋元さんの姿もあって、それが、私と秋元さんが常に一緒にいるくらい仲が良い友達だった、という証拠のように見えた。
でもやっぱり何も覚えていない。
アルバムの中の私に問いかけても、何も答えは出なかった。
昔のスマホなら何かわかるかもしれない!そう思って手当たり次第引き出しを開ける。
見つけた。AKBに入る直前に買い替えたやつだ。
充電したらまだ使えたかな?
そう思ってしばらく充電してみた。
AKBに入るから、あんまり昔の写真を残しておくと何か合ったときに怖いなと思って、新しいスマホ写真を引き継がなかったんだよなぁ。
今の私が覚えていない、過去の私の友達だった人。なんでなにも覚えてないんだろう…。
スマホの充電が溜まったみたいで、画面がついた。
ロック画面を開くと、最寄りのバス停で撮った桜の木が壁紙になっていて、それさえももう懐かしい。
写真フォルダを開くと、大学の友達との写真がたくさん入っていた。
今でも学校で会うのに、なぜか懐かしい気持ちになる。
いろんな写真フォルダの中に、一つだけ鍵付きのフォルダを見つけた。
何だっけ、これ。
最終更新の日付は高校時代の日付だ。
ってことは高校生の頃の写真?なんでロックかかってるんだろう?
不思議に思って、パスコードを入れてみるけど、どれも違うみたい。
ヒントには「記念日」って書いてある。
なんの記念日?高校生なんて結構小さいことでも〇〇記念日って言ってたから検討もつかない。
うんうん唸って考えてみたけどなんにもわからない。
まあいいや。いったん今の自分の思う記念日を入れてみよう。
誕生日、高校生の頃好きだったバンドの結成日、両親の結婚記念日…うーん、どれも違う。
あと記念日といえば19期研究生としてのお披露目日。
私の人生が180度変わった日。
まさか、あんなに大きな会場で、あんなにたくさんのファンの方の前に立つなんて思いもしなかったけど、大切で特別な一日。
でも、高校生の頃の自分には関係ないし…
「え、開いた…」
なんでかわかんないけど合っていたみたいで、フォルダが開いた。
フォルダの中にはたくさんの写真が入っていた。
でも全部同じ人…秋元さんとのツーショットだ。なんで…?
秋元さんとの写真はいっぱいあった。
一緒に映画を見に行った写真やテーマパークに行った写真、友達にしてはだいぶ距離が近いような写真もある。
これは友達ってよりも…
「恋人みたい…」
写真に映る私達はいつも幸せそうに笑っていた。
秋元さんが私を見る瞳も、私が秋元さんを見る瞳もとても愛おしそうで、仲の良い友人というよりも、もっと特別な存在のように感じる。
特別な存在…?
「もしかして、夢に出てきた誰かってこの人なのかな…」
でも、だとしたら、どうして私は秋元さんを覚えていないんだろう。
気になってお母さんに聞いてみたら、予想もしなかった答えが返ってきた。
「ねえ、お母さん、私の高校の同級生の秋元康さんって知ってる?」
私の言葉に、お母さんが目を見開いて驚いている。
「百花、どうして、その名前…!!」
「え、なになに?!」
母に聞かされた、私の知らない私の過去。
どうやら私は大学に進学する直前に、事故にあってしまったらしい。
そしてそのショックで、記憶の一部を失ってしまった。
そしてその一部というのが、秋元さんに関わる記憶らしい。
「ねえ、秋元さんと私って仲がよかったの?」
「ええ、とっても。クラスは3年間同じだったし、何度もお泊りしたり、お泊りに行ったりしてたわ」
「そうなんだ…
じゃ、じゃあ私の記憶がないことを、秋元さんは知ってるの?」
「…知ってるわ。康ちゃんが事故の後初めて病室に来たときに、百花が記憶を失っていることがわかったんだもの」
「そっか…」
その日の夜、私はベットで横になりながら考えていた。
もしも立場が逆だったとして、私は、自分の大事な人から自分の記憶が無くなっていることを受け入れられるだろうか…
その孤独に耐えきれるだろうか…
…多分無理だ。想像しただけで胸が張り裂けそうになる。
私は、そんな残酷な事実を、秋元さんに突きつけてしまったんだ…
忘れてしまった記憶を知ってから数日がたった。
秋元さんについて結局自分では何も思い出せず、母から聞いたことしかわからない。
秋元さんに会ってみたいという気持ちが日に日に強くなるけど、秋元さんにつながる手がかりは何も残っていなかった。
LINEにもSNSにも、秋元さんの痕跡は見つからなかった。
「ああ、康?知ってるよ。確か隣町のA大に通ってるはず」
灯台下暗しとはまさにこのこと。
同じゼミに同じ高校の子がいて、ダメ元で聞いてみたら秋元さんを知っていた。
その子から、通っている大学とバイトしているというカフェを教えてもらった。
写真の中にしか存在しなかった秋元さんが、急に現実に現れた感じだ。
大学の後、お仕事までは少し時間があるから、バイト先のカフェの近くまで行ってみた。
まさか会えるなんて思ってないけど、何もせずに過ごすよりは良いと思ったから。
それからというもの、仕事の合間や休みの日に大学やバイト先の周りで秋元さんを探す日々。
でも、そんなにうまい話はなくて、かれこれ1ヶ月がたった。
流石にもうこれで最後にしよう。
今日ここで会えなければ、この先、私と秋元さんの人生が交わることはない。
元はといえば、忘れてしまった私が悪いんだ。
もう何度通ったかわからない道を歩く。
次の交差点につくまでに見つけられなければもう諦めよう。
そう思いながら歩いていた。
「会えなかったな…」
現実はドラマのようにはいかなくて、結局秋元さんを見つけられないまま交差点についてしまった。
仕方ない。そう自分に言い聞かせて駅に戻るため振り向いたとき…
「わっ…!」
急に振り向いたせいで、後ろの人にぶつかってしまった。
「す、すいません!」
「こちらこそ、すいません」
懐かしい声がして、思わず顔を上げる。
「…康?」
「っ…百花?」
急に頭を殴られたような頭痛がして、思わずしゃがみ込む。
画面の中にしか存在しなかった、私の記憶から姿を消してしまった、母の話でしか知らなかった秋元康という存在が急に自分の頭の中に流れ込んでくるような感覚。
驚いたときに丸くなる目も、私の名前を呼ぶ声も、ふわっと香る柔軟剤の匂いも、他の人よりちょっぴり高い体温も、私が忘れてしまったことが、一気に脳裏を駆け巡る。
「百花?!大丈夫?」
急にしゃがみ込んでしまった私を、康が慌てて介抱してくれる。
そんな姿さえ懐かしくて、視界が滲む。
やっと思い出せた…。
私が少し話がしたいというと、康は少し悩んでから家まで案内してくれた。
康がひとり暮らししているアパートに入ると、高校生の頃に何度も行った康の部屋を思い出した。
「急にどうしたの?大学こっちじゃなかったよね?」
知らないうちにアイドルになってるしさ~と、少し茶化しながら言う康。
その姿が、記憶の中の私をからかうときの康と重なり泣きそうになる。
「あの、実は…」
康にこれまでのことを話した。そして、康を探していたことも。
康は黙ってそれを聞いていた。
あのスマホに入っていた写真の私は、とても幸せそうに笑っていた。
その事実が、私がどれだけ康に愛されていたかを示してくれる。
写真を通してしか知らなかった康が、今、眼の前にいる。
声も、表情も、雰囲気も、匂いも、すべてが私が好きだった康だ。
「ごめんね、康…私、ずっと康のことを忘れてた。でも、どうしても会いたくて…康を…ずっと探してたの」
無意識に涙がこぼれる。
眼の前に座る康も泣いていた。でも笑っている。
まるで愛おしいものを見るような眼差しで…
その眼差しに、急に心臓が高鳴った。
ああ、私、やっぱり康と付き合ってたんだ…
だって、今の私も同じくらい…
「ねえ、康。私やっぱり、康のことが好…」
私の言葉を遮るように、康の手が私の口を塞いだ。
その手は少し震えている。
「…だめだよ。私が知ってる"いともも"は、ファンを悲しませたりしない」
ああ、そうか…私はもう、普通の女の子じゃないんだ。
康はわかってるんだ。ファンを裏切れないことを。
もう私は、康の隣に立てないんだ…
伝えられない気持ちと、それをわかってくれている康の優しさに涙が止まらない。
頬を伝う涙を康の手が優しく拭ってくれる。
そして、写真の中の康と同じ眼差しで微笑みかけてくれる。
「もう二度と、百花に会えないと思ってた。
…でも会いに来てくれた。それだけで十分なんだ。
だから、これはずっと…私の片想いだよ。」
2人でひとしきり泣いた後、康が送ってくよ、と言ってくれた。
バイト代で買ったというバイクに乗せてもらい、家までの道を走る。
多分、康と会うのはこれが最後だ。
さっきアパートで二人でそう決めたわけじゃないけど、お互いにそう予感していたと思う。
だからこうして、間近で康を感じられるのもこれが最後。
名残惜しくて、今度こそずっと忘れたくなくて、康の腰に回した腕に力を込めた。
家についた。私が玄関のドアを閉めたら康との関係は過去のものになる。
決心がつかなくて、なんでも良いから時間を引き伸ばしたくて、他愛ない会話で康をつなぎとめてしまっている。
ずっとこのままが良いのに…
「百花」
康が短く私の名前を呼ぶ。
「会いに来てくれて、嬉しかった」
その言葉にまた涙が溢れそうになる。
「私も、会えて嬉しかった」
「もう忘れないでよ?」
「うん…!絶対忘れない」
「…アイドル、頑張ってね。応援してる
…じゃあね」
「うん、じゃあね」
バイバイと手を振って、康が私に背を向ける。
そしてそのまま振り返らなかった。
その背中に「さよなら」じゃなくて「ありがとう」と呟いた。
振り向かれたら、私はきっと、康から離れられなくなる。
それをわかっているから、康は振り返らなかったんだと思う。
結局、住宅街を走り抜ける康のバイクが見えなくなるまで、私はその場を離れられなかった。
玄関のドアを閉め、自分の部屋に戻って、思い出の詰まったスマホを手に取る。
このスマホがなかったら、何も思い出せなかった。
もう一度電源をつけて、康との思い出のアルバムを開く。
パスワードは私と康が付き合い始めた日だった。
そしてそれは、今の私にとっても大切な日。
アイドルじゃなかったら、康に気持ちを伝えられた。
でも、アイドルにならなかったら、思い出せないままだったかもしれない。
愛しい日々が溢れていて、立ち止まりそうになってしまったけど、振り返らずに去っていった康の姿が私の背中を押してくれた。
私ももう振り返らない。あの日々が、今の私に続いている。
私が踏み出す未来は、まだ真っさらなまま。
この先で、アイドルとして輝く姿が、記憶に残るといいな。