短編
name chenge
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
【アイドルの夜明け】
神様は不公平だ。レッスンに励むメンバーたちの背中を見ながら、私は密かにひとりごちた。
汗の匂いと、若い熱気が充満するこの部屋には、残酷なまでの「格差」が転がっている。
生まれ持った容姿の華やかさ、一度聴けば忘れない歌声の伸び、可憐に舞う天性のリズム感。
神様は最初から、少女たちに平等な配分なんてしていない。
マネージャーという立場からこの世界を見つめるようになって久しいが、その不公平さに心を痛めない日はなかった。
私はジャケットの袖を少し引き上げ、手帳を抱え直しながら、フロアのあちこちに視線を走らせる。
鏡の端で、必死にステップを合わせようとして足をもつれさせている子がいた。
皆が完璧に消化した振り付けが、彼女だけにどうしても入らない。
全体練習が終わり、「お疲れ様でした」の掛け声とともに次々とメンバーが去っていく中、彼女は独り残ってステップを踏み続けていた。
夜遅く、静まり返った帰り道、街灯の下で小さな肩を震わせて泣いていた背中を覚えている。
私は追いかけず、ただその背中が夜の闇に消えないよう、遠くから見守ることしかできなかった。
別のコーナーでは、制服のままで息を切らせて駆け込んできた子が、パイプ椅子に倒れ込むように座り込んでいる。
開いた鞄からは教科書とノートが覗いていた。学校とレッスンの狭間で、彼女の体力も心も限界まで削られている。
重い瞼と戦いながら振り付けの動画を見つめる彼女の横に、私は温かいお茶をそっと置いた。
葛藤に揺れる瞳が、私を見上げて申し訳なさそうに揺れていた。
また、壁際では膝に厳重なテーピングを巻いた子が、悔しそうに唇を噛み締めている。
大事なコンサートを前に負ってしまった怪我。
ステージに立てない現実を受け入れられず、陰で何度もタオルに顔を埋めて泣いていた。
痛む足よりも、夢の舞台から取り残される恐怖と戦う彼女の痛切な思いが、痛いほど私に伝わってきた。
マイクを握れば、思うように声が出ずに自信を失い、消え入るような歌声しか出せなくなってしまった子もいる。
「自分の声が好きじゃない」と俯く彼女に、私は心の中で何度も叫んでいた。
あなたの歌声には、人の心を揺さぶる特別な温もりがあるのだと。
そして、圧倒的な光を放っていた先輩たちの背中を見上げ、その距離の遠さに打ちひしがれている子。
どんなに努力しても届かないかもしれないという無力感に、彼女の瞳からは情熱の火が消えかかっていた。
神様は本当に不公平だ。彼女たちにこれほどの試練を与え、傷つけ、涙を流させるのだから。
けれど、私は知っている。
レッスン場で独り泣いていた子は、次の日には誰よりも早く鏡の前に立っていた。
両立に悩む子は、移動の隙間時間すら惜しんで振り付けを頭に叩き込んでいた。
怪我をした子はリハビリに耐え、復帰の時に最高のパフォーマンスを見せようと目を光らせていた。
歌に自信をなくした子は、喉を潰さんばかりにボイストレーニングを重ねていた。
先輩との差に悩む子は、今の自分達に出せる輝きを必死に模索していた。
傷つき、悩みながらも、彼女たちは決して足を止めない。
その泥臭くも美しい背中を追ううちに、私の胸の奥から熱い塊が込み上げてくる。
そうなんだ。神様がどれほど不公平で、スタートラインが違っていようとも関係ない。
大切なのは、――夢は絶対に逃げていかないということだ。
逃げるのはいつだって、自分自身の心なのだから。
自分のほうから諦めるな。諦めた時、体は楽になっても、心のもやもやはずっと晴れない。
明けない夜はないように、その努力が報われる日もかならず来る。
いよいよ本番のブザーが鳴り響く。
バックステージの薄暗がりの中、少女たちが円陣を組む。
その顔にはもう、迷いも涙もない。
覚悟を決めた表情と、力強く前を見据える瞳があるだけだ。
舞台の照明が点灯し、大歓声が地鳴りのように聞こえてくる。光に満ちたステージへ向かって、彼女たちが一歩を踏み出す。
その背中を、私はそっと見送る。
夢の未来は、まさにこれから始まるのだ。
どれほど遠くに見えても、諦めずに足を前に出し続ければいい。
手を伸ばしたその先に、必ず答えはある。
スポットライトを浴びて輝く彼女たちの背中を見つめながら、私は確信とともに呟いた。
「夢まであと1センチ」