短編
name chenge
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
AKBの楽屋は、いつもどこか騒がしい。
だけど今日の居心地の悪さは、間違いなく過去最高だった。
【スイート&ビター】
「康さん、康さん! 次の収録の位置、私の隣ですよ! 楽しみですね」
長椅子の隣にちょこんと腰掛け、目を輝かせながら腕を絡めてくるのは16期生の武藤小麟だ。
人懐っこい笑顔とまっすぐな視線は、まるで太陽みたいに眩しい。
「あ、うん。小麟、よろしくね。でも、そんなに引っ張ったら衣装がシワになっちゃうよ」
私が苦笑いしながら軽くあしらうと、小麟は「えー、いいじゃないですか!」とさらに距離を詰めてくる。
後輩に慕われるのは嬉しいし、小麟の素直さは本当にかわいい。
だからこそ、私もついつい甘やかしてしまうのだが――。
パタン、と少し大きめの音を立てて雑誌が閉じられた。
「小麟。康が困ってるでしょ。少しは離れなよ」
ソファの反対側に座っていた12期生の先輩、武藤十夢さん。
クールな表情のままこちらを一瞥し、脚を組み替える。
研究生の頃から私の面倒を見てくれた大好きな先輩だ。
「えー、別に康さん困ってないよ? ねー、康さん?」
「小麟、タメ口やめなって言ったでしょ。……あと、康も康。いつまでも甘やかしてんじゃないの」
十夢さんの冷ややかな声に、私は背筋をピンと伸ばす。
小麟は姉である十夢さんに対しても物おじせず「はーい」と軽く受け流しているが、私はそうはいかない。
「すみません、十夢さん……」
思わず縮こまると、十夢さんはフッと小さく鼻で笑った。
(……うぅ、相変わらずつれないなぁ)
昔からそうだ。小麟が入ってくる前、私が「十夢さん、十夢さん!」と後を追いかけていた頃から、十夢さんはいつもこうして意地悪そうに微笑むだけで、めったに優しくしてくれない。
たまに見せる気遣いに惹かれて、私はずっと十夢さんの背中を追いかけてきたのだ。
「ほら、十夢が意地悪言うから康さんがシュンとしちゃったじゃん。康さん、十夢の言うことなんて気にしなくていいですよ。私とアイス食べに行きましょ!」
「誰が意地悪よ。あんたがベタベタしすぎだって言ってんの」
十夢さんが立ち上がり、ゆっくりと私たちの方へ歩いてくる。
その威圧感に、私は思わずゴクリと唾を呑み込んだ。
普段は頼れる先輩だけど、怒らせると一番怖い。
だけど小麟は全く怯む様子もなく、私の腕をぎゅっと抱きしめ直す。
十夢さんは私の目の前まで来ると、かがみ込んで視線を合わせてきた。
整った顔立ちが至近距離に迫り、心臓が跳ね上がる。
「ねえ、康」
「は、はい!」
「あんた、最近小麟のことばっかり気にしてるよね。前はあんなに私の後ついてきてたのに」
「えっ、それは……小麟は後輩ですし、色々と教えてあげなきゃなって……」
私がしどろもどろに答えると、十夢さんはどこか楽しそうに目を細めた。
そのS気質あふれる笑みに、胸がキュッとなる。
「ふーん。後輩だからねぇ」
十夢さんが私の顎に軽く手をかけ、視線を逃がさないように固定する。
一方で、腕を抱えている小麟も負けじと私を引っ張った。
「ちょっと十夢、康さんを脅さないでよ!康さんは私に優しいんだから、十夢より私のほうが好きに決まってるでしょ!」
「は? あんたねぇ……康、小麟がこう言ってるけど?」
十夢さんの低い声が楽屋に響く。
「康。あんたが本当に好きなのは、どっちなの? 私? それとも小麟?」
「えっ……!?」
頭の中が真っ白になった。
十夢さんのからかうような、でも本気混じりの瞳が私を射抜く。
同時に、小麟もすがるような純粋な瞳で私を見上げてくる。
十夢さんのほろ苦い圧力と、小麟の甘いアプローチ。
左右から挟み込まれ、逃げ場はどこにもない。
胸の鼓動が早くなり、顔に熱が集まっていくのが自分でも分かった。
どちらも大切な存在だけど、そんな風に「どっちを選ぶのか」なんて迫られるのは想定外すぎる。
「あ、あの……ふたりとも、えっと……」
「はっきり言いなよ。十夢さん、っていつも呼んでくれてたじゃん」
「康さん、私を選んでくれたら毎日いっぱい甘えさせてあげます!」
ふたりの視線が交差する。
その中心にいる私は、もはやパニック状態だ。
「あ、あのっ! 私、次の収録の確認してきますっ!!」
耐えきれなくなった私は、勢いよく立ち上がると、ふたりの手を振り切るようにして楽屋の扉へ一直線に走った。
「あ、逃げた!」
「こら、康! まだ話終わってないでしょ!」
背しろからふたりの声が聞こえたけれど、振り返る余裕なんてない。
真っ赤になった顔を隠すように、私は逃げるように廊下へと飛び出したのだった。