短編
name chenge
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ぼんやりと考えていたら、本当に眠れなくなってしまった。
ベッドの中で寝返りを打つたび、頼りないスプリングが微かに軋む。
次の部屋が決まるまでの 居候先――それが、康の部屋だった。
【話し相手は冷蔵庫】
最初は数日だけのつもりだったのに、居心地の良さに甘えているうちに、気づけばほぼルームシェアのような状態になってしまった。
家賃を半分支払うと言っても、康は「部屋余ってたし、別にいいよ」と断るから、半ば強引に押し付けている。
そして、私が康の家から引っ越さない理由はもう一つ――康を好きになってしまったからだ。
最初はただの友達だったのに、胸の奥に芽生えた感情が大きく膨らんでしまっていた。
誰かを好きになるって、いつでも、信じられないくらい体力がいるものだ。
隣の部屋で眠っている康の気配を感じるだけで、胸の奥までじりじりと乾いて眠れない。
私はベッドをそっと抜け出し、物音を立てないように、こっそりと真夜中のキッチンへ向かった。
キッチンの電気を点けると、あまりの眩しさに思わず右手をかざして目を細めた。
「……ふあ」
小さなあくびが出る。完全に睡眠不足だ。
私は炭酸水を飲もうと、冷蔵庫の白い大きな扉を開けた。
途端に、ひんやりとした白い冷気が足元へ漂ってくる。
扉を開けて中を覗き込む。炭酸水は冷蔵庫の上段で横倒しになっていた。
……残り少ないから、今度買いに行かなくちゃ。
冷蔵庫はウゥーと機械音を立てながら、中身をぼんやりと照らしている。
「……ねえ、どう思う?」
誰もいない空間で、私は冷蔵庫の奥に向かってぽつりと呟いた。
機械相手なら、どんなに格好悪い本音だって言えるから。
本当は、すぐ傍にいるあの人が好きなの、なんて。
冷蔵庫はいつだって「……」と何も言わないけれど、漂う冷気の中にいると、不思議と高ぶった心が落ち着いてくる。
まるで、何でも話せる親友が静かに相槌を打ってくれているみたいに。
「何してるの、愛月」
背後からかかった声に、心臓が跳ね上がった。
振り返ると、眠そうな目をこすりながら康が立っていた。
「あ、康……起こしちゃった?」
「ううん、喉が渇いて。愛月こそ、睡眠不足じゃない? 目が赤いよ」
康は優しく微笑みながら、私の隣に並んで冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した。
冷蔵庫と話していたなんて言えないから、誤魔化すようにリビングのテーブルへ移動して、出しっぱなしにしていたトランプのカードをめくり始める。
「眠れないから、トランプで占いでもしようかなーと、思って」
「へえ、占い」
康は私の向かい側に腰掛け、不思議そうにカードを覗き込んできた。
「もしかして恋占い?好きな人できたんだ。良かったね」
そう言って康は優しく微笑んだ。
この人は、本当に人の好意に鈍感だ。
私がどれだけ視線を送っても、どれだけ一緒にいて胸を焦がしていても、自分のことだとはこれっぽっちも思っていない。
「ずっと思ってたんだけどさ、それって味、する?」
康が、私が冷蔵庫の上に置き去りにしていた炭酸水のペットボトルを手渡しながら聞いてきた。
「え? うーん、ただの炭酸水だから、味はしないかな」
「美味しいの?」
「美味しいっていうか……お腹すいたときに、紛らわせるために飲んでるの。私、絶賛ダイエット中だから!」
「ダイエット? 愛月は今のままでも十分魅力的だと思うけど」
「だめだめ! 好きな人には、キレイな私を見てほしいから」
康を真っ直ぐ見つめて、精一杯の強がりを言ってみる。
すると康は、少しだけ眩しそうな顔をして、それから本当に嬉しそうに目を細めた。
「そっか。愛月がそこまで一途に想う相手なんだね。……うん、きっと大丈夫、上手くいくよ」
胸の奥が、きゅっと締め付けられるように痛む。
康は何も知らない。私が真夜中にこうして悶々としている理由も、全部。
私は炭酸水をグラスに注いだ。グラスの中で、炭酸水の泡がパチパチと音を立てて弾ける。
残った炭酸水のペットボトルを冷蔵庫にしまうために扉を開けると、また足元に冷気が漂ってくる。
「この恋、実るかな」
冷蔵庫に向かって、小さな声でつぶやく。
相変わらず「・・・」と何も言わずに、私の勝手な話を聞いているだけだけど、それが心地よかった。
「今のことは、誰にも言わないでね。……冷蔵庫と、私の秘密にしてね」
白い扉をパチンと閉めると、康が不思議そうな顔でこっちを見つめていた。
「何か言った?」
「ううん。何にも」
炭酸水を一気に飲み干すと、喉の渇きと一緒に、胸のモヤモヤも少しだけ弾けて消えたような気がした。
私はグラスを置き、康に向かってニッと不敵に笑ってみせる。
「急にどうしたの、恋占いの結果が良かった?」
「まあ、そんなところかな」
トランプの占いなんて、当たらないって分かってる。
だから部屋を出て行くその日までに、絶対にその綺麗な瞳に私だけを映して、私の言葉に赤面させてみせるんだから。
「……愛月? 」
「なんでもなーい! さ、占いも終わったし、寝よ寝よ!」
不審がる康の背中を押し、私は自分の部屋へと戻る。
私の気持ちは冷蔵庫だけが知っている。この恋が実るその日まで。