短編
name chenge
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いつもの喫茶店、いつもの2人。
違うのは、2人の間に流れる空気だけだった。
【溶け残った氷】
私は、テーブルに置かれたグラスを指先でなぞった。
アールグレイのアイスティーの中では、角ばった氷がいくつも肩を寄せ合っている。
「それでね、康。
……私、好きな人ができたみたい」
その言葉が耳に届いた瞬間、心臓が一度だけ、深く、重く脈打った。
視線を上げると、窓際から差し込む逆光を背負って、太田有紀が顔を上気させていた。
彼女の瞳は、私ではない誰かを映して、今まで見たことがないほど熱っぽく潤っている。
「……そっか。有紀に、好きな人が」
自分の声が、自分でも驚くほど平坦に出た。
今日この場所で、私はアイスティーを飲み干した後に、ある決意を伝えるつもりだった。
私の胸にずっと居座り続けている、この「友情」という言葉では到底片付けられない熱量に、正しい名前を付けて手渡すつもりだったのだ。
けれど、有紀の無邪気な告白は、私の準備していた言葉たちを一瞬で無に変えた。
「康にだけは、真っ先に言いたかったの。
だって私にとって康は、一番信頼できる、何でも話せる大切な友達だから」
有紀は、私の手をテーブル越しに握ろうとして、少し照れたように引っ込めた。
彼女にとって、私は「つつみ隠さず話せる友達」なのだ。
この心地よい距離感は、彼女にとっては万能の避難所であり、私にとっては、出口のない檻だった。
私は返事の代わりに、ストローを指先で摘まんだ。
そのまま、円を描くように、ぐるぐるとグラスの中を回す。
カラン、コロン。
氷がガラスにぶつかる、高く乾いた音が、静かな店内に響く。
それは、私が心の中で大切に育てていた思いが、外側から少しずつ削られていく音のように聞こえた。
「応援、してくれるかな」
「……もちろん。有紀が選んだ人なら、きっと素敵な人なんだろうし」
嘘をつくのは簡単だった。
自分を殺して、彼女が望む私を演じればいい。
けれど、ストローを回す手は止まらない。
氷はぶつかり合い、削れ、カランコロンと、どこか間の抜けた音を立て続けている。
「良かった! 康にそう言ってもらえるのが、一番自信になるよ。
……あ、もうこんな時間。ごめん、この後その人と会う約束しちゃってて」
有紀は急ぎ足で伝票を掴むと、隠しきれない喜びを全身から溢れさせて席を立った。
私は座ったまま、彼女の背中を見送る。
「また明日ね!」と手を振る彼女の、さらりと揺れる髪。
その一筋さえ、もう私の指が触れていいものではなくなったのだ。
一人残されたテーブルで、私は自分のグラスをじっと見つめた。
夕陽が沈んだようなアールグレイは氷が溶けてだんだん薄くなっている。
私は底に溜まったガムシロップをストローでかき混ぜ、一気に飲み干した。
どんな恋も、実らずに終わってしまえば、残るのはやるせない思い出だけ。
色鮮やかな思い出も、甘い夢も、氷が溶けて薄まったアイスティーのように、やがて薄くなり消えていくのだろう。
それならば、薄まってしまう前に、飲み干そうと思った。甘い夢ごと、忘れないように。
明日からは、また有紀が望む私に戻ろう。
彼女の恋路を笑顔で聞き、背中を押し、自分の痛みはすべて喉の奥に流し込む。
それが私の居場所なのだと自分に言い聞かせる。
けれど、諦めようとすればするほど、溶け残った氷の欠片が、喉元に突き刺さるような痛みを連れてくる。
楽しかった過ぎた時間。お代わりなんて、もうできない。