短編
name chenge
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ジリジリと肌を焦がすような太陽が、白い砂浜に容赦なく降り注いでいる。
海の家は、熱気と湿気でサウナのようだった。
私はハンディファンを首にかけ、額の汗を拭いながら、目の前にあるクラシックな手動かき氷機のハンドルを回す。
サクサク、サクサクと、涼しげな音を立てて純白の氷の山ができていく。そこに、これでもかと鮮やかなイチゴシロップを回しかけた。
「……はぁ。なんで私、こんなところで汗だくになってるんだろ」
独り言のようにつぶやいた言葉は、店内に流れる賑やかなBGMと、遠くから聞こえる激しい波の音にかき消された。
【3番目に好きなもの】
私は倉野尾成美。自他共に認める、超がつくほどのインドア派。
好きなのはかき氷と海賊漫画。
夏休みは大好きな海賊漫画を読みながら冷房の効いた部屋でゴロゴロするのが正義だと思っていた。
それなのに、今私は真夏のビーチの海の家で、途絶えることのないお客さんを捌きながら、かき氷を作っている。
原因は、大学の友人であり、かき氷仲間の秋元康だ。
数週間前、いきつけのかき氷屋で「親戚の海の家が人手不足で困っている」と、康から相談された。
「なる、お願い。夏休みだけでいいから手伝って!」
「えぇー嫌だよ。だって、海なんて日焼けするし、暑いし、疲れるじゃん」
「そう言わずに!ひと夏の思い出だと思ってさ!」
「いやぁ……でもぉ……」
渋る私と、食い下がる康。
注文したかき氷が運ばれてきた時、康がはっとした表情で私を見た。
「海の家でバイトしたら、給料入る上に、なるの好きなかき氷が毎日食べ放題だよ」
悪戯っぽく微笑みながら付け足した瞬間、私の意志は呆気なく崩壊した。
まんまと大好物の誘惑に負けたわけだけど……本当のことを言うなら、断りきれなかった理由はそれだけじゃない。
「なる、お疲れ様! ちょっと客足も落ち着いたし、休憩にしよう」
厨房の入り口から、ひょっこりと顔を出した康が私に声をかける。
さっきまで鉄板の前で焼きそばを作っていたからか、顔が真っ赤だ。
康は高校生の頃から毎年ここでバイトをしているらしく、テキパキと働く姿は本当に様になっている。
Tシャツの袖を捲り上げ、首にタオルをかけた姿は、大学で見せる大人っぽい落ち着いた服装とは違い、別人じゃないかと錯覚する。
でも笑い方や話し方は、大学の時の物腰柔らかな雰囲気のままで、服装と雰囲気のチグハグさが少しだけ面白い。
「かき氷めっちゃ売れてるね」
売上票をめくりながら康が不思議そうにつぶやく。
「そりゃあ、なるちゃんのおかげでしょう」
「わ、マスター」
後ろから現れたのは康の親戚であり、この海の家のマスターだった。
「とびきり可愛い子がかき氷売ってるなら皆買うに決まってるね」
「確かに、そりゃそうだ」
康が本当にそう思って、マスターの言葉に同意したのかはわからないけど、思いがけない言葉に顔に熱が集まる。
「なるちゃん、顔真っ赤だね。熱中症にならないようにかき氷食べて休んでな」
「あ、ありがとうございます」
私は自分用に作ったイチゴかき氷を持って、逃げるように海の家のテラス席へと移動した。
パラソルの影に入り、冷たいかき氷をスプーンですくって口に運ぶ。
キーンと頭に響く冷たさと、濃厚な甘さが体に染み渡っていく。至福の瞬間だ。
「マスター!ちょっと波に乗ってくるね!」
康はそう言って、お気に入りのマリングリーンのサーフボードを小脇に抱え、白い砂浜へと駆け出していった。
テラスのベンチに座り、かき氷を食べながら、私はその背中を追いかける。
海に入った康は、驚くほど滑らかな動きで波を捉え、ボードの上にすっと立ち上がった。
激しい波しぶきの中を、重力を感じさせない軽やかさで滑り降りていく。
青い海を得意げに滑るその姿は、大学の講義中に、隣で眠そうにペンを転がしている康と同じ人物とは思えない。
テラスから大きく手を振ったのに、康はまるで気づいていない。
その瞬間、私の胸の奥がキュンと切なく痛んだ。
波を乗りこなす康は、まるで誰の手も届かない遠い世界の住人のようで、見ていて少しだけ寂しくなってしまう。
「あー、気持ちよかった!」
私が2つ目のメロンのかき氷を食べ始めた頃、気がつくと、康がボードを抱えて戻ってきていた。
濡れた髪からポタポタと滴る水滴が、鎖骨のラインを伝ってシャツを濡らしている。
至近距離で見るその姿に、私は心臓が跳ね上がるのを感じた。
思わず視線を泳がせ、スプーンを持つ手に力を込める。
「……お疲れ様。すごかったね、綺麗に波に乗ってて」
「見ててくれたんだ。海からなるに手を振ったのにかき氷に夢中で全然気づいてなかったじゃん」
「私だって、ここから手を振ったのに、康ってばサーフィンに夢中だったよ」
「そうだっけ。……あ、ずるい。なるだけそんな美味しそうなの食べてる」
康は私の隣のベンチに腰掛けると、タオルで髪を拭きながら、じっと私のかき氷を見つめてきた。
「ずるくないもん。これは私の労働の正当な対価です」
「ケチ言わないでよ。私もかき氷好きなの知ってるでしょ?一口ちょうだい?」
言うが早いか、康は私の右手にそっと自分の手を重ねた。
スプーンを握る私の指先に、康の濡れた指先が触れる。
ひんやりとした海の冷たさが肌を通じて伝わってきて、心臓が一気にうるさくなった。
動揺を隠せない私をよそに、康は私の手からスプーンを滑らせるようにして引き取ると、山盛りの氷をすくってパクリと口に含んだ。
「冷たっ! ……でも、生き返るー。やっぱり美味い!」
無邪気に笑う康の顔が、すぐ近くにある。
私は顔が真っ赤になるのを隠すように、わざとふくれっ面を作ってみせた。
「もう、康は本当にわかりやすいんだから。1番目がサーフィンで、2番目がかき氷でしょ?」
「あはは、バレた? でも、本当にそうかも。夏はサーフィンとかき氷があれば、私はそれだけで大満足だからね」
悪気なくそう言い切る康を見て、胸の奥の甘酸っぱい痛みが、じわりと広がっていく。
やっぱり、康にとって私は、ただの大学の友達なのだろうか。
――やがて、賑やかだったビーチも夕暮れ時を迎えた。
空は青から、燃えるようなオレンジ色、そして淡い紫色のグラデーションへと移り変わっていく。
海の家の片付けを終えた私たちは、静かになった波打ち際を、並んで歩いていた。
寄せては返す波が、私たちの足元をかすめていく。
康は少し前を歩きながら、夕日に照らされた海を愛おしそうに見つめていた。
「毎年バイトに来てるけど、今年はなると一緒だから、今年の夏は今までで一番楽しいよ」
康が振り返り、真っ直ぐな瞳で私を見た。
その笑顔は、夕暮れの光の中でどこか儚く、だけど堪らなく眩しかった。
胸が、ぎゅっと締め付けられる。
かき氷食べ放題に釣られたのも本当だけど、本当は、康の特別になりたかったんだ。
私は一歩を踏み出し、康との距離を縮めた。
そして、少しだけ強がってみせるように、康のシャツの袖をきゅっと指先で掴む。
康が不思議そうに足を止め、私を見つめ返した。
もう引き返せない。私は康の目をじっと見つめ、波の音に負けないように、だけど祈るような声を紡ぎ出した。
「……ねえ。1番目がサーフィンで、2番目がかき氷なら――3つ目には私を好きになってね」
夕日に照らされた私の顔は、きっとイチゴシロップよりも赤くなっている。
それでも、私は掴んだ袖を離さないまま、康の答えを待つように、悪戯っぽく、だけど真剣な瞳で見つめ続けた。