短編
name chenge
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私の恋は詰んでしまった。
それは、梅雨の晴れ間に訪れた突然の終わりだった。
教室の窓から見える空は嘘みたいに澄み切っていて、雲ひとつない青色が私の心とは真逆の色彩を放っていた。
詰んでしまった。
将棋の駒のように、もうどこにも動くことができない。
私の恋は、まさにそういう状況だった。
【恋 詰んじゃった】
ことの始まりは、些細なことだった。
高校3年生の春、新しいクラス替え。
私は2組、彼女は1組。
隣のクラスになっただけなのに、なんだか毎日が少しだけ輝いて見えた。
彼女の名前は、秋元康さん。
凛としたその名前の通り、彼女はいつも涼しい顔をしていて、成績も運動も、全てにおいて完璧な人だった。
だけど、クラスの人気者というわけではなく、どちらかというと少し浮世離れした、静かな雰囲気を持っている人。
そんな秋元さんに、私はいつの間にか惹かれていた。
廊下ですれ違うたびに、心臓が大きく跳ねた。
図書室で、彼が本を読んでいる姿を見かけると、呼吸をするのも忘れて見入ってしまった。
秋元さんのことを、もっと知りたい。 もっと、近くにいたい。
そんな風に、日に日に想いは募っていった。
私は、秋元さんの視界に入りたくて、色々なことを試した。
廊下ですれ違うタイミングを見計らって、わざとゆっくり歩いてみたり、図書室で、秋元さんがよく読むジャンルの本を調べて、隣の席で読んでみたり。
それでも、秋元さんは私の存在に気づいてくれない。
チャンスは突然やってきた。
放課後、秋元さんが一人で図書室に向かうのを見つけて、私は意を決して後を追った。
「あの、秋元さん」 声をかけると、少し驚いたように私の方を振り向いた。
「…佐藤さん?」 私の名前を知っていた。
そのことに、私は密かに喜びを感じた。
「あの、これ、落としましたよ」私は手に持っていた栞を差し出した。
秋元さんは少し微笑み、「ありがとう、佐藤さん」と言って栞を受け取ってくれた。
その微笑みが、あまりにも素敵で、私は何も言えなくなってしまった。
秋元さんは、私が何か話すのを待っているようだったけど、私は言葉に詰まり、結局、「いえ、どういたしまして」とだけ言って、その場を立ち去ってしまった。
なんて情けないんだろう。
せっかく話しかけることができたのに、何も話せずに終わってしまった。
私の馬鹿。
家に帰ってからも、私はそのことを何度も後悔した。
だけど、ほんの少しだけ、嬉しかった。
秋元さんは、私の名前を覚えていてくれた。
それだけで、私は、もう十分だった。
それから、私は少しだけ、秋元さんと話す機会が増えた。
図書室で会うと、お互いに会釈をするようになった。
廊下ですれ違うと、「こんにちは」と声をかけあうようになった。
そして、ある日の放課後、私はついに、秋元さんと二人で話す機会を得た。
図書室で、秋元さんが読んでいる本について話しかけてみたのだ。
「秋元さん、その本、面白いですか?」
秋元さんは少し驚いたように、私の方を見て、「うん、面白いよ。佐藤さんも、この手の本、好きなの?」と尋ねてくれた。
私は、秋元さんに合わせたくて、必死に頷いた。
そこから、私たちは、色々な本の話をした。
秋元さんは、私が知らないような難しい本をたくさん読んでいて、話を聞いているだけで、なんだか自分が賢くなったような気がした。
秋元さんの話す言葉は、とても丁寧で、優しくて、私は声を聞いているだけで、幸せな気持ちになった。
そして、私は、このチャンスを逃すまいと、勇気を出して、こう言った。
「あの、よかったら、今度、一緒に本を買いに行きませんか?」 秋元さんが少し考えた後、「いいよ」と答えてくれた時、私の心臓は、飛び跳ねるほど嬉しかった。
私たちは、週末に駅前の大型書店で会う約束をした。
夢みたいだ。 秋元さんと二人で、デート。
私は、その日を心待ちにしていた。
週末、私は約束の時間よりも早く、駅前の書店に着いた。
秋元さんに会うと思うと、胸が高鳴って、どうしようもなかった。
どんな服を着ていこうか、どんな話をしようか、前日まで私は何度も何度もシミュレーションを繰り返した。
秋元さんが来て、二言三言、挨拶を交わした後、突然こう言った。
「ごめん、佐藤さん。実は、今日、もう一人来るんだ」
私の心臓が、きゅっと締め付けられた。
「え…?」 その言葉の意味が、わからなかった。
秋元さんが言うには、私と本屋に行くことを、親友に話していたらしい。
そして、その親友が「面白そうだから、私も行きたい」と言って、ついてくることになった、と。
その時、私は、秋元さんの背後から、一人の女の子が歩いてくるのを見た。
その子は、秋元さんの親友で、そして、私の恋のライバルだった。
彼女は、明るくて、元気で、誰からも愛される、クラスのマドンナだった。
彼女は、私を見るなり、にこやかに微笑んだ。
「佐藤さん、初めまして!康から話は聞いてるよ。本、好きなんだってね!」
彼女は、私の名前を知っていた。
それは、秋元さんが、私と話したことを、彼女に話したからだ。
私は、言葉に詰まった。
私の頭の中は、真っ白になってしまった。
二人きりのデートだと思っていたのに、まさか、彼女が来るなんて。
私の心の中は、期待と、そして、絶望で、ぐちゃぐちゃになってしまった。
その日、私たちは三人で、書店を巡った。
私は、二人の会話についていくのが精一杯だった。
彼女は、秋元さんと楽しそうに話していて、二人の間には、私には立ち入ることのできない、特別な空気が流れていた。
時折、秋元さんが私の方を向いて話しかけてくれる。
「佐藤さんは、この本、読んだことある?」
だけど、その声は、私に向けられているのではなく、まるで、彼女に向かって投げかけられているかのように聞こえた。
私は、ただ、相槌を打つことしかできなかった。
ああ、詰んでしまった。
私は、その時、はっきりと悟った。
私の恋は、もう、どうしようもない。
私と、秋元と、そして彼女。
三つの駒が、将棋盤の上に並んでいる。
だけど、私の駒だけ、もう、動かすことができない。
そう、まるで、行き詰まってしまった将棋のように。
それから、私は、秋元に話しかけることができなくなった。
廊下で、すれ違っても、話しかけることができず、ただ、会釈をするだけ。
図書室で、秋元さんを見かけても、声をかけることができず、ただ、遠くから見つめるだけ。
ある日の放課後、私は、体育館裏で、秋元さんが誰かと話しているのを見かけた。
私は、思わず、物陰に隠れた。
相手の顔は見えないけれど、二人は何か真剣な話をしているようだった。
その人は、秋元さんの手を取って、「…私は、康のことが、好きだよ」と言った。
秋元さんは、少し微笑んで、相手の手を、優しく握り返した。「…ありがとう」
その言葉を聞いて、私の心は、崩れ落ちた。
もうその場にはいられなくて、話の続きは聞きたくなくてすぐにその場を去る。
ああ、やっぱり。やっぱり、そうだったんだ。
私は、自分の馬鹿さに、笑ってしまった。何に期待していたんだろう。
何に、夢を見ていたんだろう。
秋元さんに、もうこれ以上、迷惑をかけるわけにはいかない。
次の日、私は廊下ですれ違った秋元さんに話しかけた。
「あの、秋元さん」 少し驚いたように、私の方を振り向いた。
「どうしたの、佐藤さん」 私は、精一杯の笑顔で、こう言った。
「あの、この前は、ありがとうございました。私、彼氏ができたんです」
嘘だった。だけど、そう言わなければ、私は、秋元さんに、もう話しかけることができないような気がした。
秋元さんは、少しだけ寂しそうな顔をしたように見えた。
「そっか。よかったね」 その言葉は、私の心を深く傷つけた。
「はい。秋元さんも、彼女、できたんですか?」
秋元さんは少し笑って、「…どうだろうね」と答えた。
その言葉を聞いて、私は、もう、何も話すことができなかった。
私の恋は、もう、どうしようもない。
私は、秋元さんの隣を歩くことはできない。
私は、もう、諦めるしかない。
私は、この、詰んでしまった恋を、もう、終わらせなければならない。
私は一人、教室の窓から空を見上げた。
梅雨の晴れ間は、私には眩しすぎる。
私の心はもう、雨上がりの空のように澄み切ることはない。
ただただ、この終わってしまった恋を抱きしめるだけ。
もう、どこにも動くことができない。詰んでしまった将棋の駒のように。
私の恋は、もう、動かない。
このまま、終わってしまうんだ。
そう、私は静かに心の中でつぶやいた。
さよなら。 私の、最初で、最後の恋。
さよなら。 私の、秋元さん。
私は、一人、静かに、涙を流した。
私の恋は詰んでしまった。