短編
name chenge
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「康、バイク乗りたい」
「ん、え?」
ある日の公演終わり、そららにそう言われた。
「免許取ったの?」
「違う違う、二人乗り!後ろ乗せて!」
「いいけど、、、とりあえずスタッフさんに聞いてみるよ」
「やったー」
「スタッフさんがダメって言ったらダメだからねー」
「はーい」
【ピンと来たその時】
ダメ元でスタッフさんに聞いてみたら、意外とあっさりOKをもらった。
あとはそららとスケジュール合わせるだけだけど、これが結構大変だった。
新曲発売でそららは選抜だし、若手ツアーも始まるし、握手会もある。
行くなら天気のいい夏か秋だけど、秋は出張公演あるしなぁ。
なんとか1日休みの日があったのでその日に行くことにした。
事前にそららとヘルメットとジャケットを買いに行って、そのままカフェでお茶しながら行先を決めた。
そららは劔崎灯台に行きたいと行ったけど流石に都内から遠すぎるので今回は近場にした。
そんなこんなで約束の日。
「迎えに来たよー」
「はーい!」
ばたばたと音がしてそららが玄関に来た。
「あ、その服」
「瞬ちゃんコーデを意識してみたの!」
そららが言う通り、そららが演じていた役で着ていた服を意識したような格好で、ゴーグル乗せたらもうそれだと思う。
「普段の私服とは全然系統違うけど、似合ってるね」
「ありがと!ゴーグルつけようか?」
「ヘルメットかぶるじゃん」
「あそっか」
えへへと笑うそららを連れて駐車場に向かう。
聞くとバイクに乗るのはこれが初めてというので、簡単に説明して一緒に買いに行ったヘルメットを渡す。
「じゃあ出発しようか。乗るとき気をつけてね」
「よいしょっと」
「ちゃんと掴まってね」
「うん・・・こうでいい?」
このバイクはグラブバーがなくて運転手に抱きつくような形になるからそららがぎこちなく手を回してくる。
今までで一番物理的に距離が近いかもと思ったらこっちもドキドキしてきた。
「ん・・・大丈夫。じゃあ出発するよ。準備OK?」
「おっけー」
怖がらせないようにゆっくりとバイクを発進させた
「すごーい」
車では感じられない開放感にそららが声を上げる。
「怖くない?」
「うん、大丈夫!」
しばらく速度を落として走ってきたからそろそろ慣れたかなと思って徐々にスピードを上げる。
「きゃぁー!すごーい!」
そららの歓声が背中に響く。
加速した分、そららの体は更に密着して、抱きつく腕に少し力が入ったのを感じた。
「楽しい?」
「うん!すっごい楽しい!風が気持ちいい!」
そららはヘルメット越しにもわかるほど上機嫌だ。
この開放感はバイクならではだろう。
都内を抜け、少しずつ景色が開けてくる。
目的地は近場の海沿いの公園にした。
開けたところを走ったほうが、気持ちがいいと思ったから。
少し交通量が減ったところで、緩やかなカーブを曲がる。
車体を倒すと、そららも自然と身を任せてくれて、一体感が増したように感じた。
そららの温かい体温と、柔らかい感触。
風を切る音と、時折響くそららの楽しそうな声。
こんなにも近くにそららがいる。
ただの同期。仕事仲間。
そう思ってきたはずなのに、今、この瞬間、私の胸は激しく高鳴っていた。
海が見えてきた。潮の香りが混じった風が頬をかすめる。
「海だー!」
そららが喜びの声を上げる。
駐車場に着いて、サイドスタンドを立ててエンジンを切る。
「着いたよ」
「あー、楽しかった!康運転うまいね!」
そららがパッとバイクから降りようとして、思わず声をかけた。
「そらら、ちょっと待って。降りる前に声かけてね」
「あ、ごめん!つい夢中で」
そららが慌ててバイクの後ろでバランスをとる。
「急に降りるとバイクが傾くからね。気をつけて」
「うん、わかった。じゃあ、降ります!」
改めて声をかけて降りたそららは、ヘルメットを脱いで、向き直った。
「改めて、ありがと!すごく楽しかった!」
海を背景に笑うそららが眩しくて、目を細めた。
いつもステージで見ているアイドルとしての眩しさとは違う、等身大の可愛らしさがあった。
先ほどまで背中に感じていた体温と、抱きしめられた感触がまだ残っていて、私の心臓は収まることを知らない。
「また乗りたいな。次は劔崎灯台!」
「はは、遠いよ。でも、また機会があったらね」
そららの屈託のない笑顔を見て、確信した。
胸の高鳴りは緊張なんかじゃない。ああ、自分は、そららのことが好きだ。
初めて二人乗りをして、こんなにも近くで彼女の体温を感じて、彼女の無邪気な喜びに触れて、初めて気が付いた。
それは、ただの同期に対する感情じゃない。
この想いを口にすれば、全てが壊れてしまうだろう。
二人の関係も、グループでの立場も。
私は、そららの瞳を真っ直ぐに見つめ、強く決意した。
この気持ちは、そららの耳に入ることはない。
ずっと心にしまっておこう。ただの、頼れる同期として、そばにいよう。
「そららの頼みなら、どこでも行くよ」
私は、何も知らないそららに笑顔を向け、そう言った。