短編
name chenge
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東京の喧騒は、いつだって私を静かに苛む。
人波に逆らって歩くのは、まるで時間が私だけを置き去りにしようとしているみたいで、胸の奥がきゅっと締め付けられる。
地方から出てきて四年目の春。
見慣れないと思っていた景色も、今ではすっかり私の一部になっていた。
だけど、この街に染まりきれない自分がいる。
それはきっと、あの場所に、あの時間に取り残されているからだ。
【すれ違う瞬間】
電車を乗り継ぎ、実家に向かう。
窓の外を流れる景色は、上京したばかりの頃の興奮とは違う、懐かしさと、少しの寂しさを帯びていた。
都会のコンクリートジャングルが、次第に緑の山々に変わっていく。
この景色を見るたびに思い出すのは、空ちゃんの笑顔だ。
高校の帰り道、二人でよく歩いた道。
他愛もない話をしながら、笑い合った時間。
あの頃の私は、この時間が永遠に続くものだと信じていたし、疑いもしなかった。
高校三年生の夏、進路を決める時期が来て、私は県外の大学に進学することを決めた。
空ちゃんは、地元の大学に行くと言っていた。
将来の夢を追いかける私を、空ちゃんはいつも応援してくれた。
「遠距離恋愛、頑張ろうね」 そう言って、私の腕にそっと手を絡ませてくれた。
あの日の空ちゃんの笑顔は、今でも鮮明に心に残っている。
そして、その笑顔の裏に隠された、ほんの少しの寂しさにも、私は気づいていた。
でも、見て見ぬふりをした。
自分の夢を追いかけることが、何よりも優先だったから。
それは、今思えばただの言い訳で、二人の将来を決めることから逃げたかっただけなのかもしれない。
上京してからの日々は、私にとって目まぐるしかった。
新しい友人、新しい環境。
空ちゃんと話す時間は、少しずつ減っていった。
毎日欠かさずしていた電話も、週に一度になり、月に一度になり、そして、いつの間にか、メールやLINEだけになった。
メッセージのやりとりも、最初は盛り上がっていたのに、次第に「元気?」や「そっちはどう?」といった定型文ばかりになっていった。
そして、それはやがて途絶えた。
お互いに、もう話すことがないわけではない。
話そうと思えばいくらでも話せる。
でも、何かが変わってしまった。
私たちは、もう同じ場所にいないんだ。
そう、無意識に感じていたのかもしれない。
「もう、いいよね」 私がそう言ったのか、空ちゃんがそう言ったのか。
それとも、私たちは何も言わずに、ただ別れていったのだろうか。
もう、思い出せない。
ただ、ただ、私たちの時間が、ゆっくりと止まっていくのを感じていた。
実家に帰省するのは、初めてだった。
帰ろうと思えば、長期休みに帰ることはできたけど、勇気がなかった。
止めてしまったあの時間を思い出す勇気も、再び動かす勇気もなかった。
大学を卒業しても、地元に戻る気はなかった。
でも流石に、両親に会わないわけにいかないと思って帰省を決意した。
多分これも、言い訳なんだ。
両親に連絡すると、「いつでもいいから帰っておいで」と言ってくれた。
久しぶりに会う両親は、少し老けたように見えた。
だけど、私を見る目は昔と何も変わらない。
温かくて優しい眼差し。
私は、この場所が心の底から落ち着く場所なんだと、改めて感じた。
家に着いて荷物を置くと私はすぐに外に出た。
あてもなく、ただ昔の記憶を辿るように、町を歩き始めた。
あの日の帰り道、二人で食べたラーメン屋は、まだあるだろうか。
空ちゃんが好きなチョコレートを、いつも内緒で買っていたコンビニは、今もあるだろうか。
そんなことを考えながら、私はただ、歩き続けた。
もう、空ちゃんとは会わないだろう。
連絡先も消してしまったし、彼女がどこで何をしているのかも知らない。
私たちは、もう前に進むべきなんだ。
そう自分に言い聞かせながら、私は無意識に、空ちゃんの面影を探していた。
私たちの高校は、丘の上に建っていた。
坂道を登っていくと、懐かしい校舎が見えてくる。
あの頃と何も変わらない。
ただ、私の心の中だけが、大きく変わってしまった。
校門の近くにあるベンチに座ると、高校時代の思い出が蘇ってきた。
体育祭の借り物競争で、二人で一緒に走ったこと。
文化祭の準備で、一緒に夜遅くまで残ったこと。
そして、空ちゃんと初めて手をつないだこと。
あの時の、空ちゃんの温かくて柔らかい手のひらの感触が、今でも鮮明に思い出せる。
私は、立ち上がって道を進んだ。
あの時、私たちは永遠に続くと思っていた。
でも永遠なんてものはこの世にはないんだ。
ふと、視界に人影が映った。
私とは逆方向から、ゆっくりと歩いてくる。
私は、その人影を見て、心臓が大きく跳ねた。
まさか、こんな場所で。ありえない。そう、自分に言い聞かせる。
どこかで見たような淡いオレンジ色のワンピース。
私の知っている空ちゃんに、あまりにも似ていた。
私は立ち止まって、その人影をじっと見つめた。やっぱり空ちゃんだ。
空ちゃんは、私に気づいていない。
スマホを見ながら、楽しそうに笑っている。
その笑顔は、昔と何も変わらない。
だけど、少し大人っぽくなって、より美しくなっていた。
私は、思わず息をのんだ。
どうすればいい?声をかけるべきか、それとも、このまま立ち去るべきか。
私は、混乱していた。
会いたい、でも、会いたくない。
そんな矛盾した感情が、私の中で渦巻いていた。
私が立ちすくんでいる間に、空ちゃんは、私の横を通り過ぎていった。
その瞬間、風が吹いて、空ちゃんの髪が、私の頬をそっと撫でた。
懐かしい、シャンプーの香り。
私は、思わず振り返った。
空ちゃんも、私に気づいたように、立ち止まって、ゆっくりと振り返った。
私たちの目が、合わさった。
一瞬、時間が止まったように感じた。
空ちゃんの瞳は、少し驚いたように、でも、どこか懐かしさを帯びて、私を見つめていた。
「久しぶり」 空ちゃんが震える声でそう言った。
「…久しぶり」 私もやっとのことでそう答える。
私たちの間に沈黙が流れた。
何を話せばいいのか、わからなかった。
私はただ、空ちゃんの顔をじっと見つめていた。
空ちゃんも、私の顔をじっと見つめている。
その瞳にほんの少しの涙が浮かんでいるように見えた。
私たちは、もう、昔の私たちではない。
あの日の私たちは、もう、ここにはいない。
そうはっきりと感じた。
そしてそれが、どうしようもなく、悲しかった。
「元気だった?」 空ちゃんが再び口を開いた。
「うん、まあね。空ちゃんは?」
「私も。色々あったけど、元気だよ」
「そっか…」
私はそれ以上、言葉を続けることができなかった。
話したいことは山ほどある。
大学でのこと、サークルのこと、アルバイトのこと、夢のこと。
空ちゃんがこの場所で、どんな日々を過ごしてきたのか。
聞きたいことは、山ほどある。
だけど、そのどれもが、今の私たちにはもう必要ないことのように思えた。
私たちはもう、違う道を歩いている。
もう二度と、交わることのない道を。
それはわかっていたはずなのに、どうしてこんなにも胸が痛むのだろうか。
「私、もう行くね」空ちゃんが、寂しそうに微笑んでそう言った。
「うん。じゃあね」私も震える声で答える。
「うん。…じゃあね」
私たちは、お互いに背を向けて、再び歩き始めた。
またね、と言わなかったのは、もう振り返ることはないと思ったからだ。
そうわかっているのに、私は、何度も、何度も、振り返りたかった。
だけど、私は、振り返らなかった。
空ちゃんも、きっと、振り返らなかった。
私たちの背中は、ゆっくりと、ゆっくりと、遠ざかっていく。
そして私たちの影は、次第に小さくなって、やがて消えていった。
私は、一人ベンチに座り、空を見上げた。
雲ひとつない青い空。あの日のように眩しい空。
だけど私の心は、あの日のようには晴れなかった。
私たちは、すれ違った。
ほんの一瞬、ほんの少しだけ、私たちの時間が交わった。
だけどそれは、私たちが、もう二度と交わることがないことを、ただ、確認するだけの時間だった。
私の頬を撫でた、空ちゃんの髪。
その香りは、もう、私の心の中には残っていない。
もう、この場所に用はない。
私は来た道を、一人で、ゆっくりと、歩き始めた。
このまま、さよなら。
人波に逆らって歩くのは、まるで時間が私だけを置き去りにしようとしているみたいで、胸の奥がきゅっと締め付けられる。
地方から出てきて四年目の春。
見慣れないと思っていた景色も、今ではすっかり私の一部になっていた。
だけど、この街に染まりきれない自分がいる。
それはきっと、あの場所に、あの時間に取り残されているからだ。
【すれ違う瞬間】
電車を乗り継ぎ、実家に向かう。
窓の外を流れる景色は、上京したばかりの頃の興奮とは違う、懐かしさと、少しの寂しさを帯びていた。
都会のコンクリートジャングルが、次第に緑の山々に変わっていく。
この景色を見るたびに思い出すのは、空ちゃんの笑顔だ。
高校の帰り道、二人でよく歩いた道。
他愛もない話をしながら、笑い合った時間。
あの頃の私は、この時間が永遠に続くものだと信じていたし、疑いもしなかった。
高校三年生の夏、進路を決める時期が来て、私は県外の大学に進学することを決めた。
空ちゃんは、地元の大学に行くと言っていた。
将来の夢を追いかける私を、空ちゃんはいつも応援してくれた。
「遠距離恋愛、頑張ろうね」 そう言って、私の腕にそっと手を絡ませてくれた。
あの日の空ちゃんの笑顔は、今でも鮮明に心に残っている。
そして、その笑顔の裏に隠された、ほんの少しの寂しさにも、私は気づいていた。
でも、見て見ぬふりをした。
自分の夢を追いかけることが、何よりも優先だったから。
それは、今思えばただの言い訳で、二人の将来を決めることから逃げたかっただけなのかもしれない。
上京してからの日々は、私にとって目まぐるしかった。
新しい友人、新しい環境。
空ちゃんと話す時間は、少しずつ減っていった。
毎日欠かさずしていた電話も、週に一度になり、月に一度になり、そして、いつの間にか、メールやLINEだけになった。
メッセージのやりとりも、最初は盛り上がっていたのに、次第に「元気?」や「そっちはどう?」といった定型文ばかりになっていった。
そして、それはやがて途絶えた。
お互いに、もう話すことがないわけではない。
話そうと思えばいくらでも話せる。
でも、何かが変わってしまった。
私たちは、もう同じ場所にいないんだ。
そう、無意識に感じていたのかもしれない。
「もう、いいよね」 私がそう言ったのか、空ちゃんがそう言ったのか。
それとも、私たちは何も言わずに、ただ別れていったのだろうか。
もう、思い出せない。
ただ、ただ、私たちの時間が、ゆっくりと止まっていくのを感じていた。
実家に帰省するのは、初めてだった。
帰ろうと思えば、長期休みに帰ることはできたけど、勇気がなかった。
止めてしまったあの時間を思い出す勇気も、再び動かす勇気もなかった。
大学を卒業しても、地元に戻る気はなかった。
でも流石に、両親に会わないわけにいかないと思って帰省を決意した。
多分これも、言い訳なんだ。
両親に連絡すると、「いつでもいいから帰っておいで」と言ってくれた。
久しぶりに会う両親は、少し老けたように見えた。
だけど、私を見る目は昔と何も変わらない。
温かくて優しい眼差し。
私は、この場所が心の底から落ち着く場所なんだと、改めて感じた。
家に着いて荷物を置くと私はすぐに外に出た。
あてもなく、ただ昔の記憶を辿るように、町を歩き始めた。
あの日の帰り道、二人で食べたラーメン屋は、まだあるだろうか。
空ちゃんが好きなチョコレートを、いつも内緒で買っていたコンビニは、今もあるだろうか。
そんなことを考えながら、私はただ、歩き続けた。
もう、空ちゃんとは会わないだろう。
連絡先も消してしまったし、彼女がどこで何をしているのかも知らない。
私たちは、もう前に進むべきなんだ。
そう自分に言い聞かせながら、私は無意識に、空ちゃんの面影を探していた。
私たちの高校は、丘の上に建っていた。
坂道を登っていくと、懐かしい校舎が見えてくる。
あの頃と何も変わらない。
ただ、私の心の中だけが、大きく変わってしまった。
校門の近くにあるベンチに座ると、高校時代の思い出が蘇ってきた。
体育祭の借り物競争で、二人で一緒に走ったこと。
文化祭の準備で、一緒に夜遅くまで残ったこと。
そして、空ちゃんと初めて手をつないだこと。
あの時の、空ちゃんの温かくて柔らかい手のひらの感触が、今でも鮮明に思い出せる。
私は、立ち上がって道を進んだ。
あの時、私たちは永遠に続くと思っていた。
でも永遠なんてものはこの世にはないんだ。
ふと、視界に人影が映った。
私とは逆方向から、ゆっくりと歩いてくる。
私は、その人影を見て、心臓が大きく跳ねた。
まさか、こんな場所で。ありえない。そう、自分に言い聞かせる。
どこかで見たような淡いオレンジ色のワンピース。
私の知っている空ちゃんに、あまりにも似ていた。
私は立ち止まって、その人影をじっと見つめた。やっぱり空ちゃんだ。
空ちゃんは、私に気づいていない。
スマホを見ながら、楽しそうに笑っている。
その笑顔は、昔と何も変わらない。
だけど、少し大人っぽくなって、より美しくなっていた。
私は、思わず息をのんだ。
どうすればいい?声をかけるべきか、それとも、このまま立ち去るべきか。
私は、混乱していた。
会いたい、でも、会いたくない。
そんな矛盾した感情が、私の中で渦巻いていた。
私が立ちすくんでいる間に、空ちゃんは、私の横を通り過ぎていった。
その瞬間、風が吹いて、空ちゃんの髪が、私の頬をそっと撫でた。
懐かしい、シャンプーの香り。
私は、思わず振り返った。
空ちゃんも、私に気づいたように、立ち止まって、ゆっくりと振り返った。
私たちの目が、合わさった。
一瞬、時間が止まったように感じた。
空ちゃんの瞳は、少し驚いたように、でも、どこか懐かしさを帯びて、私を見つめていた。
「久しぶり」 空ちゃんが震える声でそう言った。
「…久しぶり」 私もやっとのことでそう答える。
私たちの間に沈黙が流れた。
何を話せばいいのか、わからなかった。
私はただ、空ちゃんの顔をじっと見つめていた。
空ちゃんも、私の顔をじっと見つめている。
その瞳にほんの少しの涙が浮かんでいるように見えた。
私たちは、もう、昔の私たちではない。
あの日の私たちは、もう、ここにはいない。
そうはっきりと感じた。
そしてそれが、どうしようもなく、悲しかった。
「元気だった?」 空ちゃんが再び口を開いた。
「うん、まあね。空ちゃんは?」
「私も。色々あったけど、元気だよ」
「そっか…」
私はそれ以上、言葉を続けることができなかった。
話したいことは山ほどある。
大学でのこと、サークルのこと、アルバイトのこと、夢のこと。
空ちゃんがこの場所で、どんな日々を過ごしてきたのか。
聞きたいことは、山ほどある。
だけど、そのどれもが、今の私たちにはもう必要ないことのように思えた。
私たちはもう、違う道を歩いている。
もう二度と、交わることのない道を。
それはわかっていたはずなのに、どうしてこんなにも胸が痛むのだろうか。
「私、もう行くね」空ちゃんが、寂しそうに微笑んでそう言った。
「うん。じゃあね」私も震える声で答える。
「うん。…じゃあね」
私たちは、お互いに背を向けて、再び歩き始めた。
またね、と言わなかったのは、もう振り返ることはないと思ったからだ。
そうわかっているのに、私は、何度も、何度も、振り返りたかった。
だけど、私は、振り返らなかった。
空ちゃんも、きっと、振り返らなかった。
私たちの背中は、ゆっくりと、ゆっくりと、遠ざかっていく。
そして私たちの影は、次第に小さくなって、やがて消えていった。
私は、一人ベンチに座り、空を見上げた。
雲ひとつない青い空。あの日のように眩しい空。
だけど私の心は、あの日のようには晴れなかった。
私たちは、すれ違った。
ほんの一瞬、ほんの少しだけ、私たちの時間が交わった。
だけどそれは、私たちが、もう二度と交わることがないことを、ただ、確認するだけの時間だった。
私の頬を撫でた、空ちゃんの髪。
その香りは、もう、私の心の中には残っていない。
もう、この場所に用はない。
私は来た道を、一人で、ゆっくりと、歩き始めた。
このまま、さよなら。
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