後編
name chenge
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【#6 想いはひとつだったのに】
ビル群の隙間から吹き抜ける風は、排気ガスの匂いが混ざっていて、地元の潮風とはまるで違っていた。
大学の講義が終わった夕方、私は一人で湾岸沿いのデッキに立っていた。
目の前に広がるのは、コンクリートで美しく整えられた東京の海だ。
大学一年生になった私は、この街で新しい生活を送っている。
新しい友達ができ、新しい講義を受け、忙しい日々を過ごしているはずなのに、私の心の一番深い場所には、いつもあの夏の海が広がっていた。
「……あづ」
手すりに体重を預け、生ぬるい風に吹かれながら呟く。
一人きりの夏。あれだけ鬱陶しかった蝉の鳴き声も、今はどこか寂しく聞こえる。
結局、卒業式まであづには、自分が街を離れることは伝えなかった。
卒業式の日、泣きそうな顔で私を追及してきたあづに「あづの未来を縛りたくなかった」と告げて、逃げるように上京した。
これでよかったんだと、何度も自分に言い聞かせる。
幼馴染のまま離れたことで、あづを不確かな恋に巻き込まずに済んだ。
あづの自由な未来を守ることができた。
幼馴染としての綺麗で大切な思い出のまま、あづの心の中に残ることができたのだから。
だけど……一人で過ごす東京の夜が増えるたび、胸を刺すような後悔が渦巻く。
(あの夏の私の選択は……本当に正しかったのかな)
デッキから見下ろす東京の海は、どこか冷たくて静かだ。
鮮烈な青い海も、波が打ち寄せる防波堤も、あづの真っ直ぐな視線の温度も、ここには何一つ存在しない。
あづが私に向けてくれた言葉や視線。
「付き合わないで」と強く迫ってきたあの瞳。
あづが私に「好き」だと伝えようとしていたことを、私はちゃんと知っていた。
そして何より、私自身があづを狂おしいほど愛していた。
想いは、ひとつだったのだ。
お互いに相手を一番に想っていて、世界で一番近くにいたはずだった。
それなのに、私は責任が持てない、なんて大人ぶって、あづが言いかけた言葉を遮って逃げ出してしまった。
想えば思うほど、八木愛月という人は、空に浮かぶ月のようになっていく。
形を変えながらもずっと私を静かに照らし続けてくれていたのに、一番大切で、私を照らしてくれていた月を、自分自身の手で遠ざけてしまった。
もし私が、もっと大人だったら。
あづの人生を抱えて一緒に歩んでいけるだけの強さと覚悟を持った大人だったら。
私たちは今頃、手を繋いで同じ未来を歩けていたのだろうか。
自分の不器用さと弱さが悔しくて、溢れそうになる涙をぐっと堪える。
ふと、視線を遠くへ向ける。
東京の海の向こう、夕暮れの空と海が溶け合う場所に、一筋の水平線が伸びていた。
空と海は、重なっているように見えて、決して交わることはない。
空が私で、海があづ。
私たちは同じ想いを抱きながらも、水平線のように交わらない道を選んでしまった。
私が出した答えは、今も私の中で後悔となり、さざ波のように寄せては返す。
海を見るたび、潮風に吹かれるたび、思い出すのは私の隣で、長い髪を指でかきあげながら嬉しそうに笑うあづの横顔だった。
あづは今も、あの海で夏の風に吹かれてながら、私のことを想ってくれているのだろうか。
幼馴染のままでいることを選んだ胸の痛みを、私は一生抱えて生きていく。
それが、あづのまっすぐな愛情から逃げ出した私にできる、唯一の罪滅ぼしだから。
「……大好きだよ、あづ」
遠く離れた空の下、届くことのない愛しさと後悔は、東京の海に飲まれていった。
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