某月某日
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某月某日。
おやつの時間を少し過ぎた頃。夕方からのテレビ番組収録の仕事のため、翔はケータイをいじりながら局の楽屋フロアの廊下を歩いていた。
「〜〜〜〜っ!」
するとどこからか、誰かが叫ぶような声が聞こえてきた。どちらかと言うと、ケンカのような、言い合いをしているような感じ。
「なんかスキャンダル!?」
と、やや目を輝かせ、野次馬精神全開で声のする方へ小走りした。何せここは楽屋フロア。居るのはいわゆる芸能人ばかりなので、ケンカでも言い合いでも、スキャンダルには違いない。翔は意外と芸能情報が好きだったのだ。
「この辺か…」
声がだんだん大きくなってきた。耳を澄ませば、大体何を言ってるか聞き取れるくらい。
「あ」
聞き取れるのも当然。声の主が居るであろう部屋のドアは、拳一つ入るくらい開いていた。
「(ちょっと失礼〜)」
野次馬心に火が付き、駄目だと思いつつその隙間からこっそり中を覗いてみる。
「ホンマありえへん!約束したやんか!」
「…せやかて、絶対守れるもんちゃうやろ」
「じゃあなんで約束なんかすんねん!」
「………」
丁度入り組んだ死角にある休憩スペースに言い合いしている人物がいるようで、翔からの角度からは状況がしっかり見えなかった。でも声で誰かは検討が付いていた。念のため、翔は楽屋入り口横に貼られている紙を見た。
[ 宇治抹茶 様 ]
「(わ〜何何!あの宇治抹茶がケンカ〜?)」
仲が良いと定評のあるお笑いコンビ、宇治抹茶。その2人が何やら良ろしくない雰囲気だったので、翔の野次馬心は更に煌めいた。
「何とか言いや、隆やん!」
「はぁ〜、ごめんって」
「(あ)」
松田が、入り組んだ所からドア側の壁にあるメイクスペースに移動してきた。それによって、外からの隙間でも確認できるようになる。松田はそこにある煙草を手に取り、慣れた手付きで火を付けた。すると、慎之介も翔の視角に入る所まで出てきたかと思うと松田の口から煙草を取り上げ、それを灰皿に押し付けた。
「もう一回約束してぇや。今後一切!隆やんとどこぞのグラビアとかの女の子と2人っきりのロケの仕事は入れへんって!」
「…だから、仕事やからしゃーないやん。マネージャーが入れるんやし」
「なんや!マネージャーが悪いんか!?」
「いや、決定は俺の意志やけど…」
「じゃあ断りぃや。何回もヤキモチ妬かせんといて!」
「そう言うてもなぁ、慎。仕事は仕事なんやから」
「あーそうですか。ほんならこれからもわざと俺にヤキモチ妬かせるんですか隆やんは!」
翔は、眉間にシワを寄せたり、目を見開いたり忙しくしている。え、て言うか、仲良過ぎとかのレベルじゃなくね?普通そんなヤキモチ妬くか?なんかカップルのケンカみたいじゃんコレ…。どうしようどうしよう、あんまり聞かない方がいいのかな、…今更だけど。
等々、色々考えるがつい見入ってしまう。
「俺はこんなに隆やんの事好きやのに!隆やんやないとアカンのに!」
「ちょ…」
「(うわ、抱きついた!)」
「俺一人だけこんなに想ってるとかムカつく!」
「…慎。慎だけちゃうって。ちゃんと俺も…慎と同じくらい想ってるから」
「(わーわーわー!何コレ何コレ!抱き合っちゃってるし!)」
「じゃあ…約束守ってぇや。俺、もうしんどいのイヤや。」
「…わかった、約束するわ。でもせめて、2人一緒に行く時はもうヤキモチ妬くの禁止な」
「なんやそれー!…じゃあ今チューしてくれたら許したるわ!」
「ははっ、なんやそれは俺のセリフやな。それで機嫌直るんやったら安いモンやで」
「(ちょーーーーーー!うっそ!待って!心の準備ぃぃぃー!)」
「ほれ」
「…ほれって。色気ないなぁ。せめて目ぇでも瞑ってくれたらええんやけどなぁ」
「しゃあないなぁ。…ほれ」
「結局一緒やん。…まぁええけど」
「(だから待ってって!心の準備がまだー!…って!わーわーわーわー!!)」
・
どエライもんを見てしまった。
とりあえず速攻走って、やっと翔は自分の楽屋のドアノブに手を掛けた。
「大変だ!!」
「どうしたんだ、翔。そんなに慌てて」
「何~、またあの子にフラれたとか?」
「そんなのいつものことじゃんねぇ、翔。」
Waveの楽屋では、一磨・亮太・京介の3人がトランプをしていた。
「ちょ、大富豪とかあとでいいから!聞いて!」
「あー!なにするんだよ!せっかく僕が大富豪だったのにぃ」
「で、何?どうした?」
大貧民だった一磨はホッとして、翔に何があったか聞いてやる。
「今さっき廊下歩いてたら!なんかケンカしてたから!楽屋見てみたら宇治抹茶が!」
「翔ってばノゾキしたの~?やだー」
「まぁそうなるよねぇ」
「勝手に覗いたらダメだろ…。で、宇治抹茶さんがどうした?ケンカって言ったけど」
翔によってあちこちにバラバラになったトランプを集める京介と一磨。亮太は半分残っていたプリンを食べながら、話も半分で聞いている。
「ケンカって言っても痴話喧嘩でさ!んで抱き合ってチューとかしちゃってたんだって!」
「…はぁ?」
「んな訳ないっしょ。義人、要らないならそのプリンちょうだい」
「………」
「わ、義人いたんだ!」
いちいちリアクションや身振り手振りが激しい翔に、義人は一つ頷いてまた雑誌をパラパラと読み始めた。
「あれじゃない?ほら、コントの練習してたとかでしょ」
まとめたトランプをトントンと整える京介の言葉に、翔は首を大きく振った。
「いーや!アレはコントとかじゃないって!ガチだってガチ!」
俺以外の女と2人で一緒にいるなんて、慎之介耐えられない!
しゃーないじゃないか、仕事なんだし。
もう!仕事仕事って!約束したやん!
ヤキモチ妬くなよ。
だって俺は隆やんじゃなきゃアカンねん!
俺もそうや。
じゃあキスしてや。
わかった、目瞑れよ。
チュウ~。
「って感じだったんだよ!」
翔は、左に立ったり右に立ったり、ハグするマネをしたり、唇を尖らせたり。一人二役で演技して、さっき見聞きした事を話した。下手なエセ関西弁もどきで。
「…ぷっ」
「あっははははは!」
「くくくっ」
「………」
一連の翔の演技を黙って見ていた4人。一通り終わった翔を見て、一気に笑い出した。義人も声を殺して俯きながら肩で笑っている。
「な、なんだよー!」
「って言うか、『俺以外の女』って何!」
「ひー!お腹痛い!」
「翔、いくらなんでも信憑性ないぞ」
ホントなんだってー!と騒ぎながら、そういえば上着も着たままで鞄も背負ったままだったと気付いた翔は、それらを脱ぎ捨てながら一番近くの椅子にドカっと腰を沈めた。
「はいはい、わかったよ翔くん?」
「あーあ、笑った笑った」
小馬鹿にする京介と、まだお腹を抱えている亮太。2人をギっと睨むと、そこにあった食べかけのプリンをかき込んだ。
「あー!僕のプリン!」
「うるせー!信用しない罰だ!」
「…そもそもそのプリン俺のだけど」
笑われたのは自分の一連の再現もどきだという事に気が付いていない翔だった。
「すみませんWaveさんそろそろスタンバイお願いしまーす」
「あ、はーい」
「ほら翔。ちゃちゃっとメイクして来いよ」
「俺ら先に行ってるから」
スタッフの声をきっかけにその話は一旦中断され、各々軽く身支度を整えて楽屋を出た。
今日の仕事は、毎週金曜23時から放送している、Waveが司会とするトーク番組の収録。Waveが司会と言いつつも、進行はリーダーである一磨で、他4人は賑やかし担当だ。4人が賑やかしと言いつつも…と色々と後に続くのだが。
毎回ゲストを迎え質問に答えてもらったり出されたトークテーマで話しが広がったりと、深夜に眺めるには丁度いい緩さをウリにしているスタンスで、割と人気がある番組だった。
「本番行きま~す!4、3、2…」
遅れていた翔の準備も万端、スタンバイオーケー。とりあえず何事もなく本番を迎えた。
「って事で今日のゲストは…。翔は誰だと思う?」
「えー誰だろ~。毎回教えてもらえないからドッキドキなんだよね!」
「京介はゲストが男だったらいつもすぐ目の輝きがなくなるもんね」
「いえいえそんな滅相も」
「そんな死んだ目で否定しても!」
「………」
「義人もそんな軽蔑の目で見ない!」
ゲストは毎回その時まで明かされない。ゲストが登場したときのWaveの反応等がこの番組の見所でもあるからだ。
「では早速お迎えしましょう!今日のゲストはこの方です!」
5人は中央のスペースを少し空け、左右に広がる。そして後ろに構えているゲスト登場用の大袈裟なドアに向かってそれぞれ拍手をした。
「どーも~!」
「こんばんはー」
「(えっ)」
「今夜のゲストは宇治抹茶のお二人です!」
ゲストは、今専ら話題(Waveの…と言うより翔の中での)な2人だった。
「宇治抹茶ですー。よろしくお願いします」
「いやぁ、今大人気でピッチピチのWaveちゃんらに拍手で迎えられるの、なんや嬉しいわ~」
「おい、ピッチピチて。俺らも充分ピチピチやっちゅーねん」
「あはは。と言うかWaveちゃんって何なんですかー」
「WaveちゃんはWaveちゃんや!」
よろしくお願いします、と言い合い、ゲストである宇治抹茶を含めた7人は彼らを真ん中にソファへと移動した。ゲストの両脇にはいつも一磨と翔が挟んで座るのが基本体勢。そして今日もやはり京介の目の輝きは失われていた。
「ごめんなぁ中西くん。俺らが可愛い女の子やなくって」
「ホントですよ、一条さん」
「そらまぁ俺らみたいなオッサンよりも女の子がゲストな方がええよな」
「あれ、松田さんさっき自分たちもピッチピチて言ってませんでした?」
「そうやったっけ」
「お、鋭いツッコミやな、三池くん。そうやねん、隆やんってすぐ自分の言うた事忘れるから困るわぁ。約束もよう破るしぃ」
「……」
語尾の辺りでチラっと松田を見る慎之介。松田の隣に座っている翔は、その慎之介の目線がよく見えた。慎之介の含みのある言い方と言い、さっき見た楽屋での事件(翔の中では事件扱い)がフラッシュバックした。
「そうなんですか?松田さんからそういうイメージ沸かないんですけど」
「慎之介さんならありそうなんですけどねぇ」
「なんで俺やったらありそうやねん~!めっちゃ真面目人間やって!」
「確かに。アレですよ、一条さんのプレイボーイっぷりがそう連想させるんですって」
「…京介だけには言われたくないと思う」
「義人。何か言った?」
「せやんなせやんな藤崎クン!」
「一条さんまで…」
「藤崎クンは俺の事真面目って思ってくれてるよなぁ!」
「……」
「ぅおおおい!」
「ははっ、まぁ世間での俺らのイメージはそうなんやって」
「ムキー!その勝ち誇った顔がムカつく!肩ポンポンすな!」
「まぁまぁ。俺は慎之介さんも真面目な人だと思ってますよ」
「本多くーーん!」
「わぁぁ!」
「こら慎。ほっぺスリスリやめぇ。しかもアイドルに」
「ごっめーん、ついつい。あ、本多くんファンの方、苦情のお便りはやめてや~。ちなみに本多くんのほっぺはスベスベで気持ちよかったです~ぅ」
と、和やかにトークが始まった。質問に答えてもらうコーナーや、宇治抹茶2人のお気に入りを写真で紹介するコーナーがあり。それらも難なくやり過ごし、撮影は順調であった。
「では一旦休憩入りまーす!」
そう言うスタッフの声をきっかけに、場の空気がふっと落ち着く。本番では入れていた肩の力も、自然と抜けて行った。
「それはそうと、何や今日は桐谷くんめっちゃ大人しない?」
「え、えーっと、そんな事ないですよ!」
休憩に入ってすぐ、まだ皆が動き出す前。松田の影から身を少し乗り出し、翔の方へ顔を覗き込ませる慎之介。不意の振りに、翔は焦ってしまう。慎之介の左手がいちいち松田の首に回ってるところも、またいちいち気になってしまう。今まで宇治抹茶と共演した時でも廊下で会った時でも。慎之介のスキンシップは見慣れてるハズだ。見慣れているハズなのに妙に意識してしまう。
「そうなん?何や元気ないように見えたから。桐谷くんはいつもみたいに元気いっぱいの方が似合ってるで」
笑顔でそう言われ、右の頬を指で突つかれる。元気がないわけではないが、確かにいつもより大人しいのは事実。それを気にかけてくれた事に、翔はありがとうございますと返した。
「…んじゃ、俺は今の内に一服して来るわ」
「あ、じゃあ俺も休憩一緒に行くわ~」
慌ただしく動き回るスタッフの間を通って、スタジオから出て行く宇治抹茶。そしてその場に散り散りに残るWaveの5人。
「あービックリしたー!」
「翔さ、意識しすぎだって」
「だって、まさかゲストがあの2人なんて驚いちゃって」
呆れて溜め息を吐く京介に、心臓の辺りを抑えて背もたれに体重を掛ける翔。そんな翔の頭に、一磨はポンっと進行スケジュールが書かれた小さめのボードで小突いた。
「だとしても仕事はちゃんとしろよ」
「はぁい」
「…こっちがヒヤヒヤする」
「ごめん義人」
翔は、さすがに皆の言う通りだなと反省した。もう何も気にしないで目の前の仕事に集中しよう。
「ま、何にせよ。後半は取り返そ」
「うん、ありがと。って亮太どこ行くの?」
「トイレだよトイレ」
振り返る事なくそう言うと、連れションはやめてよと付け足してそのまま亮太はスタジオを後にした。
「(しっかし翔のヤツ。明らかにいつもと様子が違うから、そりゃ宇治抹茶の2人も気になっちゃうよなぁ~)」
スタジオから少し離れたトイレに向かう亮太。その道中、翔の態度やゲストで来てくれた宇治抹茶の事を気にする。自分たちの番組に来てくれたのに、余計な心配や迷惑はかけたくはない。翔の様子に気付いて声をかけてくれるなんて、やっぱり慎之介さんは優しいなぁと、亮太は思っていた。なんて考えながら男子トイレの入り口に一歩足を踏み入れた時。
「~~…とかなんとか言いつつ、慎やってそういう事やめぇや」
「そういう事って~?」
「あの子らに抱きついたりそういう事や」
声のする方向や大きさから、どうやら声の主はこの角を曲がってすぐの所にいるのだろう。そして口調や声からして、宇治抹茶の2人なのは間違いなかった。亮太はさっきの翔の話もあり、反射的に身を隠すようにトイレ入り口の壁に背中を張り付けた。壁一枚隔てた場所で、まるで盗み聞きしてるみたいでちょっと心が痛む。
「え~なになに~?隆やんヤキモチ?」
「ヤキモチって言うか、俺にはヤメろって言うくせに自分はええんかいって事」
「なんや…ヤキモチちゃうんかぁ~」
「あー、もう。そうやって。ヤキモチやって。だからスネんな」
「えへへ~」
「えへへ~やない」
「ええやん。たまには隆やんの口から聞かせてや。さっきのもちょっとした仕返しやん。可愛ええやろ?」
「ぜんっぜん可愛いない」
「いつもの俺と立場逆転~。俺を怒らせてる罰じゃ」
「ちょ、おい。楽屋ならまだしもここ廊下…っ、こら、慎!」
「んー、ええやん。充電充電~」
「(…………うっわ…!え、え、うっそ)」
なんかチュッチュチュッチュ聞こえるんですけど…!これって!この状況って!あ、翔の言ってた事ってあながち嘘じゃない…ってかマジ!?ガチってマジだ!心臓をバクバクさせながら、亮太は疑ってごめん!と心の中で翔に謝った。まさかそんな話が本当なんて思う訳がなく。
「あ、三池くん」
「何してんの?」
色々な事が頭を巡っている内に、壁に張り付いて固まっている所を宇治抹茶の2人に見付かってしまった。ひゅっと息を飲んだ瞬間、背筋に嫌な寒気が走った。
「いえ…何も見て…、してません!」
あー余計な事を口走ったと後悔しても後の祭り。確かに"見て"はないが。
「あ、もしかして今の聞いてた?やっだー恥ずかし~」
キャーとわざとらしく言う慎之介は、さらにわざとらしく松田の後ろに隠れるような仕草をして見せた。
「ほらな、慎。どこで誰が見てるか聞いてるかわからへんのやから、もう絶対禁止な」
「はーい、もう今度から完全に2人っきりの時にしかせーへんようにするわ」
ごめんな、と両手を顔の前で合わせて亮太に謝る慎之介。亮太はどんな反応をしていいかわからず、手を左右に振っていえいえいえいえ。としか言えない。
「慎にはキツく言うとくわ。って俺も同罪やけど。この事秘密にしといてな」
唇に人差し指を当てて。未だに張り付いて固まってる亮太に松田が顔を近付けてそう言う。
「は、はいっ」
松田にそう言われるとなんだか恥ずかしくなって、亮太は更に身体を引いた。後ろがすぐ壁なのでそれは叶わなかったが。
「ありがとう」
「ほなな~三池くん。また15分後に~」
松田がスタジオの方に歩き出すと、慎之介もそれに付いてヒラヒラと亮太に手を振り去って行った。
「……」
完全に見えなくなっても数秒そのまま固まっている亮太。はぁ~と大きく溜め息を吐いて、全身の力を抜いた。
「…今度は僕が一磨に怒られるかもねぇ」
後半の収録を平常心を保って挑めるのか自信がなくなってしまう。とりあえず平常心を保つ練習をしようと、無駄に口笛なんて吹きながら用を足す。鼻歌を歌って手を洗って。パチンと両手で頬を挟んで、よし!なんて声を出してみた。
「カット!お疲れ様でしたー!」
後半の収録も、一先ず無事に終えた。翔も調子を取り戻した様で、お疲れ様でしたー!といつもの様に元気に周りへ挨拶している。
「Waveちゃんお疲れ様~!」
「一条さん。お疲れ様です」
「…お疲れ様でした」
「中西くんはいつになったらその一条さんって言うのヤメてくれるんや?」
「一条さんが中西くんって呼ぶの変えてくれたらやめますよ」
「う…努力するわ。中西くんには敵わんわぁ」
また楽屋に挨拶に伺いますと残し、Waveと宇治抹茶はそれぞれ自室に戻って行った。
「お疲れ様。翔が元の調子に戻ってくれて安心したよ」
「ごめんな一磨。みんなに喝入れてもらったしな!」
Waveの楽屋に戻った5人は、それぞれの定位置に座ってくつろぎ始めた。翔はスポーツドリンクを一気に飲み干し、プハーっと息付く。
「それと引き換えに、亮太がおかしく見えたけど?」
「えっ、そうかな?翔の回復に圧倒されちゃってただけだって!」
慎之介さんじゃないけど、京介にはホント敵わないよ~と笑いながら、誤魔化しついでに楽屋を出た。
「変な亮太~」
「疲れてるんじゃないか?」
「……」
一方、宇治抹茶の楽屋では。
「あーおっかし!あの時の三池くんの顔!」
「はは、確かになぁ」
「桐谷くんのあの驚き様も!」
「でもちょっとやり過ぎちゃう?」
「こういうのはやり過ぎくらいが丁度ええねんって!」
そうかなぁと相槌を打ちながら、松田は煙草に火をつけた。そして漫才の後にする反省会の様に、今回の反省会をする。
「桐谷・三池は信じたなぁ。ふふふ。昨日藤崎くんに仕掛けたけど無表情で見ーひんかったフリやったし」
「あの子はスゴい神経してるな。って言うかめっちゃ冷静沈着」
「あとは中西くんと本多くんや!隆やん、どんなプランにするぅ~?」
つまりは。もちろん一連のアレは嘘であり、演技である。宇治抹茶の個人的なドッキリをWaveに仕掛けているだけに過ぎなかった。単なる暇潰しである。ただの悪ノリの遊びだった。
「ほれ」
「…ほれって。色気ないなぁ。せめて目ぇでも
瞑ってくれたらええんやけどなぁ」
「しゃあないなぁ。…ほれ」
「結局一緒やん。…まぁええけど」
「……」
「……」
「(どう?角度それっぽい?チューしてるっぽい?)」
「(わからん。けどそれっぽいと思うで)」
「って。もう桐谷くんおらんし!
最後まで見て行きーやぁ」
「はいはい、おらんのやったら
もう離れた離れた。暑苦しい」
「いやん隆やんそんな事言わんといてぇ~」
「あー鬱陶しい。お前のしょーもないイタズラに
付き合ってやってるんやから」
「ぶーぶー!」
この日のこの時間、自分たちの楽屋の前を通るのはWaveくらいだと知っていた慎之介は、標的を翔に絞って迫真の演技をしてみせた。ドアを開けておけば、好奇心旺盛の翔なら覗くだろう。覗いて見聞きした事を速攻メンバーに話すだろうと予測済み。案の定、信じる信じないは別としてもちろん即刻伝えた訳だが。
「隆やんってすぐ自分の言うた事忘れるから
困るわぁ。約束もよう破るしぃ」
「……」
「(くくくっ、見とる見とる)」
これももちろん翔にわかる様にわざとだ。
「ありがとう」
「ほなな~三池くん。また15
分後に~」
「……」
「……」
「……」
「……」
「ぶはっ!」
「おい、慎。さっきのはわざとらしいやろ」
「うーん、ちょっとチュッチュ
の音に無理あったかなぁ」
「一生懸命自分で出してたけど。
ちょっと笑いそうになったわ」
「とか言うて隆やんも『秘密にしといてな』って!」
「そのポーズ真似すんな!」
「せやかて!俺もそれの笑い堪えるん必死やったし!」
収録していたスタジオ近くのそのトイレは、殆どタレント専用なので、スタッフはまず来ない。来るとしたらWaveの誰かだ。この30分の休憩の内、誰かは来るだろうとトイレ近くの曲がり角にある観葉植物に隠れてWaveの誰かが来るのを待ち構えていた。そこにたまたま現れた亮太が餌食になったという訳だ。
Waveちゃんらはホンマに可愛いわぁと普段から好意を持っていた慎之介。なんかWaveちゃんで遊びたい!せや!ドッキリしかけよう!よし隆やん協力しぃ!という軽いノリと理由で始まった今回のイタズラ。松田は、これって俺らすらも得せーへん内容ちゃうんか…と思っていた。
それはそうだ。何が嬉しくて「宇治抹茶のホモ疑惑」をアイドルに植え付けなければいけないのか。例え成功したって自分に得など1ミリもない。しかし、慎之介が楽しそうなのでとりあえずは良しとしていた。もちろん全員に仕掛けた後にネタバラシをするつもりでいるようだし。義人はともかく、翔と亮太の面白い反応を見ると、残りの2人の反応も見たくなる。元々仲良しコンビとして定評があるから信憑性もあるし、翔の話で印象も植え付けているはず。もしかしたら亮太も言うかもしれないし。
などと内心ウキウキしていた数日後。
スタッフのタレコミで【宇治抹茶ホモ疑惑!】
と週刊誌やスポーツ新聞にスッパ抜かれ。ここぞとばかりに色んな所で必死に否定三昧。
Wave(特に翔・亮太・義人)に早々とネタバラシという名の弁解に半泣きで行く事になるのを、まだ宇治抹茶の2人は知らない。
そして、イタズラは種類と実行する場所を考えなくてはいけないとの教訓を得る事になるのだった。
… END …