直哉夢「15年」
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✦直哉視点
✦直哉の心情吐露回になると思うので会話・セリフ多めです
──21歳
前回と今回と。やたら桜見上げる回数多かったように思う。やっぱり今まで気にしたことなんかあらへんけど、なんかよう目に付いたんや。今はもうそろそろ満開か言うくらいか。
朝の鍛練終わって部屋で着替えとった。その横で、皐月が畳に膝つけて俺が脱いだやつ畳んどる。
「なぁ、知っとった?」
「はい、なんですか?」
「ウチの庭とか裏とか、敷地にぎょうさん桜咲いとること」
「はいもちろん。満開のときのお花見も恒例でしたね」
そうやったな。桜にかこつけた、花見とは名ばかりの酒飲み会や。俺も5つ6つのときまではそこに連れられて行っとったように思う。こいつも中学生時分までは手伝いに駆り出されとった。俺は気ぃついたらとっくに行かんようになっとったし、こいつも高校に上がる時分には行かさんようにしとった。知らんけど、あんな飲んだくれの巣窟に行ったらカスどもに絡まれるやろからな。
それがここ数年あったんかも知らん、今年あるんかも知らん。あったとしても行かん、行かさん。けどまぁ、桜の景色思い出したからな。10何年振りのそれもええもんなんちゃう。
「確か裏んとこの、敷地内によう咲いとるとこあったよな」
「はい」
「そこ、あとで一緒に行かへん」
「えっ!!いいんですか!?」
おお…なんやねん。えらい喜んどる。目ぇ見開いて口角上げて。そんなにそこ行きたかったんか?ちょっと驚いてしもたやん。
「その辺り、中高生のときにたまに散歩に行ってたんです」
「ちっ…お前は1人で……まぁええか…」
「桜の場所、きっと直哉さまより詳しいですよ」
「そうか。ほな案内してもらおか」
「任せてください」
笑い顔で目線下げて作業再開しとる。鼻歌でも聞こえて来そうやで。なんや。そんなに好きなんやったら、今までがもったいなかったな。まぁこれからなんぼでも一緒に行ったらええやん。
・
なんとなく待ち合わせ決めて、あいつの部屋に迎えに行った。カラやった。まぁ勝手に入って待たせてもらおか。
「直哉さま、お待たせしました」
10分くらいか。手前の座布団に座って目ぇだけ使こてあちこち見とったら、私服姿の皐月が来た。
「遅かったな」
「すみません。少しだけなんですけど、お弁当作ってました」
体の前に掲げとるんは、持ち手が長い麻カゴ。そこに諸々詰めとるんやと。めっちゃ張り切っとるやん。
「そうか、ありがとう。ほな行こか」
「はい」
裏門から出てちょっと歩く。歩けるように石畳舗装されとる。ちょっとした川があったり、池もあったり、色んな花咲いとったり。こんな自然公園みたいなとこやったんやな。こいつが好きそうなウサギとかリスでもおりそうやん。
「直哉さま!こっちです」
「わかったて。ついて行っとるよ」
川横切ったとこ。飛び石使こてそこ過ぎたら皐月は小走りで先に行った。手招きせんでもすでに見えとる言うねん。
確かにそこは、遠くからでも見てしまうほどにピンク色がいくつも連なってる。あいつが立っとる前の桜は特によう花が付いとる。
「ここら辺に敷こか」
「すみません、私がやります」
「かまへんよ」
俺が持っとる麻カゴ。そこからチェック柄のシート取り出す。なんか片面がフリースみたいなぬくそうなやつ。広げてみたら、2人は余裕で寛げそうや。そこの角へカゴ置いて重石にした。
たまに風吹いて、ええ具合いに影と日向が交互に来る。それ浴びながら、こいつが用意してくれた弁当と飲みもん。お重の1段使こて詰められてるもんつまんだ。だし巻きと、蓮根の金平、彩りのええ野菜の肉巻き。おにぎりは塩のんと、梅ひじきのん、筍のおこわのやつ。
「これだけですみません」
「いや、充分や。ありがとう」
「はい、全部召し上がりくださいね」
持ち出したメラミン皿にいくつか取り分けてくれとる。
こうやって一緒になんか食べるて、禪院ではしたことない。もしかしたら初めてかもしれん。
後ろに手ぇついて、上見上げる。視界いっぱいの薄ピンク。目線下げたらなんやずっと嬉しそうなこいつ。
呪いやとか呪霊やとか術式やとか。俺には当たり前やしずっとあるもんや。もし、そんなんが存在せぇへんかったらどんなんなんやろ、てちょっと思た。
・
・
・
疲れた。任務やった。準一級レベルで数がようおった。せやからちょっと手こずってしもた。俺は疲れたんや。それやのに出迎えはない。とりあえず風呂入って汚れ落とした。そのあとは別の女中が用意したもんを着て、一旦部屋にでも戻ろかて廊下歩いとった。
合流点差し掛かったときや。なんか気配するなぁ思て右に続く廊下の先見たら、あいつとポンコツ兄さんが立ち話しとる。なんか笑ろとるし。………あー、なんか久々やなこの感じ。
「やぁ兄さん」
「あっ…直哉クン…」
「最近ヤッとるようやな」
「いやー…そうでもないかなぁ…」
余裕で足そっち向いた。兄さん目掛けて一直線や。俺が作っとる笑顔で近づいたもんやから2人とも驚いとる。
「で?何を楽しそうに話しとったん?」
「はい。お兄様、ご婚約されたそうなんです。大怪我される前からお付き合いのあった方だそうで」
俺が聞いたらなんや嬉しそうに言うてきた。怪我した兄さんを献身的に支えて乗り越えたってか。女て好きやな、そんな話。
「へぇ、そらめでたいなぁ」
「はい。素敵な女性みたいで」
「ちょっ、もういいから皐月ちゃん」
「はぁ…?”皐月ちゃん”…?」
焦っとる兄さんに一歩詰める。何を馴れ馴れしく呼んでくれとんねん。俺が睨んだったら下がりよるし。あーだっさ。
「それ、俺のんやねん」
「ごめんごめん」
「ごめんで済んだら呪いは生まれへん。もう1回男前にしたろか?」
「いやぁ、遠慮しておく。あ、用事思い出した。じゃあね」
逃げよった。とことんださい。まぁそれが賢明や。ほんでこいつと言えば、兄さんの後ろ姿と俺の顔見ながら不思議そうな表情しとる。兄弟や言うても血ぃ繋がっとるだけの他人みたいなもんや。仲ええわけないやん。俺はあいつらのこと嫌い。あいつらも俺のこと嫌い。それが普通や。
「あの兄さん、大怪我してたて言うてたねぇ」
「はい。もうほとんど治ったそうですが。事故に遭われたとか」
あのカス、周りにはそう言うとんのか?いや、あんなもん明らかに打撲痕やろ。見られてへんモンには都合のええように言うとったか。
「ちゃうちゃう。それ、俺がやったんよ」
「え?」
右の拳を軽く前へ振りながら正した。事実やしな。そしたら皐月は目ぇ丸うしとる。
「左頬のとこ、ヘコんどったやろ?歯ぁもやたら綺麗やし」
「…どういうことですか?」
「なんやねん。あのアホが悪いんやで。いきなり俺のことと、実質お前のこと貶めてきよったからな。やられて当然やろ」
「え…」
なんでそんな顔しとんねん。いや、そらそうなるやろ。俺の領域荒らしたら問答無用や。こちとら猶予与えたったのに、破ってきたんは向こうや。あのアホも、もうそれはアカンことやて理解しとるみたいやしな。
「ダメですよ…直哉さま…」
「何が?」
「人を殴っちゃダメです」
「は?俺が悪いん?悪いんあいつやで?」
「それでもです」
こいつの顔が険しなる。俺のこと嗜めるて顔や。なんでやねん。俺全然悪ないし。兄さんも反省しとるやろ?もう俺にやり返しもせんと逃げとるんがその証拠や。
「それ、あのカスの肩持つ言うこと?俺より大事なん?」
「そういうわけではありませんが…」
「だってそうやん…あっちが先やで。俺は黙れ言うた。それでもあのカスは俺らのことコケにして来よったんや」
「それでも…」
「カスと関わる時間もったいない思てんのやで。その上でやねん。俺がどんだけ腹立ったんか。俺の手ぇの方が痛いわ」
「………」
「…なんとか言うてくれん。俺のこと、否定したいん?」
「違います」
「……そもそもな、俺があちこち飛び回って呪霊祓ろて帰って来とる間にあんなんと笑ろてて。迎えにも来んと。お前が待っとってくれてる思っとんのに」
俺が任務行ったて知ってるときはこいつが出迎えてくれとる。今日もわかってくれとるはずやった。
「それ、結構しんどいで」
「それは……申し訳ありません」
「せやったら、もうそんなこと言わんといて。傷つくから」
「……わかりました。すみません」
「わかってくれたらええ」
「はい」
しおらしく謝っとるこいつ見たら、イラつきがスッと治まった。正論とかどうでもええねん。俺以外に一瞬でも気ぃ反らしたんは皐月の方や。そんなこと、もうせんといてくれたらええねん。俺のこと、いつも通り優先してくれたらそれで。
「…まぁ、カス雑魚の話はもうええやん。それより見てや。さっきの任務で拳擦りむいたん。部屋で診てくれへん?」
「はい、わかりました」
右手の甲の関節んとこ。擦りむいたんはホンマ。今痛なった。
・
俺の部屋で。持って来てくれたちっこい救急箱。そこから出した消毒液でトントンして、ガーゼで保護。その上からテーピングしてくれた。
「はい、終わりました。滲みませんか?」
「大丈夫や。包帯もしてくれへん」
「大袈裟になりますよ」
「ええねん、して欲しい」
「わかりました」
丁寧にくるくる巻いとる。そうしとる皐月の睫毛見たり、うっすら笑ろとるみたいな口元見たり、指先見たり。そうこうしとると、よう動かすとこやからか包帯は最後二股に割いて括られた。
「直哉さま、終わりまし─」
「なぁ」
括り終えて手ぇ離れようとしたから、それを包帯の手で掴んだ。
「はい」
「なんか、足りひんもんとかない?」
「いえ、特にありません」
「お前の部屋、大阪のときよりなんもないやん」
大阪行くまでの部屋の中は知らん。そもそも個室あったんかも知らんけど。大阪のとこよりも今の部屋ん中、えらい殺風景やったからな。
「十分ですよ、ありがとうございます」
「そうなん?別宅建てよかと思とるけど」
「えっ」
「敷地なんかナンボでもあるし、ほら、あそこの桜の近くでもええよ」
そしたら、好きな家具置いて、好きな照明付けれる。別にここみたいな和風やなくてもええ。こいつの好きなようにできるからええかと思った。
「直哉さま、お気遣いありがとうございます」
「うん」
「でも本当に、十分です」
「そうなん?」
「直哉さまのこと、ちゃんとお迎えに行きますから」
「うん」
俺の4本指きゅって握って俺のこと覗いてくる。なんややらかい表情やから、まぁホンマにこいつの言うとおり不足はないんやろう。ないことないと思うんやけどな。俺も四六時中ここにおるわけと違うし。
あと1個、ちょっと気になっとることもある。
「お前のことやから、ギラギラしたもんとか興味ないんやろうとは思う」
「はい」
「俺かて興味あるわけやない」
「はい」
「せやけど、お前のここ…俺が埋めたい」
「……え」
空いとる親指でこいつの指の付け根をぐってなぞった。うっすら白なって、すぐ元の血色に戻る。
「アカン…?邪魔なんやったらええけど」
「え…それって…」
「お前が着けてくれとったら、安心するし、見えてたい」
見えてたいし、周りにも知らしめたい。例えこいつの行動範囲が敷地内だけやったとしてもや。
「……わかってます、直哉さま。はい、ありがとうございます」
「うん」
皐月は返事と一緒に、俺の包帯の上へ手ぇ重ねてくれた。やっぱり表情はやらかい。ああ、よかった。こうやって安心材料増やして、受け入れてくれたら、俺の胸ん中落ち着くんよ。
・
・
・
いつも通り。鍛練して、駆り出されて、また鍛練。ほんで今はちょっと落ち着いて茶の時間や。今日は俺の気に入ってるおはぎやった。久しぶりに取り寄せたんや、て皐月が部屋へ持ってきてくれた。
「直哉さま、すっかりクマが消えましたね」
「ん、そうかもしれへんな」
今鏡あるわけちゃうけど、そう言われたから自分の目元擦った。ようやくちゃんと眠れるようになってからも、なんや色素沈着したみたいに取れへんかった。それが俺の顔の一部やったから自分ではもう気になってへんかったけど。いつの間にか消えとったらしい。
「あの、直哉さま」
「なんや」
「駅の近くの病院知ってますか」
「ああ、わかるよ」
「そこの法人が運営するケアホームが秋に新規開設されるそうなんです」
「ふーん」
「ここから車で15分程の距離にあって」
「へー…」
「栄養士も募集してたので」
「は、なに。それ、行きたいん?」
俺を心配しとる話から一気に雲行き怪しなった。こいつの目線も、俺の顔見て、目ぇ見て、様子伺っとったのに。…いや、目線は変わらん。俺の目ぇ見てはおるけど気ぃがすぐにふっと外に反れてたんが嫌でもわかった。後に続く言葉。俺の顔が勝手に歪む。
「ここからでも通えるかと」
「まぁ通えるわな」
「はい」
「で、俺は?」
「……?」
「ん?とちゃうねん。俺はどうなるん?」
「どう、とは」
「はぁ?なんやそれ。俺はもう落ち着いとるようやし?もう放っといてもええか、て?」
「放っておくなんて言ってません」
「いやそうやん。お前、わかってへん」
こめかみんとこ、痛なった。俺のこと見てへんこいつの顔見て怖くもなった。一瞬皐月の眉間が寄る。それが俺のこと突き放すみたいに見えて、心臓がギュッて硬くなった。
「あんな、俺、お前が戻って来たからマシになったんとちゃう。お前がずっとここにおる思うからマシになったん。わかる?」
「………」
「通うんやとしてもや。お前が外へ行くんやったら俺は死ぬんも同然や。わかるか?だったら……先に俺がお前のこと殺すから。余所へ奪われるんやったら俺の手ぇで終わらせる」
「そんな…飛躍しすぎです。ただ、仕事に行くだけです」
「しすぎちゃう。俺には事実や。……やっぱりお前はわかってへん」
アカン。しんどい。これ、止まらんやつや。
「……クマ消えて、よう寝れてよう食べれて…もう大丈夫そうやなて。そう見えるん?…そら、前よりええよ。せやけど、俺が”治った”からお役御免やと思とるん?お前が、俺の様子気にしとるんはわかってる…様子見して、外のことも気にしとるんもわかってた……ほな、せやったら俺、いつまでも寝不足で顔にクマ作っといた方が、お前の気ぃ独占出来てええと思て、わざと寝ぇへんかったり、食べへんかったりしとったん」
「お前が外に目ぇ向けとったり、どっか行っとったら、ものすご怖なるん。俺のこと、また置いて行くんか、俺のこと、今度こそ要らんようになったんか、て……おも、思うんよ…」
「お前の、好きな仕事とか、させたいて思う…んやけど、行ってしもたら、もっ…もう帰って来ぉへんのちゃうかて…、こんな、ウチみたいな窮屈なとこよりも…楽しいて思われたら…!生きがいになっ…なってしもたら…俺なんか邪魔になったり…っ、縛ってくる俺のことなんか…、見限って捨てるんっ…捨てられるんがオチなんや…!」
ああ、久しぶりに鼻の奥じんじんしてきた。こいつの滲んで来た顔見ながら訴え続ける。止まらへん。止め方も知らん。こんな顔、見られてたとて今さらや。けどやっぱり無意識に下向いてしもた。そしたら視界が暗なった。
「………」
なんでか無言のまんまの皐月が、俺の頭と肩と、包んでくれとるんや。ぎゅっとと違う。手ぇ添えらとるだけみたいなん。
「お…っ、俺なんか、禪院でしか、生きられへんねん…!産まれたときから決まっとんの…わ、わかるやろ…、底やった2年、なんとか耐えたんやで…もう、怖いの嫌やのに…お前に俺の気持ちなんかわからへんよな……!」
「………」
「はぁー……俺、こんなに可哀想やのに…、やっぱり俺みたいなもん、めんどくさいよなぁ…」
「………」
「そ、外へ出るて……そんなん言われるんやったら…やっぱり治らん方がよかったんやん…そしたら俺のことだけ見ててくれるのに」
「………」
無言。なんでなん…?こわい。俺のこと、肯定できひんの?早よ俺が安心出来る言葉くれ。せやないと頭ん中真っ暗になる。酸素足りんようになる。いや、もうなってきた。こわい。こいつの帯の織り目見つめとった。けどすぐ上に顔押し付けて伏せた。
「あー……また寝られへんようになるわ、お前のせいで…。寝不足なって、力削げて、また骨折ってまうんやろうな……、骨折って、動けへんようになって、死んでまうんや…」
「………」
「なぁ……」
「………」
「……なんか言うてや…」
「………」
「………。俺のこと、捨てんといて…」
「………」
「おねがいや……」
「……わかりました」
頭の上で、やっとその返事返ってきた。遅い、遅い。不安になる。一気に心臓重たなって苦しなるんよ。それ、しんどいからホンマに嫌やのに…。
「……こんなこと、もう二度と言うな」
「はい、直哉さま…」
お前の覚悟、ちょっと足らんかったんちゃう。俺の重さ、見誤っとったんやろ。俺とこいつの中の想いみたいなんがズレとったんや。…おかしいなぁ。そんなことあってええん…?今の今までずっとズレとったん?…恐ろしい。俺のこと、わかってくれとったと思ってたんやけどなぁ…。もっとちゃんと理解してもらわなアカン?またどっか行ってしまうん?……そんなこと、させるわけないやん。こうやって、ぎゅうって縛っとかんと。
こいつの背中…着物を鷲掴みにした。
・
・
・
周りも俺のことこう噂しとるんはなんとなく知っとった。直哉様は丸くなられた、前より毒気抜けた、て。何を噂してくれとんねんて思うけど、まぁそれは、俺が安心出来とったからや。気ぃ落ち着ける場所あって、受け皿があったから。
あの2年間は、俺がわかったて言うてしもた手前、あいつの現状を認めたらなアカンて、俺自身現状維持せなアカンて必死やった。底落ちて、腑抜けて。それでもなんとか乗り越えられたと思とる。あいつもそんな俺のこと選んでくれたし、そうや思とるから順調に呪術師しとるんよ。全部うまくいっとるはずやった。
…せやけど、今の俺の胸ん中は黒い。あいつのこと信じきれてへん自分がおる。また余計なこと考えよるんとちゃうか、余所へ行ってしまうんとちゃうか、て。俺が不在の間に出て行ってしもて二度と戻らへんようになったらどないしようとか。妄想が飛躍する。
夏頃に1回、短大時代に仲良うしとった女友達数人と京都市内でお茶してええかて聞いてきたことがあった。俺も”落ち着いとった”し、俺が送り迎えするて条件で行かせたこともあった。もしかしたらその時とかに、就職したお友達に影響されたんかも知れん。お友達の充実した外の世界に触発された可能性もある。……そらアカンなぁ。悪影響や。お友達と引き離すんも可哀想やけど、悪とわかってしもたらもうおしまいや。手ぇの届くとこに置いとかんと。
そうやって内心あいつのこと監視し始めた頃。女中を介して親父から呼び出された。ここで親父からとんでもない爆弾落とされることになる。
「はぁー、何?またわざわざ呼び出して。俺なんにもしてへんで」
「まぁ座れ」
「はいはい」
どうせまた酒でも飲んどるんやろなと思たけど、座卓の上はカラやった。何にも乗ってへん座卓のトイメンを顎で指して来よった。
「最近どうだ」
「なんやそのザックリ質問。別に。普通や」
「お前は性格は悪いけどな、お前への周りの評価は悪くないぞ」
「それ褒めてへんやん。評価も要らん」
なんなん、腹立つな。周りとかホンマ要らん。カスしかおらんのやからええも悪いもどうでもええねん。俺はちゃんとやること以上のことやっとるんやから全くもって不要。評価とか噂されとるっちゅーんがお門違いで腹立つねん。黙っとれやホンマ。
「あとはアレだ。早よう伴侶見付けてくれたら当主としても一つ安心なんだがなぁ」
「見合いはいくら組んでも無駄やで」
「はぁ~…。俺がお前の歳の頃はなぁ…」
「そら残念やったなぁ」
出た出た。もうええてそういうの。今時流行らんて。俺はまだ若いんやから急がんでええねん。腕組んで溜め息ついとる親父に手ぇ払ろて拒否や。
「はぁー。何にもしてへんって言ったな。それだそれ。何もしてないことが問題だ」
「なんにもってことはないやろ、人聞き悪い」
術師として完璧でも、やれ見合いやなんやてなったら「なんもしてへん」てなる。うざいことこの上ないな。まぁ親父はその点完璧やったんか知らんけど。昔の物差しで差されたない。
「あのな。お前が皐月ちゃんのこと特別視してることはわかっとる。あの子の左手にあるお前の耳のと同じ色の石ついた指輪。あれで縛ってるつもりか知らんが」
「………」
「あの子のこと、娶るのか?それならそれでいいが」
「……あいつは、そんなんと違う」
「そんなんとは?」
「………。そこまでこの世界に巻き込みたない…」
「はぁぁぁー……」
深い溜め息。親指でこめかみ抑えとる。そっから向けられた視線は、出来の悪い兄さんに向けるそれやった。クソ心外や。あんなんと同列に見たんか?はぁ?どういう意味やねん。
「あの子に来た縁談、いくつか蹴ってるんだがな」
「………あ"あ?」
「お前がそのつもりにしとるかと思うてたからな、一応横槍入らんようにはしたが」
「………」
「感謝せえとは言わんが。まぁそれも無駄だったようだな」
ちょお待て…あいつの世界、もう、ここしかないんとちゃうんか。いくら俺が排除したとしても、所詮俺の範囲でしかなかったていうことか。まさか外野からそんな話飛んで来とるとは想像してへんかった。例えばあいつのおじさんかてそんなツテも持っとるやろ。そこから入って来たとしてもおかしないか。盲点やった。
「………ふーん。それどこから入っとったん?」
「最近だとあそこだ。老舗の懐石…さわ守て言うたか。次男坊が跡継ぐらしく、な」
「あーそう。そこ、値段の割にそないやし、釣書見たる価値もないんちゃう」
「お前なぁ」
また深い溜め息や。今度は俺の暴言へやろ。こんなもん、言わざるを得んし、言うて当然。暴言とも思わん。
はぁ。俺かて疲れるわ。もういっそこのまま呆れといてくれ。その方がお互いラクやん。いくら当主やから言うてもどうにもならんこともある。それだけのことやん。
「余計なお世話は不要や。もうなんも要らんから」
「…そうは言うてもなぁ」
「あいつへの縁談は一切持ち込まんといて。あいつのおじさんにもよーう伝えといてくれる」
「はぁー…」
「ほな」
組んどった腕崩して眉間に親指押し当てとる。何回溜め息聞かせんねん。まぁ、もうここに用事ない。空気のええことないこの部屋から退散や。
正直、一瞬危なかった。頭に血ぃ上りそうやったけど耐えれた。で、落ち着いて縁談みたいなん持って来た相手方聞き出せた。思た通り雑魚やん。ま、手ぇくだしたるまでもない。
・
こんなときに限って任務に駆り出されそうになった。行かへんし。どこぞの呪霊?知らん。勝手にもう1回死ね。今は自分から沸いてくるそれ抑えるん必死やから。
出先から戻ってきて、自室であいつのこと待った。着物やら戦闘服やらタオルやら、それの世話であちこち回っとるらしい。まぁまたこの前通るやろて待ち伏せしとるとこや。
ああ、来たな、遅い。使用済みか洗濯済みか知らんけど、中身入ってそうな大きいカゴ前に抱えていそいそ歩いて来よる。部屋から身ぃ乗り出して皐月の腕掴んだ。
「おい」
「わっ、はっ、はい、直哉さま──」
ドサッッ
抱えとったカゴ。奪って縁側の外へ放り投げた。中身が滑り出とる。この時間や。恐らく洗濯して整えたもんなんやろか。こいつの顔見てなんとなくそう思た。
「えっ…何するんですかっ」
「そんなもんどうでもええ。ちょっとこっち来い」
びっくりしとるこいつの腕また掴んで部屋へ引っ張る。ふすま締める音がやたら響いた。落ち着けとると思とったけど力の加減が出来てへん。夕方。日ぃはまだ落ち切ってへん。ふすま1枚締めただけで部屋の中が一気に暗なった。
「直哉さま?どうしたんですか?」
「………」
どうした、やて。どうしたもこうしたもあるかい。…落ち着け、まずは確認や。確実やけど、確認せな。
「直哉さま」
「………」
「どうされましたか」
「………」
「直哉さま。今日の任務でお怪我はしてませんか?」
「…してへん。行ってへんし」
昼間は任務に行ったと思とる。その予定やった。いつも雑魚ばっかりで話にならんから俺が行ったらんでもないけど、やるべき野暮用出来たからそっちへ向かっただけや。
「…さっき、あそこ行って来たわ。さわ守言う懐石料理の店」
「お食事ですか?」
「んなわけあるかい。三流店に用事ない。挨拶や挨拶」
「……?はい」
店の名前出したらわかるやろ。そこへわざわざ”挨拶”行っとんねん。はぁ。1秒でも早よお前から言うた方がええと思うけどな。
「俺のこと知ってんのか知らんのかわからへんけど着くなりビビっとったわ。世話になるはずやった礼やてカネ3センチ積んどいたし。これでもうこいつはお前に手ぇ出して来ぉへんやろ」
「……あの、何のお話ですか…?」
「はぁ?とぼけるん?」
「いいえ。直哉さま、教えてください」
「お前の縁談やろが。気色の悪い」
「……え」
驚いとる。さすがにわかるで。知らんかったて意味違ごて、なんで知ってんねや、て顔なん。もしかしたら今回のはホンマに知らんかったんかもしれん。親父が言うに何件か蹴っとるて話やし。せやけどこれと違ごても過去に縁談来てた言うこと自体、知らんかったとは言わせへんで。
「もう割れとんねん。白状せえ」
「は、はいっ。…去年のお正月くらいから何回かお話いただいてました…」
「ああ?”いただいて”ぇ?」
はぁぁ?こいつにとって、どっかのカス野郎とのクソ縁談は頂戴するような大層なもんなんか?抜かせよ、あーアホみたいにイライラする。
「ああ"ー…それ、どこの誰なん。全部言えよ」
「…はい、最初は呉服問屋の方で…」
「ほんで」
「華道家の息子さんと…」
「…ほんで」
「……不動産の方だったかな…」
「……あとは」
「地方銀行さんだったと思います……」
「……ほかは」
「終わりです」
はぁぁぁ…服屋、花屋…ほか、何やて?どれもこれも二世だか三世だか、代々親のスネカジリのカス雑魚ばっかりやん。どうせ何の苦労もしてへんアホ息子どもが親が敷いたレールちんたら歩いとるんや。嫁探しもお膳立ての気色の悪いカスやろが。こんなキッショイ縁談…縁談言うんも嫌やけど、ナンボほどこいつに来とんねん、キショイ、気色悪い!
ガンッ
「お前……よくもそんだけ俺に隠しとったなぁ…」
「そんなっ」
座卓蹴った。それの重みで畳が削れる。構わんともう1発蹴り飛ばす。ビビっとる皐月に向かって距離詰めた。明らかに怯んどる。詰め寄る俺を止めたいて手ぇしとるけど無視や。手のひら胸についたけどそれも構わんと奥に進んだ。
ガシャッ
飾り棚にこいつの腰が当たる。俺の部屋に飾られるようになった花瓶が揺れた。
「なぁ。今の今まで、よう黙ってられたな。心痛まへんの?」
「…ごめんなさい…っ、でも、最初っからお断りしてます!」
「当たり前のこと言うてんちゃうぞ!!」
「…っ!」
ガシャンッ!!
揺れて動いた花瓶。勢いに任せて括れ掴んで壁に投げた。横から飛沫飛んできた。
…くそ、なにがやねん。お断りしとる?そんなんで「そうだったんか」とはならんやろ!言うまでもない、話にならん。
去年の正月て、まだ大阪におった頃やん。……親父とおじさんや。俺に黙ってコソコソと。ただでさえ俺にもまだ見合いあった。この時期は月イチで組まれとった。行ってへんけど。……考えたくもないけど、皐月を他所へやったら俺が見合いみたいなもんに顔出すとでも踏んだか?…クソが。俺の領域を俺の知らんとこで荒らされとった。アカン。頭ん中煮えるん抑えられへん。
「なんで俺に隠しててん。後ろめたいことでもあんの?」
「ないです、絶対」
「ほななんで黙ってたん?俺のため?そんなわけないよな?俺のこと想うんやったら1回目で言えるもんなぁ?2回目、いつなん?どこのカスや?それでも隠しとったん?なんでなん?3回目は?こいつはどのクズなん?それでも俺に言わへんかったん?なんで黙ってられたん?ここ、痛ないん?隠しとったら俺傷つくて想像でけへんかった?隠し通せる思た?隠した方が俺にとってええ思たん?」
「直哉さま……ごめんなさい…」
「は?何?泣くん?泣きたいの俺やねんけ、どっ……!」
頭に血ぃのぼりすぎた。息継ぎなしで喋ってしもた。こいつの目ぇに水張っていく。それどういう意味?そう思てたらカッとなった。そしたら一瞬クラッとした。足踏ん張らんとそのまま両膝畳に預けた。…なんや…自分でも驚いてしもた…。
「直哉さま…、大丈夫ですか」
「だ……大丈夫やない…っ…ぅっ…」
低なった俺の肩に皐月の手ぇが掛かって来る。それすり抜けて、こいつの腰にしがみつくみたいに力込めて抱いた。
「お前が俺に隠してたことだけに傷ついとるんちゃう…!お前が…!皐月のこと、訳のわからんどっかのクズどもに嫁候補として見られたんや!お前も釣書作られとるんやろ!?写真見られて、生まれた日ぃ見られて、資格見られて、あの禪院で長いこと女中勤めてはるんやわ、て値踏みされたんや…!何年も、何年ものこと、ただの文字だけで見られたん!家のために結婚するみたいな雑魚カスに査定された上にっ…イケるて思われたてことやろ!?俺がどんだけ…っ、俺が、どんだけ……!お前は…皐月は俺のモンやのに…ぅぅ…」
とっくに溢れてしもた涙が止まらん。こいつの腹の着物がどんどん吸い込んで行く。まぶたが冷たい。
「わかるか…!お前に縁談みたいなもん入ってくるて、俺にとってはそういうことや…!俺のことも、お前のこともズタズタにされとるん!汚されとるんと一緒なん…!断ったからええいうもんちゃう…入ってくること自体反吐が出る…!ありえへんねん!!」
「直哉さま…」
「うぅぅ……なんでなん、なんで」
「落ち着いてください」
「なんでちゃんと遮断せぇへんねんなんで2回目があったんなんですぐ俺に言わへんかったんや俺やったらすぐ潰したるのに…!」
「直哉さま」
皐月は俺の腕ほどいて体ずらした。と思たら俺と目線合わして来る。ほんで着物の袖使こて俺のほっぺたと目元をトントン拭いてきた。
「直哉さま。しっかり呼吸してください」
「すぅぅ……はぁぁ……」
「ゆっくり…、ゆっくりです」
「…はぁぁ」
こいつの声に合わせて息吸って、吐いて、吸って、吐く。目の前がハッキリ見えてきた。…頭は痛い。けど、目線上げて、こいつの顔確認する。
「直哉さま。ありがとうございます、こんなに私のこと想ってくれて」
「うん……」
両手握ってくれた。俺のこと心配しとるけど、やらかい表情や。
ちょっと触れた指輪。その手ぇ握り返して目視出来ひん指輪を指先で確認した。
ああ、せやで。わかってくれたよな。俺がこんなに傷ついて、お前のこと想とるて。俺とお前のこと汚してくるゴミも排除した。今までのも掃除する。これから出てくるやつもや。
手ぇ握って、俺の胸元にほっぺたつけて寄り添ってきた。それ、俺の言動受け入れてくれとるて捉えるで。
「ごめんなさい、直哉さま…ありがとうございます、ごめんなさい」
「………うん。わかってくれたら、それでええ」
もう1回深呼吸して。こいつの薄い背中に手ぇ回して腕ん中に閉じ込めた。…また、冷たい滴がほっぺた通っていった。
ああ…やっぱり、俺がちゃんと見張らんと。外野の侵入防がんと。縛り方が緩いんや。呪い込めた指輪だけでは足りん。俺の領域は守り切られへん。
──第六章:21歳、八分咲きの檻 END──
✦直哉の心情吐露回になると思うので会話・セリフ多めです
──21歳
前回と今回と。やたら桜見上げる回数多かったように思う。やっぱり今まで気にしたことなんかあらへんけど、なんかよう目に付いたんや。今はもうそろそろ満開か言うくらいか。
朝の鍛練終わって部屋で着替えとった。その横で、皐月が畳に膝つけて俺が脱いだやつ畳んどる。
「なぁ、知っとった?」
「はい、なんですか?」
「ウチの庭とか裏とか、敷地にぎょうさん桜咲いとること」
「はいもちろん。満開のときのお花見も恒例でしたね」
そうやったな。桜にかこつけた、花見とは名ばかりの酒飲み会や。俺も5つ6つのときまではそこに連れられて行っとったように思う。こいつも中学生時分までは手伝いに駆り出されとった。俺は気ぃついたらとっくに行かんようになっとったし、こいつも高校に上がる時分には行かさんようにしとった。知らんけど、あんな飲んだくれの巣窟に行ったらカスどもに絡まれるやろからな。
それがここ数年あったんかも知らん、今年あるんかも知らん。あったとしても行かん、行かさん。けどまぁ、桜の景色思い出したからな。10何年振りのそれもええもんなんちゃう。
「確か裏んとこの、敷地内によう咲いとるとこあったよな」
「はい」
「そこ、あとで一緒に行かへん」
「えっ!!いいんですか!?」
おお…なんやねん。えらい喜んどる。目ぇ見開いて口角上げて。そんなにそこ行きたかったんか?ちょっと驚いてしもたやん。
「その辺り、中高生のときにたまに散歩に行ってたんです」
「ちっ…お前は1人で……まぁええか…」
「桜の場所、きっと直哉さまより詳しいですよ」
「そうか。ほな案内してもらおか」
「任せてください」
笑い顔で目線下げて作業再開しとる。鼻歌でも聞こえて来そうやで。なんや。そんなに好きなんやったら、今までがもったいなかったな。まぁこれからなんぼでも一緒に行ったらええやん。
・
なんとなく待ち合わせ決めて、あいつの部屋に迎えに行った。カラやった。まぁ勝手に入って待たせてもらおか。
「直哉さま、お待たせしました」
10分くらいか。手前の座布団に座って目ぇだけ使こてあちこち見とったら、私服姿の皐月が来た。
「遅かったな」
「すみません。少しだけなんですけど、お弁当作ってました」
体の前に掲げとるんは、持ち手が長い麻カゴ。そこに諸々詰めとるんやと。めっちゃ張り切っとるやん。
「そうか、ありがとう。ほな行こか」
「はい」
裏門から出てちょっと歩く。歩けるように石畳舗装されとる。ちょっとした川があったり、池もあったり、色んな花咲いとったり。こんな自然公園みたいなとこやったんやな。こいつが好きそうなウサギとかリスでもおりそうやん。
「直哉さま!こっちです」
「わかったて。ついて行っとるよ」
川横切ったとこ。飛び石使こてそこ過ぎたら皐月は小走りで先に行った。手招きせんでもすでに見えとる言うねん。
確かにそこは、遠くからでも見てしまうほどにピンク色がいくつも連なってる。あいつが立っとる前の桜は特によう花が付いとる。
「ここら辺に敷こか」
「すみません、私がやります」
「かまへんよ」
俺が持っとる麻カゴ。そこからチェック柄のシート取り出す。なんか片面がフリースみたいなぬくそうなやつ。広げてみたら、2人は余裕で寛げそうや。そこの角へカゴ置いて重石にした。
たまに風吹いて、ええ具合いに影と日向が交互に来る。それ浴びながら、こいつが用意してくれた弁当と飲みもん。お重の1段使こて詰められてるもんつまんだ。だし巻きと、蓮根の金平、彩りのええ野菜の肉巻き。おにぎりは塩のんと、梅ひじきのん、筍のおこわのやつ。
「これだけですみません」
「いや、充分や。ありがとう」
「はい、全部召し上がりくださいね」
持ち出したメラミン皿にいくつか取り分けてくれとる。
こうやって一緒になんか食べるて、禪院ではしたことない。もしかしたら初めてかもしれん。
後ろに手ぇついて、上見上げる。視界いっぱいの薄ピンク。目線下げたらなんやずっと嬉しそうなこいつ。
呪いやとか呪霊やとか術式やとか。俺には当たり前やしずっとあるもんや。もし、そんなんが存在せぇへんかったらどんなんなんやろ、てちょっと思た。
・
・
・
疲れた。任務やった。準一級レベルで数がようおった。せやからちょっと手こずってしもた。俺は疲れたんや。それやのに出迎えはない。とりあえず風呂入って汚れ落とした。そのあとは別の女中が用意したもんを着て、一旦部屋にでも戻ろかて廊下歩いとった。
合流点差し掛かったときや。なんか気配するなぁ思て右に続く廊下の先見たら、あいつとポンコツ兄さんが立ち話しとる。なんか笑ろとるし。………あー、なんか久々やなこの感じ。
「やぁ兄さん」
「あっ…直哉クン…」
「最近ヤッとるようやな」
「いやー…そうでもないかなぁ…」
余裕で足そっち向いた。兄さん目掛けて一直線や。俺が作っとる笑顔で近づいたもんやから2人とも驚いとる。
「で?何を楽しそうに話しとったん?」
「はい。お兄様、ご婚約されたそうなんです。大怪我される前からお付き合いのあった方だそうで」
俺が聞いたらなんや嬉しそうに言うてきた。怪我した兄さんを献身的に支えて乗り越えたってか。女て好きやな、そんな話。
「へぇ、そらめでたいなぁ」
「はい。素敵な女性みたいで」
「ちょっ、もういいから皐月ちゃん」
「はぁ…?”皐月ちゃん”…?」
焦っとる兄さんに一歩詰める。何を馴れ馴れしく呼んでくれとんねん。俺が睨んだったら下がりよるし。あーだっさ。
「それ、俺のんやねん」
「ごめんごめん」
「ごめんで済んだら呪いは生まれへん。もう1回男前にしたろか?」
「いやぁ、遠慮しておく。あ、用事思い出した。じゃあね」
逃げよった。とことんださい。まぁそれが賢明や。ほんでこいつと言えば、兄さんの後ろ姿と俺の顔見ながら不思議そうな表情しとる。兄弟や言うても血ぃ繋がっとるだけの他人みたいなもんや。仲ええわけないやん。俺はあいつらのこと嫌い。あいつらも俺のこと嫌い。それが普通や。
「あの兄さん、大怪我してたて言うてたねぇ」
「はい。もうほとんど治ったそうですが。事故に遭われたとか」
あのカス、周りにはそう言うとんのか?いや、あんなもん明らかに打撲痕やろ。見られてへんモンには都合のええように言うとったか。
「ちゃうちゃう。それ、俺がやったんよ」
「え?」
右の拳を軽く前へ振りながら正した。事実やしな。そしたら皐月は目ぇ丸うしとる。
「左頬のとこ、ヘコんどったやろ?歯ぁもやたら綺麗やし」
「…どういうことですか?」
「なんやねん。あのアホが悪いんやで。いきなり俺のことと、実質お前のこと貶めてきよったからな。やられて当然やろ」
「え…」
なんでそんな顔しとんねん。いや、そらそうなるやろ。俺の領域荒らしたら問答無用や。こちとら猶予与えたったのに、破ってきたんは向こうや。あのアホも、もうそれはアカンことやて理解しとるみたいやしな。
「ダメですよ…直哉さま…」
「何が?」
「人を殴っちゃダメです」
「は?俺が悪いん?悪いんあいつやで?」
「それでもです」
こいつの顔が険しなる。俺のこと嗜めるて顔や。なんでやねん。俺全然悪ないし。兄さんも反省しとるやろ?もう俺にやり返しもせんと逃げとるんがその証拠や。
「それ、あのカスの肩持つ言うこと?俺より大事なん?」
「そういうわけではありませんが…」
「だってそうやん…あっちが先やで。俺は黙れ言うた。それでもあのカスは俺らのことコケにして来よったんや」
「それでも…」
「カスと関わる時間もったいない思てんのやで。その上でやねん。俺がどんだけ腹立ったんか。俺の手ぇの方が痛いわ」
「………」
「…なんとか言うてくれん。俺のこと、否定したいん?」
「違います」
「……そもそもな、俺があちこち飛び回って呪霊祓ろて帰って来とる間にあんなんと笑ろてて。迎えにも来んと。お前が待っとってくれてる思っとんのに」
俺が任務行ったて知ってるときはこいつが出迎えてくれとる。今日もわかってくれとるはずやった。
「それ、結構しんどいで」
「それは……申し訳ありません」
「せやったら、もうそんなこと言わんといて。傷つくから」
「……わかりました。すみません」
「わかってくれたらええ」
「はい」
しおらしく謝っとるこいつ見たら、イラつきがスッと治まった。正論とかどうでもええねん。俺以外に一瞬でも気ぃ反らしたんは皐月の方や。そんなこと、もうせんといてくれたらええねん。俺のこと、いつも通り優先してくれたらそれで。
「…まぁ、カス雑魚の話はもうええやん。それより見てや。さっきの任務で拳擦りむいたん。部屋で診てくれへん?」
「はい、わかりました」
右手の甲の関節んとこ。擦りむいたんはホンマ。今痛なった。
・
俺の部屋で。持って来てくれたちっこい救急箱。そこから出した消毒液でトントンして、ガーゼで保護。その上からテーピングしてくれた。
「はい、終わりました。滲みませんか?」
「大丈夫や。包帯もしてくれへん」
「大袈裟になりますよ」
「ええねん、して欲しい」
「わかりました」
丁寧にくるくる巻いとる。そうしとる皐月の睫毛見たり、うっすら笑ろとるみたいな口元見たり、指先見たり。そうこうしとると、よう動かすとこやからか包帯は最後二股に割いて括られた。
「直哉さま、終わりまし─」
「なぁ」
括り終えて手ぇ離れようとしたから、それを包帯の手で掴んだ。
「はい」
「なんか、足りひんもんとかない?」
「いえ、特にありません」
「お前の部屋、大阪のときよりなんもないやん」
大阪行くまでの部屋の中は知らん。そもそも個室あったんかも知らんけど。大阪のとこよりも今の部屋ん中、えらい殺風景やったからな。
「十分ですよ、ありがとうございます」
「そうなん?別宅建てよかと思とるけど」
「えっ」
「敷地なんかナンボでもあるし、ほら、あそこの桜の近くでもええよ」
そしたら、好きな家具置いて、好きな照明付けれる。別にここみたいな和風やなくてもええ。こいつの好きなようにできるからええかと思った。
「直哉さま、お気遣いありがとうございます」
「うん」
「でも本当に、十分です」
「そうなん?」
「直哉さまのこと、ちゃんとお迎えに行きますから」
「うん」
俺の4本指きゅって握って俺のこと覗いてくる。なんややらかい表情やから、まぁホンマにこいつの言うとおり不足はないんやろう。ないことないと思うんやけどな。俺も四六時中ここにおるわけと違うし。
あと1個、ちょっと気になっとることもある。
「お前のことやから、ギラギラしたもんとか興味ないんやろうとは思う」
「はい」
「俺かて興味あるわけやない」
「はい」
「せやけど、お前のここ…俺が埋めたい」
「……え」
空いとる親指でこいつの指の付け根をぐってなぞった。うっすら白なって、すぐ元の血色に戻る。
「アカン…?邪魔なんやったらええけど」
「え…それって…」
「お前が着けてくれとったら、安心するし、見えてたい」
見えてたいし、周りにも知らしめたい。例えこいつの行動範囲が敷地内だけやったとしてもや。
「……わかってます、直哉さま。はい、ありがとうございます」
「うん」
皐月は返事と一緒に、俺の包帯の上へ手ぇ重ねてくれた。やっぱり表情はやらかい。ああ、よかった。こうやって安心材料増やして、受け入れてくれたら、俺の胸ん中落ち着くんよ。
・
・
・
いつも通り。鍛練して、駆り出されて、また鍛練。ほんで今はちょっと落ち着いて茶の時間や。今日は俺の気に入ってるおはぎやった。久しぶりに取り寄せたんや、て皐月が部屋へ持ってきてくれた。
「直哉さま、すっかりクマが消えましたね」
「ん、そうかもしれへんな」
今鏡あるわけちゃうけど、そう言われたから自分の目元擦った。ようやくちゃんと眠れるようになってからも、なんや色素沈着したみたいに取れへんかった。それが俺の顔の一部やったから自分ではもう気になってへんかったけど。いつの間にか消えとったらしい。
「あの、直哉さま」
「なんや」
「駅の近くの病院知ってますか」
「ああ、わかるよ」
「そこの法人が運営するケアホームが秋に新規開設されるそうなんです」
「ふーん」
「ここから車で15分程の距離にあって」
「へー…」
「栄養士も募集してたので」
「は、なに。それ、行きたいん?」
俺を心配しとる話から一気に雲行き怪しなった。こいつの目線も、俺の顔見て、目ぇ見て、様子伺っとったのに。…いや、目線は変わらん。俺の目ぇ見てはおるけど気ぃがすぐにふっと外に反れてたんが嫌でもわかった。後に続く言葉。俺の顔が勝手に歪む。
「ここからでも通えるかと」
「まぁ通えるわな」
「はい」
「で、俺は?」
「……?」
「ん?とちゃうねん。俺はどうなるん?」
「どう、とは」
「はぁ?なんやそれ。俺はもう落ち着いとるようやし?もう放っといてもええか、て?」
「放っておくなんて言ってません」
「いやそうやん。お前、わかってへん」
こめかみんとこ、痛なった。俺のこと見てへんこいつの顔見て怖くもなった。一瞬皐月の眉間が寄る。それが俺のこと突き放すみたいに見えて、心臓がギュッて硬くなった。
「あんな、俺、お前が戻って来たからマシになったんとちゃう。お前がずっとここにおる思うからマシになったん。わかる?」
「………」
「通うんやとしてもや。お前が外へ行くんやったら俺は死ぬんも同然や。わかるか?だったら……先に俺がお前のこと殺すから。余所へ奪われるんやったら俺の手ぇで終わらせる」
「そんな…飛躍しすぎです。ただ、仕事に行くだけです」
「しすぎちゃう。俺には事実や。……やっぱりお前はわかってへん」
アカン。しんどい。これ、止まらんやつや。
「……クマ消えて、よう寝れてよう食べれて…もう大丈夫そうやなて。そう見えるん?…そら、前よりええよ。せやけど、俺が”治った”からお役御免やと思とるん?お前が、俺の様子気にしとるんはわかってる…様子見して、外のことも気にしとるんもわかってた……ほな、せやったら俺、いつまでも寝不足で顔にクマ作っといた方が、お前の気ぃ独占出来てええと思て、わざと寝ぇへんかったり、食べへんかったりしとったん」
「お前が外に目ぇ向けとったり、どっか行っとったら、ものすご怖なるん。俺のこと、また置いて行くんか、俺のこと、今度こそ要らんようになったんか、て……おも、思うんよ…」
「お前の、好きな仕事とか、させたいて思う…んやけど、行ってしもたら、もっ…もう帰って来ぉへんのちゃうかて…、こんな、ウチみたいな窮屈なとこよりも…楽しいて思われたら…!生きがいになっ…なってしもたら…俺なんか邪魔になったり…っ、縛ってくる俺のことなんか…、見限って捨てるんっ…捨てられるんがオチなんや…!」
ああ、久しぶりに鼻の奥じんじんしてきた。こいつの滲んで来た顔見ながら訴え続ける。止まらへん。止め方も知らん。こんな顔、見られてたとて今さらや。けどやっぱり無意識に下向いてしもた。そしたら視界が暗なった。
「………」
なんでか無言のまんまの皐月が、俺の頭と肩と、包んでくれとるんや。ぎゅっとと違う。手ぇ添えらとるだけみたいなん。
「お…っ、俺なんか、禪院でしか、生きられへんねん…!産まれたときから決まっとんの…わ、わかるやろ…、底やった2年、なんとか耐えたんやで…もう、怖いの嫌やのに…お前に俺の気持ちなんかわからへんよな……!」
「………」
「はぁー……俺、こんなに可哀想やのに…、やっぱり俺みたいなもん、めんどくさいよなぁ…」
「………」
「そ、外へ出るて……そんなん言われるんやったら…やっぱり治らん方がよかったんやん…そしたら俺のことだけ見ててくれるのに」
「………」
無言。なんでなん…?こわい。俺のこと、肯定できひんの?早よ俺が安心出来る言葉くれ。せやないと頭ん中真っ暗になる。酸素足りんようになる。いや、もうなってきた。こわい。こいつの帯の織り目見つめとった。けどすぐ上に顔押し付けて伏せた。
「あー……また寝られへんようになるわ、お前のせいで…。寝不足なって、力削げて、また骨折ってまうんやろうな……、骨折って、動けへんようになって、死んでまうんや…」
「………」
「なぁ……」
「………」
「……なんか言うてや…」
「………」
「………。俺のこと、捨てんといて…」
「………」
「おねがいや……」
「……わかりました」
頭の上で、やっとその返事返ってきた。遅い、遅い。不安になる。一気に心臓重たなって苦しなるんよ。それ、しんどいからホンマに嫌やのに…。
「……こんなこと、もう二度と言うな」
「はい、直哉さま…」
お前の覚悟、ちょっと足らんかったんちゃう。俺の重さ、見誤っとったんやろ。俺とこいつの中の想いみたいなんがズレとったんや。…おかしいなぁ。そんなことあってええん…?今の今までずっとズレとったん?…恐ろしい。俺のこと、わかってくれとったと思ってたんやけどなぁ…。もっとちゃんと理解してもらわなアカン?またどっか行ってしまうん?……そんなこと、させるわけないやん。こうやって、ぎゅうって縛っとかんと。
こいつの背中…着物を鷲掴みにした。
・
・
・
周りも俺のことこう噂しとるんはなんとなく知っとった。直哉様は丸くなられた、前より毒気抜けた、て。何を噂してくれとんねんて思うけど、まぁそれは、俺が安心出来とったからや。気ぃ落ち着ける場所あって、受け皿があったから。
あの2年間は、俺がわかったて言うてしもた手前、あいつの現状を認めたらなアカンて、俺自身現状維持せなアカンて必死やった。底落ちて、腑抜けて。それでもなんとか乗り越えられたと思とる。あいつもそんな俺のこと選んでくれたし、そうや思とるから順調に呪術師しとるんよ。全部うまくいっとるはずやった。
…せやけど、今の俺の胸ん中は黒い。あいつのこと信じきれてへん自分がおる。また余計なこと考えよるんとちゃうか、余所へ行ってしまうんとちゃうか、て。俺が不在の間に出て行ってしもて二度と戻らへんようになったらどないしようとか。妄想が飛躍する。
夏頃に1回、短大時代に仲良うしとった女友達数人と京都市内でお茶してええかて聞いてきたことがあった。俺も”落ち着いとった”し、俺が送り迎えするて条件で行かせたこともあった。もしかしたらその時とかに、就職したお友達に影響されたんかも知れん。お友達の充実した外の世界に触発された可能性もある。……そらアカンなぁ。悪影響や。お友達と引き離すんも可哀想やけど、悪とわかってしもたらもうおしまいや。手ぇの届くとこに置いとかんと。
そうやって内心あいつのこと監視し始めた頃。女中を介して親父から呼び出された。ここで親父からとんでもない爆弾落とされることになる。
「はぁー、何?またわざわざ呼び出して。俺なんにもしてへんで」
「まぁ座れ」
「はいはい」
どうせまた酒でも飲んどるんやろなと思たけど、座卓の上はカラやった。何にも乗ってへん座卓のトイメンを顎で指して来よった。
「最近どうだ」
「なんやそのザックリ質問。別に。普通や」
「お前は性格は悪いけどな、お前への周りの評価は悪くないぞ」
「それ褒めてへんやん。評価も要らん」
なんなん、腹立つな。周りとかホンマ要らん。カスしかおらんのやからええも悪いもどうでもええねん。俺はちゃんとやること以上のことやっとるんやから全くもって不要。評価とか噂されとるっちゅーんがお門違いで腹立つねん。黙っとれやホンマ。
「あとはアレだ。早よう伴侶見付けてくれたら当主としても一つ安心なんだがなぁ」
「見合いはいくら組んでも無駄やで」
「はぁ~…。俺がお前の歳の頃はなぁ…」
「そら残念やったなぁ」
出た出た。もうええてそういうの。今時流行らんて。俺はまだ若いんやから急がんでええねん。腕組んで溜め息ついとる親父に手ぇ払ろて拒否や。
「はぁー。何にもしてへんって言ったな。それだそれ。何もしてないことが問題だ」
「なんにもってことはないやろ、人聞き悪い」
術師として完璧でも、やれ見合いやなんやてなったら「なんもしてへん」てなる。うざいことこの上ないな。まぁ親父はその点完璧やったんか知らんけど。昔の物差しで差されたない。
「あのな。お前が皐月ちゃんのこと特別視してることはわかっとる。あの子の左手にあるお前の耳のと同じ色の石ついた指輪。あれで縛ってるつもりか知らんが」
「………」
「あの子のこと、娶るのか?それならそれでいいが」
「……あいつは、そんなんと違う」
「そんなんとは?」
「………。そこまでこの世界に巻き込みたない…」
「はぁぁぁー……」
深い溜め息。親指でこめかみ抑えとる。そっから向けられた視線は、出来の悪い兄さんに向けるそれやった。クソ心外や。あんなんと同列に見たんか?はぁ?どういう意味やねん。
「あの子に来た縁談、いくつか蹴ってるんだがな」
「………あ"あ?」
「お前がそのつもりにしとるかと思うてたからな、一応横槍入らんようにはしたが」
「………」
「感謝せえとは言わんが。まぁそれも無駄だったようだな」
ちょお待て…あいつの世界、もう、ここしかないんとちゃうんか。いくら俺が排除したとしても、所詮俺の範囲でしかなかったていうことか。まさか外野からそんな話飛んで来とるとは想像してへんかった。例えばあいつのおじさんかてそんなツテも持っとるやろ。そこから入って来たとしてもおかしないか。盲点やった。
「………ふーん。それどこから入っとったん?」
「最近だとあそこだ。老舗の懐石…さわ守て言うたか。次男坊が跡継ぐらしく、な」
「あーそう。そこ、値段の割にそないやし、釣書見たる価値もないんちゃう」
「お前なぁ」
また深い溜め息や。今度は俺の暴言へやろ。こんなもん、言わざるを得んし、言うて当然。暴言とも思わん。
はぁ。俺かて疲れるわ。もういっそこのまま呆れといてくれ。その方がお互いラクやん。いくら当主やから言うてもどうにもならんこともある。それだけのことやん。
「余計なお世話は不要や。もうなんも要らんから」
「…そうは言うてもなぁ」
「あいつへの縁談は一切持ち込まんといて。あいつのおじさんにもよーう伝えといてくれる」
「はぁー…」
「ほな」
組んどった腕崩して眉間に親指押し当てとる。何回溜め息聞かせんねん。まぁ、もうここに用事ない。空気のええことないこの部屋から退散や。
正直、一瞬危なかった。頭に血ぃ上りそうやったけど耐えれた。で、落ち着いて縁談みたいなん持って来た相手方聞き出せた。思た通り雑魚やん。ま、手ぇくだしたるまでもない。
・
こんなときに限って任務に駆り出されそうになった。行かへんし。どこぞの呪霊?知らん。勝手にもう1回死ね。今は自分から沸いてくるそれ抑えるん必死やから。
出先から戻ってきて、自室であいつのこと待った。着物やら戦闘服やらタオルやら、それの世話であちこち回っとるらしい。まぁまたこの前通るやろて待ち伏せしとるとこや。
ああ、来たな、遅い。使用済みか洗濯済みか知らんけど、中身入ってそうな大きいカゴ前に抱えていそいそ歩いて来よる。部屋から身ぃ乗り出して皐月の腕掴んだ。
「おい」
「わっ、はっ、はい、直哉さま──」
ドサッッ
抱えとったカゴ。奪って縁側の外へ放り投げた。中身が滑り出とる。この時間や。恐らく洗濯して整えたもんなんやろか。こいつの顔見てなんとなくそう思た。
「えっ…何するんですかっ」
「そんなもんどうでもええ。ちょっとこっち来い」
びっくりしとるこいつの腕また掴んで部屋へ引っ張る。ふすま締める音がやたら響いた。落ち着けとると思とったけど力の加減が出来てへん。夕方。日ぃはまだ落ち切ってへん。ふすま1枚締めただけで部屋の中が一気に暗なった。
「直哉さま?どうしたんですか?」
「………」
どうした、やて。どうしたもこうしたもあるかい。…落ち着け、まずは確認や。確実やけど、確認せな。
「直哉さま」
「………」
「どうされましたか」
「………」
「直哉さま。今日の任務でお怪我はしてませんか?」
「…してへん。行ってへんし」
昼間は任務に行ったと思とる。その予定やった。いつも雑魚ばっかりで話にならんから俺が行ったらんでもないけど、やるべき野暮用出来たからそっちへ向かっただけや。
「…さっき、あそこ行って来たわ。さわ守言う懐石料理の店」
「お食事ですか?」
「んなわけあるかい。三流店に用事ない。挨拶や挨拶」
「……?はい」
店の名前出したらわかるやろ。そこへわざわざ”挨拶”行っとんねん。はぁ。1秒でも早よお前から言うた方がええと思うけどな。
「俺のこと知ってんのか知らんのかわからへんけど着くなりビビっとったわ。世話になるはずやった礼やてカネ3センチ積んどいたし。これでもうこいつはお前に手ぇ出して来ぉへんやろ」
「……あの、何のお話ですか…?」
「はぁ?とぼけるん?」
「いいえ。直哉さま、教えてください」
「お前の縁談やろが。気色の悪い」
「……え」
驚いとる。さすがにわかるで。知らんかったて意味違ごて、なんで知ってんねや、て顔なん。もしかしたら今回のはホンマに知らんかったんかもしれん。親父が言うに何件か蹴っとるて話やし。せやけどこれと違ごても過去に縁談来てた言うこと自体、知らんかったとは言わせへんで。
「もう割れとんねん。白状せえ」
「は、はいっ。…去年のお正月くらいから何回かお話いただいてました…」
「ああ?”いただいて”ぇ?」
はぁぁ?こいつにとって、どっかのカス野郎とのクソ縁談は頂戴するような大層なもんなんか?抜かせよ、あーアホみたいにイライラする。
「ああ"ー…それ、どこの誰なん。全部言えよ」
「…はい、最初は呉服問屋の方で…」
「ほんで」
「華道家の息子さんと…」
「…ほんで」
「……不動産の方だったかな…」
「……あとは」
「地方銀行さんだったと思います……」
「……ほかは」
「終わりです」
はぁぁぁ…服屋、花屋…ほか、何やて?どれもこれも二世だか三世だか、代々親のスネカジリのカス雑魚ばっかりやん。どうせ何の苦労もしてへんアホ息子どもが親が敷いたレールちんたら歩いとるんや。嫁探しもお膳立ての気色の悪いカスやろが。こんなキッショイ縁談…縁談言うんも嫌やけど、ナンボほどこいつに来とんねん、キショイ、気色悪い!
ガンッ
「お前……よくもそんだけ俺に隠しとったなぁ…」
「そんなっ」
座卓蹴った。それの重みで畳が削れる。構わんともう1発蹴り飛ばす。ビビっとる皐月に向かって距離詰めた。明らかに怯んどる。詰め寄る俺を止めたいて手ぇしとるけど無視や。手のひら胸についたけどそれも構わんと奥に進んだ。
ガシャッ
飾り棚にこいつの腰が当たる。俺の部屋に飾られるようになった花瓶が揺れた。
「なぁ。今の今まで、よう黙ってられたな。心痛まへんの?」
「…ごめんなさい…っ、でも、最初っからお断りしてます!」
「当たり前のこと言うてんちゃうぞ!!」
「…っ!」
ガシャンッ!!
揺れて動いた花瓶。勢いに任せて括れ掴んで壁に投げた。横から飛沫飛んできた。
…くそ、なにがやねん。お断りしとる?そんなんで「そうだったんか」とはならんやろ!言うまでもない、話にならん。
去年の正月て、まだ大阪におった頃やん。……親父とおじさんや。俺に黙ってコソコソと。ただでさえ俺にもまだ見合いあった。この時期は月イチで組まれとった。行ってへんけど。……考えたくもないけど、皐月を他所へやったら俺が見合いみたいなもんに顔出すとでも踏んだか?…クソが。俺の領域を俺の知らんとこで荒らされとった。アカン。頭ん中煮えるん抑えられへん。
「なんで俺に隠しててん。後ろめたいことでもあんの?」
「ないです、絶対」
「ほななんで黙ってたん?俺のため?そんなわけないよな?俺のこと想うんやったら1回目で言えるもんなぁ?2回目、いつなん?どこのカスや?それでも隠しとったん?なんでなん?3回目は?こいつはどのクズなん?それでも俺に言わへんかったん?なんで黙ってられたん?ここ、痛ないん?隠しとったら俺傷つくて想像でけへんかった?隠し通せる思た?隠した方が俺にとってええ思たん?」
「直哉さま……ごめんなさい…」
「は?何?泣くん?泣きたいの俺やねんけ、どっ……!」
頭に血ぃのぼりすぎた。息継ぎなしで喋ってしもた。こいつの目ぇに水張っていく。それどういう意味?そう思てたらカッとなった。そしたら一瞬クラッとした。足踏ん張らんとそのまま両膝畳に預けた。…なんや…自分でも驚いてしもた…。
「直哉さま…、大丈夫ですか」
「だ……大丈夫やない…っ…ぅっ…」
低なった俺の肩に皐月の手ぇが掛かって来る。それすり抜けて、こいつの腰にしがみつくみたいに力込めて抱いた。
「お前が俺に隠してたことだけに傷ついとるんちゃう…!お前が…!皐月のこと、訳のわからんどっかのクズどもに嫁候補として見られたんや!お前も釣書作られとるんやろ!?写真見られて、生まれた日ぃ見られて、資格見られて、あの禪院で長いこと女中勤めてはるんやわ、て値踏みされたんや…!何年も、何年ものこと、ただの文字だけで見られたん!家のために結婚するみたいな雑魚カスに査定された上にっ…イケるて思われたてことやろ!?俺がどんだけ…っ、俺が、どんだけ……!お前は…皐月は俺のモンやのに…ぅぅ…」
とっくに溢れてしもた涙が止まらん。こいつの腹の着物がどんどん吸い込んで行く。まぶたが冷たい。
「わかるか…!お前に縁談みたいなもん入ってくるて、俺にとってはそういうことや…!俺のことも、お前のこともズタズタにされとるん!汚されとるんと一緒なん…!断ったからええいうもんちゃう…入ってくること自体反吐が出る…!ありえへんねん!!」
「直哉さま…」
「うぅぅ……なんでなん、なんで」
「落ち着いてください」
「なんでちゃんと遮断せぇへんねんなんで2回目があったんなんですぐ俺に言わへんかったんや俺やったらすぐ潰したるのに…!」
「直哉さま」
皐月は俺の腕ほどいて体ずらした。と思たら俺と目線合わして来る。ほんで着物の袖使こて俺のほっぺたと目元をトントン拭いてきた。
「直哉さま。しっかり呼吸してください」
「すぅぅ……はぁぁ……」
「ゆっくり…、ゆっくりです」
「…はぁぁ」
こいつの声に合わせて息吸って、吐いて、吸って、吐く。目の前がハッキリ見えてきた。…頭は痛い。けど、目線上げて、こいつの顔確認する。
「直哉さま。ありがとうございます、こんなに私のこと想ってくれて」
「うん……」
両手握ってくれた。俺のこと心配しとるけど、やらかい表情や。
ちょっと触れた指輪。その手ぇ握り返して目視出来ひん指輪を指先で確認した。
ああ、せやで。わかってくれたよな。俺がこんなに傷ついて、お前のこと想とるて。俺とお前のこと汚してくるゴミも排除した。今までのも掃除する。これから出てくるやつもや。
手ぇ握って、俺の胸元にほっぺたつけて寄り添ってきた。それ、俺の言動受け入れてくれとるて捉えるで。
「ごめんなさい、直哉さま…ありがとうございます、ごめんなさい」
「………うん。わかってくれたら、それでええ」
もう1回深呼吸して。こいつの薄い背中に手ぇ回して腕ん中に閉じ込めた。…また、冷たい滴がほっぺた通っていった。
ああ…やっぱり、俺がちゃんと見張らんと。外野の侵入防がんと。縛り方が緩いんや。呪い込めた指輪だけでは足りん。俺の領域は守り切られへん。
──第六章:21歳、八分咲きの檻 END──