直哉夢「15年」
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✦直哉視点
──20歳
今日は柄にもないことしてみとる。縁側で日向ぼっこや。寒い時期もすっかり終わったし、今日は日差しがぬくくて気持ちええ。裏庭の桜も蕾はほぼない、種類によっては満開や。こんな日ぃやった。あいつがウチから引っ越して行った日ぃ。何日やったかはその時は気にせんようにしてたから覚えとらん。せやけど、晴れてて、ええ気候で、桜咲いとった。縁側に寝転んで、見上げた先が眩しい。薄いピンク色と水色や。そんな景色見ながら、やっと折り返し地点まで来たんやな、て思た。
冬の間も、俺もあいつも変わらずの生活や。鍛練、祓う、学校、勉強。忙しけど、嫌いな機械のおかげで繋がっとる。
年末前頃に、親父に誘われて親父、あいつ、あいつのおじさんと3人で食事するんやて報告もろたこともあった。俺差し置いてかいと思たけど、誘われてもそのメンツではなんか嫌や。
正月は大晦日と元日に帰省しとった。今までは女中として働いとったけど今回はお客さんや。えらい居心地悪そうにしとったけど、親父を筆頭に飲めや食えやと構われとったな。元日の茶の時間は俺の給仕に来てくれた。1年くらいぶりのそれはなんやムズ痒かった。
・
「うっ……っ、…ふー…」
あいつにも言うてへんことがある。まぁ普通はこんなん誰にも言わんやろし誰にでも起こっとることや。
寝る前の電話が終わったら、その手ぇで自慰行為する。たまにやで。そら溜まったら出しはする。そんな、作業みたいなもんやない。「直哉さま」て声思い出して、今まで何回か抱いたときの映像頭ん中に流して。でもこれしたあと、ちょっとだけ胸ん中に空洞出来たみたいになる。続いたら、それがまたデカなってはくる。まぁでもこんなん、俺かて至って健康やってことやろし、ウチではかなりまともな部類やろ。知らんけど。
・
とっくに当たり前になっとる、出掛け先のURL添付。今度は、年度も変わって学校で組むときのチームが変わるから言うて、親睦会兼ねた食事会やと。全部で7人、内男は2人。ランチして、そのまま残るやつはカフェの時間もゆっくり過ごすらしい。また事前に聞いとったから俺もそれに合わせて組んどいた。14時ぴったりに前に着いとけるように。
前に着いとることは連絡入れてる。あとはまぁ14時5分くらいまではここでじっと待っとくだけや。
キィ…、
洒落とる扉が開く。半分ガラスやから、皐月ともう1人が喋りながら出て来ようとしとるんが見えた。こっちには気付いとらんようや。
「じゃあお先に帰るね、今日はどうもありがとう」
「こちらこそ!また1年よろしくねー」
「うん!」
扉の前でなんや挨拶しとる。そこに近付いて声かけた。
「皐月」
「すみません、お待たせしてしまいましたか?」
「全然」
こっち向いたお友達に作り笑顔振り撒いとこか。
「どうもこんにちは、お友達」
「お世話になってます!」
「こちらこそ」
「えー皐月ちゃんめっちゃカッコいい彼氏さんいたんやー知らんかったー!」
「えーと…、そうなのかな」
お友達の言葉に、一瞬びっくりしてた皐月は俺のことチラッと見て、ニコッて笑ろた。
「えーなんやぁ、皐月ちゃん、今日はそういう予定やったんー?また恋バナしよなぁ」
「そうだね、うん」
「ほなまた学校でね、バイバーイ、楽しんでねー」
手ぇヒラヒラさせて扉ん中入って行くお友達を、俺もこいつもあの子とおんなじ調子で見送った。
「………」
「………」
ほんでなんとなく手ぇ下ろす。大体おんなじタイミングやった。
「…すみません、なんか変な感じになっちゃいました」
「…べつに」
「失礼にならないようにって、焦っちゃいました」
「そんなん、今さらやん…」
多分こいつもわかっとる。どこに俺が引っ掛かったか。どこでミスったか。せやからこいつも立て続けに言い訳みたいなん言うとるんやろ。俺のこと、周りに定義したないみたいな。その言い訳みたいやん。
さっきまでお友達とおった皐月。今は外で俺の隣におっても、なんか急に自分が透明人間になったみたいな感覚になった。
「…俺って、なに…?」
「直哉さま」
「……お前の家、帰ろ」
「…はい」
手の指先まで一気に冷たなった気ぃした。せやから、こいつの手ぇ取って、冷たなった指絡ませて。そのまま引っ張ってとりあえず歩いた。
・
大阪の家。手ぇ洗ろてうがいして、俺は定位置になったソファでキッチンにおるあいつを見とる。前に俺が持ってきた紅茶の葉っぱ。それ使こて茶の準備しとる。こっちに戻ってきた皐月はテーブルに盆乗せた。
「熱い内に飲んでくださいね」
「ん…」
俺に、て用意してくれとるカップとソーサー。シンプルな白いやつ。そこから立つ湯気をうっすら見つめた。俺の前に置いたあとも、こいつは動かんと俺のことじっと見とる。視線感じる。俺がなんか言い出すんを待っとるんか。
「なんか……いややねん。俺って、お前のなんなんやろ…こんなん、お前にだけやのに…。………」
渦巻いとるモヤ、ちゃんとよう言葉にせえへん。喉が詰まる。
「……今のお友達には知られもしとらんのか、て…。べつに…周りはどうでもええんよ。せやけど…ちゃうやん」
前に、周りに俺のこと言うとるて聞いたことあるし。また環境変わったら言うてるんやろなて思うやん。俺のこと優先したいから周知しとった、て。もう言うてへんてことは、優先しとらんてことやんか。
「なぁ……俺、て、お前の、なんなん…?」
「直哉さまは」
「……」
「直哉さまは、私の大事な人です」
「……いやや。それ、いらん」
その言葉は、欲しない。それ、俺には嫌な意味なん。大事な嫡男とか、大事な呪具とか、大事な血ぃやとか。それ、家のためのもんにくっついとる言葉なんよ。せやからそれは欲しないんや。
「……どうせ、俺のこと…めんどくさいと思とるんやろ…」
「それこそ今さらです。そんなの、もう思いません」
「え…」
正直、たか括っとった。「そんなことないです」言うやろ、て。違ごた。とっさに顔上げたら、やらかい表情で俺のこと見とった。俺がめんどくさいことなんか元々やろ、知ってたわ、て続くみたいに思えた。その言葉に、今までもそうやった、これからもそうやで、て。どんな俺でも受け入れてくれとったんやて事実に、視界がぎゅって狭なった。
「直哉さま。直哉さまが私を"何"にしたいか決めていないなら、私が勝手にそれを決めることはありません」
「そんなん、俺は…」
「でも、何年前からでしたか…私は直哉さまを受け止める覚悟だけは持ってます」
…それ、覚えとる。14のときや。いきなり、俺にその呪いをかけてきた。忘れもせん。
「私だって、その心を決めているのは直哉さまにだけです」
「………」
「だから、私にとって直哉さまは、特別で、唯一で、大事な人なんです」
「………」
「わかりましたか?」
「………」
途中から、息出来ひんかった。喉イガイガしてきて、鼻の奥じんじんしてきて、目の前がじわじわしてきた。俺があんまり好きと違う言葉を、そうやないもんに塗り替えられた。じわじわしとるモンが溢れてほっぺたに落ちたんがわかった。
「みっ…!見んなや…!」
「直哉さまのことを見てます」
「ぅぅ…」
別に、恥ずかしいとか、みっともないとか思っとるわけやない。ただ、こんな俺のこと、今見んといてて顔隠しただけやから。
「……皐月、ぎゅって、してくれへん…」
「ぎゅってしたら直哉さまは安心しますか?」
「…うん、する…」
はい、て笑ろて、近づいてきた。俺の真ん前に膝ついて、体と腕が伸びてくる。それで包んでもろたら、俺の胸の音が皐月の体に反射して響いてきた。
「俺……お前の特別なん?」
「そうです」
「皐月、俺のこと…………好き?」
聞いた。聞いたった。曖昧にしとった。こんな2文字みたいなもん出されへんかった。でも聞いた。今やったら聞けると思た。
「はい、好きです」
「……」
そんなん、当然そうと思とった。自信あった、確信しとった。せやけど、それだけはなんか怖かった。練り切りが好きやとか、ウサギが好きやとか、もちろんそんなんとは違う意味や。ずっとうっすらかかっとる気がしとった胸ん中のもやもや。それが晴れたみたいになった。またじわじわが流れた。
「俺も………俺も好きや…」
「はい、直哉さま」
腕にもっと力入れた。胸の音の振動もさらに皐月の体から響いてきた。彼氏やとかどうとか。もう、そんな浅いもんとは違った。こいつの心に俺がおって、俺の心臓にこいつがおる。そう思たら体から力抜けた。
・
・
浮かれとる自分がおる。ほんでほかの兄弟のこと見下しとる俺も。
お前らみたいなモンに内側から繋がっとる人なんかおらんやろ、て。ダサいから態度には出せへんけどな。日課も続いとる。ジメジメした梅雨もうっとうしない。
晴れた日ぃ。お仕事は夜からや。それまでに、たまには出掛けたろ思て祇園へ足伸ばした。お茶屋のぜんざいいただいて、川沿いの立派な柳眺めて長屋の石畳歩いて。1人やけど、あれそれをスマホで撮影してあいつに送る。学校やろ。既読はつかんけど構わんと送った。
・
梅雨も終わりで夏になりかけや。そう言えばこんな時期やった。夕食後に茶ぁすすっとるときに聞かされた。短大に行くつもりや、て。2年前の、こんな時期やった。短大て2年やん。て、言うことはや。また次の進路とかあるんとちゃうやろな。いや、さすがにもう戻って来るやろ。……聞いてみるか?ええやん。別に心配あらへん。いつでも聞けるやん。
日課の寝る前の電話。聞ける機会はなんぼでもある。
夜の11時半頃。また俺からかけて通話しとった。
『今日はご飯しっかり食べましたか?』
「うん、まぁぼちぼちやな」
『献立は何でした?』
「さぁ、忘れたわ」
数時間前のことやのに、ホンマになんやったか忘れたわ。とりあえず白いご飯はあったように思う。テーブルの上をぼんやり思い出しながら空返事しとった。
『直哉さま?』
「……なに」
『何か考えてますか』
「なんで」
『口数が少ないからです』
ええんか悪いんか。頭ん中になんかあること、指摘してきよる。…て、普段俺がお喋りさんみたいやん。
「まぁ、気になっとることはある」
『はい、何でしょう』
「あー……短大て、2年やん」
『はい』
「2月とか3月で終わりやんな」
『そうですね』
「………また、次の行き先、考えとるん…?」
期待込めて聞いてみた。「考えとる」「決まってる」て。その先におるんは俺や、て。
『…そうですね…』
「考えとる……?」
『実は、まだ決まってないんです』
「………」
俺の地雷や。今こいつの可能性が無限にあって、それが決まってへんくて、決まってへんてことは、禪院 戻るて決めてへんってことで、俺んとこ戻って来ぉへんてことやん。今とか次とかが決まってへん不安定な状態が怖いんや。あの時みたいな気持ちになるんとちゃうかて、想像したらお腹痛なる。なんやったらあん時よりも"その"可能性あるんとちゃうか、て。
「……それ、怖いからやめてくれへん」
『それ、とは』
「決まってへん、てやつ…。あの時みたいに…お前が俺のことほったらかしてどっか行くみたいやん…」
『あの時…、ですか?』
わかってへん。ピンともきてへん。ああ、ホンマに俺のことなんか忘れとったんやな、て。あん時、俺がどんな思いしとったか、そらわからへんやろ。
「禪院出て行ってからしばらくや…何ヵ月も…俺のこと放置しとったやろ」
無風の板の機械ずっと気にしとったアホな俺のことを。あんだけ接触しとったのに、俺のモンにもしたのにや。
『……それは直哉さまも同じです』
「そんなん…俺からするんは違うやろ」
『どうしてですか?いつもご連絡は直哉さまからでした』
「………」
確かに。高校時分、こいつから連絡あるときは予定が変わったとか、なんか余程のことがあったときやった。そんなん、俺かて用事のあるときしかしてへんかったし。
「…けど、それだけか?」
『……』
「言うてみぃ」
正直なところ俺は、俺から連絡すんのが癪やった、こいつからもろて気にされとるんやなて思いたかった、期待しとった。そんなもんや。今思たらしょうもない。
『…学校と一人暮らしの両立が大変だったのもありますけど……』
「けど、なんや」
『はい…。あの…自立、したかったんです』
「……は?」
『女中の1人じゃなく…私として立ってみたかったんです』
……ほらな。思い違いとちゃうかった。禪院 から、俺から離れて自由になりたかったんや。あのわけわからんかった時間。足元崩れてしまうんとちゃうかと思えとったとき、こいつは1人で生きてこうとしとったんや。
「……なんやねん…!」
『直哉さ』
「あと1年やて思てたら!追加で2年!それも終わりか思たらまたどっか行く!お前は!何回俺を置いてくつもりやねん!俺みたいなもんもう要らんのやろ!!それやったらはっきりそう言えや!!」
合間に俺の名前が聞こえてくる。けど止まらへん。
「受け取めるんも嘘やろ!俺が言うたからおんなじように返しとるだけ!俺が聞いたから合わして答えただけや!俺が求めとるから受け入れただけなんや!!」
『直哉さま!聞いてくださいっ!』
「いやや!俺ばっかりしんどいんももう疲れたわ!!」
ガシャンッッ!!
スマホを壁に向かって思いっきり投げつけた。ケースなんか付けとらんそれは画面と本体が2つに別れた。ヒビ割れて黒なった画面。それ見た瞬間、なんか胸ん中が引き千切れた。
もう、怖いと思うの、嫌やねん…。
「………ぅぅ」
夏至過ぎた言うてもまだ適温のはずや。せやのに、体の真ん中から冷えてくる。自分をぬくめるために、体丸めた。
・
「──さま」
アホみたいや。あれから体が固まって動かんくなって、気ぃ失のうたみたいに寝てしもたんか。記憶にないわ。目ぇ開けたら畳のどアップ。…ホンマにアホやん。
「直哉さま」
イカレとる。幻聴と、背中にあるなんかの感触。
「直哉さま」
ちゃう。すぐ近くで聞こえとるんや。俺の頭、首、肩、胸、腕。動けて命令して、そっちの方向いた。
「なん……なんで…皐月…」
「直哉さま」
「なんで……」
なんでおるんや、とか、夜中やろ、とか、終電は、とか、門番は、とか。色んななんでが頭ん中巡った。せやけど、目の前におるこいつの顔見たら、なんで、しか出て来ぉへん。
「直哉さまのこと、ぎゅうってしに来ました」
「………!」
けど、それで何もかも吹き飛んだ。命令せんでも体動いた。伸びてきとる腕の真ん中へ体ぶつけて、こいつの背中ごと抱き込んだ。
「………」
なんも言えんと。ただ、ぎゅうってして、ぎゅうされて。息が吹き返った感覚やった。煮えとった頭ん中、冷えとった体、だんだん元に戻っていった。
「……皐月…」
「はい、直哉さま」
「俺…これ…変えられへん……、めんどくさくて…ごめん…」
「大丈夫です。安心してください」
俺の頭、肩口に寝かされてなでなでされとる。子供みたいや。いや、子供のときですら、こんなことされたことない。せやけど、子供みたいにそれで安心出来とる。
言葉も、欲しい。せやけど、それだけではもう足らへん。もたへんねん。置いて行かれるかもしれへんて恐怖と、そんなことあらへんでて与えられる安心と。俺はこれを、多分一生繰り返すんやと思う。そんでそのたんびにこいつに解かしてもらわんと、俺がなくなってしまう。…っていう果てのない恐怖がまた俺を支配してきた。
・
・
・
3月。俺は縁側に腰おろして庭眺めてた。車の音とガチャガチャと作業しとる音を聞きながら、桜の花揺れとるんをなんとなしに見とった。
思い返したら春から秋は、俺はこいつにあんなことばっかしとった。困らせよう思てやってるわけやない。どうにも止まらんし収まらん。確認して、証明してもらわんと落ち着かへん。試したなる。欲しくなる。それをちゃあんと返してくれたら安心する。そうやって、俺の胸ん中にたまにかかるモヤを取っとった。
俺への呪いを強化したあいつにはそれをする義務があるんや、て思う。責任取ってくれ、とも思うとる。
「今、なんて言うた…?」
夏終わった頃やった。待ちに待った言葉がスマホから聞こえた。
『はい。就活せずに、私、禪院家に戻ろうと思ってます』
「……それ、ホンマ…?」
『はい』
「ホンマのホンマ…?」
『はい、決めました』
「………、きっ…決めるの遅いんとちゃう!」
一瞬、熱みたいなんが体の下から上へあがって行った。待っとったもんやったのに、そんなんが自分の口から出てしもた。…何を今さら誤魔化しとんねん、だっさ。もっと喜べよ。
「そんなん、当然やん。お前は俺んとこにおらなアカンねん、そう決まっとるんやから。俺のこと待たせ過ぎや」
『はい』
「それやったらもう学校も行かんでええやんな。明日にでもそっちの部屋解約すればええやん。もうそっちのもんは全部要らんね」
妙に早口になった。ホンマださい。
「………うそや。しっかり卒業せぇ……待っとるで…」
『ふふっ、はい。ありがとうございます』
その会話思い出しとったら、黄色い蝶々が飛んできた。それをまたなんとなしに目で追った。
「直哉さま」
追った先に、今さっき着いたであろう皐月が庭の先から顔出しとる。俺のこと見つけて小走りでこっちへ来た。
「ただいま戻りました。お迎えありがとうございます」
「…日向ぼっこしてただけやし」
「はい」
「……ここ、座り」
突っ立っとるこいつに、俺の隣を指差した。素直にそこへ腰掛けたんを横目で確認して、反対側に用意しとったモンを手に取った。
「これ」
こいつに差し出したんは、小ちゃいサイズの和紙みたいな感触の紙袋。老舗の紋が箔押しされとるやつ。それをまた、素直に受け取ってくれた。
「何でしょう」
「開けてみ」
「はい」
紙袋から出して、紫苑色した厚めの和紙の包み開けて、桐箱のフタ開ける。フタ開けた瞬間、こいつの動きがピタッと止まっとる。
「…直哉さま、これは」
「……櫛や。つげのくし。祇園に散歩行ったとき。選んだん」
「………」
「今回は受け取れよ」
何を思とるんか、櫛と俺を交互に見てアホ面になっとる。
「まぁその…、ハタチのお祝いや」
「直哉さま…」
早いとか遅いとか、別にええやん。ずっと渡しそびれとった櫛。タイミングわからんまんまやったけど、ここへ帰って来たときに渡そう思て。また拒否られたら立ち直れんけど、ちゃんと皐月にて選んだんやから。
「ありがとうございます。大事にします」
胸に抱いて、大事に、てしてくれとる。なんや俺への扱いみたいで口角上がってまう。
「泣いて喜んどるやん」
「もちろん嬉しいですけど、泣いてはいません」
「はぁー?そこは泣けよ」
「ふふっ、直哉さまこそ」
「なんでやねん、あほ」
なんか前もこんなやり取りしたような気ぃする。
ここでこいつの笑い顔見とったら、我慢してきた甲斐あったなて思える。そら100点満点と違ごたかもしれんけど、まぁ及第点ってとこやな。いや、ちゃんと2年待ったんやからやっぱり120点やろ。
今日は天気がええ。眩しいくらいのええ天気や。桜も綺麗やん。
またこいつがここにおる日々が戻るんやな。ああ、やっとまともに眠れそうや。
──第五章:20歳、もがいた先に END──
✦夢主ちゃんは、一言で言うと「直哉さまのため」に別の可能性を一旦捨て、自分の覚悟を取って戻りました。
──20歳
今日は柄にもないことしてみとる。縁側で日向ぼっこや。寒い時期もすっかり終わったし、今日は日差しがぬくくて気持ちええ。裏庭の桜も蕾はほぼない、種類によっては満開や。こんな日ぃやった。あいつがウチから引っ越して行った日ぃ。何日やったかはその時は気にせんようにしてたから覚えとらん。せやけど、晴れてて、ええ気候で、桜咲いとった。縁側に寝転んで、見上げた先が眩しい。薄いピンク色と水色や。そんな景色見ながら、やっと折り返し地点まで来たんやな、て思た。
冬の間も、俺もあいつも変わらずの生活や。鍛練、祓う、学校、勉強。忙しけど、嫌いな機械のおかげで繋がっとる。
年末前頃に、親父に誘われて親父、あいつ、あいつのおじさんと3人で食事するんやて報告もろたこともあった。俺差し置いてかいと思たけど、誘われてもそのメンツではなんか嫌や。
正月は大晦日と元日に帰省しとった。今までは女中として働いとったけど今回はお客さんや。えらい居心地悪そうにしとったけど、親父を筆頭に飲めや食えやと構われとったな。元日の茶の時間は俺の給仕に来てくれた。1年くらいぶりのそれはなんやムズ痒かった。
・
「うっ……っ、…ふー…」
あいつにも言うてへんことがある。まぁ普通はこんなん誰にも言わんやろし誰にでも起こっとることや。
寝る前の電話が終わったら、その手ぇで自慰行為する。たまにやで。そら溜まったら出しはする。そんな、作業みたいなもんやない。「直哉さま」て声思い出して、今まで何回か抱いたときの映像頭ん中に流して。でもこれしたあと、ちょっとだけ胸ん中に空洞出来たみたいになる。続いたら、それがまたデカなってはくる。まぁでもこんなん、俺かて至って健康やってことやろし、ウチではかなりまともな部類やろ。知らんけど。
・
とっくに当たり前になっとる、出掛け先のURL添付。今度は、年度も変わって学校で組むときのチームが変わるから言うて、親睦会兼ねた食事会やと。全部で7人、内男は2人。ランチして、そのまま残るやつはカフェの時間もゆっくり過ごすらしい。また事前に聞いとったから俺もそれに合わせて組んどいた。14時ぴったりに前に着いとけるように。
前に着いとることは連絡入れてる。あとはまぁ14時5分くらいまではここでじっと待っとくだけや。
キィ…、
洒落とる扉が開く。半分ガラスやから、皐月ともう1人が喋りながら出て来ようとしとるんが見えた。こっちには気付いとらんようや。
「じゃあお先に帰るね、今日はどうもありがとう」
「こちらこそ!また1年よろしくねー」
「うん!」
扉の前でなんや挨拶しとる。そこに近付いて声かけた。
「皐月」
「すみません、お待たせしてしまいましたか?」
「全然」
こっち向いたお友達に作り笑顔振り撒いとこか。
「どうもこんにちは、お友達」
「お世話になってます!」
「こちらこそ」
「えー皐月ちゃんめっちゃカッコいい彼氏さんいたんやー知らんかったー!」
「えーと…、そうなのかな」
お友達の言葉に、一瞬びっくりしてた皐月は俺のことチラッと見て、ニコッて笑ろた。
「えーなんやぁ、皐月ちゃん、今日はそういう予定やったんー?また恋バナしよなぁ」
「そうだね、うん」
「ほなまた学校でね、バイバーイ、楽しんでねー」
手ぇヒラヒラさせて扉ん中入って行くお友達を、俺もこいつもあの子とおんなじ調子で見送った。
「………」
「………」
ほんでなんとなく手ぇ下ろす。大体おんなじタイミングやった。
「…すみません、なんか変な感じになっちゃいました」
「…べつに」
「失礼にならないようにって、焦っちゃいました」
「そんなん、今さらやん…」
多分こいつもわかっとる。どこに俺が引っ掛かったか。どこでミスったか。せやからこいつも立て続けに言い訳みたいなん言うとるんやろ。俺のこと、周りに定義したないみたいな。その言い訳みたいやん。
さっきまでお友達とおった皐月。今は外で俺の隣におっても、なんか急に自分が透明人間になったみたいな感覚になった。
「…俺って、なに…?」
「直哉さま」
「……お前の家、帰ろ」
「…はい」
手の指先まで一気に冷たなった気ぃした。せやから、こいつの手ぇ取って、冷たなった指絡ませて。そのまま引っ張ってとりあえず歩いた。
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大阪の家。手ぇ洗ろてうがいして、俺は定位置になったソファでキッチンにおるあいつを見とる。前に俺が持ってきた紅茶の葉っぱ。それ使こて茶の準備しとる。こっちに戻ってきた皐月はテーブルに盆乗せた。
「熱い内に飲んでくださいね」
「ん…」
俺に、て用意してくれとるカップとソーサー。シンプルな白いやつ。そこから立つ湯気をうっすら見つめた。俺の前に置いたあとも、こいつは動かんと俺のことじっと見とる。視線感じる。俺がなんか言い出すんを待っとるんか。
「なんか……いややねん。俺って、お前のなんなんやろ…こんなん、お前にだけやのに…。………」
渦巻いとるモヤ、ちゃんとよう言葉にせえへん。喉が詰まる。
「……今のお友達には知られもしとらんのか、て…。べつに…周りはどうでもええんよ。せやけど…ちゃうやん」
前に、周りに俺のこと言うとるて聞いたことあるし。また環境変わったら言うてるんやろなて思うやん。俺のこと優先したいから周知しとった、て。もう言うてへんてことは、優先しとらんてことやんか。
「なぁ……俺、て、お前の、なんなん…?」
「直哉さまは」
「……」
「直哉さまは、私の大事な人です」
「……いやや。それ、いらん」
その言葉は、欲しない。それ、俺には嫌な意味なん。大事な嫡男とか、大事な呪具とか、大事な血ぃやとか。それ、家のためのもんにくっついとる言葉なんよ。せやからそれは欲しないんや。
「……どうせ、俺のこと…めんどくさいと思とるんやろ…」
「それこそ今さらです。そんなの、もう思いません」
「え…」
正直、たか括っとった。「そんなことないです」言うやろ、て。違ごた。とっさに顔上げたら、やらかい表情で俺のこと見とった。俺がめんどくさいことなんか元々やろ、知ってたわ、て続くみたいに思えた。その言葉に、今までもそうやった、これからもそうやで、て。どんな俺でも受け入れてくれとったんやて事実に、視界がぎゅって狭なった。
「直哉さま。直哉さまが私を"何"にしたいか決めていないなら、私が勝手にそれを決めることはありません」
「そんなん、俺は…」
「でも、何年前からでしたか…私は直哉さまを受け止める覚悟だけは持ってます」
…それ、覚えとる。14のときや。いきなり、俺にその呪いをかけてきた。忘れもせん。
「私だって、その心を決めているのは直哉さまにだけです」
「………」
「だから、私にとって直哉さまは、特別で、唯一で、大事な人なんです」
「………」
「わかりましたか?」
「………」
途中から、息出来ひんかった。喉イガイガしてきて、鼻の奥じんじんしてきて、目の前がじわじわしてきた。俺があんまり好きと違う言葉を、そうやないもんに塗り替えられた。じわじわしとるモンが溢れてほっぺたに落ちたんがわかった。
「みっ…!見んなや…!」
「直哉さまのことを見てます」
「ぅぅ…」
別に、恥ずかしいとか、みっともないとか思っとるわけやない。ただ、こんな俺のこと、今見んといてて顔隠しただけやから。
「……皐月、ぎゅって、してくれへん…」
「ぎゅってしたら直哉さまは安心しますか?」
「…うん、する…」
はい、て笑ろて、近づいてきた。俺の真ん前に膝ついて、体と腕が伸びてくる。それで包んでもろたら、俺の胸の音が皐月の体に反射して響いてきた。
「俺……お前の特別なん?」
「そうです」
「皐月、俺のこと…………好き?」
聞いた。聞いたった。曖昧にしとった。こんな2文字みたいなもん出されへんかった。でも聞いた。今やったら聞けると思た。
「はい、好きです」
「……」
そんなん、当然そうと思とった。自信あった、確信しとった。せやけど、それだけはなんか怖かった。練り切りが好きやとか、ウサギが好きやとか、もちろんそんなんとは違う意味や。ずっとうっすらかかっとる気がしとった胸ん中のもやもや。それが晴れたみたいになった。またじわじわが流れた。
「俺も………俺も好きや…」
「はい、直哉さま」
腕にもっと力入れた。胸の音の振動もさらに皐月の体から響いてきた。彼氏やとかどうとか。もう、そんな浅いもんとは違った。こいつの心に俺がおって、俺の心臓にこいつがおる。そう思たら体から力抜けた。
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浮かれとる自分がおる。ほんでほかの兄弟のこと見下しとる俺も。
お前らみたいなモンに内側から繋がっとる人なんかおらんやろ、て。ダサいから態度には出せへんけどな。日課も続いとる。ジメジメした梅雨もうっとうしない。
晴れた日ぃ。お仕事は夜からや。それまでに、たまには出掛けたろ思て祇園へ足伸ばした。お茶屋のぜんざいいただいて、川沿いの立派な柳眺めて長屋の石畳歩いて。1人やけど、あれそれをスマホで撮影してあいつに送る。学校やろ。既読はつかんけど構わんと送った。
・
梅雨も終わりで夏になりかけや。そう言えばこんな時期やった。夕食後に茶ぁすすっとるときに聞かされた。短大に行くつもりや、て。2年前の、こんな時期やった。短大て2年やん。て、言うことはや。また次の進路とかあるんとちゃうやろな。いや、さすがにもう戻って来るやろ。……聞いてみるか?ええやん。別に心配あらへん。いつでも聞けるやん。
日課の寝る前の電話。聞ける機会はなんぼでもある。
夜の11時半頃。また俺からかけて通話しとった。
『今日はご飯しっかり食べましたか?』
「うん、まぁぼちぼちやな」
『献立は何でした?』
「さぁ、忘れたわ」
数時間前のことやのに、ホンマになんやったか忘れたわ。とりあえず白いご飯はあったように思う。テーブルの上をぼんやり思い出しながら空返事しとった。
『直哉さま?』
「……なに」
『何か考えてますか』
「なんで」
『口数が少ないからです』
ええんか悪いんか。頭ん中になんかあること、指摘してきよる。…て、普段俺がお喋りさんみたいやん。
「まぁ、気になっとることはある」
『はい、何でしょう』
「あー……短大て、2年やん」
『はい』
「2月とか3月で終わりやんな」
『そうですね』
「………また、次の行き先、考えとるん…?」
期待込めて聞いてみた。「考えとる」「決まってる」て。その先におるんは俺や、て。
『…そうですね…』
「考えとる……?」
『実は、まだ決まってないんです』
「………」
俺の地雷や。今こいつの可能性が無限にあって、それが決まってへんくて、決まってへんてことは、
「……それ、怖いからやめてくれへん」
『それ、とは』
「決まってへん、てやつ…。あの時みたいに…お前が俺のことほったらかしてどっか行くみたいやん…」
『あの時…、ですか?』
わかってへん。ピンともきてへん。ああ、ホンマに俺のことなんか忘れとったんやな、て。あん時、俺がどんな思いしとったか、そらわからへんやろ。
「禪院出て行ってからしばらくや…何ヵ月も…俺のこと放置しとったやろ」
無風の板の機械ずっと気にしとったアホな俺のことを。あんだけ接触しとったのに、俺のモンにもしたのにや。
『……それは直哉さまも同じです』
「そんなん…俺からするんは違うやろ」
『どうしてですか?いつもご連絡は直哉さまからでした』
「………」
確かに。高校時分、こいつから連絡あるときは予定が変わったとか、なんか余程のことがあったときやった。そんなん、俺かて用事のあるときしかしてへんかったし。
「…けど、それだけか?」
『……』
「言うてみぃ」
正直なところ俺は、俺から連絡すんのが癪やった、こいつからもろて気にされとるんやなて思いたかった、期待しとった。そんなもんや。今思たらしょうもない。
『…学校と一人暮らしの両立が大変だったのもありますけど……』
「けど、なんや」
『はい…。あの…自立、したかったんです』
「……は?」
『女中の1人じゃなく…私として立ってみたかったんです』
……ほらな。思い違いとちゃうかった。
「……なんやねん…!」
『直哉さ』
「あと1年やて思てたら!追加で2年!それも終わりか思たらまたどっか行く!お前は!何回俺を置いてくつもりやねん!俺みたいなもんもう要らんのやろ!!それやったらはっきりそう言えや!!」
合間に俺の名前が聞こえてくる。けど止まらへん。
「受け取めるんも嘘やろ!俺が言うたからおんなじように返しとるだけ!俺が聞いたから合わして答えただけや!俺が求めとるから受け入れただけなんや!!」
『直哉さま!聞いてくださいっ!』
「いやや!俺ばっかりしんどいんももう疲れたわ!!」
ガシャンッッ!!
スマホを壁に向かって思いっきり投げつけた。ケースなんか付けとらんそれは画面と本体が2つに別れた。ヒビ割れて黒なった画面。それ見た瞬間、なんか胸ん中が引き千切れた。
もう、怖いと思うの、嫌やねん…。
「………ぅぅ」
夏至過ぎた言うてもまだ適温のはずや。せやのに、体の真ん中から冷えてくる。自分をぬくめるために、体丸めた。
・
「──さま」
アホみたいや。あれから体が固まって動かんくなって、気ぃ失のうたみたいに寝てしもたんか。記憶にないわ。目ぇ開けたら畳のどアップ。…ホンマにアホやん。
「直哉さま」
イカレとる。幻聴と、背中にあるなんかの感触。
「直哉さま」
ちゃう。すぐ近くで聞こえとるんや。俺の頭、首、肩、胸、腕。動けて命令して、そっちの方向いた。
「なん……なんで…皐月…」
「直哉さま」
「なんで……」
なんでおるんや、とか、夜中やろ、とか、終電は、とか、門番は、とか。色んななんでが頭ん中巡った。せやけど、目の前におるこいつの顔見たら、なんで、しか出て来ぉへん。
「直哉さまのこと、ぎゅうってしに来ました」
「………!」
けど、それで何もかも吹き飛んだ。命令せんでも体動いた。伸びてきとる腕の真ん中へ体ぶつけて、こいつの背中ごと抱き込んだ。
「………」
なんも言えんと。ただ、ぎゅうってして、ぎゅうされて。息が吹き返った感覚やった。煮えとった頭ん中、冷えとった体、だんだん元に戻っていった。
「……皐月…」
「はい、直哉さま」
「俺…これ…変えられへん……、めんどくさくて…ごめん…」
「大丈夫です。安心してください」
俺の頭、肩口に寝かされてなでなでされとる。子供みたいや。いや、子供のときですら、こんなことされたことない。せやけど、子供みたいにそれで安心出来とる。
言葉も、欲しい。せやけど、それだけではもう足らへん。もたへんねん。置いて行かれるかもしれへんて恐怖と、そんなことあらへんでて与えられる安心と。俺はこれを、多分一生繰り返すんやと思う。そんでそのたんびにこいつに解かしてもらわんと、俺がなくなってしまう。…っていう果てのない恐怖がまた俺を支配してきた。
・
・
・
3月。俺は縁側に腰おろして庭眺めてた。車の音とガチャガチャと作業しとる音を聞きながら、桜の花揺れとるんをなんとなしに見とった。
思い返したら春から秋は、俺はこいつにあんなことばっかしとった。困らせよう思てやってるわけやない。どうにも止まらんし収まらん。確認して、証明してもらわんと落ち着かへん。試したなる。欲しくなる。それをちゃあんと返してくれたら安心する。そうやって、俺の胸ん中にたまにかかるモヤを取っとった。
俺への呪いを強化したあいつにはそれをする義務があるんや、て思う。責任取ってくれ、とも思うとる。
「今、なんて言うた…?」
夏終わった頃やった。待ちに待った言葉がスマホから聞こえた。
『はい。就活せずに、私、禪院家に戻ろうと思ってます』
「……それ、ホンマ…?」
『はい』
「ホンマのホンマ…?」
『はい、決めました』
「………、きっ…決めるの遅いんとちゃう!」
一瞬、熱みたいなんが体の下から上へあがって行った。待っとったもんやったのに、そんなんが自分の口から出てしもた。…何を今さら誤魔化しとんねん、だっさ。もっと喜べよ。
「そんなん、当然やん。お前は俺んとこにおらなアカンねん、そう決まっとるんやから。俺のこと待たせ過ぎや」
『はい』
「それやったらもう学校も行かんでええやんな。明日にでもそっちの部屋解約すればええやん。もうそっちのもんは全部要らんね」
妙に早口になった。ホンマださい。
「………うそや。しっかり卒業せぇ……待っとるで…」
『ふふっ、はい。ありがとうございます』
その会話思い出しとったら、黄色い蝶々が飛んできた。それをまたなんとなしに目で追った。
「直哉さま」
追った先に、今さっき着いたであろう皐月が庭の先から顔出しとる。俺のこと見つけて小走りでこっちへ来た。
「ただいま戻りました。お迎えありがとうございます」
「…日向ぼっこしてただけやし」
「はい」
「……ここ、座り」
突っ立っとるこいつに、俺の隣を指差した。素直にそこへ腰掛けたんを横目で確認して、反対側に用意しとったモンを手に取った。
「これ」
こいつに差し出したんは、小ちゃいサイズの和紙みたいな感触の紙袋。老舗の紋が箔押しされとるやつ。それをまた、素直に受け取ってくれた。
「何でしょう」
「開けてみ」
「はい」
紙袋から出して、紫苑色した厚めの和紙の包み開けて、桐箱のフタ開ける。フタ開けた瞬間、こいつの動きがピタッと止まっとる。
「…直哉さま、これは」
「……櫛や。つげのくし。祇園に散歩行ったとき。選んだん」
「………」
「今回は受け取れよ」
何を思とるんか、櫛と俺を交互に見てアホ面になっとる。
「まぁその…、ハタチのお祝いや」
「直哉さま…」
早いとか遅いとか、別にええやん。ずっと渡しそびれとった櫛。タイミングわからんまんまやったけど、ここへ帰って来たときに渡そう思て。また拒否られたら立ち直れんけど、ちゃんと皐月にて選んだんやから。
「ありがとうございます。大事にします」
胸に抱いて、大事に、てしてくれとる。なんや俺への扱いみたいで口角上がってまう。
「泣いて喜んどるやん」
「もちろん嬉しいですけど、泣いてはいません」
「はぁー?そこは泣けよ」
「ふふっ、直哉さまこそ」
「なんでやねん、あほ」
なんか前もこんなやり取りしたような気ぃする。
ここでこいつの笑い顔見とったら、我慢してきた甲斐あったなて思える。そら100点満点と違ごたかもしれんけど、まぁ及第点ってとこやな。いや、ちゃんと2年待ったんやからやっぱり120点やろ。
今日は天気がええ。眩しいくらいのええ天気や。桜も綺麗やん。
またこいつがここにおる日々が戻るんやな。ああ、やっとまともに眠れそうや。
──第五章:20歳、もがいた先に END──
✦夢主ちゃんは、一言で言うと「直哉さまのため」に別の可能性を一旦捨て、自分の覚悟を取って戻りました。