直哉夢「15年」
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✦直哉視点
──14歳
今日はおとんに連れられて会食へ出かける。兄さん2人と俺の4人。めんどくさいことには違いあらへんけど、俺にまでおべっか使てくる相手方の間抜けなツラ拝むんはまぁ有意義な時間や。
外出の準備させられてぞろぞろと玄関へ。俺かて一応順番は守る。おとん、無能な兄さん方、そのあとに俺や。おとんも外出たし、俺も前に出て土間に目ぇ下げる。
「…何やこれ」
並べられとる草履。俺の草履のかかとが揃てない。1センチくらい隙間開いてて右が斜めになっとる。
「これ、並べたん誰?八の字になっとるみたいやけど」
兄さんの足元におる女中、玄関先で見送るために並んどる女中。こいつらの空気が止まる。下向いとるやつもおるな。揃いも揃ってだんまりかい。ここにはアホしかおらんのか。
「これ並べたカスは誰や言うとんねん!」
斜めになっとった片方の草履を掴んで女中の溜まり目掛けて投げた。元々誰も喋ってへんから静かや。せやけど全員の無言がうるさい。近くにおった兄さんはフンって鼻鳴らして、その裏返った草履を蹴飛ばして消えてった。くそが。
「俺のもんへの扱いは、俺への扱いやぞ。覚えとけよカスども」
「直哉様、大変申し訳ありません。仰る通りでございます」
固まる女中たちの脇から女中頭が飛んできた。別の草履を抱えて俺の前でひざまずいた。
「だんまりと仰る通りで済むんやな。えらい気楽な仕事しよるのぉ」
「すべて私の不行き届きです。申し上げる言葉もございません」
見えてた頭頂部。さらにうなじまで晒すように土間に手ぇついて頭下げとる。
俺単体のときの失態ならまだしも…いや、それでもあり得へんけど、兄さん方と出る折にこの扱いはどう考えてもアカンやろ。実際あの兄さん、ワレがポンコツのくせして転がった草履蹴飛ばして行きよったしな。舐められたもんやで。
それはそれとして、女中頭が連中の前でこうしとるんや。頭踏んづけるてやるんは簡単やけど、俺かて無能やない。
「おまえに免じて不問や。せやけど二度はない。よぉしつけとけ」
「誠に恐れ入ります」
「ふん」
草履に足通す。伸びてきた女中頭の手ぇ払ろて自分で履いた。凍りついとる女中連中の前を通って見えんなったおとんの行った先へ進んだ。
…ああ、胸くそ悪い。ほんま、これだけとちゃうぞ。氷山の一角や。
マグカップ出して来よった思たら取っ手の向き逆やわ、返事は遅いわ、着替えの袴を間違えよるわ、座布団にホコリ乗っとるわ。
舐めくさった仕事しよって。頭回っとんかほんま。もっと緊張感もって丁寧にやらんかい。殴られへんだけマシや思えよ。
・
「どうぞお召し上がりください」
「ん」
風呂、夕飯が済んで部屋でお茶。封された小振りな白あん饅頭を2つお茶請けに、茶ぁが出された。それを俺の前に出して一歩引いて正座するんは、あいつや。最近顔見せるんは夜だけ。学校から帰ってきても勉強しとるんやと。…何様やねん。
「そらそうと、平日はえらい忙しそうにしとるみたいやん。俺に顔見せる隙もないんやねぇ」
「いえ、中途半端はいけませんので控えていました」
「気ぃ使こてもろておおきに」
ちゃんとした普通の学校に入れてもろて楽しいらしいやん。普通にお友だちできて、普通の子供みたいに。ウチから解放されとる時間、さぞ楽しいやろな。外へ通て、俺にチクチク言われんとこで、俺のおらん時間を、のびのび過ごしとることやろ。
「…なぁ、お茶いつもよりぬるない?」
「いいえ、いつも通りです」
「あー…まぁ、そうやな」
湯飲みのフタ外して口つける。ええように言うたら、すっと飲める温度やったんや。いつもは加減して飲んどった。茶は熱い方がええからな。最近飲んどった熱い茶はほかの女中が用意したもんや。それに慣れてしもてたから、久しぶりにこいつの持ってきた茶の温度が低く感じた。でもそうやった。これがずっと飲んでたいつも通りの茶や。それに気付いて思わず舌打ち。…ほんま、どんだけ放ったらかしにしてくれとんねん。
「あの、直哉さま」
「なに」
スッと畳が鳴る。こいつの体が下がって、着物と畳が擦れたんや。それと同時に、なんや真面目な顔向けてきよる。
「差し出がましいのは重々承知ですが」
「ふん、なんやねん。ほんでそんな言葉づかい知ってたんかい」
「直哉さま」
「…なんやねん。……言うてみぃ」
いつものアホ面が急にそんな顔しよるから。茶化してみたらまた居直る。そんなんされたら聞いたらなカッコ悪いやんか。なんやしてやられてる気ぃもするけど、湯飲みの横、座卓に肘ついて頬杖して次を待った。
「最近の直哉さま、どうされたんですか」
「は?何がや」
「草履を投げたり、マグカップ割ったり、壁に穴開けたりです」
「はっ、俺は暴れん坊かい」
「はい」
「はい、て」
「ほかにも、女中に声荒らげたり、椅子壊したり」
「はぁ~…。キミな、そんなとこしか見とらんようやけど、そもそもがどうもこうもあらへんねん。しつけのなってへん無能を叩き直したってんねん。無礼者の巣窟やぞアレ。あんな連中おらん方がマシや」
「直哉さまのおっしゃることは、ごもっともです」
「せやろが」
「立場上、厳しくなるのも当然です」
「わかっとるやん」
「私にも、ほかの女中方にも、ご指導いただけたらと思います」
「せやからやっとんねん」
「お考えを変えてほしいとは思いません」
「……まどろっこしいな、何が言いたいねん」
一発睨む。そうしたったら、大抵の女中は固まりよる。けどこいつは慣れたもんや。俺の軽い睨みには動じず、一拍置いて頷いた。
「今後、そういうのは、私にだけしてください」
「あ?そういうんて、なんやねん」
「草履投げたり、怒鳴ったり、殴ったりです」
「なんでや」
「指導はしてください。でも、直哉さまが怖い人だって思われるのは嫌なんです。そんな人じゃないのに」
「……」
「だから、今後は私だけに、してください」
「……さっきからなんやねん。えらい生意気なことツラツラと。ほんなら何かいな。拳も草履もキミが受けてくれるんやな?」
「はい。全部受け止めます。なんだったら殴り返します」
「…は?……は…あっははは!」
受け止める?殴り返す?はあ?2年前とは訳が違うぞ。ケガで済めばええけどなぁ?正気か?そんな人て、どんな人や。ほんま、くそ生意気に並べ立てよる。やれるもんならやってみぃ。
「ふん。今さら他人にどう思われようが屁ぇでもないわ。俺を立てられへんカスは必要ない。それだけや」
「はい」
…どないやねん。意味がわからん。いっちょまえに意見すんな。おまえごとき、俺をどうこうできると思うなよ。
ガンッッ!
腹の立つ。目の前の漆皿。饅頭ごと前の飾り棚に投げつけた。
「…せっかくの饅頭が不味なる。今日はもうええ、下がれ」
「わかりました」
転がった饅頭とひっくり返った皿。こいつはそれを拾ろて、座卓の隅へ元通り置く。また俺に居直って頭下げたあと部屋から下がって行った。
ふすま、置かれた饅頭、棚の中で倒れた馬の置きもん。それらを睨みつけた。これは怒りなんか、なんや訳わからんもんが胸から頭に上がってくる。なんやねんこれ。腹立つ。
どうせ出来もせんくせに。どうせ平日は来ぉへんくせに。いつでも受けて立つみたいに言うな。胸くそ悪い。
──15歳
最近、鍛練が思てるようにいかん。体術面が延び悩んどる。前から感じとった膝の痛みも気になる。まぁこれは成長痛や言われたから、むしろどんどん痛なってくれたらええ。デカなるための痛みやったらイラつきはせん。
せやけど、ほかにイラつくことは山ほどある。相変わらずの家ん中。さらにわかってくる兄さん方のポンコツ加減。外部の気色悪い媚び方してくるやつ。来る言うてるやつは来ん、来やんでええやつは来る。たまに出されるやたらふわっふわしたタオルも気に入らん。
まぁやっぱ鍛練が自分が思てるようにうまいこと出来へんのが一番のストレスや。
「そうだ、直哉。次の土曜に決まったぞ」
朝食中。兄さん方、女中どもがおるけどいつも通り静かや。そんな中でおとんが何の脈略もなしに言うてきた。
「何が」
「見合いだ、見合い」
「ああ。なんか言うとったな」
「覚えていたか。えらいぞ」
「きしょいな」
15になった途端や。見合いとはテイのええ。俺はソレのこと、オンナあてがわれるんや思とる。当主様の血ぃ残す作業。丈夫でケツのでかい安産型でも見繕って来よるんやろ。頭かすめるだけでヘドが出る。
とは言えや。出来の悪い兄さん方もこの家のモンとして通って来とる道。小ちゃい頃から見とったし、俺かて例外ではないことはわかっとる。兄さん方は18くらいの頃にしとったように思うけど、俺には早めに整えに来よるんや。せやからまぁ、そんな時期かいって思うだけや。どうなるかは知らん。適当にお行儀ようやり過ごしといたる。
・
ほんで、今日や。いつもよりええ生地の着物用意されとったから思い出した。口ん中からべろ出て目ん玉上向くほどめんどくさい。
客間のふすまに手ぇかけとるおとんの後ろで一回、ほんまにその顔した。
「いやぁ、お待たせしましたな」
「とんでもない!久しいですなぁ直毘人殿」
…はぁ、茶番のはじまりはじまりや。
先に席についとる相手方。奥の小デブオヤジの前におとんが座って、その隣に腰かけた。ふっと前を見たら、大人でも子供でもない女が綺麗に着飾って伏し目に座っとる。
「いやぁ、直毘人殿。このような席を設けていただけるとは。感謝します」
「なに、家のことを思えば自然な流れというもんです。本人もどうこう言う歳でもありませんしな」
「ははは、まったくその通りで。子というのは、家の礎ですからなぁ。しかしまぁ…ご子息、噂通りですな。顔立ちもええ!」
「はは。見目だけで中身はまだまだ。しかしまぁこれから期待しとります。……さぁ、贔屓店の菓子、召し上がりください」
ふん。女中頭が順番に上菓子、客用の蓋付きの湯飲みを給仕しとる真ん中で、狸同士キモい顔で笑ろとるで。
「権力も財力も最高峰の禪院家と縁いただいたら、うちとしても末代まで安泰ですわ」
「うちのこれ…次女も、今年で18なりまして。身体つきももう大人顔負けで」
「長女はええとこに嫁いでくれまして、これにも実ぃになる良縁を思ております」
「母親に似てべっぴんですし、家のことも一通り手際よう出来ます」
「子も産める年頃です。月のもんも安定しとるし、検査もクリアしとります」
「早いこと、長いこと子ぉ産める女っちゅーもんは、それだけで価値ありますからなぁ」
小デブオヤジのゲス発言が続く。娘の体のこともよう喋りよるでこのゲス狸。座って何分しか経ってへんで。もうゲボ出そうや。
「ご子息も…その辺の支度も年相応に整ってはるやろし。禪院家に嫁いだら、これに一日でも早よう仕込んでやってください。丈夫ですさかい、何人でも産める思います」
「……ふぅ」
ガチャ、ガチャ、ヒュッ…!
「…その上品な口、閉じてもらえますやろか。耳腐りますさかい」
「な、な…っ」
聞くに耐えん。生理的に受け付けへん。
衝動的やない。立ち上がって、座卓に膝かけて、拳を鼻先に突き出した。空切って、ゲス狸の前髪が揺れる。
口、閉じよったな。湯飲みも揺れはしたけどこぼれてへん。それだけ確認して座卓から降りた。…もうここには用事あらへんし、さっさと外の空気吸いに行こか。
「直哉、どこへ行く」
「もう終いや。そうやろ」
「なっ…ね、年長者に向かって…!」
「ただ随分早よう生まれただけやん」
本来ならこの小デブゲス狸に同意や。俺を産んだ人もそうやった。女は産んでナンボやと。ウチに骨埋めるつもりの女はそうやないとやっていけへん。…せやけど、その汚い口でそれ以上ゲスいことペラペラ喋られたない。挙げ句、俺を生殖パーツ扱いして仕込めと指図して来たからな。役満や。気色の悪い。ひたすらにきしょい。
「……」
手前の女に目線下げる。最初に見たまんまや。どこ見とるんか伏し目にしとるだけ。結局声も聞かへんかったな。まぁ別に1ミリも興味ないけど。
「しょせん、俺もアンタも種と畑。ただの家の駒や」
「……」
「ほなさいなら」
女は出しゃばらんと黙って男の後ろついてきたらええねん。せやけど意思とか覚悟のない人間はアカン。ただの機械に用事はない。あんなもんと縁続きになるんやったら死んだ方がマシちゃう。
狸どもの声がふすまの向こうから聞こえてくる。当然、無視や無視。上等な菓子食いっぱぐれたし、茶の時間におんなじもん出してもらおか。
・
次の日。相変わらず鍛練は思たようにいかん。これが限界なわけないねん、俺はまだまだいけるはずや。せやのに「今は我慢の時期」や言われて余計腹立つ。我慢…俺が一番キライな言葉や。
いつもよりよう汗かいてしもたから湯船に浸かって体を労る…つもりがまたいつもより湯がぬるい。毎日のことなんちゃうんかい。なんでいつも通りがでけへんねん。
ほんで風呂上がって廊下歩いてたら、前からおとん登場や。
「よぉ直哉」
「はぁ…。どうもごきげんよう」
おとんはいつ見ても「万事上手くいっとる」みたいな顔しとる。いつもはそんなツラも気にならんけど、とにかく起こることすべてにイライラしとるときはただのムカつく顔にしか見えん。
「鍛練、よう頑張っとるな」
「まぁな」
「そのあたり、気ぃも強いし忍耐力に長けてて感心感心」
「そらおおきに」
腕組んでうなずいて。なんや褒めてきて気持ち悪いやん。普段そんなこと言うてけぇへんのに。
「ただ、まぁ昨日のはなぁ。ちぃっと早かったな」
「はぁ?」
「まぁあれと縁切れたところでこっちの損失は皆無だが。えらいおかんむりでなぁ。宥めるのが大変だったぞ。あのゆでダコ、傑作だったがな」
はっはっはっと笑いながら、おとんはそのまま俺の横通って廊下を進んでった。
…支障ないんやったら、いちいち言うてくんな。しょうもないこと共有してくんなや。お行儀ようしといたるつもりやったわ。そうさせへんかったんは、きっしょい大人のせいやろが。俺は大人どもの都合に合わせたったのに。お小言言われる筋合いないわ。
「くっそ…!」
あーイライラする!普通に歩いてられへん。床がドスドス勝手に鳴るんや。
バンッッ!
「あいつは帰ってきてんのか!」
扉を思いっきし開ける。その音と俺の姿に、この部屋…給仕準備室におる女中どもの動きがビタッと止まって一斉にこっち見とる。
「おれへんのかて聞いとんねん!」
「もっ申し訳ありませんっ。皐月のことでございましたら、まだ戻ってきておりません…!」
「くそが…!なんでおらんねん!」
バンッッ!
おらんのやったらここには用事ない。おんなじように扉閉めてまた勝手に床が鳴る。
あいつ…!もう帰っとる時間とちゃうんかい!俺のこと、受け止める言うたんちゃうんか。約束が違うやろ。いつでも受けて立つみたいな口振りやったくせに、実際約束果たせたん片手で足りるくらいや!肝心なときにおらんてどういうことやねん!あいつが言うたんやろ、自分にだけせぇて。俺が呼んだらすぐ来るんや。そうやないとアカンやろ。学校か受験か知らんけど、俺より大事なことなんかあるか!?ないやろ。あるわけないやろうが!
──16歳
2月の中旬までイライラがピークやった。むしゃくしゃし過ぎてハゲるか思た。ふすまぶち破って畳ぶち抜いて。怒り発散してたら「反抗期か」て笑われた。…もうハゲるどころちゃうぞ。脳みそ沸騰して耳から出そうになったわ。
「はぁー疲れた。いや、現場が疲れたとか力及ばんかったって意味やないよ。あんな低級呪霊、いくら数多い言うてもこちとらちゃっちゃと出来る言うねん。横からやいやい指図して来よって。あんなん逆に邪魔やわ。気ぃ散って怪我したらどないしてくれんねん。まぁそんなもん絶対せぇへんけどな」
「はい。直哉さまはお強いですから」
「せやろ。まぁ強いって言うかセンスやな。そもそも俺は抜かりないように鍛練しとんねん。ほんで次々祓ろてったらはいはい天才天才とか抜かしよる。自分の無能さと鍛練不足を棚に上げて俺を天才扱いや。わかるやろ。褒めとんのちゃうねん、嘲笑しとんねや。それで心身弱い自分を保とる。はっ、ある意味傑作やな。そう思たらポンコツどもに腹も立たへんね。むしろ一種のエンタメや」
「直哉さまの尽力は私もずっと見てきました。誰も敵いませんよ。…さて、お待たせしました。どうぞお召し上がりください」
茶の時間。こいつの間食の給仕は半月ぶりや。
一年くらい前は、確かにこいつに袴も投げたし、こいつが立つ後ろの壁やったかふすまやったかも殴った。俺も、まぁ大体は…半分は…ちょっとくらいは我慢してこいつの言うようにこいつにしかこんなんしてへん。でもほんまにそこまでのやつは何回かや。そもそもこいつがおらんかったからな。最近はたまに不満を口で吐いとるだけで済ませてる。済んでる、とでも言えるかもしらん。あんまり間空けんとこいつにぶつけられるからな。
「昨日もな、またどっかの偉いさんか何か知らんけど、親父の古い付き合いの人や言うて食事会に連れて行かれたん。コミュ力高いらしい兄さんと、比較的見た目のええ兄さんと、俺と。ほんなら向こうも親父と三姉妹やねん。なんか嫌とちゃう?たまたまか知らんけどきっしょー思て。食べてるときは何もなかったんやけど帰り際に外で一番下の女がすり寄って来よったん。俺の容姿褒めながら腕掴んで来てんで。サブイボ走ったわ」
「お疲れ様でした。お食事はおいしかったですか?」
「懐石料理やったよ。鯛めしおかわりしたわ。二杯目はお茶漬けや」
「珍しいですね」
「あそこの炊き込みご飯とかうまいねん。キミにも食わせたいわ」
「はい、いつかぜひ」
俺は喋りながら食べて飲んで。こいつも、俺の話に表情変えながらうんうん頷いとる。で、湯呑みに茶がなくなれば適量注ぐ。
「さっきもな、屋敷の古い人間が、今の若者はどうやーとか昔の人の方が偉いーとか俺らの時代はーとか語る語る。別にアホみたいに真面目に聞いてへんよ、耳お留守や。黙っといたったらすぐ調子に乗りよる。ちゅーか時代錯誤過ぎんねん。明治とか昭和とか知らん知らん。いつの時代も一番強いやつが一番偉いねん」
「それは疲れましたね。疲れたときには甘いものが一番ですよ」
「まぁ菓子やら甘味は嫌いとちゃうな」
「またリクエストがあれば教えてください」
「せやな、考えとく」
こいつはふっと笑って、茶っ葉を足してガラスポットに熱湯を注いだ。
「とは言え今日の間食や。でっかいプリンにフルーツとホイップてんこ盛りのプリンアラモードて。プリン・ア・ラ・モードやあらへんで。わしゃガキか。こんなモンで喜ばへんぞ」
「美味しくなかったですか?」
「そうは言うてへんやろ」
「ふふ、完食いただきよかったです」
いつもはもっと皿の上は落ち着いとる。たまに今日みたいにガチャついとるもんが出てくる。まぁくだもんは割かし好きやけど。でもクリームはちょっと甘かったな。
「あ、そうや。あれ何となく嫌やねん。ふわっふわのバスタオル。そら肌触りは気持ちええよ。でもほんまに水吸うとんかいって気ぃせん?ガシガシタオルはなんや薄い気ぃして嫌やし。前はそんなん思わんかったんやけどね。もうちょいちょうどええの用意してくれへん」
「わかりました。大判でちょうどいいもの探しておきますね。取り寄せたら一度見てもらってもいいですか?」
「せやな、何個か見繕っといて」
「はい」
カラになった皿を畳の上の盆に乗せる。そうやって動かされる皿をなんとなく目で追った。
「お茶のおかわりはいりませんか」
「そうやね。ほなもう一杯もらおか」
「かしこまりました」
俺は、追加で作られとったガラスのポットの中身が目の前のカップに注がれるんを待った。
外はまだ寒い。でも、俺の部屋の中はぬくい。
・
親父も懲りひん。若い相伝持ちのお前に懲りるには早すぎるだろうて言われた。そもそも、このクソイベント自体がまだ早いやろ。なにて、見合いや。嫌がらせか思うで。15、16の時分からこんな目に遭わされとったら、むしろ親父の思う理想かなんかから余計に遠退くやろ。知らんけど。とにかくこのクソイベントが億劫でしゃあない。初回はアレや。前々回はおとなしいしといたった。前回はバックレた。今回は…アホみたいにめんどくさいけど、余程やない限りかしこぉしといたる。
……無意味な時間とはこのことや。権力とカネに目ぇ眩んどるキツネ親父、娘も娘でよう似とる。ぺちゃくちゃ喋るブスほどうっとうしいもんはない。
部屋で、着せられてた上等な着物を脱ぐ。それ受け取ったり掛けたり畳んだり、俺の着替えも悪ない手際でやっていく。クソだるイベントの直後の着替えやからな。どうせ吐き散らかす羽目になるんやろうと、着替えの支度はあいつに、て指示しといた。
「はぁーだるっ。ほんまクソやったわ」
「お疲れ様でした」
「全く意味あらへん。無駄。茶番。死んだらええのに」
「そう言いたい気持ちもわかります」
「せやろ。今日は大人しぃしといたったし、褒めてほしいくらいや」
「はい。お疲れ様でした、直哉さま」
俺の後ろや前やに立って着付けてく。紐をキュッて縛って支度は終了や。
「そういや、自分もJKライフどうなん」
まぁなんとなくスッとしたしな。話題変えよか思てこいつに聞いてみた。何ヵ月か経っとるけど聞いたことなかったし。
「そうですね、結構楽しいです。新しい友達も何人か出来ました」
「そうか」
「眠い授業もありますけど勉強も好きですし」
「ふーん」
「お弁当持ち寄ってグラウンドでみんなで食べたり、放課後残ってテスト勉強したり」
「……」
「あ、この前は帰る方向が同じ子と寄り道しちゃいました。アイスの買い食いなんて初めてで…ふふっ、その子のチョコミント分けてもらったら私、口に合いませんでした」
「……は?」
「その子に、お家に遊びにおいでって誘ってもらっちゃいました。まだかなってませんけど」
「……」
「お許しが出たら遊びに行って、も……、……直哉さま?」
「なんや」
「お顔が近いです…」
ちょっと聞いただけやん…。よっぽど楽しいんやな。学校、お友達、やて。いつも自分のこと、言わへんやん。せやのに、えらいニコニコして喋りよるから。楽しそうに喋る顔見よ思て。これ以上まだ喋るんか、思て。背中丸めてこいつの顔との距離詰めた。
「そんな顔すんの珍しな思て」
「そ、そうですか…?」
「そんなに楽しいん?俺おらんのに?」
「え…」
「なぁ、ガッコでいっつもそんな顔してるん?」
「……」
「なぁ」
言葉に詰まって固まっとる。もう十分近い。拳1個分や。これでこいつの口から俺の知らん世界が流れて来るんは止まった。…せやけど、俺の胸辺りから口へ出るモンが止まらん。
「もう、どっか行ってしまうん?」
「え…いいえ」
「俺のこと、必要ないんか?」
「そんなことありません」
「なんなん…」
「……っ」
顔傾けて、勝手に吸い寄せられる。…けど、俺の鼻先にこいつの呼吸が当たったから。前髪同士が触れたから。こいつがギュッて目ぇつむるん見えたから。せやから、なんとなく正気に戻って動きを止めた。まだ息がかかる距離や。目ぇをじぃっと見とったら、それが開いて俺を見上げとる。
「………」
「な、直哉さま」
びっくりしとる。いや、心配しとる言う顔や。でもその顔をすり抜けて耳元へ口寄せた。
「……覚えとけ」
それだけ言うて、俺は部屋を出た。
…なんやったんや、今のは。俺かてわけわからん。
ただ、俺のおらん場所、俺の知らん時間…それ聞かされんのが嫌やった。せやから、それが流れてくる口を俺でふさいでしまいたかった。腹立つってモンとは違う。なんや胸のとこがモヤモヤしてしんどい。俺かて…わけわからんわ。
──17歳
鍛練は毎日。これをでけへんやつは能無しや。座学もまだある。呪術師や言うてもペーパーテストでアホみたいな点数取るようではダサい。呪霊も頻繁に祓ろとる。田舎も都会も、近場も、遠出もする。まぁ、とにかく忙しい。
今日も今日とて、朝から駆り出されてお仕事や。やっと終わって帰りの車ん中。夕方。なんとなく外見ながらぼーっとしとった。
したら、ちょい先に見知った後ろ姿や。嫌いなセーラー服着て、立ち止まっとる。…あいつやんか。まだ屋敷帰ってへんのかい。俺もうすぐ着くのに間に合えへんやろが、トロくさい。
「……ん?」
どんくさい、何をしとんねん。そう思て追い抜く瞬間にチラッとあいつを確認した。下向いて、両手でなんかしとる。
……あの手ぇに持っとったやつ、スマホとちゃうか?はぁ?なんやあいつ。いつから持っとんねん。俺聞いてへんぞ。
「ちっ…」
あーイライラする。隠されとるみたいやん。いや、隠されとるやん。なんで報告ないねん。早よ帰らんとこんな帰り道で。なんか調べもんか?そんな今急いで知りたいことなんかないやろ。誰かとやり取りしてるんか?やっぱり今急いでやることと違うやろ。なんやねん、イライラする。
・
「直哉さま、お待たせしましたっ」
「はぁー…遅っそいで君」
屋敷に着いたんはもちろん俺が先や。その足で自室で着替える。それにはとてもやないけどあいつは間に合わん。今日はあいつが担当やあらへん。せやけど待っとった女中に指示して奉公先延ばしや。
あれから帰って来よったこいつは女中からそれ聞いて飛んで来たんやろう。ふすまが勢いよく開いた。胸くそ悪い制服のまんま。
「はぁ…やっと来たん。早よ着替えたいんやけど?どんだけ待たすん?」
「ほかの女中方がつく手はずになってましたが…」
「そら変わることもあるやろ。…ほんでそれ、好きと違うんやけどねぇ」
「申し訳ありません、すぐに着替えてきます」
「もうええ。これ以上待ちたないし」
「はい、すみません」
頭下げてふすま閉める。ヒラヒラしたスカートの学校の制服、紺色の膝下までの靴下。その格好で俺の着替え置いとるとこで膝着いた。
「……なぁ。今、持っとるん?」
「何をでしょうか」
俺の袴に手ぇかけようとしとるとこで聞いてみる。その格好のまんまやったらポケットに入っとるかもしらん。
「何て。そないに俺に隠したいん?」
「あの、申し訳ありません。何のことでしょう」
「はぁ…わからんかなぁ。スマホや、スマホ」
「あ」
ほんまに「あ」って顔しとる。どういう反応や。バレたってことやったらどつきまわすぞ。
「で、持っとんの?」
「いえ、もちろん部屋に置いてきてます」
「隠しとんの?」
「違います。普段は鞄の中に入れてるんです」
「普段て?いつから持っとるん?」
「冬休みからです」
「はぁ?それ去年と違うん?なんでなん?」
「学校で必要で…。お友達とも連絡するだろうってお許しいただきました」
「…お友達なぁ。俺は教えてもろてへんで」
「報告せずにすみません。ただ学校で要るだけなので直哉さまに関係ないと思って…」
「……はぁ?」
年末か年始か知らんけど…冬休みから持っとるて。どんだけ経ってる思てんねん。お友達?あー出た出た、お友達。ええやん?楽しそうで。せやけど自分の仕事、忘れてへん?誰に仕えとんのか、また忘れてへんか?ほんでその俺にやで?関係ない?俺に関係ないてどういうこと?俺が関係ない側に立つことなんかあるわけないやろ。
「…持って来て」
「え?」
「それ、今ここに持って来い」
「わ、わかりました」
あいつは急いで立ち上がって出て行った。
…なんや、声が上擦る。アカン、またイライラする。喉がイガイガしてくるし頭も痛なってきた。
「お待たせしました、持って来ました」
「ん」
俺は一歩も動いてへん。部屋の真ん中で立ったまま手のひらを差し出す。こいつはそれを俺の手の上に置いた。
どうやら電源は入ってへん。起動するためにサイドのボタンを長押しした。ホーム画面に行くまでの時間がやたら長い。パスワードは、ない。設定しとけ、無用心や。
「中身見るで」
俺を上目に見とるこいつは頷いた。
通話アプリ、メッセージアプリをざっくり確認。パッと見は女の名前ばっかりや。せやけど気になるもんが目に飛び込んできた。
「誰?このコタロウ言うやつ」
「同じクラスのお友達です」
「男やんな?」
「はい」
「…これ何?」
「グループ活動のときの集合写真です」
「そのグループトークん中でも送っとるやん。なんで個人的にも送ってきてんねん」
「そのときのリーダーだったから…でしょうか」
たかがクラスメイト、たかがメッセージ。そうかもしれん。せやけど、たかがそれだけで、今まで俺とか屋敷が中心やったこいつの世界がどんどん広がって行ってんのを感じるんや。俺の領域からどんどん出て行く感じ。
「ほんでこのキッショイのはなんや…」
こいつとこれの個人メッセージ。トークをスクロールしとったらコタロウ言うやつ…「笑った顔かわいいよね」やと。ほんでそれに「ありがとうございます」や。…はぁ?何を放課後誘てきてんねん。ほかにもキショい文面がちらほら。
「やたら馴れ馴れしいなこいつ」
「お友達ですから」
「向こうはそう思てへんのとちゃう」
「え……そうでしょうか」
「はぁ…?そうやろ…こんなん…」
「そんなことないと思いますけど…」
「……」
あ、アカン。そう思た。こんなん隙だらけや。こいつがこんな調子なんやったら、俺の知らん間に取られるやん、て。
一歩離れとる距離を進んで詰めた。
なんか考えとるんか、伏し目になっとるこいつのあごに手ぇ添えて持ち上げる。反対に俺は見下ろして。ほんでこいつの高さに合わせて顔近付けた。驚いとる目ぇが視界に広がる。
「…覚えとけよ、皐月…」
「え…、…っ」
あと2、3センチの距離を縮めて、こいつの唇に自分のんをくっ付けた。そこはふにっとしてて柔らかい。キュッとつむっとるこいつの瞼を薄目で確認した。まつ毛の付け根がよう見える。
「……」
体感は5秒ほど。付けてた唇を離した。やっぱり前髪同士、絡んでたんが解かれていく。
「…これ、したことある…?」
「……いいえ」
「そらよかった。ほんなら…俺が最初やね」
…正直、嬉しかった。まだ取られてへんかったこと。取られる前に、初めてを俺のもんに出来たこと。間に合った、て口角上がる自分がおる。
「あと、ほかのモンに名前で呼ばすなよ」
俺の手の中にあるやり取りの履歴。馴れ馴れしいやつと、ほかにも怪しいやつ全員のトークルームを削除した。ブロックはせんといたる。俺の番号入力してワンコール。ほんでまたサイドのボタン長押しで電源落として座卓の上へ置いた。
「あの…直哉さま…」
「そういや俺、着替えたいねん。頼むわ」
「はい、わかりました」
えらい遅なってしもたけど、ようやく着替えや。
普段は見たないセーラー服。せやけど、その格好で膝付いて着替え手伝どうてもろたら、妙な支配感みたいなん感じた。外に属して誰かのお友達なこいつは、ここでは俺に仕え従うんや。あるべき位置に戻った。そんな感覚やった。
そう思た瞬間、体の中がゾクっとした。
──第二章:越界 END──
──14歳
今日はおとんに連れられて会食へ出かける。兄さん2人と俺の4人。めんどくさいことには違いあらへんけど、俺にまでおべっか使てくる相手方の間抜けなツラ拝むんはまぁ有意義な時間や。
外出の準備させられてぞろぞろと玄関へ。俺かて一応順番は守る。おとん、無能な兄さん方、そのあとに俺や。おとんも外出たし、俺も前に出て土間に目ぇ下げる。
「…何やこれ」
並べられとる草履。俺の草履のかかとが揃てない。1センチくらい隙間開いてて右が斜めになっとる。
「これ、並べたん誰?八の字になっとるみたいやけど」
兄さんの足元におる女中、玄関先で見送るために並んどる女中。こいつらの空気が止まる。下向いとるやつもおるな。揃いも揃ってだんまりかい。ここにはアホしかおらんのか。
「これ並べたカスは誰や言うとんねん!」
斜めになっとった片方の草履を掴んで女中の溜まり目掛けて投げた。元々誰も喋ってへんから静かや。せやけど全員の無言がうるさい。近くにおった兄さんはフンって鼻鳴らして、その裏返った草履を蹴飛ばして消えてった。くそが。
「俺のもんへの扱いは、俺への扱いやぞ。覚えとけよカスども」
「直哉様、大変申し訳ありません。仰る通りでございます」
固まる女中たちの脇から女中頭が飛んできた。別の草履を抱えて俺の前でひざまずいた。
「だんまりと仰る通りで済むんやな。えらい気楽な仕事しよるのぉ」
「すべて私の不行き届きです。申し上げる言葉もございません」
見えてた頭頂部。さらにうなじまで晒すように土間に手ぇついて頭下げとる。
俺単体のときの失態ならまだしも…いや、それでもあり得へんけど、兄さん方と出る折にこの扱いはどう考えてもアカンやろ。実際あの兄さん、ワレがポンコツのくせして転がった草履蹴飛ばして行きよったしな。舐められたもんやで。
それはそれとして、女中頭が連中の前でこうしとるんや。頭踏んづけるてやるんは簡単やけど、俺かて無能やない。
「おまえに免じて不問や。せやけど二度はない。よぉしつけとけ」
「誠に恐れ入ります」
「ふん」
草履に足通す。伸びてきた女中頭の手ぇ払ろて自分で履いた。凍りついとる女中連中の前を通って見えんなったおとんの行った先へ進んだ。
…ああ、胸くそ悪い。ほんま、これだけとちゃうぞ。氷山の一角や。
マグカップ出して来よった思たら取っ手の向き逆やわ、返事は遅いわ、着替えの袴を間違えよるわ、座布団にホコリ乗っとるわ。
舐めくさった仕事しよって。頭回っとんかほんま。もっと緊張感もって丁寧にやらんかい。殴られへんだけマシや思えよ。
・
「どうぞお召し上がりください」
「ん」
風呂、夕飯が済んで部屋でお茶。封された小振りな白あん饅頭を2つお茶請けに、茶ぁが出された。それを俺の前に出して一歩引いて正座するんは、あいつや。最近顔見せるんは夜だけ。学校から帰ってきても勉強しとるんやと。…何様やねん。
「そらそうと、平日はえらい忙しそうにしとるみたいやん。俺に顔見せる隙もないんやねぇ」
「いえ、中途半端はいけませんので控えていました」
「気ぃ使こてもろておおきに」
ちゃんとした普通の学校に入れてもろて楽しいらしいやん。普通にお友だちできて、普通の子供みたいに。ウチから解放されとる時間、さぞ楽しいやろな。外へ通て、俺にチクチク言われんとこで、俺のおらん時間を、のびのび過ごしとることやろ。
「…なぁ、お茶いつもよりぬるない?」
「いいえ、いつも通りです」
「あー…まぁ、そうやな」
湯飲みのフタ外して口つける。ええように言うたら、すっと飲める温度やったんや。いつもは加減して飲んどった。茶は熱い方がええからな。最近飲んどった熱い茶はほかの女中が用意したもんや。それに慣れてしもてたから、久しぶりにこいつの持ってきた茶の温度が低く感じた。でもそうやった。これがずっと飲んでたいつも通りの茶や。それに気付いて思わず舌打ち。…ほんま、どんだけ放ったらかしにしてくれとんねん。
「あの、直哉さま」
「なに」
スッと畳が鳴る。こいつの体が下がって、着物と畳が擦れたんや。それと同時に、なんや真面目な顔向けてきよる。
「差し出がましいのは重々承知ですが」
「ふん、なんやねん。ほんでそんな言葉づかい知ってたんかい」
「直哉さま」
「…なんやねん。……言うてみぃ」
いつものアホ面が急にそんな顔しよるから。茶化してみたらまた居直る。そんなんされたら聞いたらなカッコ悪いやんか。なんやしてやられてる気ぃもするけど、湯飲みの横、座卓に肘ついて頬杖して次を待った。
「最近の直哉さま、どうされたんですか」
「は?何がや」
「草履を投げたり、マグカップ割ったり、壁に穴開けたりです」
「はっ、俺は暴れん坊かい」
「はい」
「はい、て」
「ほかにも、女中に声荒らげたり、椅子壊したり」
「はぁ~…。キミな、そんなとこしか見とらんようやけど、そもそもがどうもこうもあらへんねん。しつけのなってへん無能を叩き直したってんねん。無礼者の巣窟やぞアレ。あんな連中おらん方がマシや」
「直哉さまのおっしゃることは、ごもっともです」
「せやろが」
「立場上、厳しくなるのも当然です」
「わかっとるやん」
「私にも、ほかの女中方にも、ご指導いただけたらと思います」
「せやからやっとんねん」
「お考えを変えてほしいとは思いません」
「……まどろっこしいな、何が言いたいねん」
一発睨む。そうしたったら、大抵の女中は固まりよる。けどこいつは慣れたもんや。俺の軽い睨みには動じず、一拍置いて頷いた。
「今後、そういうのは、私にだけしてください」
「あ?そういうんて、なんやねん」
「草履投げたり、怒鳴ったり、殴ったりです」
「なんでや」
「指導はしてください。でも、直哉さまが怖い人だって思われるのは嫌なんです。そんな人じゃないのに」
「……」
「だから、今後は私だけに、してください」
「……さっきからなんやねん。えらい生意気なことツラツラと。ほんなら何かいな。拳も草履もキミが受けてくれるんやな?」
「はい。全部受け止めます。なんだったら殴り返します」
「…は?……は…あっははは!」
受け止める?殴り返す?はあ?2年前とは訳が違うぞ。ケガで済めばええけどなぁ?正気か?そんな人て、どんな人や。ほんま、くそ生意気に並べ立てよる。やれるもんならやってみぃ。
「ふん。今さら他人にどう思われようが屁ぇでもないわ。俺を立てられへんカスは必要ない。それだけや」
「はい」
…どないやねん。意味がわからん。いっちょまえに意見すんな。おまえごとき、俺をどうこうできると思うなよ。
ガンッッ!
腹の立つ。目の前の漆皿。饅頭ごと前の飾り棚に投げつけた。
「…せっかくの饅頭が不味なる。今日はもうええ、下がれ」
「わかりました」
転がった饅頭とひっくり返った皿。こいつはそれを拾ろて、座卓の隅へ元通り置く。また俺に居直って頭下げたあと部屋から下がって行った。
ふすま、置かれた饅頭、棚の中で倒れた馬の置きもん。それらを睨みつけた。これは怒りなんか、なんや訳わからんもんが胸から頭に上がってくる。なんやねんこれ。腹立つ。
どうせ出来もせんくせに。どうせ平日は来ぉへんくせに。いつでも受けて立つみたいに言うな。胸くそ悪い。
──15歳
最近、鍛練が思てるようにいかん。体術面が延び悩んどる。前から感じとった膝の痛みも気になる。まぁこれは成長痛や言われたから、むしろどんどん痛なってくれたらええ。デカなるための痛みやったらイラつきはせん。
せやけど、ほかにイラつくことは山ほどある。相変わらずの家ん中。さらにわかってくる兄さん方のポンコツ加減。外部の気色悪い媚び方してくるやつ。来る言うてるやつは来ん、来やんでええやつは来る。たまに出されるやたらふわっふわしたタオルも気に入らん。
まぁやっぱ鍛練が自分が思てるようにうまいこと出来へんのが一番のストレスや。
「そうだ、直哉。次の土曜に決まったぞ」
朝食中。兄さん方、女中どもがおるけどいつも通り静かや。そんな中でおとんが何の脈略もなしに言うてきた。
「何が」
「見合いだ、見合い」
「ああ。なんか言うとったな」
「覚えていたか。えらいぞ」
「きしょいな」
15になった途端や。見合いとはテイのええ。俺はソレのこと、オンナあてがわれるんや思とる。当主様の血ぃ残す作業。丈夫でケツのでかい安産型でも見繕って来よるんやろ。頭かすめるだけでヘドが出る。
とは言えや。出来の悪い兄さん方もこの家のモンとして通って来とる道。小ちゃい頃から見とったし、俺かて例外ではないことはわかっとる。兄さん方は18くらいの頃にしとったように思うけど、俺には早めに整えに来よるんや。せやからまぁ、そんな時期かいって思うだけや。どうなるかは知らん。適当にお行儀ようやり過ごしといたる。
・
ほんで、今日や。いつもよりええ生地の着物用意されとったから思い出した。口ん中からべろ出て目ん玉上向くほどめんどくさい。
客間のふすまに手ぇかけとるおとんの後ろで一回、ほんまにその顔した。
「いやぁ、お待たせしましたな」
「とんでもない!久しいですなぁ直毘人殿」
…はぁ、茶番のはじまりはじまりや。
先に席についとる相手方。奥の小デブオヤジの前におとんが座って、その隣に腰かけた。ふっと前を見たら、大人でも子供でもない女が綺麗に着飾って伏し目に座っとる。
「いやぁ、直毘人殿。このような席を設けていただけるとは。感謝します」
「なに、家のことを思えば自然な流れというもんです。本人もどうこう言う歳でもありませんしな」
「ははは、まったくその通りで。子というのは、家の礎ですからなぁ。しかしまぁ…ご子息、噂通りですな。顔立ちもええ!」
「はは。見目だけで中身はまだまだ。しかしまぁこれから期待しとります。……さぁ、贔屓店の菓子、召し上がりください」
ふん。女中頭が順番に上菓子、客用の蓋付きの湯飲みを給仕しとる真ん中で、狸同士キモい顔で笑ろとるで。
「権力も財力も最高峰の禪院家と縁いただいたら、うちとしても末代まで安泰ですわ」
「うちのこれ…次女も、今年で18なりまして。身体つきももう大人顔負けで」
「長女はええとこに嫁いでくれまして、これにも実ぃになる良縁を思ております」
「母親に似てべっぴんですし、家のことも一通り手際よう出来ます」
「子も産める年頃です。月のもんも安定しとるし、検査もクリアしとります」
「早いこと、長いこと子ぉ産める女っちゅーもんは、それだけで価値ありますからなぁ」
小デブオヤジのゲス発言が続く。娘の体のこともよう喋りよるでこのゲス狸。座って何分しか経ってへんで。もうゲボ出そうや。
「ご子息も…その辺の支度も年相応に整ってはるやろし。禪院家に嫁いだら、これに一日でも早よう仕込んでやってください。丈夫ですさかい、何人でも産める思います」
「……ふぅ」
ガチャ、ガチャ、ヒュッ…!
「…その上品な口、閉じてもらえますやろか。耳腐りますさかい」
「な、な…っ」
聞くに耐えん。生理的に受け付けへん。
衝動的やない。立ち上がって、座卓に膝かけて、拳を鼻先に突き出した。空切って、ゲス狸の前髪が揺れる。
口、閉じよったな。湯飲みも揺れはしたけどこぼれてへん。それだけ確認して座卓から降りた。…もうここには用事あらへんし、さっさと外の空気吸いに行こか。
「直哉、どこへ行く」
「もう終いや。そうやろ」
「なっ…ね、年長者に向かって…!」
「ただ随分早よう生まれただけやん」
本来ならこの小デブゲス狸に同意や。俺を産んだ人もそうやった。女は産んでナンボやと。ウチに骨埋めるつもりの女はそうやないとやっていけへん。…せやけど、その汚い口でそれ以上ゲスいことペラペラ喋られたない。挙げ句、俺を生殖パーツ扱いして仕込めと指図して来たからな。役満や。気色の悪い。ひたすらにきしょい。
「……」
手前の女に目線下げる。最初に見たまんまや。どこ見とるんか伏し目にしとるだけ。結局声も聞かへんかったな。まぁ別に1ミリも興味ないけど。
「しょせん、俺もアンタも種と畑。ただの家の駒や」
「……」
「ほなさいなら」
女は出しゃばらんと黙って男の後ろついてきたらええねん。せやけど意思とか覚悟のない人間はアカン。ただの機械に用事はない。あんなもんと縁続きになるんやったら死んだ方がマシちゃう。
狸どもの声がふすまの向こうから聞こえてくる。当然、無視や無視。上等な菓子食いっぱぐれたし、茶の時間におんなじもん出してもらおか。
・
次の日。相変わらず鍛練は思たようにいかん。これが限界なわけないねん、俺はまだまだいけるはずや。せやのに「今は我慢の時期」や言われて余計腹立つ。我慢…俺が一番キライな言葉や。
いつもよりよう汗かいてしもたから湯船に浸かって体を労る…つもりがまたいつもより湯がぬるい。毎日のことなんちゃうんかい。なんでいつも通りがでけへんねん。
ほんで風呂上がって廊下歩いてたら、前からおとん登場や。
「よぉ直哉」
「はぁ…。どうもごきげんよう」
おとんはいつ見ても「万事上手くいっとる」みたいな顔しとる。いつもはそんなツラも気にならんけど、とにかく起こることすべてにイライラしとるときはただのムカつく顔にしか見えん。
「鍛練、よう頑張っとるな」
「まぁな」
「そのあたり、気ぃも強いし忍耐力に長けてて感心感心」
「そらおおきに」
腕組んでうなずいて。なんや褒めてきて気持ち悪いやん。普段そんなこと言うてけぇへんのに。
「ただ、まぁ昨日のはなぁ。ちぃっと早かったな」
「はぁ?」
「まぁあれと縁切れたところでこっちの損失は皆無だが。えらいおかんむりでなぁ。宥めるのが大変だったぞ。あのゆでダコ、傑作だったがな」
はっはっはっと笑いながら、おとんはそのまま俺の横通って廊下を進んでった。
…支障ないんやったら、いちいち言うてくんな。しょうもないこと共有してくんなや。お行儀ようしといたるつもりやったわ。そうさせへんかったんは、きっしょい大人のせいやろが。俺は大人どもの都合に合わせたったのに。お小言言われる筋合いないわ。
「くっそ…!」
あーイライラする!普通に歩いてられへん。床がドスドス勝手に鳴るんや。
バンッッ!
「あいつは帰ってきてんのか!」
扉を思いっきし開ける。その音と俺の姿に、この部屋…給仕準備室におる女中どもの動きがビタッと止まって一斉にこっち見とる。
「おれへんのかて聞いとんねん!」
「もっ申し訳ありませんっ。皐月のことでございましたら、まだ戻ってきておりません…!」
「くそが…!なんでおらんねん!」
バンッッ!
おらんのやったらここには用事ない。おんなじように扉閉めてまた勝手に床が鳴る。
あいつ…!もう帰っとる時間とちゃうんかい!俺のこと、受け止める言うたんちゃうんか。約束が違うやろ。いつでも受けて立つみたいな口振りやったくせに、実際約束果たせたん片手で足りるくらいや!肝心なときにおらんてどういうことやねん!あいつが言うたんやろ、自分にだけせぇて。俺が呼んだらすぐ来るんや。そうやないとアカンやろ。学校か受験か知らんけど、俺より大事なことなんかあるか!?ないやろ。あるわけないやろうが!
──16歳
2月の中旬までイライラがピークやった。むしゃくしゃし過ぎてハゲるか思た。ふすまぶち破って畳ぶち抜いて。怒り発散してたら「反抗期か」て笑われた。…もうハゲるどころちゃうぞ。脳みそ沸騰して耳から出そうになったわ。
「はぁー疲れた。いや、現場が疲れたとか力及ばんかったって意味やないよ。あんな低級呪霊、いくら数多い言うてもこちとらちゃっちゃと出来る言うねん。横からやいやい指図して来よって。あんなん逆に邪魔やわ。気ぃ散って怪我したらどないしてくれんねん。まぁそんなもん絶対せぇへんけどな」
「はい。直哉さまはお強いですから」
「せやろ。まぁ強いって言うかセンスやな。そもそも俺は抜かりないように鍛練しとんねん。ほんで次々祓ろてったらはいはい天才天才とか抜かしよる。自分の無能さと鍛練不足を棚に上げて俺を天才扱いや。わかるやろ。褒めとんのちゃうねん、嘲笑しとんねや。それで心身弱い自分を保とる。はっ、ある意味傑作やな。そう思たらポンコツどもに腹も立たへんね。むしろ一種のエンタメや」
「直哉さまの尽力は私もずっと見てきました。誰も敵いませんよ。…さて、お待たせしました。どうぞお召し上がりください」
茶の時間。こいつの間食の給仕は半月ぶりや。
一年くらい前は、確かにこいつに袴も投げたし、こいつが立つ後ろの壁やったかふすまやったかも殴った。俺も、まぁ大体は…半分は…ちょっとくらいは我慢してこいつの言うようにこいつにしかこんなんしてへん。でもほんまにそこまでのやつは何回かや。そもそもこいつがおらんかったからな。最近はたまに不満を口で吐いとるだけで済ませてる。済んでる、とでも言えるかもしらん。あんまり間空けんとこいつにぶつけられるからな。
「昨日もな、またどっかの偉いさんか何か知らんけど、親父の古い付き合いの人や言うて食事会に連れて行かれたん。コミュ力高いらしい兄さんと、比較的見た目のええ兄さんと、俺と。ほんなら向こうも親父と三姉妹やねん。なんか嫌とちゃう?たまたまか知らんけどきっしょー思て。食べてるときは何もなかったんやけど帰り際に外で一番下の女がすり寄って来よったん。俺の容姿褒めながら腕掴んで来てんで。サブイボ走ったわ」
「お疲れ様でした。お食事はおいしかったですか?」
「懐石料理やったよ。鯛めしおかわりしたわ。二杯目はお茶漬けや」
「珍しいですね」
「あそこの炊き込みご飯とかうまいねん。キミにも食わせたいわ」
「はい、いつかぜひ」
俺は喋りながら食べて飲んで。こいつも、俺の話に表情変えながらうんうん頷いとる。で、湯呑みに茶がなくなれば適量注ぐ。
「さっきもな、屋敷の古い人間が、今の若者はどうやーとか昔の人の方が偉いーとか俺らの時代はーとか語る語る。別にアホみたいに真面目に聞いてへんよ、耳お留守や。黙っといたったらすぐ調子に乗りよる。ちゅーか時代錯誤過ぎんねん。明治とか昭和とか知らん知らん。いつの時代も一番強いやつが一番偉いねん」
「それは疲れましたね。疲れたときには甘いものが一番ですよ」
「まぁ菓子やら甘味は嫌いとちゃうな」
「またリクエストがあれば教えてください」
「せやな、考えとく」
こいつはふっと笑って、茶っ葉を足してガラスポットに熱湯を注いだ。
「とは言え今日の間食や。でっかいプリンにフルーツとホイップてんこ盛りのプリンアラモードて。プリン・ア・ラ・モードやあらへんで。わしゃガキか。こんなモンで喜ばへんぞ」
「美味しくなかったですか?」
「そうは言うてへんやろ」
「ふふ、完食いただきよかったです」
いつもはもっと皿の上は落ち着いとる。たまに今日みたいにガチャついとるもんが出てくる。まぁくだもんは割かし好きやけど。でもクリームはちょっと甘かったな。
「あ、そうや。あれ何となく嫌やねん。ふわっふわのバスタオル。そら肌触りは気持ちええよ。でもほんまに水吸うとんかいって気ぃせん?ガシガシタオルはなんや薄い気ぃして嫌やし。前はそんなん思わんかったんやけどね。もうちょいちょうどええの用意してくれへん」
「わかりました。大判でちょうどいいもの探しておきますね。取り寄せたら一度見てもらってもいいですか?」
「せやな、何個か見繕っといて」
「はい」
カラになった皿を畳の上の盆に乗せる。そうやって動かされる皿をなんとなく目で追った。
「お茶のおかわりはいりませんか」
「そうやね。ほなもう一杯もらおか」
「かしこまりました」
俺は、追加で作られとったガラスのポットの中身が目の前のカップに注がれるんを待った。
外はまだ寒い。でも、俺の部屋の中はぬくい。
・
親父も懲りひん。若い相伝持ちのお前に懲りるには早すぎるだろうて言われた。そもそも、このクソイベント自体がまだ早いやろ。なにて、見合いや。嫌がらせか思うで。15、16の時分からこんな目に遭わされとったら、むしろ親父の思う理想かなんかから余計に遠退くやろ。知らんけど。とにかくこのクソイベントが億劫でしゃあない。初回はアレや。前々回はおとなしいしといたった。前回はバックレた。今回は…アホみたいにめんどくさいけど、余程やない限りかしこぉしといたる。
……無意味な時間とはこのことや。権力とカネに目ぇ眩んどるキツネ親父、娘も娘でよう似とる。ぺちゃくちゃ喋るブスほどうっとうしいもんはない。
部屋で、着せられてた上等な着物を脱ぐ。それ受け取ったり掛けたり畳んだり、俺の着替えも悪ない手際でやっていく。クソだるイベントの直後の着替えやからな。どうせ吐き散らかす羽目になるんやろうと、着替えの支度はあいつに、て指示しといた。
「はぁーだるっ。ほんまクソやったわ」
「お疲れ様でした」
「全く意味あらへん。無駄。茶番。死んだらええのに」
「そう言いたい気持ちもわかります」
「せやろ。今日は大人しぃしといたったし、褒めてほしいくらいや」
「はい。お疲れ様でした、直哉さま」
俺の後ろや前やに立って着付けてく。紐をキュッて縛って支度は終了や。
「そういや、自分もJKライフどうなん」
まぁなんとなくスッとしたしな。話題変えよか思てこいつに聞いてみた。何ヵ月か経っとるけど聞いたことなかったし。
「そうですね、結構楽しいです。新しい友達も何人か出来ました」
「そうか」
「眠い授業もありますけど勉強も好きですし」
「ふーん」
「お弁当持ち寄ってグラウンドでみんなで食べたり、放課後残ってテスト勉強したり」
「……」
「あ、この前は帰る方向が同じ子と寄り道しちゃいました。アイスの買い食いなんて初めてで…ふふっ、その子のチョコミント分けてもらったら私、口に合いませんでした」
「……は?」
「その子に、お家に遊びにおいでって誘ってもらっちゃいました。まだかなってませんけど」
「……」
「お許しが出たら遊びに行って、も……、……直哉さま?」
「なんや」
「お顔が近いです…」
ちょっと聞いただけやん…。よっぽど楽しいんやな。学校、お友達、やて。いつも自分のこと、言わへんやん。せやのに、えらいニコニコして喋りよるから。楽しそうに喋る顔見よ思て。これ以上まだ喋るんか、思て。背中丸めてこいつの顔との距離詰めた。
「そんな顔すんの珍しな思て」
「そ、そうですか…?」
「そんなに楽しいん?俺おらんのに?」
「え…」
「なぁ、ガッコでいっつもそんな顔してるん?」
「……」
「なぁ」
言葉に詰まって固まっとる。もう十分近い。拳1個分や。これでこいつの口から俺の知らん世界が流れて来るんは止まった。…せやけど、俺の胸辺りから口へ出るモンが止まらん。
「もう、どっか行ってしまうん?」
「え…いいえ」
「俺のこと、必要ないんか?」
「そんなことありません」
「なんなん…」
「……っ」
顔傾けて、勝手に吸い寄せられる。…けど、俺の鼻先にこいつの呼吸が当たったから。前髪同士が触れたから。こいつがギュッて目ぇつむるん見えたから。せやから、なんとなく正気に戻って動きを止めた。まだ息がかかる距離や。目ぇをじぃっと見とったら、それが開いて俺を見上げとる。
「………」
「な、直哉さま」
びっくりしとる。いや、心配しとる言う顔や。でもその顔をすり抜けて耳元へ口寄せた。
「……覚えとけ」
それだけ言うて、俺は部屋を出た。
…なんやったんや、今のは。俺かてわけわからん。
ただ、俺のおらん場所、俺の知らん時間…それ聞かされんのが嫌やった。せやから、それが流れてくる口を俺でふさいでしまいたかった。腹立つってモンとは違う。なんや胸のとこがモヤモヤしてしんどい。俺かて…わけわからんわ。
──17歳
鍛練は毎日。これをでけへんやつは能無しや。座学もまだある。呪術師や言うてもペーパーテストでアホみたいな点数取るようではダサい。呪霊も頻繁に祓ろとる。田舎も都会も、近場も、遠出もする。まぁ、とにかく忙しい。
今日も今日とて、朝から駆り出されてお仕事や。やっと終わって帰りの車ん中。夕方。なんとなく外見ながらぼーっとしとった。
したら、ちょい先に見知った後ろ姿や。嫌いなセーラー服着て、立ち止まっとる。…あいつやんか。まだ屋敷帰ってへんのかい。俺もうすぐ着くのに間に合えへんやろが、トロくさい。
「……ん?」
どんくさい、何をしとんねん。そう思て追い抜く瞬間にチラッとあいつを確認した。下向いて、両手でなんかしとる。
……あの手ぇに持っとったやつ、スマホとちゃうか?はぁ?なんやあいつ。いつから持っとんねん。俺聞いてへんぞ。
「ちっ…」
あーイライラする。隠されとるみたいやん。いや、隠されとるやん。なんで報告ないねん。早よ帰らんとこんな帰り道で。なんか調べもんか?そんな今急いで知りたいことなんかないやろ。誰かとやり取りしてるんか?やっぱり今急いでやることと違うやろ。なんやねん、イライラする。
・
「直哉さま、お待たせしましたっ」
「はぁー…遅っそいで君」
屋敷に着いたんはもちろん俺が先や。その足で自室で着替える。それにはとてもやないけどあいつは間に合わん。今日はあいつが担当やあらへん。せやけど待っとった女中に指示して奉公先延ばしや。
あれから帰って来よったこいつは女中からそれ聞いて飛んで来たんやろう。ふすまが勢いよく開いた。胸くそ悪い制服のまんま。
「はぁ…やっと来たん。早よ着替えたいんやけど?どんだけ待たすん?」
「ほかの女中方がつく手はずになってましたが…」
「そら変わることもあるやろ。…ほんでそれ、好きと違うんやけどねぇ」
「申し訳ありません、すぐに着替えてきます」
「もうええ。これ以上待ちたないし」
「はい、すみません」
頭下げてふすま閉める。ヒラヒラしたスカートの学校の制服、紺色の膝下までの靴下。その格好で俺の着替え置いとるとこで膝着いた。
「……なぁ。今、持っとるん?」
「何をでしょうか」
俺の袴に手ぇかけようとしとるとこで聞いてみる。その格好のまんまやったらポケットに入っとるかもしらん。
「何て。そないに俺に隠したいん?」
「あの、申し訳ありません。何のことでしょう」
「はぁ…わからんかなぁ。スマホや、スマホ」
「あ」
ほんまに「あ」って顔しとる。どういう反応や。バレたってことやったらどつきまわすぞ。
「で、持っとんの?」
「いえ、もちろん部屋に置いてきてます」
「隠しとんの?」
「違います。普段は鞄の中に入れてるんです」
「普段て?いつから持っとるん?」
「冬休みからです」
「はぁ?それ去年と違うん?なんでなん?」
「学校で必要で…。お友達とも連絡するだろうってお許しいただきました」
「…お友達なぁ。俺は教えてもろてへんで」
「報告せずにすみません。ただ学校で要るだけなので直哉さまに関係ないと思って…」
「……はぁ?」
年末か年始か知らんけど…冬休みから持っとるて。どんだけ経ってる思てんねん。お友達?あー出た出た、お友達。ええやん?楽しそうで。せやけど自分の仕事、忘れてへん?誰に仕えとんのか、また忘れてへんか?ほんでその俺にやで?関係ない?俺に関係ないてどういうこと?俺が関係ない側に立つことなんかあるわけないやろ。
「…持って来て」
「え?」
「それ、今ここに持って来い」
「わ、わかりました」
あいつは急いで立ち上がって出て行った。
…なんや、声が上擦る。アカン、またイライラする。喉がイガイガしてくるし頭も痛なってきた。
「お待たせしました、持って来ました」
「ん」
俺は一歩も動いてへん。部屋の真ん中で立ったまま手のひらを差し出す。こいつはそれを俺の手の上に置いた。
どうやら電源は入ってへん。起動するためにサイドのボタンを長押しした。ホーム画面に行くまでの時間がやたら長い。パスワードは、ない。設定しとけ、無用心や。
「中身見るで」
俺を上目に見とるこいつは頷いた。
通話アプリ、メッセージアプリをざっくり確認。パッと見は女の名前ばっかりや。せやけど気になるもんが目に飛び込んできた。
「誰?このコタロウ言うやつ」
「同じクラスのお友達です」
「男やんな?」
「はい」
「…これ何?」
「グループ活動のときの集合写真です」
「そのグループトークん中でも送っとるやん。なんで個人的にも送ってきてんねん」
「そのときのリーダーだったから…でしょうか」
たかがクラスメイト、たかがメッセージ。そうかもしれん。せやけど、たかがそれだけで、今まで俺とか屋敷が中心やったこいつの世界がどんどん広がって行ってんのを感じるんや。俺の領域からどんどん出て行く感じ。
「ほんでこのキッショイのはなんや…」
こいつとこれの個人メッセージ。トークをスクロールしとったらコタロウ言うやつ…「笑った顔かわいいよね」やと。ほんでそれに「ありがとうございます」や。…はぁ?何を放課後誘てきてんねん。ほかにもキショい文面がちらほら。
「やたら馴れ馴れしいなこいつ」
「お友達ですから」
「向こうはそう思てへんのとちゃう」
「え……そうでしょうか」
「はぁ…?そうやろ…こんなん…」
「そんなことないと思いますけど…」
「……」
あ、アカン。そう思た。こんなん隙だらけや。こいつがこんな調子なんやったら、俺の知らん間に取られるやん、て。
一歩離れとる距離を進んで詰めた。
なんか考えとるんか、伏し目になっとるこいつのあごに手ぇ添えて持ち上げる。反対に俺は見下ろして。ほんでこいつの高さに合わせて顔近付けた。驚いとる目ぇが視界に広がる。
「…覚えとけよ、皐月…」
「え…、…っ」
あと2、3センチの距離を縮めて、こいつの唇に自分のんをくっ付けた。そこはふにっとしてて柔らかい。キュッとつむっとるこいつの瞼を薄目で確認した。まつ毛の付け根がよう見える。
「……」
体感は5秒ほど。付けてた唇を離した。やっぱり前髪同士、絡んでたんが解かれていく。
「…これ、したことある…?」
「……いいえ」
「そらよかった。ほんなら…俺が最初やね」
…正直、嬉しかった。まだ取られてへんかったこと。取られる前に、初めてを俺のもんに出来たこと。間に合った、て口角上がる自分がおる。
「あと、ほかのモンに名前で呼ばすなよ」
俺の手の中にあるやり取りの履歴。馴れ馴れしいやつと、ほかにも怪しいやつ全員のトークルームを削除した。ブロックはせんといたる。俺の番号入力してワンコール。ほんでまたサイドのボタン長押しで電源落として座卓の上へ置いた。
「あの…直哉さま…」
「そういや俺、着替えたいねん。頼むわ」
「はい、わかりました」
えらい遅なってしもたけど、ようやく着替えや。
普段は見たないセーラー服。せやけど、その格好で膝付いて着替え手伝どうてもろたら、妙な支配感みたいなん感じた。外に属して誰かのお友達なこいつは、ここでは俺に仕え従うんや。あるべき位置に戻った。そんな感覚やった。
そう思た瞬間、体の中がゾクっとした。
──第二章:越界 END──