直哉夢「15年」
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
✦直哉視点
──10歳
午後の稽古も終わっておやつでも食べよか言うとき。ふすま開いた思たら父ちゃんが入ってきた。なんや手招きして来よった。しゃあないから行ったるけど…あの顔はめんどくさそうなやつや。
ふすまから父ちゃんの目線の先をのぞく。そこには女中頭と、それに手ぇ握られとる子供。
「皐月ちゃんよ、これがさっき言ってた末息子の直哉だ」
「……」
腕引っ張られて父ちゃんの横に立たされる。目の前の異物は一回うなずいた。なんやねんこいつは。
「なに?誰なんこいつ」
「今日から女中見習いしてくれる皐月ちゃんだ」
「は?」
「年近いモン同士、仲良うしてやれ」
「はぁ?」
俺の方一回見ただけでうつむいて。なんなんこの辛気くさいガキ。年近いんか知らんけど、なんでそれだけで仲良うしたらなアカンねん。そもそもそんなんするわけないやろ。何考えてんねん。だから誰やねん。
「じゃあ、案内に回ってやってくれ」
「承知しました。…参りましょうか」
「……」
「直毘人様、直哉様、失礼いたします」
ガキはちっさくうなずいて、女中頭に手ぇ引かれて去ってった。なんやねん。声くらい出せや。何様なん。
「なんなん、あのガキ」
「お前も十分ガキだろう。それにあの子よりも背が低いと見た」
「そんなんすぐデカなるしっ」
父ちゃんが言うにはこうや。
うちの料理長かなんかの妹夫婦の子供やと。それが不慮の事故で死んでもうて、あれだけが残されたと。他に身寄りがその料理長かなんかしらおらんってことで相談持ちかけられたと。それを父ちゃんがうちで保護して住まわすこと承諾したと。さっき着いたとこで、あの女中が主に世話役する、と。ほんで俺にも「仲良うしてやれ」やと。あほくさ。そんなん知ったこっちゃないやん。両親おらんなって可哀想やろ、やて。
「友達ができそうでよかったな」
「そんなんいらんわっ。頭触らんといて」
「はっはっ、おやつは練り切りらしいぞ。好きだろう」
「別に好きとちゃうわ!」
髪の毛乱すだけ乱して。…そんなん、俺に関係ないやん。
・
せっかく忘れとったのに。おやつ待ってたら、ふすま開けたんはこないだのあいつや。髪の毛はまとめられててそこら辺の女中とおんなじ格好。一瞬誰やと思たけど、見るからに子供やからな。こないだのあれか、てすぐに思い出してしもたわ。
小さい声とぎこちない所作。この数日に突貫で仕込まれたんバレバレや。俺にやったらそんなんで給仕してもええと思われてんねんな。舐められたもんやで。次期当主候補様やぞ、俺で稽古すんなや。
「直哉さま、本日はくず切りでございます」
「ありがとう」
たまに出てくる見覚えのあるそれと、フタされてある湯呑み一客。それらが俺の前に置かれた。どうせこぼすやろ、ガチャガチャみっともない音出すやろ。ほんでこいつが焦って謝る。外で様子伺っとるであろう女中も飛んで来る。そう思たんやけどな。意外とそんなことにはならんと、こいつは深く頭下げた。
「今日の葛粉はどこのやつなん?」
「はい。宮野産の京葛粉とうかがってます」
「…ふーん」
ふん。つまらん。困らせたろ思たけど、入れ知恵済みかい。
「おいしそうやね、いただくわ」
「はい」
「さがってええよ」
「ありがとうございます。またのちほどまいります」
また固い動きでさがってく。なんか失敗せぇへんかて見たったけどその期待ははずれる。まぁまた下げに来るらしいし?いつかおもろいもん見せてくれるやろ。
・
さてそろそろ習字の稽古や。つまらん時間やけど当主のたしなみのために必要や言われたらやらんわけにもいかへん。気ぃは乗らへんけど行かなあかん。
「…うわ、おるやん」
縁側にさしかかったら、裏庭の掃き掃除しとるあいつが目に入った。最初は世話役が付きっきりかちょっと離れたとこで見張られてたみたいやけど、今は1人かいな。俺への給仕と言い、どうやら仕事によってはある程度任せられるようになったみたいやな。ふん。ここに来て何十日経った思てんねん。3回は泣かしたけど、そろそろそれくらいになってもらわんと困るやろ。まだ一人前には程遠いけどな。
別に気にしてやってるつもりは全然あらへん。またどんくさいことしよるんやろって、横目で笑てるだけや。
……やっぱり思た通りや。1時間の稽古終わってからの戻り。おんなじ縁側通ったら…まだやってるやん。別にそない広ないのに。どんくさ。ちょっといじめたろ。
「こんにちは」
「直哉さま。こんにちは」
「こんな狭いとこ、えらい時間かけて丁寧に掃除してるんやねぇ」
「はい。ありがとうございます」
「ほめてないで。まだ終わってへんの、思て」
「すみません」
頭下げて謝るけど、焦ったり表情動かしたりはせぇへん。おもんな。
「キミって時間気にせぇへんタイプなんやね。毎日の掃除なんか早う終わらせるもんやで。知っとる?」
「すみません」
「今まで習って来ぉへんかったんやったらしゃあないんちゃう?」
「もうしわけありません」
「まぁ日ぃ暮れるまでがんばり」
「ありがとうございます」
…なんやねん。何がすみませんや、何がありがとうございますや。それに何の意味もないやろ。何言うても響かへん。ほんま暗いしおもんないやつやな。はぁー、こんなん、俺の周りにおる意味もないやん。だる。
──11歳
あいつの俺への関わりが何かと増えてきとる。
最初はおやつの給仕と、稽古のとき使うタオルの用意と下げるくらいやった。1年もしたら、それに加えて朝、稽古後、晩の着替えの準備と補佐。いっちょまえにふすまの開閉、履きもんの用意、毎回やないけど朝起こしに来たり、何かの時間来たら言いに来たり。扇子とか俺の持ちもんの置き場所把握しとる。
女中に世話されたりこういう干渉されるんは普通のことや。慣れとる。気にもならん。せやけど、こいつはある意味目立つからな。俺の生活に侵入されとるみたいで悪い意味で気にはなる。
けど、最近はその悪目立ちは朝と夕方以降しか見かけへん。別にいっつも気にしてるわけやないで。気づけば昼間に何も引っかからんと過ごせてたからな。それだけや。
「そういやあいつどうなっとんねん。俺に顔見せんと」
「皐月でございますか。先々月から学塾に通っています」
「ふーん。そら俺の世話よりお勉強の方が大事やもんね」
「ご報告せずに申し訳ありません」
「別にええよ」
着付けの女中に聞いてみたら、いつの間にかそないなとこ通うてんねんて。ただ、ええご身分やな思て。日中は俺のこと、裏庭のことせんとお勉強させてもろて。まぁ小学生レベルの基礎知識もないようじゃあ、俺が困ることになるからな。ええんとちゃう。
とは言え一言くらい言うたらな気ぃは済まん。
その日の夕方、廊下をいそいそ歩いとるあいつを呼び止めた。
「なぁ、そこの」
「あっはい、直哉さま」
「あっはいやのうて。俺に気ぃつけへんかったん?」
「すみません」
「キミはそれしか言われへんのか」
何や言うたら「はい」「すみません」「もうしわけありません」「ありがとうございます」。返事のバリエーション少ないのも考えもんやで。
「まぁええけど。なんや学校みたいなんに行ってるらしいやん」
「はい、直毘人さまが勧めてくださいました」
「ふぅん。それ、楽しい?」
「はい」
「よかったやん。俺への給仕から逃れられてるしな」
「すみません」
「俺の横おるより、外でお勉強してる方が気楽やろ?」
「もうしわけありません」
「ま。せいぜい、おきばりやす」
「ありがとうございます」
定型文のオンパレードかい。斜め45度のお辞儀。それを披露してまたいそいそ去っていった。失礼なやっちゃな。俺が話しかけてやってんのに。俺への奉公がおろそかになってること、もっと謝るべきちゃうんか?ほんま、誰かしつけとけや。
──12歳
俺も、周りも、特に変わらん毎日や。いや、俺は稽古の成果出て強よなっとるで?親戚が増えただ減っただ、うっすらそんなことも聞こえてきた気ぃもする。その辺は変わっとるけど、そのほかは特に代わり映えせん。
ある日の午後。稽古のあとに着替えるために部屋へ戻った。風呂に入ることもあるけど、今日はそない汗かいてへんし。その準備やら補佐やらに、女中とあいつが来てる。
「なぁ。あんた」
「はい」
「さがってええよ。そろそろこれだけでも支度できるやろ」
「承知しました」
俺は持ってたタオルを女中に渡す。着替え入りのカゴ持ったこいつを残して女中は下がる。ふすまがぴったり閉まったん確認してから、目線を同じ高さのこいつに移した。
「ほな、たのむわ」
「わかりました」
……こいつの支度は、そら大人の手際みたいにええもんちゃうけど。まぁわるないんちゃう。
そうや、久しぶりに聞いてみたろか。
「学校…やないな。学塾、どないなん?」
「はい、行ってます」
「行ってんのは知っとるわ。楽しい?何してるん」
「勉強してます」
「キミなぁ…。国語算数理科社会、あるやん」
「その勉強、してます」
「さよか…」
なんや。相変わらず会話が弾まんやっちゃな。なんで俺が会話の気ぃまわしたらなアカンねんて毎回思うわ。
「この前も裏庭掃除してたけど、やっと早よ終わるようになったんやね」
「ありがとうございます」
「最初はあの狭さで何時間かかっとんねん思たけどな。やっと要領得たん?えらいやん」
「ありがとうございます」
「いくら毎日外行ってるから言うても、どっちも両立してもらわんと困るで。中途半端が一番アカンからな」
「はい」
…褒めたってんのに。ちぃっとでも喜べばええやん。定型文以外、さすがに聞きたなるやん。何を言うたらこいつの表情変えられるんや。
そう思とる間に帯ひも締められて支度は終まい。こいつは半歩後ろにさがった。
「はいありがとう。まぁ、いつまで続くんか見ものやな」
「はい」
「俺へ手ぇ抜かれてもかなわんし、ほどほどにしときや」
ほらな。そりゃあ時間はちょっとはかかるけど、やっぱりもう1人でも支度できるやん。なんなんこいつとは思とるけど、たまには褒めたり労ったりしたろか。
俺は目の前の頭に手ぇ伸ばした。
パシッ
「……はぁ?」
「やめてください」
「…頭なでたろ思ただけやけど?」
「子供あつかいしないでください」
褒めたろ、労ったろ、思ただけや。それを手で払われた。子供あつかいて。子供やん。いや、別にそないな意味ちゃうやん。
「誰の手ぇ払ろてんねん」
「直哉さまです」
「その直哉さまに仕えてる分際で」
「はい」
「女のくせに」
「そうです」
「口ごたえすんなや」
「してません」
「してるやろが」
「本当のことを答えてるだけです」
「それが口ごたえや言うとんねん!」
いつもの定型文はどないした。表情も崩れとる。まぁ確かにいつもの顔とはちゃうなぁ。けど、そんなもん俺に向けてんちゃうぞ。
「なんやその顔、俺にたてつくんか」
「ついてません」
「おまえ、そないエラなったん?」
「……」
「上のモンにそないな態度とったらあかんて習わんかった?」
「…直哉さまが」
眉間にしわ寄せて一歩下がる。せやから俺も一歩出て距離つめた。
「俺がなんやねん。なぁ、習わんかったんかて」
「……」
「ああ、そうやった。おまえのパパとママ、とっくに死んでたんやった。そら教えてもらわれへんよなぁ!」
「っ!」
こいつの目ぇが一瞬見開く。俺も煽るために顔近づけてたからそれがようわかった。その目ぇが険しなって、見る見るうちに水張ったみたいになってった。…ちょっと待てや。俺はそんなつもりとちゃうで。
「ま、まぁそんなんこれから学んだらええわ」
「……」
「そうやな。なんやったら俺が教えたるし、ここでの生き方」
ドンッ
「…いったぁ」
肩に衝撃くらって足元が崩れた。こいつ、俺のこと突き飛ばしよったな。
「…おまえ、俺が誰かわかっとんのか」
「直哉さまです」
「せやったらこれはどういうことやねん」
「直哉さまが悪いからです」
「はぁ?俺が悪いんか?」
「そうです」
「おまえ、俺に仕えとるんよなぁ?」
「はい」
睨んでくる。目ぇに涙溜めて。一歩も引かんて態度や。俺かて引かん。開いてしもた距離また詰めて。生意気なこいつの襟元掴んだ。
「せやったら─」
「家もあって家族もいて甘えられる直哉さまに何も言われたくないっ!」
「ああ…?」
バシッ
思わず顔に平手打った。家?家族?あまえられる?何も知らんくせに、えらそうに言うてんちゃうぞ。
「やっぱり親無しやなぁ!」
「……っ!」
ガンッ
こいつ。殴り返して来よった。しかも顔面、眉間めがけてグーや。避けたつもりやったけど、予想外のできごとに遅れてしもた。左の眉辺りに食ろてしもた。
「なにしとんねん!」
「そっちだって!」
「俺が誰か──」
「直哉さまです!直哉さまがひどいこと言った!」
「言われて当然やろが!」
「違う!」
ほんまやったらこんなん痛ない。でもなんでか妙にじんじん響く。
こいつの目ぇも腹立つ。泣きそうなくせして、食ってかかってくる目ぇしとる。
「直哉さまはっ、持ってるだけ!名前も、家も、力も!」
「なんやと!おまえに何がわかんねん!」
「わかりません!」
「ほなエラそうに言うなや女のくせに!」
俺は拳を握った。さすがに本気は出さん。出してへん。でも、俺と同じくらいの背格好とは言え、こいつのどこにこんな力あんねん。
お互い、殴って蹴って、髪の毛掴んで暴言吐きまくって。それは女中やら兄さん方が止めに来るまで続いた。
別に。こんなん喧嘩にもならん。…せやのに、胸の奥んとこがやたらうるさい。ほんま、うざい。
──13歳
春から、一番近い中学校へ通い出したらしい。去年までの学塾やのうて、普通にガッコやて。朝夕姿はたまに見る。給仕や奉公かて変わらんとある。せやけど頻度は減った。俺が減らしてるわけでも、避けてるわけでもないで。俺が「あいつを付けんな」なんか言うかい。そんなんこっちが逃げとるみたいやん。あっちが避けとるか、いっちょまえに時間が合わんのやろ。ガッコ通いだす前になんぼでも俺に謝る時間あったやろ。顔合わせても定型文や。俺が余白与えてやっとんのに。冷戦気取りか。
夕方。今日は昼からずっと座学やった。お勉強はキライやないけどじっとして頭使うんは疲れる。遅なってしもたけど、甘いもんでも食べよ。
「はぁ…おるやん」
縁側通ろう思たら。また裏庭掃除しとる。ここ3日は朝夕顔見せんと。しかもなんでガッコの制服のまんまやねん。あれ、好きとちゃうわ。外の制服。なんか腹立つねん。
あーもう、そんなしゃがみ方したらスカートの裾つきそうやん。くそ、うっとうしい。俺はただここ通るだけや、ただの通り道。いや、ほかんとこ通ればええか。なんでやねん。…せやから、逃げとるみたいやん。こんなん、ただの通り道、いつもみたいに文句の1つでも吐いて通るだけや。「帰ってきてたん」?見たらわかるやろ。「お掃除ごくろうさん」?……なんでやねん、あほくさ。無視してさっさとおやつや。
・
朝の支度。またあいつは来とらん。今日も元気にガッコかいな。
「はいどうもありがとう。…なぁあんた」
「はい」
「これやねんけど」
椅子に乗せといた紙袋。中身入ったそれを女中に渡した。
「それ、余っとるんやけど。あいつに渡しといてくれへん」
「こちらは…お菓子ですか」
「せや。足早いから早よ食べぇ言うといて」
「承知しました」
直接何か言わんでも、俺からの菓子折りやで。それ見ただけでどんだけアホでもわかるやろ。俺がこないに譲歩したるんやから。感謝せぇ。
・
茶の時間。今日は祝日や。学校も休みやし、朝から奉公受けとる。朝からやで?今何時や思てんねん。3時のおやつや。朝から顔合わせとんのに、何も言うて来ぉへんとか正気か。
「本日は屋敷の菓子方のおはぎです」
「あー。おはぎな。ええね」
色や形が可愛らしい、皿の上に視線を落とす。おはぎな。職人が作った見目のええおはぎ。俺が女中に渡したやつも、老舗の可愛らしおはぎやで。ここ数日の話や、嫌でも結び付くやろ。
「おはぎな。最近よう見るな」
「そうですか」
「おいしいなぁ」
「そうですね」
「…せやろ。……」
こいつ。ここまでお膳立てしたってんのに…!
ちっ、しゃあない。
「…こないだのあれ。どうやった」
「なんでしょう」
「…あれやん。……おはぎや」
「箱がありました」
「食べたん」
「お気持ちだけいただきました」
「……さよか」
女中経由でこいつの手元に渡っとるはずやのに。なんやそれ。見かけただけみたいな言い方やな。俺の善意と意図をへし折ってくるやん。ふん。まぁ女中への差し入れや。俺かてそういうこともするやろ。別に気にしてへんわ。
・
5日後の夜。風呂もあがって夜支度や。久しぶりにこいつだけの奉公。支度後、部屋から下がろうとしてふすまに背を向けて膝をついた。下がるときのいつもの定型文言う前にこっちから声かけた。
「なぁ、待ってや。キミに用事あんねん」
「はい、なんでしょうか」
「ちょっとこっち来てくれる」
俺は座布団に座ったまんま、手招きして呼ぶ。したら、1メートルくらい間あけて斜め前に正座した。それとちょうど反対側。座布団の後ろらへん。直るこいつを確認して、俺の影の方から桐箱を手に取った。手のひらよりちょっとでかいくらいのやつ。
「…これやねんけど」
「はい」
「これ、櫛やねんけどね。つげのくし。静電気ならんようにてもろたんやけど、1回も使こてへんの。さらやねん。ちりめんも若草色やし、櫛に飾りもないけど女でも使えるやろ」
「……」
「ええとこのんやで。使わんのももったいないし、キミにどうやと思て…いらんのやったら別にええけど」
桐箱のフタ開けて見せながら。えらい澄ました顔…いや、いつも通りのつまらん顔や。何か反応してくれんと、無駄に早口になってまうやんか。
「うまいこと使たら一生モンて言うし。…使わん?」
「ありがとうございます。クシは持ってますから」
「それ、いらん言うこと?」
「はい、大丈夫です」
「さよか」
「……」
「……ほんなら、もう、さがってええで」
「はい。失礼します」
定型のセリフと動き、閉まるふすまを見つめた。ほんでそのまま、広げた桐箱へ。…この桐が重なって閉まる音。こんなに腹立つもんやったか。知らんかったわ。…さよか。さよか。いつもの「はい」「ありがとうございます」で受け取ればいいだけやん。可愛げのない。こんなもん、箪笥の奥で一生眠っとけや。
・
それから1週間くらい経った。癪なんやけど、こいつがおるとき、こいつが給仕するときを狙った。逆算して動いてたんや。
「直哉さま。本日は生菓子です。どうぞお召し上がりください」
そう言うたあと、軽く頭を下げる。目の前に置かれた菓子。生菓子の中でも上生菓子やないかい。今日に限ってえらい華やかで綺麗なもん出されてしもた。誰かなんかええことでもあったんか。
…まぁええわ。しゃあない。何出されてもどないもならんか。
「ありがとう。いただくわ。あー…その前に、これ…」
「はい、なんでしょうか」
また手のひらよりちょっとでかい、丸みのあるフタ付きの木の器。それを、これ以上何も言わんと差し出した。うちではその辺でよう見る、せんべいとか落雁が入っとる菓子器や。こいつも見たことあるからスッと受け取った。
「開けていいですか」
「ええよ」
「これは…、クッキーですか?」
菓子器に満タン入っとるんは、こいつの言う通り、クッキー。
「それ……俺が作ったんやけど」
「えっっ!!!」
「ああ、もちろん1人でやないで。菓子方に頼んでや」
「えっ!!」
「そら、売りもんみたいなんちゃうよ」
「えっ」
「1種類しかあらへんし、形も揃てへん…まぁでも材料はええもんや」
「えっ…」
「なんやねんその顔。文句あるんやったら食べんでええ」
「うゎぁ…」
左手に菓子器、右手にフタ。固まったまんま、ボケた顔で間抜けな声出しとる。なんや、そんなアホ面できたんかい。
「……」
「……なんか言えや。また受け取らんつもりか」
「……」
「……」
「直哉さま」
「…なんや」
「直哉さまって、不器用ですね」
「は?」
「何か受け取らせてからじゃないと、ごめんなさいできないんですね、…ふふっ」
「は…?なっ……う、うっさいわ!」
くそ、とっさにええ返事できひんの、図星つかれとるみたいやんか!そうやない、こいつの笑った顔、初めて見たからや!ちょっと不意突かれただけやし!そもそも何を分析してくれとんねん。
「……ま、まぁ、口滑りまくったし、殴ってしもたんは、その…」
「はい。私もごめんなさい。やりすぎました」
もうすっかり治ってはおるけど、その直後は目の横と上唇が腫れとった。俺が負わせたケガ。もうまるっきり見えへんそこを見つめる。今は目ぇ細めて、口角上がっとる。
「怒ってへんのか」
「とっくに怒ってません」
「そうか……ん?ちょお待て。とっくにて…ほななんでおはぎと櫛受け取らへんかってん」
おはぎ…菓子折り渡したら察して言うてくるやろ、て。櫛も素直に受け取ったらこんな流れになってたはずや。なんでクッキーで笑てんねん。
「誰かを介したり、訳わかんないものくれようとしたから」
「訳わからんことはないやろが…」
「でもこれは…私と仲直りするきっかけのために、あの直哉さまが行動してくれたからです」
「な…仲直りて…べつに…」
「違うんですか?」
菓子器を正座した膝の上に置いて両手で包むみたいに持っとる。
「まぁ、そういうことにしといたるわ」
「ふふっ、ありがとうございます」
また、声出して笑いよる。女は…こいつはようわからん。
俺が作った不格好なクッキー。金のかかったようなもんよりそれがええんやと、こいつは笑ろとる。初めて見たその顔はわるない。
その顔見ながら食べる菓子は、いつもと味気が違う。…ふん。わるないやん。
──第一章:未開 END──
──10歳
午後の稽古も終わっておやつでも食べよか言うとき。ふすま開いた思たら父ちゃんが入ってきた。なんや手招きして来よった。しゃあないから行ったるけど…あの顔はめんどくさそうなやつや。
ふすまから父ちゃんの目線の先をのぞく。そこには女中頭と、それに手ぇ握られとる子供。
「皐月ちゃんよ、これがさっき言ってた末息子の直哉だ」
「……」
腕引っ張られて父ちゃんの横に立たされる。目の前の異物は一回うなずいた。なんやねんこいつは。
「なに?誰なんこいつ」
「今日から女中見習いしてくれる皐月ちゃんだ」
「は?」
「年近いモン同士、仲良うしてやれ」
「はぁ?」
俺の方一回見ただけでうつむいて。なんなんこの辛気くさいガキ。年近いんか知らんけど、なんでそれだけで仲良うしたらなアカンねん。そもそもそんなんするわけないやろ。何考えてんねん。だから誰やねん。
「じゃあ、案内に回ってやってくれ」
「承知しました。…参りましょうか」
「……」
「直毘人様、直哉様、失礼いたします」
ガキはちっさくうなずいて、女中頭に手ぇ引かれて去ってった。なんやねん。声くらい出せや。何様なん。
「なんなん、あのガキ」
「お前も十分ガキだろう。それにあの子よりも背が低いと見た」
「そんなんすぐデカなるしっ」
父ちゃんが言うにはこうや。
うちの料理長かなんかの妹夫婦の子供やと。それが不慮の事故で死んでもうて、あれだけが残されたと。他に身寄りがその料理長かなんかしらおらんってことで相談持ちかけられたと。それを父ちゃんがうちで保護して住まわすこと承諾したと。さっき着いたとこで、あの女中が主に世話役する、と。ほんで俺にも「仲良うしてやれ」やと。あほくさ。そんなん知ったこっちゃないやん。両親おらんなって可哀想やろ、やて。
「友達ができそうでよかったな」
「そんなんいらんわっ。頭触らんといて」
「はっはっ、おやつは練り切りらしいぞ。好きだろう」
「別に好きとちゃうわ!」
髪の毛乱すだけ乱して。…そんなん、俺に関係ないやん。
・
せっかく忘れとったのに。おやつ待ってたら、ふすま開けたんはこないだのあいつや。髪の毛はまとめられててそこら辺の女中とおんなじ格好。一瞬誰やと思たけど、見るからに子供やからな。こないだのあれか、てすぐに思い出してしもたわ。
小さい声とぎこちない所作。この数日に突貫で仕込まれたんバレバレや。俺にやったらそんなんで給仕してもええと思われてんねんな。舐められたもんやで。次期当主候補様やぞ、俺で稽古すんなや。
「直哉さま、本日はくず切りでございます」
「ありがとう」
たまに出てくる見覚えのあるそれと、フタされてある湯呑み一客。それらが俺の前に置かれた。どうせこぼすやろ、ガチャガチャみっともない音出すやろ。ほんでこいつが焦って謝る。外で様子伺っとるであろう女中も飛んで来る。そう思たんやけどな。意外とそんなことにはならんと、こいつは深く頭下げた。
「今日の葛粉はどこのやつなん?」
「はい。宮野産の京葛粉とうかがってます」
「…ふーん」
ふん。つまらん。困らせたろ思たけど、入れ知恵済みかい。
「おいしそうやね、いただくわ」
「はい」
「さがってええよ」
「ありがとうございます。またのちほどまいります」
また固い動きでさがってく。なんか失敗せぇへんかて見たったけどその期待ははずれる。まぁまた下げに来るらしいし?いつかおもろいもん見せてくれるやろ。
・
さてそろそろ習字の稽古や。つまらん時間やけど当主のたしなみのために必要や言われたらやらんわけにもいかへん。気ぃは乗らへんけど行かなあかん。
「…うわ、おるやん」
縁側にさしかかったら、裏庭の掃き掃除しとるあいつが目に入った。最初は世話役が付きっきりかちょっと離れたとこで見張られてたみたいやけど、今は1人かいな。俺への給仕と言い、どうやら仕事によってはある程度任せられるようになったみたいやな。ふん。ここに来て何十日経った思てんねん。3回は泣かしたけど、そろそろそれくらいになってもらわんと困るやろ。まだ一人前には程遠いけどな。
別に気にしてやってるつもりは全然あらへん。またどんくさいことしよるんやろって、横目で笑てるだけや。
……やっぱり思た通りや。1時間の稽古終わってからの戻り。おんなじ縁側通ったら…まだやってるやん。別にそない広ないのに。どんくさ。ちょっといじめたろ。
「こんにちは」
「直哉さま。こんにちは」
「こんな狭いとこ、えらい時間かけて丁寧に掃除してるんやねぇ」
「はい。ありがとうございます」
「ほめてないで。まだ終わってへんの、思て」
「すみません」
頭下げて謝るけど、焦ったり表情動かしたりはせぇへん。おもんな。
「キミって時間気にせぇへんタイプなんやね。毎日の掃除なんか早う終わらせるもんやで。知っとる?」
「すみません」
「今まで習って来ぉへんかったんやったらしゃあないんちゃう?」
「もうしわけありません」
「まぁ日ぃ暮れるまでがんばり」
「ありがとうございます」
…なんやねん。何がすみませんや、何がありがとうございますや。それに何の意味もないやろ。何言うても響かへん。ほんま暗いしおもんないやつやな。はぁー、こんなん、俺の周りにおる意味もないやん。だる。
──11歳
あいつの俺への関わりが何かと増えてきとる。
最初はおやつの給仕と、稽古のとき使うタオルの用意と下げるくらいやった。1年もしたら、それに加えて朝、稽古後、晩の着替えの準備と補佐。いっちょまえにふすまの開閉、履きもんの用意、毎回やないけど朝起こしに来たり、何かの時間来たら言いに来たり。扇子とか俺の持ちもんの置き場所把握しとる。
女中に世話されたりこういう干渉されるんは普通のことや。慣れとる。気にもならん。せやけど、こいつはある意味目立つからな。俺の生活に侵入されとるみたいで悪い意味で気にはなる。
けど、最近はその悪目立ちは朝と夕方以降しか見かけへん。別にいっつも気にしてるわけやないで。気づけば昼間に何も引っかからんと過ごせてたからな。それだけや。
「そういやあいつどうなっとんねん。俺に顔見せんと」
「皐月でございますか。先々月から学塾に通っています」
「ふーん。そら俺の世話よりお勉強の方が大事やもんね」
「ご報告せずに申し訳ありません」
「別にええよ」
着付けの女中に聞いてみたら、いつの間にかそないなとこ通うてんねんて。ただ、ええご身分やな思て。日中は俺のこと、裏庭のことせんとお勉強させてもろて。まぁ小学生レベルの基礎知識もないようじゃあ、俺が困ることになるからな。ええんとちゃう。
とは言え一言くらい言うたらな気ぃは済まん。
その日の夕方、廊下をいそいそ歩いとるあいつを呼び止めた。
「なぁ、そこの」
「あっはい、直哉さま」
「あっはいやのうて。俺に気ぃつけへんかったん?」
「すみません」
「キミはそれしか言われへんのか」
何や言うたら「はい」「すみません」「もうしわけありません」「ありがとうございます」。返事のバリエーション少ないのも考えもんやで。
「まぁええけど。なんや学校みたいなんに行ってるらしいやん」
「はい、直毘人さまが勧めてくださいました」
「ふぅん。それ、楽しい?」
「はい」
「よかったやん。俺への給仕から逃れられてるしな」
「すみません」
「俺の横おるより、外でお勉強してる方が気楽やろ?」
「もうしわけありません」
「ま。せいぜい、おきばりやす」
「ありがとうございます」
定型文のオンパレードかい。斜め45度のお辞儀。それを披露してまたいそいそ去っていった。失礼なやっちゃな。俺が話しかけてやってんのに。俺への奉公がおろそかになってること、もっと謝るべきちゃうんか?ほんま、誰かしつけとけや。
──12歳
俺も、周りも、特に変わらん毎日や。いや、俺は稽古の成果出て強よなっとるで?親戚が増えただ減っただ、うっすらそんなことも聞こえてきた気ぃもする。その辺は変わっとるけど、そのほかは特に代わり映えせん。
ある日の午後。稽古のあとに着替えるために部屋へ戻った。風呂に入ることもあるけど、今日はそない汗かいてへんし。その準備やら補佐やらに、女中とあいつが来てる。
「なぁ。あんた」
「はい」
「さがってええよ。そろそろこれだけでも支度できるやろ」
「承知しました」
俺は持ってたタオルを女中に渡す。着替え入りのカゴ持ったこいつを残して女中は下がる。ふすまがぴったり閉まったん確認してから、目線を同じ高さのこいつに移した。
「ほな、たのむわ」
「わかりました」
……こいつの支度は、そら大人の手際みたいにええもんちゃうけど。まぁわるないんちゃう。
そうや、久しぶりに聞いてみたろか。
「学校…やないな。学塾、どないなん?」
「はい、行ってます」
「行ってんのは知っとるわ。楽しい?何してるん」
「勉強してます」
「キミなぁ…。国語算数理科社会、あるやん」
「その勉強、してます」
「さよか…」
なんや。相変わらず会話が弾まんやっちゃな。なんで俺が会話の気ぃまわしたらなアカンねんて毎回思うわ。
「この前も裏庭掃除してたけど、やっと早よ終わるようになったんやね」
「ありがとうございます」
「最初はあの狭さで何時間かかっとんねん思たけどな。やっと要領得たん?えらいやん」
「ありがとうございます」
「いくら毎日外行ってるから言うても、どっちも両立してもらわんと困るで。中途半端が一番アカンからな」
「はい」
…褒めたってんのに。ちぃっとでも喜べばええやん。定型文以外、さすがに聞きたなるやん。何を言うたらこいつの表情変えられるんや。
そう思とる間に帯ひも締められて支度は終まい。こいつは半歩後ろにさがった。
「はいありがとう。まぁ、いつまで続くんか見ものやな」
「はい」
「俺へ手ぇ抜かれてもかなわんし、ほどほどにしときや」
ほらな。そりゃあ時間はちょっとはかかるけど、やっぱりもう1人でも支度できるやん。なんなんこいつとは思とるけど、たまには褒めたり労ったりしたろか。
俺は目の前の頭に手ぇ伸ばした。
パシッ
「……はぁ?」
「やめてください」
「…頭なでたろ思ただけやけど?」
「子供あつかいしないでください」
褒めたろ、労ったろ、思ただけや。それを手で払われた。子供あつかいて。子供やん。いや、別にそないな意味ちゃうやん。
「誰の手ぇ払ろてんねん」
「直哉さまです」
「その直哉さまに仕えてる分際で」
「はい」
「女のくせに」
「そうです」
「口ごたえすんなや」
「してません」
「してるやろが」
「本当のことを答えてるだけです」
「それが口ごたえや言うとんねん!」
いつもの定型文はどないした。表情も崩れとる。まぁ確かにいつもの顔とはちゃうなぁ。けど、そんなもん俺に向けてんちゃうぞ。
「なんやその顔、俺にたてつくんか」
「ついてません」
「おまえ、そないエラなったん?」
「……」
「上のモンにそないな態度とったらあかんて習わんかった?」
「…直哉さまが」
眉間にしわ寄せて一歩下がる。せやから俺も一歩出て距離つめた。
「俺がなんやねん。なぁ、習わんかったんかて」
「……」
「ああ、そうやった。おまえのパパとママ、とっくに死んでたんやった。そら教えてもらわれへんよなぁ!」
「っ!」
こいつの目ぇが一瞬見開く。俺も煽るために顔近づけてたからそれがようわかった。その目ぇが険しなって、見る見るうちに水張ったみたいになってった。…ちょっと待てや。俺はそんなつもりとちゃうで。
「ま、まぁそんなんこれから学んだらええわ」
「……」
「そうやな。なんやったら俺が教えたるし、ここでの生き方」
ドンッ
「…いったぁ」
肩に衝撃くらって足元が崩れた。こいつ、俺のこと突き飛ばしよったな。
「…おまえ、俺が誰かわかっとんのか」
「直哉さまです」
「せやったらこれはどういうことやねん」
「直哉さまが悪いからです」
「はぁ?俺が悪いんか?」
「そうです」
「おまえ、俺に仕えとるんよなぁ?」
「はい」
睨んでくる。目ぇに涙溜めて。一歩も引かんて態度や。俺かて引かん。開いてしもた距離また詰めて。生意気なこいつの襟元掴んだ。
「せやったら─」
「家もあって家族もいて甘えられる直哉さまに何も言われたくないっ!」
「ああ…?」
バシッ
思わず顔に平手打った。家?家族?あまえられる?何も知らんくせに、えらそうに言うてんちゃうぞ。
「やっぱり親無しやなぁ!」
「……っ!」
ガンッ
こいつ。殴り返して来よった。しかも顔面、眉間めがけてグーや。避けたつもりやったけど、予想外のできごとに遅れてしもた。左の眉辺りに食ろてしもた。
「なにしとんねん!」
「そっちだって!」
「俺が誰か──」
「直哉さまです!直哉さまがひどいこと言った!」
「言われて当然やろが!」
「違う!」
ほんまやったらこんなん痛ない。でもなんでか妙にじんじん響く。
こいつの目ぇも腹立つ。泣きそうなくせして、食ってかかってくる目ぇしとる。
「直哉さまはっ、持ってるだけ!名前も、家も、力も!」
「なんやと!おまえに何がわかんねん!」
「わかりません!」
「ほなエラそうに言うなや女のくせに!」
俺は拳を握った。さすがに本気は出さん。出してへん。でも、俺と同じくらいの背格好とは言え、こいつのどこにこんな力あんねん。
お互い、殴って蹴って、髪の毛掴んで暴言吐きまくって。それは女中やら兄さん方が止めに来るまで続いた。
別に。こんなん喧嘩にもならん。…せやのに、胸の奥んとこがやたらうるさい。ほんま、うざい。
──13歳
春から、一番近い中学校へ通い出したらしい。去年までの学塾やのうて、普通にガッコやて。朝夕姿はたまに見る。給仕や奉公かて変わらんとある。せやけど頻度は減った。俺が減らしてるわけでも、避けてるわけでもないで。俺が「あいつを付けんな」なんか言うかい。そんなんこっちが逃げとるみたいやん。あっちが避けとるか、いっちょまえに時間が合わんのやろ。ガッコ通いだす前になんぼでも俺に謝る時間あったやろ。顔合わせても定型文や。俺が余白与えてやっとんのに。冷戦気取りか。
夕方。今日は昼からずっと座学やった。お勉強はキライやないけどじっとして頭使うんは疲れる。遅なってしもたけど、甘いもんでも食べよ。
「はぁ…おるやん」
縁側通ろう思たら。また裏庭掃除しとる。ここ3日は朝夕顔見せんと。しかもなんでガッコの制服のまんまやねん。あれ、好きとちゃうわ。外の制服。なんか腹立つねん。
あーもう、そんなしゃがみ方したらスカートの裾つきそうやん。くそ、うっとうしい。俺はただここ通るだけや、ただの通り道。いや、ほかんとこ通ればええか。なんでやねん。…せやから、逃げとるみたいやん。こんなん、ただの通り道、いつもみたいに文句の1つでも吐いて通るだけや。「帰ってきてたん」?見たらわかるやろ。「お掃除ごくろうさん」?……なんでやねん、あほくさ。無視してさっさとおやつや。
・
朝の支度。またあいつは来とらん。今日も元気にガッコかいな。
「はいどうもありがとう。…なぁあんた」
「はい」
「これやねんけど」
椅子に乗せといた紙袋。中身入ったそれを女中に渡した。
「それ、余っとるんやけど。あいつに渡しといてくれへん」
「こちらは…お菓子ですか」
「せや。足早いから早よ食べぇ言うといて」
「承知しました」
直接何か言わんでも、俺からの菓子折りやで。それ見ただけでどんだけアホでもわかるやろ。俺がこないに譲歩したるんやから。感謝せぇ。
・
茶の時間。今日は祝日や。学校も休みやし、朝から奉公受けとる。朝からやで?今何時や思てんねん。3時のおやつや。朝から顔合わせとんのに、何も言うて来ぉへんとか正気か。
「本日は屋敷の菓子方のおはぎです」
「あー。おはぎな。ええね」
色や形が可愛らしい、皿の上に視線を落とす。おはぎな。職人が作った見目のええおはぎ。俺が女中に渡したやつも、老舗の可愛らしおはぎやで。ここ数日の話や、嫌でも結び付くやろ。
「おはぎな。最近よう見るな」
「そうですか」
「おいしいなぁ」
「そうですね」
「…せやろ。……」
こいつ。ここまでお膳立てしたってんのに…!
ちっ、しゃあない。
「…こないだのあれ。どうやった」
「なんでしょう」
「…あれやん。……おはぎや」
「箱がありました」
「食べたん」
「お気持ちだけいただきました」
「……さよか」
女中経由でこいつの手元に渡っとるはずやのに。なんやそれ。見かけただけみたいな言い方やな。俺の善意と意図をへし折ってくるやん。ふん。まぁ女中への差し入れや。俺かてそういうこともするやろ。別に気にしてへんわ。
・
5日後の夜。風呂もあがって夜支度や。久しぶりにこいつだけの奉公。支度後、部屋から下がろうとしてふすまに背を向けて膝をついた。下がるときのいつもの定型文言う前にこっちから声かけた。
「なぁ、待ってや。キミに用事あんねん」
「はい、なんでしょうか」
「ちょっとこっち来てくれる」
俺は座布団に座ったまんま、手招きして呼ぶ。したら、1メートルくらい間あけて斜め前に正座した。それとちょうど反対側。座布団の後ろらへん。直るこいつを確認して、俺の影の方から桐箱を手に取った。手のひらよりちょっとでかいくらいのやつ。
「…これやねんけど」
「はい」
「これ、櫛やねんけどね。つげのくし。静電気ならんようにてもろたんやけど、1回も使こてへんの。さらやねん。ちりめんも若草色やし、櫛に飾りもないけど女でも使えるやろ」
「……」
「ええとこのんやで。使わんのももったいないし、キミにどうやと思て…いらんのやったら別にええけど」
桐箱のフタ開けて見せながら。えらい澄ました顔…いや、いつも通りのつまらん顔や。何か反応してくれんと、無駄に早口になってまうやんか。
「うまいこと使たら一生モンて言うし。…使わん?」
「ありがとうございます。クシは持ってますから」
「それ、いらん言うこと?」
「はい、大丈夫です」
「さよか」
「……」
「……ほんなら、もう、さがってええで」
「はい。失礼します」
定型のセリフと動き、閉まるふすまを見つめた。ほんでそのまま、広げた桐箱へ。…この桐が重なって閉まる音。こんなに腹立つもんやったか。知らんかったわ。…さよか。さよか。いつもの「はい」「ありがとうございます」で受け取ればいいだけやん。可愛げのない。こんなもん、箪笥の奥で一生眠っとけや。
・
それから1週間くらい経った。癪なんやけど、こいつがおるとき、こいつが給仕するときを狙った。逆算して動いてたんや。
「直哉さま。本日は生菓子です。どうぞお召し上がりください」
そう言うたあと、軽く頭を下げる。目の前に置かれた菓子。生菓子の中でも上生菓子やないかい。今日に限ってえらい華やかで綺麗なもん出されてしもた。誰かなんかええことでもあったんか。
…まぁええわ。しゃあない。何出されてもどないもならんか。
「ありがとう。いただくわ。あー…その前に、これ…」
「はい、なんでしょうか」
また手のひらよりちょっとでかい、丸みのあるフタ付きの木の器。それを、これ以上何も言わんと差し出した。うちではその辺でよう見る、せんべいとか落雁が入っとる菓子器や。こいつも見たことあるからスッと受け取った。
「開けていいですか」
「ええよ」
「これは…、クッキーですか?」
菓子器に満タン入っとるんは、こいつの言う通り、クッキー。
「それ……俺が作ったんやけど」
「えっっ!!!」
「ああ、もちろん1人でやないで。菓子方に頼んでや」
「えっ!!」
「そら、売りもんみたいなんちゃうよ」
「えっ」
「1種類しかあらへんし、形も揃てへん…まぁでも材料はええもんや」
「えっ…」
「なんやねんその顔。文句あるんやったら食べんでええ」
「うゎぁ…」
左手に菓子器、右手にフタ。固まったまんま、ボケた顔で間抜けな声出しとる。なんや、そんなアホ面できたんかい。
「……」
「……なんか言えや。また受け取らんつもりか」
「……」
「……」
「直哉さま」
「…なんや」
「直哉さまって、不器用ですね」
「は?」
「何か受け取らせてからじゃないと、ごめんなさいできないんですね、…ふふっ」
「は…?なっ……う、うっさいわ!」
くそ、とっさにええ返事できひんの、図星つかれとるみたいやんか!そうやない、こいつの笑った顔、初めて見たからや!ちょっと不意突かれただけやし!そもそも何を分析してくれとんねん。
「……ま、まぁ、口滑りまくったし、殴ってしもたんは、その…」
「はい。私もごめんなさい。やりすぎました」
もうすっかり治ってはおるけど、その直後は目の横と上唇が腫れとった。俺が負わせたケガ。もうまるっきり見えへんそこを見つめる。今は目ぇ細めて、口角上がっとる。
「怒ってへんのか」
「とっくに怒ってません」
「そうか……ん?ちょお待て。とっくにて…ほななんでおはぎと櫛受け取らへんかってん」
おはぎ…菓子折り渡したら察して言うてくるやろ、て。櫛も素直に受け取ったらこんな流れになってたはずや。なんでクッキーで笑てんねん。
「誰かを介したり、訳わかんないものくれようとしたから」
「訳わからんことはないやろが…」
「でもこれは…私と仲直りするきっかけのために、あの直哉さまが行動してくれたからです」
「な…仲直りて…べつに…」
「違うんですか?」
菓子器を正座した膝の上に置いて両手で包むみたいに持っとる。
「まぁ、そういうことにしといたるわ」
「ふふっ、ありがとうございます」
また、声出して笑いよる。女は…こいつはようわからん。
俺が作った不格好なクッキー。金のかかったようなもんよりそれがええんやと、こいつは笑ろとる。初めて見たその顔はわるない。
その顔見ながら食べる菓子は、いつもと味気が違う。…ふん。わるないやん。
──第一章:未開 END──
1/4ページ