直哉夢「15年」
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✦直哉視点
──22歳
うっすら不穏な空気はある。俺があいつの行動監視しとるからや。皐月もそんな俺の目ぇに気付いとる上でいつも通り屋敷内で俺と過ごしとる。ああ、女中の仕事はしとるよ。たまに調理場にも行っとるみたい。俺の腹ん中とは違ごて、あいつは変わらんと笑ろてる。
スマホは捨てた。俺が安心するんやったらいくらでも、て了承のもとや。ここで一瞬でも躊躇されてたら俺もどうなってたかわからん。
皐月が俺の思てるようにおってくれとるから、俺も安心して鍛練やら任務やらに専念できてる。
・
そうやって調子ようしてたのに横槍入った。
今親父の部屋の前や。女中を介して呼ばれたときは何についてかは想像できる。せやけどなにせその時まで詳細がわからんから落ち着かん。正直何言われるんやてビビってしもとる自分がおる。それに気付いて舌打ちした。今までそんな風に思たことない。けど親父に雲行き怪しすぎることばっかり続けて言われてたらこうもなるやろ。……あー、くそ。だる。
どうせ俺にとってええこと言われるんとちゃう。わかっとるけど避け続けるわけにもいかん。俺のことだけと違う。どうせあいつにも関係のあることやろ。めんどくさい、聞きたない、なんにも変えたない。……そう思いつつ、重すぎる体動かしてふすま開けた。
「おー直哉。来たか」
「はぁー……」
別に来たかない言うねん。ちょびっとだけ覚悟決めて入ったらコレや。広い座卓の上に酒盛りセット。煮魚のだし醤油の匂い、恐らくカラの徳利3本が座卓の縁に並べられとる。猪口傾けてエライ機嫌ようしとった。……なんやねん。俺の緊張返せや。
「顔合わせるのも久しぶりか?まぁそこ座れ」
「…こっちは別に見たないねん」
「ほれ」
俺がトイメンに座ったと同時に、中身注がれた猪口が置かれた。昼間っから呑むほど酒好きと違うんやけどな。呑めて絡まれるんもめんどくさいから一気に喉に流し込んだ。中身なくなった猪口、もう入れられへんようスライドして端へ置いた。
「で。俺に何の用なん」
「用がなけりゃ可愛い息子と酒も呑めんのか」
「キショ」
適当なこと抜かしよる。そんなこと言うほど機嫌ええんかい。皿の刺身摘まんどる。多めに盛り付けられとるホタテ。好物なんか?まぁどうでもええけど。
「お前も22だ。俺の22の頃はなんて言いたくはないが─」
「いやもうええてそれ」
「まぁ聞け」
22言うたら世間一般の人間は大抵社会人になっとる、て続けられる。はぁ…俺にそれを言うてどないすんねん。俺とそれ、並列にはならんやろ。考えるまでもないやん。言うて親父かて大昔とは言えそれに当てはまらんやん。て言うかホンマなんなんや。
「まぁ皐月ちゃんの話にもなって来るが」
「……あいつがなんやねん」
せんでええやんと思た緊張。ちょっとだけ体ん中走った。やっぱりそれ関連の話かい。
「ああ。と言うよりお前の話だな」
「はぁ……なんやねん……もったいぶらんともう早よ言うてくれ」
「お前の見合い、もう打ち切りだ」
「は?」
打ち切りも何も。この6年、見合いみたいなん勝手に組んどったんか知らんけど、俺行けへんかったやん。俺の中では随分前に打ち止めしとる。まさかまだ続いとったとはな。
「ただしだ。お前がそんなに彼女を好いてて他のモンと結びたくないんだったら、皐月ちゃんを本妻にすることだ。それでお前の機嫌も保てるだろ」
「……はぁ?いや、言うたやん。あいつをそこまで巻き込みたないて」
「巻き込む、て何だ?そこまでとは?どの程度のことを言うとる?あの子は十分禪院に巻き込まれとる」
「……俺の、継ぐとか次の代とか…相伝とか…」
くそ、思たように口が回らん。そら、ウチと無関係とは言われへんけど、これ以上巻き込む訳にはいかんて…そう思う俺のこともわかるやろ。…いや、わからんか。まぁわかる訳ないわな。あの顔見てみぃ。俺の言うたことに呆れ返っとる顔や。
親父は手元のエイヒレ摘まんで食い千切る。ほんで咀嚼しながら続けよる。
「皐月ちゃんに子供産んでもらうかどうかはどっちでもいい。お前の好きにせぇ」
「……は?…え?」
「その上でだ。妾取れ。一人じゃないぞ、三人は取れ。それが条件だ。なぁに、お前の母のようにしてくれとは流石に言わん」
「はぁ?見合いはやめるんとちゃうん」
「今までは婚姻のためのそれだったがな。妾でもいい言う家なんか掃いて捨てる程いるのもまた事実だ」
あいつに、産んでもらう…?…は?そもそもそんな選択肢なんかあらへん。しかも親父の言うそれて、ただの子供て意味とちゃうやろ…。いやいや…、ナシや。ある訳ない。…ほんでこの時代に妾て。しかも複数人て、どこの将軍やねん。本妻、妾、側室、2号3号、てか?おかしいやん。いや、俺がおる世界は本来おかしいことだらけや。一般的言うもんもようわからん。せやけど、これがおかしいことはわかる。御三家見渡してもそこまで固めとるやつおらんやん。…やし、考えるまでもなく気色悪いやんそんなん。
「……その条件、飲まんて言うたら?」
「現当主の息子、時期当主候補、筆頭、相伝持ち。な?そんな若いお前がだ。本妻も妾も持たんのでは我が儘が過ぎる」
「せやけど甚壱くんやって」
「皆まで言わすな、俺はお前の話をしてる」
声のトーンが低なった。途端になんや部屋の空気が変わる。喉首をグッと押さえられた…そんな気にさせられてしもた。
「お前の努力や才能は認める。誰にでも出来るもんではない。禪院家としてもお前はなくてはならん存在だ。だからこそだ。お前個人の感情で済むと思うな。本妻も妾も取らん…子も作らんということは禪院家に対する職務放棄に等しい」
職務。…そうや、俺自身もわかってたはずや。「俺もしょせんただの家の駒や」て。いつだったか、当て付け半分でそう言うたこともある。…せやけど、俺やで?俺は俺が決めたことしかしたない。それを言えるほどの実力はあるんや。
「……そうは言うても、当の俺がせえへんかったら全部無駄やで」
「お前に自由はない。今まで思い通りにしたつもりで勘違いしたか?…まぁ妾三人取ったとしても結局は運だ。だが数打ちゃ当たる。お前もそうだった」
「……は?」
俺の身体に刺さるナイフが増えてくみたいや。所詮俺は親父がばら蒔いた種のひとつ。たまたま当たっただけなんや。その、数打って当たった俺がまた種ばら蒔く。俺自身やのうて俺の種、俺の血ぃに価値がある。俺みたいなモンは先から次へ繋ぐだけの器なんや。
俺に才能あったからとちゃうんか、俺が誰よりも努力したからとちゃうんか。……俺の人生は俺のモンとちゃうんか。なんなん……?こんなもん…俺が見下しとった、親の敷いたレールの上歩いとるあのカス野郎どもと変わらへんやん。結局のところ、俺は種の時からその上を綺麗に歩かされとったんや…。たまたま当たり引いた俺が、まんまと親の期待に応えとったんか。
「…………」
ああ…、頭ん中軽なってく、目の前ボヤけてく、胸ん中硬なっていく。…おい、いつもの俺はどうしたんや。そんなん知ったこっちゃないわクソ親父て一蹴する場面やろが。いくら当主や親父や言うても、俺が納得出来んことは受け入れへんわ、て鼻で笑ろて終まいやろ。
「先に言ったこと、皐月ちゃんの耳にもすでに入れてるからな。心配するな」
「……あ?」
「あの子は聡い。自分の役割、ひいては禪院家のこともようわかってくれとるなぁ」
徳利がカラになったんか、片目瞑って口ん中覗いとる。
酒呑もうとしとる思考のついでに言われたそれに、さらに理解が追い付かん。あいつに、何を言うとるて…?
「……それ、どういうことやねん」
「末息子の本妻にどうだ、妾も理解してくれるか、ってな」
「………ほんで?」
「もちろん了承してくれた。俺が皆まで言わずともな。…ああ、あの子を本妻に認めてやるんは俺の温情だ、感謝せえ」
「………っ」
ゴンッッ
眩んだ。一瞬視界がなくなった。頭が重なったみたいに真下に落ちた。無意識に座卓に頭突きしてしもたんや。額が落ちた音と陶器が揺れる音が響いた。
「…………」
…ああ、俺は思い上がっとった…それを思い知らされた。俺には「力」があって「自由」があるんやと。「自由に出来る力がある」んやと。せやけど実際はどうや……家と血ぃの力で作られた道走って、家と血ぃのために職務を全うせなアカンて決められとる。当主…親父の管理下や。敷かれたレール上とは気付かんと…そんな中やったとしても…あいつは俺自身が決めて隣に置いとる俺の唯一の領域や。それすらも荒らされてしもた。…理解?了承?あいつすらも当主の管理下か。
ガンッ、ガンッ、ガンッ
陶器の音がガチャガチャうるさい。額も痛い。せやけど痛む頭ん中早よ紛らわせたい。この絶望にも似とる黒い塊を潰したい。せやから俺は頭突きを繰り返した。
ガンッ、ガンッ、ゴッ─…
「…………」
……無力や、無力。俺はなんて無力なんや……信じられへん。信じたない。でもそれが事実…クソみたいな事実や。
「…………」
動き止めたら頭にじんわり痛みが広がる。なんとか上げたら、俺の前の皿からかまぼこが減っとった。それが見えてすぐ、箸が伸びてきて最後の一個がなくなった。自傷しとる息子と揺れとる座卓の前で平然と飲み食い出来るんがこの親父や。
おそらく俺のせいで中身こぼれへんようにて手ぇに持っといたんやろう猪口。傾けて煽っとる。そんな親父を下から睨んだ。アカン。これ以上ここにおったらどうにかなってまう。
「おい、どこへ行く」
「………」
「あの子を責めてやるなよ。お前に黙っとけと口止めしたのは俺だ。あの子はただ、正しい判断をしただけだ。禪院の人間としてな」
トドメを浴びせられる。背中にまたナイフ刺さった。
嘘みたいに重たい襖開けてこの部屋から出た。…親父から見たら逃げたと思とるやろ。…その通りや。親父の言葉にまともに返事出来とらへん俺はもうそうするしかないんや。
・
簡素な襖の前に着いた。腰の高さの丸い窪みに手ぇかけた。
「……皐月……いてるか……」
「──どうぞ、直哉さま」
小さいけど確かに聞こえた返事。似たような重さの襖開けた。段々あいつの顔見えて来る。狭い部屋の真ん中ら辺で、並べた座布団の上に座っとった。なんかその姿見た瞬間に浅い呼吸になってまう。震えてきそうな手ぇでなんとか襖閉めれた。
「……」
俺の顔見た皐月は一瞬息詰まったような顔した。
けど、すぐにやらかい表情して俺を見上げとる。
「………」
「直哉さま、お待ちしておりましたよ」
「……っ!」
その顔と、声と、姿と。瞬間的に俺の体に染み込んでった。ほんで足が勝手に動いたん。2歩くらいな距離、勢いつけて詰めた。気付いたらそのまんま膝の上に突っ伏しとった。
正直、こいつの顔認識した時点でその場に崩れてしまいそうやった。なんか言わな…て停止しとる脳を動かそうとした。うまいこと動けん俺は皐月の声に包まれた感じして吸い込まれた。
太ももに顔埋めて、着物の裾掴む。
「……っ、う、…ぅぅ…」
思いっきり掴んで声殺す。いや、殺したつもりが嗚咽漏れた。背中と頭に手のひら乗ってきてぬくかったから。目ぇからも水止まらん。
「うっ、ぅぅ…、う……、なんなん…」
「……」
「俺…っ、俺は、無力や…ぅぅ…」
「……」
「こんな……俺みたいなもん、死んだらええんや…」
「……」
「俺なんかっ、おってもおらんでもええんや……ただの繋ぎやから…」
「……」
「お前のことも、まともに囲われへん…っ」
息吸うて、嗚咽吐いて。そうしとる間、俺の背中が撫でられる。苦しい、しんどい。けどそうやって撫でてくれとるから、なんとか呼吸できとる。
「お前も、親父に口止めされてたて…」
「はい」
「ぅぅ…ごめん、お前のこと、こんな…ウチに巻き込みたなかったのに…!」
「大丈夫です」
「ちゃう…お前はわかってへん…お前のこと、ウチに消費されるんやぞ」
「わかってます」
「わかってへん……ぅぅ…」
ポンコツどもの嫁みたいに、俺の母親みたいに。禪院のために生きさせられるんやぞ。そんな覚悟あるんか。……こいつはあるて言うんやろ。10年以上ここのこと見とるんやから。その枠に納まるて覚悟が。俺はそれが嫌なんやていうことをわかってへん。
俺は、違うやろて、お前を責めたいて思うてしもとる。
「お前に…、なんで言うてくれへんのや、て怒らせてもくれへん…っ」
せやろ。この怒り、縁談のときみたいに「俺によう黙ってたな」て向けれたらええのに。それも封じられとる。皐月が俺のため、て覚悟決めてくれとるんや…それくらい猿でもわかる。これで俺がこいつにそうやって怒ってしもたら、こいつの覚悟へし折ることになる。怒るに怒れん。俺は、家の力とこいつの覚悟に負けてしもたんや。
今の俺では政治的にも実力的にも親父に勝たれへんのや。さらに、皐月を人質みたいにして俺を屈させようとした。せめてこいつが拒否してくれてたら俺も反発できたのに。……いや、さすがにちゃうやろ…俺が無力やからや…。せやけど、俺の唯一の自由な聖域がなくなったんや…そうも思いたいやろ……。ちゃう、あほか。
「う…ぐぅ…ぅぅ…」
「直哉さま」
「………」
「籍入れますか」
「…なんやそれ…っ」
俺は思わず顔上げた。あんまりに淡々と言うから。親父に言われたからか、てカッとなった。本妻にしてやってもええて許可貰ろたからか、て。こんなん、俺の無力さ増しにかかってるみたいやん!
「そ…そんなん…!」
そういうことやない。そうやない。籍を入れるとか入れへんとか、そんな形だけの話をしてるんとちゃうんや。そんなん、親父に言われた通りの条件全部飲んで、「本命本妻に置いて」「他の三人に子種撒いて数確保せぇ」てことに従いますて言うことやんか。結局のところ手のひらの上や。俺にそうせえて言うてるんとおんなじやねん!
一言で言うたら「悔しい」。それが口から思たように出ていかん。また目ぇから涙流れて行く。俺が顔付けてたとこ。皐月の足のとこ見たら、俺の涙と血ぃが滲んでた。
俺のことじっと見とる皐月の顔に目線上げた。それは言葉とは違ごて淡々とはしてへんかった。
「直哉さまは当主になるんでしょう?」
「………」
「私は大丈夫です」
「……俺が、大丈夫やない…」
皐月は、たぶん正しい。禪院の人間として。ほんなら間違っとるんは禪院か?…いや、禪院としては正しいんやろう。じゃあ間違っとんのは俺なんか?……わからん。俺は禪院の人間やのに。家のこと、血ぃのこと、仕組みとか制度のこと。わかってるはずやし、なんやったら人より重点置いとるつもりやった。これが禪院家やろ、て事あるごとにそう思てきた。せやけど今、プライドも自信も折られた今、何もわからんようになってしもた。
「俺は…不自由なんや……禪院の駒で、道具や…。お前もそれに従ってくれるよな…」
「はい。私は直哉さまと一緒にいます」
「絶対やで…」
「はい」
「裏切ったら許さんからな…」
腐った仕組みの中におる今、なおのこと俺にはお前しかおらんの。逃げられるか?変えられるか?そんなん出来へん。俺は禪院の人間で、ここでしか生きられへん。生まれたときからそう決まっとるんやから。この不自由に、お前は一生付き合ってくれるんやもんな。俺と一緒に駒になってくれるて。
なんか一瞬安心して、また太ももに顔埋めた。そしたらまた頭に手のひら乗ってきたん。ほんで髪の毛梳かすみたいに撫でてくれた。俺は目ぇ閉じて、深く息吸って、吐いた。
──第七章:22歳、お前しかおらん END──
──22歳
うっすら不穏な空気はある。俺があいつの行動監視しとるからや。皐月もそんな俺の目ぇに気付いとる上でいつも通り屋敷内で俺と過ごしとる。ああ、女中の仕事はしとるよ。たまに調理場にも行っとるみたい。俺の腹ん中とは違ごて、あいつは変わらんと笑ろてる。
スマホは捨てた。俺が安心するんやったらいくらでも、て了承のもとや。ここで一瞬でも躊躇されてたら俺もどうなってたかわからん。
皐月が俺の思てるようにおってくれとるから、俺も安心して鍛練やら任務やらに専念できてる。
・
そうやって調子ようしてたのに横槍入った。
今親父の部屋の前や。女中を介して呼ばれたときは何についてかは想像できる。せやけどなにせその時まで詳細がわからんから落ち着かん。正直何言われるんやてビビってしもとる自分がおる。それに気付いて舌打ちした。今までそんな風に思たことない。けど親父に雲行き怪しすぎることばっかり続けて言われてたらこうもなるやろ。……あー、くそ。だる。
どうせ俺にとってええこと言われるんとちゃう。わかっとるけど避け続けるわけにもいかん。俺のことだけと違う。どうせあいつにも関係のあることやろ。めんどくさい、聞きたない、なんにも変えたない。……そう思いつつ、重すぎる体動かしてふすま開けた。
「おー直哉。来たか」
「はぁー……」
別に来たかない言うねん。ちょびっとだけ覚悟決めて入ったらコレや。広い座卓の上に酒盛りセット。煮魚のだし醤油の匂い、恐らくカラの徳利3本が座卓の縁に並べられとる。猪口傾けてエライ機嫌ようしとった。……なんやねん。俺の緊張返せや。
「顔合わせるのも久しぶりか?まぁそこ座れ」
「…こっちは別に見たないねん」
「ほれ」
俺がトイメンに座ったと同時に、中身注がれた猪口が置かれた。昼間っから呑むほど酒好きと違うんやけどな。呑めて絡まれるんもめんどくさいから一気に喉に流し込んだ。中身なくなった猪口、もう入れられへんようスライドして端へ置いた。
「で。俺に何の用なん」
「用がなけりゃ可愛い息子と酒も呑めんのか」
「キショ」
適当なこと抜かしよる。そんなこと言うほど機嫌ええんかい。皿の刺身摘まんどる。多めに盛り付けられとるホタテ。好物なんか?まぁどうでもええけど。
「お前も22だ。俺の22の頃はなんて言いたくはないが─」
「いやもうええてそれ」
「まぁ聞け」
22言うたら世間一般の人間は大抵社会人になっとる、て続けられる。はぁ…俺にそれを言うてどないすんねん。俺とそれ、並列にはならんやろ。考えるまでもないやん。言うて親父かて大昔とは言えそれに当てはまらんやん。て言うかホンマなんなんや。
「まぁ皐月ちゃんの話にもなって来るが」
「……あいつがなんやねん」
せんでええやんと思た緊張。ちょっとだけ体ん中走った。やっぱりそれ関連の話かい。
「ああ。と言うよりお前の話だな」
「はぁ……なんやねん……もったいぶらんともう早よ言うてくれ」
「お前の見合い、もう打ち切りだ」
「は?」
打ち切りも何も。この6年、見合いみたいなん勝手に組んどったんか知らんけど、俺行けへんかったやん。俺の中では随分前に打ち止めしとる。まさかまだ続いとったとはな。
「ただしだ。お前がそんなに彼女を好いてて他のモンと結びたくないんだったら、皐月ちゃんを本妻にすることだ。それでお前の機嫌も保てるだろ」
「……はぁ?いや、言うたやん。あいつをそこまで巻き込みたないて」
「巻き込む、て何だ?そこまでとは?どの程度のことを言うとる?あの子は十分禪院に巻き込まれとる」
「……俺の、継ぐとか次の代とか…相伝とか…」
くそ、思たように口が回らん。そら、ウチと無関係とは言われへんけど、これ以上巻き込む訳にはいかんて…そう思う俺のこともわかるやろ。…いや、わからんか。まぁわかる訳ないわな。あの顔見てみぃ。俺の言うたことに呆れ返っとる顔や。
親父は手元のエイヒレ摘まんで食い千切る。ほんで咀嚼しながら続けよる。
「皐月ちゃんに子供産んでもらうかどうかはどっちでもいい。お前の好きにせぇ」
「……は?…え?」
「その上でだ。妾取れ。一人じゃないぞ、三人は取れ。それが条件だ。なぁに、お前の母のようにしてくれとは流石に言わん」
「はぁ?見合いはやめるんとちゃうん」
「今までは婚姻のためのそれだったがな。妾でもいい言う家なんか掃いて捨てる程いるのもまた事実だ」
あいつに、産んでもらう…?…は?そもそもそんな選択肢なんかあらへん。しかも親父の言うそれて、ただの子供て意味とちゃうやろ…。いやいや…、ナシや。ある訳ない。…ほんでこの時代に妾て。しかも複数人て、どこの将軍やねん。本妻、妾、側室、2号3号、てか?おかしいやん。いや、俺がおる世界は本来おかしいことだらけや。一般的言うもんもようわからん。せやけど、これがおかしいことはわかる。御三家見渡してもそこまで固めとるやつおらんやん。…やし、考えるまでもなく気色悪いやんそんなん。
「……その条件、飲まんて言うたら?」
「現当主の息子、時期当主候補、筆頭、相伝持ち。な?そんな若いお前がだ。本妻も妾も持たんのでは我が儘が過ぎる」
「せやけど甚壱くんやって」
「皆まで言わすな、俺はお前の話をしてる」
声のトーンが低なった。途端になんや部屋の空気が変わる。喉首をグッと押さえられた…そんな気にさせられてしもた。
「お前の努力や才能は認める。誰にでも出来るもんではない。禪院家としてもお前はなくてはならん存在だ。だからこそだ。お前個人の感情で済むと思うな。本妻も妾も取らん…子も作らんということは禪院家に対する職務放棄に等しい」
職務。…そうや、俺自身もわかってたはずや。「俺もしょせんただの家の駒や」て。いつだったか、当て付け半分でそう言うたこともある。…せやけど、俺やで?俺は俺が決めたことしかしたない。それを言えるほどの実力はあるんや。
「……そうは言うても、当の俺がせえへんかったら全部無駄やで」
「お前に自由はない。今まで思い通りにしたつもりで勘違いしたか?…まぁ妾三人取ったとしても結局は運だ。だが数打ちゃ当たる。お前もそうだった」
「……は?」
俺の身体に刺さるナイフが増えてくみたいや。所詮俺は親父がばら蒔いた種のひとつ。たまたま当たっただけなんや。その、数打って当たった俺がまた種ばら蒔く。俺自身やのうて俺の種、俺の血ぃに価値がある。俺みたいなモンは先から次へ繋ぐだけの器なんや。
俺に才能あったからとちゃうんか、俺が誰よりも努力したからとちゃうんか。……俺の人生は俺のモンとちゃうんか。なんなん……?こんなもん…俺が見下しとった、親の敷いたレールの上歩いとるあのカス野郎どもと変わらへんやん。結局のところ、俺は種の時からその上を綺麗に歩かされとったんや…。たまたま当たり引いた俺が、まんまと親の期待に応えとったんか。
「…………」
ああ…、頭ん中軽なってく、目の前ボヤけてく、胸ん中硬なっていく。…おい、いつもの俺はどうしたんや。そんなん知ったこっちゃないわクソ親父て一蹴する場面やろが。いくら当主や親父や言うても、俺が納得出来んことは受け入れへんわ、て鼻で笑ろて終まいやろ。
「先に言ったこと、皐月ちゃんの耳にもすでに入れてるからな。心配するな」
「……あ?」
「あの子は聡い。自分の役割、ひいては禪院家のこともようわかってくれとるなぁ」
徳利がカラになったんか、片目瞑って口ん中覗いとる。
酒呑もうとしとる思考のついでに言われたそれに、さらに理解が追い付かん。あいつに、何を言うとるて…?
「……それ、どういうことやねん」
「末息子の本妻にどうだ、妾も理解してくれるか、ってな」
「………ほんで?」
「もちろん了承してくれた。俺が皆まで言わずともな。…ああ、あの子を本妻に認めてやるんは俺の温情だ、感謝せえ」
「………っ」
ゴンッッ
眩んだ。一瞬視界がなくなった。頭が重なったみたいに真下に落ちた。無意識に座卓に頭突きしてしもたんや。額が落ちた音と陶器が揺れる音が響いた。
「…………」
…ああ、俺は思い上がっとった…それを思い知らされた。俺には「力」があって「自由」があるんやと。「自由に出来る力がある」んやと。せやけど実際はどうや……家と血ぃの力で作られた道走って、家と血ぃのために職務を全うせなアカンて決められとる。当主…親父の管理下や。敷かれたレール上とは気付かんと…そんな中やったとしても…あいつは俺自身が決めて隣に置いとる俺の唯一の領域や。それすらも荒らされてしもた。…理解?了承?あいつすらも当主の管理下か。
ガンッ、ガンッ、ガンッ
陶器の音がガチャガチャうるさい。額も痛い。せやけど痛む頭ん中早よ紛らわせたい。この絶望にも似とる黒い塊を潰したい。せやから俺は頭突きを繰り返した。
ガンッ、ガンッ、ゴッ─…
「…………」
……無力や、無力。俺はなんて無力なんや……信じられへん。信じたない。でもそれが事実…クソみたいな事実や。
「…………」
動き止めたら頭にじんわり痛みが広がる。なんとか上げたら、俺の前の皿からかまぼこが減っとった。それが見えてすぐ、箸が伸びてきて最後の一個がなくなった。自傷しとる息子と揺れとる座卓の前で平然と飲み食い出来るんがこの親父や。
おそらく俺のせいで中身こぼれへんようにて手ぇに持っといたんやろう猪口。傾けて煽っとる。そんな親父を下から睨んだ。アカン。これ以上ここにおったらどうにかなってまう。
「おい、どこへ行く」
「………」
「あの子を責めてやるなよ。お前に黙っとけと口止めしたのは俺だ。あの子はただ、正しい判断をしただけだ。禪院の人間としてな」
トドメを浴びせられる。背中にまたナイフ刺さった。
嘘みたいに重たい襖開けてこの部屋から出た。…親父から見たら逃げたと思とるやろ。…その通りや。親父の言葉にまともに返事出来とらへん俺はもうそうするしかないんや。
・
簡素な襖の前に着いた。腰の高さの丸い窪みに手ぇかけた。
「……皐月……いてるか……」
「──どうぞ、直哉さま」
小さいけど確かに聞こえた返事。似たような重さの襖開けた。段々あいつの顔見えて来る。狭い部屋の真ん中ら辺で、並べた座布団の上に座っとった。なんかその姿見た瞬間に浅い呼吸になってまう。震えてきそうな手ぇでなんとか襖閉めれた。
「……」
俺の顔見た皐月は一瞬息詰まったような顔した。
けど、すぐにやらかい表情して俺を見上げとる。
「………」
「直哉さま、お待ちしておりましたよ」
「……っ!」
その顔と、声と、姿と。瞬間的に俺の体に染み込んでった。ほんで足が勝手に動いたん。2歩くらいな距離、勢いつけて詰めた。気付いたらそのまんま膝の上に突っ伏しとった。
正直、こいつの顔認識した時点でその場に崩れてしまいそうやった。なんか言わな…て停止しとる脳を動かそうとした。うまいこと動けん俺は皐月の声に包まれた感じして吸い込まれた。
太ももに顔埋めて、着物の裾掴む。
「……っ、う、…ぅぅ…」
思いっきり掴んで声殺す。いや、殺したつもりが嗚咽漏れた。背中と頭に手のひら乗ってきてぬくかったから。目ぇからも水止まらん。
「うっ、ぅぅ…、う……、なんなん…」
「……」
「俺…っ、俺は、無力や…ぅぅ…」
「……」
「こんな……俺みたいなもん、死んだらええんや…」
「……」
「俺なんかっ、おってもおらんでもええんや……ただの繋ぎやから…」
「……」
「お前のことも、まともに囲われへん…っ」
息吸うて、嗚咽吐いて。そうしとる間、俺の背中が撫でられる。苦しい、しんどい。けどそうやって撫でてくれとるから、なんとか呼吸できとる。
「お前も、親父に口止めされてたて…」
「はい」
「ぅぅ…ごめん、お前のこと、こんな…ウチに巻き込みたなかったのに…!」
「大丈夫です」
「ちゃう…お前はわかってへん…お前のこと、ウチに消費されるんやぞ」
「わかってます」
「わかってへん……ぅぅ…」
ポンコツどもの嫁みたいに、俺の母親みたいに。禪院のために生きさせられるんやぞ。そんな覚悟あるんか。……こいつはあるて言うんやろ。10年以上ここのこと見とるんやから。その枠に納まるて覚悟が。俺はそれが嫌なんやていうことをわかってへん。
俺は、違うやろて、お前を責めたいて思うてしもとる。
「お前に…、なんで言うてくれへんのや、て怒らせてもくれへん…っ」
せやろ。この怒り、縁談のときみたいに「俺によう黙ってたな」て向けれたらええのに。それも封じられとる。皐月が俺のため、て覚悟決めてくれとるんや…それくらい猿でもわかる。これで俺がこいつにそうやって怒ってしもたら、こいつの覚悟へし折ることになる。怒るに怒れん。俺は、家の力とこいつの覚悟に負けてしもたんや。
今の俺では政治的にも実力的にも親父に勝たれへんのや。さらに、皐月を人質みたいにして俺を屈させようとした。せめてこいつが拒否してくれてたら俺も反発できたのに。……いや、さすがにちゃうやろ…俺が無力やからや…。せやけど、俺の唯一の自由な聖域がなくなったんや…そうも思いたいやろ……。ちゃう、あほか。
「う…ぐぅ…ぅぅ…」
「直哉さま」
「………」
「籍入れますか」
「…なんやそれ…っ」
俺は思わず顔上げた。あんまりに淡々と言うから。親父に言われたからか、てカッとなった。本妻にしてやってもええて許可貰ろたからか、て。こんなん、俺の無力さ増しにかかってるみたいやん!
「そ…そんなん…!」
そういうことやない。そうやない。籍を入れるとか入れへんとか、そんな形だけの話をしてるんとちゃうんや。そんなん、親父に言われた通りの条件全部飲んで、「本命本妻に置いて」「他の三人に子種撒いて数確保せぇ」てことに従いますて言うことやんか。結局のところ手のひらの上や。俺にそうせえて言うてるんとおんなじやねん!
一言で言うたら「悔しい」。それが口から思たように出ていかん。また目ぇから涙流れて行く。俺が顔付けてたとこ。皐月の足のとこ見たら、俺の涙と血ぃが滲んでた。
俺のことじっと見とる皐月の顔に目線上げた。それは言葉とは違ごて淡々とはしてへんかった。
「直哉さまは当主になるんでしょう?」
「………」
「私は大丈夫です」
「……俺が、大丈夫やない…」
皐月は、たぶん正しい。禪院の人間として。ほんなら間違っとるんは禪院か?…いや、禪院としては正しいんやろう。じゃあ間違っとんのは俺なんか?……わからん。俺は禪院の人間やのに。家のこと、血ぃのこと、仕組みとか制度のこと。わかってるはずやし、なんやったら人より重点置いとるつもりやった。これが禪院家やろ、て事あるごとにそう思てきた。せやけど今、プライドも自信も折られた今、何もわからんようになってしもた。
「俺は…不自由なんや……禪院の駒で、道具や…。お前もそれに従ってくれるよな…」
「はい。私は直哉さまと一緒にいます」
「絶対やで…」
「はい」
「裏切ったら許さんからな…」
腐った仕組みの中におる今、なおのこと俺にはお前しかおらんの。逃げられるか?変えられるか?そんなん出来へん。俺は禪院の人間で、ここでしか生きられへん。生まれたときからそう決まっとるんやから。この不自由に、お前は一生付き合ってくれるんやもんな。俺と一緒に駒になってくれるて。
なんか一瞬安心して、また太ももに顔埋めた。そしたらまた頭に手のひら乗ってきたん。ほんで髪の毛梳かすみたいに撫でてくれた。俺は目ぇ閉じて、深く息吸って、吐いた。
──第七章:22歳、お前しかおらん END──