伏黒家の日常
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【新生伏黒に授けし名】
──それは突然降ってくるものである──
ある夜、リビングに集まる一同。一人はソファへ、一人は人をダメにするソファへ、一人はラグの上に置いたクッションへ。中央のローテーブルを囲んだ。
そこで恵の一声。
「第2回、命名に関する協議会を開催する」
各ソファから視線が集まる。
前回の「こどもの名前を考える会」を経て数日。いくつめかの、そろそろ着手しなければ案件のため話し合ってみたはいいが全くまとまらずもたついて終わった。恵は数日後に改めると宣言し、それぞれ備えることとなった。恵から発せられた話し合いのタイトルを聞くに、いかに真剣さが増したかが伺える。
「いや堅ぇな。会議かよ」
「会議だ」
「ちょっと仕事感あるね」
まぁ前回ではまとまらなさすぎた。それも踏まえ本気度を示すためにまずは形から。まとまらなかった第1回では、甚爾は「顔見りゃ降ってくるだろ」と根拠のないことを言い、紗奈は込めるべき思いの丈を語るばかりで肝心の名前の案は出ず、恵は画数や名字との兼ね合い…人偏以外で縦割りは避けるべきだなどとグダグダ言い続け、同じく案には一向に辿り着かなかった。
「まぁ無理に今日決める必要はないが。何か出れば御の字だろ。案あれば出してくれ」
妊娠も8ヶ月に入り、紗奈もまだ仕事をしているとは言え産休も目前。産休に入り家にいる時間が増えるが、その頃にはいつ産まれてもおかしくない状況になる。直前で焦らずに済むように諸々準備が必要だ。恵の言う通り、今日決めなければいけない訳ではないがちょくちょく議題にあげ意識しておくに越したことはない。
恵はテーブルに紙を置きペンを握った。
「案かぁ。思いやりのある子になってほしいから優しげな音がいいかな。…風太はどう?」
「レッサーパンダかよ」
「何だそれ」
「昔のアニメ?」
「うそだろ、知らねぇのか」
「知らない」
「知らん」
「……そうか」
「蓮に音でレノンかレオンとか?イケメンそうな名前」
「うーん、ちょっとキラキラしてんな」
「ホストにでもしてぇのか」
「だよねー」
「いっそ信長とか政宗とか武蔵でもいいんじゃねぇか」
「武将~」
「ある意味かっこよすぎる」
「えーでも悪くないかも。風邪引かなさそう」
「武将でも引いてただろ」
「あー難しいなぁ。結局やっぱり健康第一だからさ、健太健一、康太康一は?」
「言いたいことはわかるが紗奈ちゃんよ…全国の健一康太には悪ぃが、もうちょい今っぽくしてやれ」
「どの口が言ってる」
「あ!光は?ヒカリ!恵と一文字お揃い。伏黒光!いいじゃん!」
「おお」
「悪くねぇな」
「…いやちょっと待て。一見良さそうだがそれヤバい。黒光りになってる」
「黒光り…!」
「ナニが黒光ってんだ」
「ぶふっ…」
「やっぱり書いてみるの大事だな」
「黒、光りっ…あはははっ」
「自分の案に自分で笑ってる」
「だってそんなことになるなんて…ふふっ、あーいい名前だと思ったんだけどな」
「名前はいいと思うけどな。伏黒とは相性最悪」
「お前と一文字揃いで言うなら豪は?」
「ごう…」
「烈とか剣とか」
「れつ…けん…」
「なんか強そう…可愛くない…」
「男だから可愛さより強さだろうが」
「うーん、悪くはないんだが」
「うそぉ」
「紗奈が気に入ってないなら不採用だな」
「ちっ、カッコいいだろ、烈」
「…そうだな。一文字で考えてみるか」
「葵くんは?」
「その名前のゴリラの知り合いいるわ」
「うーん、猛とか武の字でタケルとか?いや、しっくり来ないな」
「いいじゃねぇか。剛はどうだ」
「父さんのゴウ推し何なんだよ」
「豪腕、豪邸、豪遊、剛毛、剛球、金剛力士…ゴウは強そうだろ」
「豪遊剛毛は何か嫌だ」
「そういう恵も却下ばっかしてねぇで何か言え。俺と紗奈ちゃんばっか出してんじゃねぇか」
「うーんそうだな…とりあえず一文字…。樹の字でイツキとか?芯をしっかり、みたいな意味合い」
「うん、悪くないかも」
「同じような由来になるかもだが誠とか」
「おお、うーんもう一声!」
「翼……歩?…律?」
「いいね、他は?」
「充……響?……泉、…遥、…優?」
「お、それいいじゃねぇか」
「お父さんレーダーに引っ掛かった?」
「優のことか?」
「一個前」
「遥?」
「それ。読みもハルカで字もいいじゃねぇか。長いとか遠いって意味だろ。長生きしてスケールのでかい人間になれって由来に出来るしな」
「おおー!メグミに対してもバランスいいし!しかも可愛さもある」
「父さん割と中性名が好みなのか?」
「もしかしてメグミで不便あったか?」
「いや、特にない。まぁ女性名に見られたことはあるが最初だけだな。それこそアオイとヒカリと同じだ」
「しかもこのご時世、昔よりも多様性あるだろうしねー」
「俺が気になっただけだがな。決めるのは恵と紗奈ちゃんだ。他の挙げてけ」
「いや、いいと思う」
「私もいいと思う」
恐らくここで会議は終了だ。恵の手元の紙には挙がった案の文字たち。「遥」の字にサッと丸が付けられた。強そうかと言えば否になるが、大体の希望が通った名前だろうと落ち着いたようだ。
こうして「命名に関する協議会」は閉会した。伏黒家の新しい一員の名は、遥に決定となった。
【ここは病院という名の戦場】
──12時間後のハッピーバースデー──
一階リビング横の部屋が赤ちゃん仕様になった頃。
「……お父さん」
「んー?」
定位置で目的もなくスマホをいじる甚爾に、リビングの扉を開け、すっかりお腹が大きくなった紗奈が声を掛けた。
「何か来たかも……」
「あー荷物か?俺のパーツなら置き配にしてる」
「違う…わかんないんですけど、何か陣痛っぽいかも」
「あー?」
お腹の奥がぎゅうと固くなり、そのあとにズーンと重くなる。この痛みが数十秒続き、収まる。また数十分程の後、痛みがやってくる。ただの腹痛か、何かの報せか。一旦様子はみたが、大体30分周期でやってくる。これは事前に得ていた前駆陣痛ではなかろうか。
甚爾の視線はスマホであったが、陣痛という単語を耳にした途端顔ごと紗奈に向ける。臨月、生産期とは言え予定日まであと2週間は先だからかすぐに結びつかなかった。とりあえず紗奈は朝からの自分の状態を詳しく甚爾に説明した。
「なるほどな。情報と照らし合わせて一番わかるのは紗奈ちゃんだろ。そりゃ陣痛だな」
四六時中一心同体の胎児と共にある母体本人こそ、変化や違和感を最も敏感に感じ取れる。半信半疑ながらも、ほぼ確信しているのだろう。甚爾こそそれを確信し、丸めていた背中をグーっと伸ばした。
「よし、産院に電話しろ。出発の準備しておく」
「ありがとうございます。…はぁ、ついに来たか…」
紗奈は深呼吸をひとつ。予約している産院に指示を仰ぐ。同じように時系列で状況説明。やはり前駆陣痛だとのこと。用意出来次第来てくださいとの指示があり、改めて呼吸を整え覚悟を決める。
その通話の様子を見ながら甚爾もすっかり使い慣れたアプリでタクシーを手配した。
・
病院。
待ち構えてくれていた看護師に大袈裟にも車椅子に乗せられた紗奈。
パターンA、恵在宅時に終始恵付き添い。パターンB、恵不在かつ終始甚爾付き添い。パターンC、恵付き添うも途中離脱、甚爾と交代。パターンD、甚爾付き添いつつ恵途中参戦、交代。
現在はパターンB。パターンDに移行出来ることを祈りつつ、看護師にハンドルを押されて行く紗奈の後ろ姿を見送る。一旦息子に電話だ。
「今病院着いた」
『ありがとう、助かる』
「お前どんな感じだ?」
『正直時間はかかりそうだが…終わり次第速攻駆けつける』
「初産だからな、こっちも時間はかかるだろ。とは言え何があるかわからねぇからな。こっちからは状況報告するが、お前はそっちに集中してろ」
『…わかった。よろしくお願いします』
「はいよ」
産院からの指示を受けてから、高専に出向いている恵にも連絡。今日は元々任務があることは知っていた。連絡をした正午には現地に向かっているところだと言う。数時間で終われなさそうだとのことで、一先ずパターンBで動くことを共有したのだ。
・
陣痛室。飲み物や軽食を買い、案内されたそこは割と広め。集中出来るようにか照明は暗い。ベッドは3つありそれぞれカーテンで仕切られている。今はそれが全て少しずつ開けられており、紗奈の他に誰もいないことがわかる。入り口側のベッドではすでに紗奈が横になっていた。そのそばのチェストに飲み物等を設置する。
「どうだ」
「…間隔あるけどやっぱり痛い…」
「これからどんどん間隔短くなって痛みも酷くなるぞ」
「あああ……脅さないでぇぇ…」
・
重い生理痛のような陣痛を耐えていると、来院時迎えてくれた看護師が様子を見に訪れた。
「伏黒さん、お痛みの間隔と強さ、いかがですか?」
「…10分から15分くらいですね…痛みはまだズーンって生理痛くらいです」
紗奈は手元のスマホで午前中から記録していた陣痛アプリを確認した。間隔はまちまちで10分以下の時もあるが。
「わかりました。またちょくちょくご様子みにきますね」
「…よろしくお願いします」
「ご主人ですか?」
「俺は義父で、息子はあとで来ると思うが」
「そうなんですね。おとうさん、何かありましたらお呼びください。すぐ駆けつけますので」
「よろしく頼みます」
・
それから1時間ほど経過する。変わらず紗奈は次に来る陣痛の波に怯えながら耐える。甚爾と言えば特に何もせず、丸椅子に座り紗奈を見守っている。恵には1回、現状変わらずの文言でLINEを送った。
「あー…痛ったい…ぅぅ…」
「痛み強くなってきたか」
「うん…、あーいたいぃぃ…」
「それ代わってやる。この辺か?」
「もうちょい下…ぅぅ、その辺…」
腰と尾てい骨の間辺り。そこを自分でぐりぐりと圧している。これも事前に得ていたもの。仙骨マッサージというらしいのだが、これを行うと痛みの波が和らぐ。陣痛が起こると腰や仙骨に痛みが走る。この辺りを圧したり擦ることで神経刺激が分散されるそうだ。
甚爾は力加減や擦る時間を紗奈の指示通りに動く。
・
・
・
「あーきたきた…お父さんぐりぐりお願い…」
「あいよ」
「ぅあー…痛い痛い…いたいいい」
「俺のが痛ぇか?」
「ぐりぐり、もっと強くていい…痛いー…」
「結構力入れてんぞ。あざになるぞこりゃ」
「なっていいからぁぁ…ぅぅ"ー…いたい…」
「息しろよー」
「………うぅ……あー…ありがとう…。…はぁ。いやもうマジで痛い。なにこれ。いつまで続くの」
「そりゃあ出てくるまでだろ」
「は?何で私無痛分娩にしてないの?」
「知るかよ。ほら、水飲め」
紗奈が痛がる、耐える、甚爾が擦る。この繰り返しをもう数時間はしている。今日中、いくらなんでも遅くとも明日中にはこの痛みからは一旦解放されてるはずだ。解放されることを望みに、今はとにかく耐えるしかない。
・
・
「うー…もうきたよぉ…」
「早ぇな。ぐりぐりは任せろ」
「う"ー…う"ぅぅー…」
「がんばれがんばれ」
「がんばっ…てるよぉぉ…いだい……ぅぅ……」
紗奈が痛がる度に甚爾は立ち上がり仙骨マッサージ。最初は手首の内側を当て回すようなものだったが、今は握った拳の第二関節を仙骨に押し当て、刺すように圧をかけながら擦るそれになった。そして紗奈の力が抜ければ陣痛の終わりの合図。また定位置の丸椅子に座る。
これもまた何度も繰り返す。
・
・
「あー…きたぁ…くっそぉ…いたいぃ…」
「よしよし」
「ぐぅぅ…ぅぅ…ぅー」
「痛ぇよな。代わってやれたらいいんだがな」
「う"ぅぅ…かわってほしいぃ…」
・
・
「…ふぅ……。あ"ぁ…ほんっっとに痛い…」
「まさに出産のときは骨折より痛ぇらしいからな」
「…くぅぅ…私骨折したことないよ…」
「まぁまぁ痛ぇぞ」
「骨折るより痛いとか…みんなすごい…」
「そうだな」
「って言うかあんまり脅さないで…」
・
・
・
「紗奈」
「おう、やっと来たか」
陣痛室に入って6時間以上は経った。看護師に案内された恵が扉を開けて入ってきた。残りのベッドは空いたままだが、小声で声をかける。
「めぐみぃ…」
「悪い、遅れた」
「ううん…ありがとね…」
「間に合ってよかった。父さんもありがとう。ここから代わる」
「おう」
甚爾はとりあえずざっくりと現状説明。あとは重要な任務であるマッサージの仕方もレクチャーした。
「よし、わかった。紗奈、一緒に頑張るぞ」
「ありがとぉぉ…」
恵は上着を脱ぎ、インナーの袖を捲って次に備えた。
・
・
「…ふぅぅ、きたぁ…」
「よし。…こうか?」
「んー…ちがうっ、…いた…ちがうぅ…ちがうっ!お父さんやって!」
「え…違う…?」
「はいはい」
「う"ー…それ…ぅぅ…」
「え…ごめん…」
「くくっ、まぁしゃあねぇわな」
よし来たと実践してみたはいいが紗奈に違うと言われ交代させられてしまった。初回とは言え、何時間も何回もやってきた甚爾の安心と信頼のマッサージにはもう適わない。恵も数回やれば力加減や場所も理解し慣れるのであろうが、紗奈としてはもう毎回いつものマッサージが最適なのだ。甚爾の言う通り、仕方がない。
「……ふぅぅ…。…ぐりぐりお父さんお願い。恵にごめんだけど」
「いや、そうだよな」
「はいよ、任せろ」
「恵は居てくれるだけで安心だから」
「わかった」
今の紗奈にとっては、腕の甚爾、心の恵、と言ったところか。それに、陣痛は母体の痛みもそうだが、胎児にも負担があると聞く。それぞれの拠り所に頼りながら全員で頑張るしかない。その時まで。
・
・
・
「…いたいっ!えっ!なんか出る!出そう!」
「えっ」
「お。先生呼んで来てやれ」
「わ、わかった!」
恵は慌てて立ち上がり部屋を出た。
陣痛の間隔が短くなってはいた。次の陣痛に備えて待機していたが、急に初めての感覚と今までと違う痛みが下腹部から股にかけて刺すように響いた。
「いだだ…っ、なんか違うっなんか出る!いたいっ!」
「赤ん坊だろうがよ」
「伏黒さん、分娩室に移動しましょう」
「先生っ!なんか違います!なんか出そうです!!」
「赤ちゃんですよー。順調ですからね、頑張りましょう」
看護師と担当の助産師が部屋に入る。慌てる紗奈を宥めながらベッドをカチャカチャと弄り、横になっている紗奈を乗せたまま動かした。このベッドが変形し、そのまま分娩台になる。陣痛室には2つ扉があり、入り口とは反対側へと向かう。そっちが分娩室に繋がっている。
「ご主人、立ち会われますか?」
「出るっ…!めぐっ…恵ぃぃーっ!」
「もちろん立ち会います」
ベッドが向こうの部屋に入り、紗奈の恵を呼ぶ声が聞こえる。事前に記入した出産前アンケートにも立ち会いに丸をしていた。
嫁、息子の順番に分娩室に向かったのを見送り、甚爾は一旦一息ついた。
・
・
隣の部屋は騒がしい。騒がしいでは語弊があるが、紗奈の雄叫びにも似たいきみと、助産師や恵の励ましの声。それがまた間隔は開くが繰り返し聞こえて来る。
「う"ぅぅーー!痛いっ!誰か助けてっ!」
「助けますからねー。はい、もうすぐ来ますよーいきんでー」
「ねぇ!なんで!?痛すぎる!はやくして!恵!」
「一緒にいきむから!」
「この数値が上がって痛みがMAXになったらいきますよ」
「やってるやってる!やってます!!」
「上手ですよー」
「頭見えてますよ!」
「あー!まだ!?まだなの!?いたいって!」
「赤ちゃんも頑張ってますからね」
「ありがとう!くっそ!恵!手ぇかして!」
「ん、…いててて」
「握ってて!!」
「わかった…!」
「いだだだ…!」
「さぁ、いきんでくださいっ」
「ぅゔゔゔ……!」
「もう少しで会えますよー!」
「……っあ"ーっ!ねぇ!!なんでこんなに痛いの!?ぜったい!次!つぎこそ絶対!」
「次こそ絶対!よし!」
「恵もがんばれ!」
「頑張る!」
「そろそろですね、いきんでくださいよぉ」
「ぅぅゔ…!よしっ、こい…!ぐぅぅ…!もゔおねがいいぃぃ…っ!」
「そのままですよー!ほら出ておいで出ておいで~」
「ゔゔゔ……!」
「ぅぅぅ……」
「もうちょっと…伏黒さんがんばって…!」
「んんん"…!!」
「よし…、出ておいでー……そのままー…よし………はいっ!おめでとうございます!」
「………!!」
戦場の大人たちの声に混じり、誕生したばかりの産声もしっかりと響く。祝福の声や労いの声。それらをまた壁越しに聞く1名。
掛けられた時計を見ると日付けが変わる少し前。約12時間の戦いは一旦の終わりを遂げた。
伏黒家の面々にはホッとした気持ちと、これから始まる新しい日々への期待が入り混じる。甚爾は人知れず口角を上げ、ようやく肩の力を抜いた。心の中で「やれやれ無事に済んだか」と呟く。しかし、数分後の明日からが本当の「始まり」なのだ。
……第一章 END……
★──第二章、じいじ奮闘記へつづく──