伏黒家の日常
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✦モブ結構喋ってます
さて、そろそろ本腰を入れなければならない。何なら始動が遅いくらいだ。最優先事項であった紗奈と子供のことは安定期に入り一旦落ち着いた。そして繰り上がりの最優先事項となったのは物件探し。出産日近くになるまでには全員移動完了していなければならない。出来れば臨月に入る前まで。しかも3ヶ所から集まるのだから諸々の手配もしなければいけない。入居の日はまちまちでいいが、とりあえず本丸となる新居を決めなければ話が進まない。
「ごめん恵、お父さん。仕事が入っちゃった」
「えっ」
今日は、3人それぞれがスケジュールを調整し都合を合わせた唯一の日。一旦紗奈宅に集まり午前中から物件探しに行く予定にしていた。が、紗奈も調整していたにも関わらず急な呼び出し。甘えるつもりはないが、妊婦にも容赦がない。
出発のタクシーがそろそろ来るかというところで紗奈からの報せ。顔の前で手を合わせている彼女に、恵は思わず声を漏らした。
「終わったらすぐ合流するから!」
「昼には終わるか?」
「がんばります。すみませんお父さん」
「あー別に。恵がやるだろ。俺は口出すだけだ」
「よろしくお願いします」
今日を逃せば次が約1ヶ月後になってしまう。それに今日で決めてしまう気でいるから行かない訳にもいかない。
「昨日までのメモ送るね」
恵のスマホに通知音。紗奈の操作するスマホから、軽く話し合って出た希望とスクリーンショットした地図の画面にざっくり「○」が描かれた画像が届いた。その範囲内で探したいということだろう。
「でも私は通勤1時間以内だと嬉しいなーってだけだから!細かいのは特にない」
「わかったよ。出来るだけ早く来てくれ。でも無理すんな」
「ありがとう!」
マンション下に呼んでいたタクシーにまず紗奈を乗せ出発させる。新たに手配したものが来るまでしばらく待機だ。
「悪いな父さん」
「問題ねーよ。今後社会的に死なねぇように今頑張ってんだろ紗奈ちゃんも。そんなときのための俺だろ」
「おお……」
去るタクシーにひらひらさせていた手を下ろす甚爾。理解してくれているとは思っていたけれど、ここまで完璧だったとは。恵はまた思わず声が漏れた。
と、なれば話は早い。物件探しにいざ行かん。
──紗奈宅最寄駅、某不動産店にて。
「予約した伏黒です」
「お待ちしておりました、こちらへどうぞ」
自動ドアを入り一番近くにいた男性に声をかけた。そのまま奥側の対面カウンターに案内される。2人は並んで座り、まもなくコロンとしたフォルムのグラスでそれぞれにお茶が出された。
「本日はお越しいただきありがとうございます。わたくしミウラと申します。早速ではありますがご希望を伺わせてください」
「よろしくお願いします」
ミウラと名乗った優しげな雰囲気の男性。歳は40前後か。落ち着いたベテランの雰囲気もあり頼りになりそうだ。
ひとまずは場所だ。家から職場までドアtoドアで1時間以内、駅歩数はこだわらず。あまり騒がしくなく治安がいい場所。市や区は跨いでもいいし何なら県境も。郊外でもいい。一にも二にも治安だ。この際最強セキュリティが常に在宅している予定だということは置いておく。
「なるほど、その条件ですとまだ範囲が広いですね」
「そうですね」
次は予算や広さの話になるか。恵は「大体ですが」と前置きして希望を並べて行く。家賃は20数万円ほど、広さは3LDK、リビングは広めが理想。個室はプライベートが確保出来る程度の広さで構わない。ペットを飼う予定はない。築年数も、あまりに古くなければ問わない。
「あー。リビングへの日当たりは良い方がいい。あとは徒歩圏内にスーパーとクリニックは必須だ」
「周辺の施設は充実していれば尚よし、ですね」
恵の希望は希望と言うよりも「問わない」「こだわらない」が語尾に付きがちだ。それらを聞いていた甚爾の口出しが開始された。
「築は問わないが壁が薄いのはだめだな。通り沿いの場合は低層階もだめだ。うるせぇしカーテンも閉めっぱなしになる。もしメゾネットタイプとか階段があるなら踊り場がある方がいい。風呂と便所は隣。キッチンは対面のやつな。あー、あとバルコニー広いと何かと便利だな。マンションなら子供が多いところがいい。生活音足音がお互い様になる」
ミウラははい、はい、と相槌を打ったり頷いたり。パソコンをカチカチさせて甚爾の希望を聞いている。
「お兄様の仰ることごもっともです。反映させますね。ちなみに家族構成伺ってもよろしいでしょうか」
「はい。夫婦と子供、祖父の4人です」
「失礼しました。お父様でいらっしゃいましたか?」
「あ、はい、そうです」
関係性は勘違いされていたようだが、見た目から身内とは認識されていたらしい。まぁ若く見積もるのが接客業のセオリーなのだろう。そう思いながら恵は続ける。
「今全員別々に住んでて、すみませんが出来るだけ早く入居出来たら嬉しいです」
「かしこまりました」
ミウラはいくつか候補を絞っていく。
「こちらは築浅ですが満室ではなく、階数はまだお選びいただけます。ご夫婦の職場へもそれぞれ電車で30分程度、周りは比較的静かな環境ですね。駐車場は別途契約になりますが」
前に置かれたプリントアウトされた紙1枚。場所や金額、間取りが見やすくまとめられたものに注視する。マンション15階建て、3LDK。キッチンも対面、リビングには大きく面した窓と、その外には一般的な広さのバルコニー。所謂、ありふれたよく見る変哲はない誰もが住みやすいとされる間取りだ。ミウラが言う通りアクセスもいい。まぁもちろん悪くはない。
「確かに希望通り」
「いや恵、よく見ろ。リビングに収納ねぇし、日当たりいいが西日直撃だろ。夏場死ぬぞ。電気代もかかる」
「おおなるほど。年の功の視点」
「それにここ」
平面の間取りを見ただけでは生活導線や想像ができない恵よりは諸々柔軟に考えられている甚爾。若者はすでにあるものに対して順応していくのかもしれないが、自分だけならまだしも家族で住むとなればこの辺について頭を柔らかくしておいた方がいい。
甚爾は脱衣所を指先でトントンと突いた。
「これ、排水パンだろ。あのデカイ洗濯機合うか?」
「確かに」
あの立派な洗濯機。ここに来てこいつを優先しなければならないとは考えていなかった。買って後悔はしていないがネックの1つになろうとは。勢いで買ったのは失敗だったかなどと少しでも思ってしまい申し訳ない、高級家電よ。そして排水パンは取り外し等可能なのだろうが出来ることならそういうことは避けたい。
「…すみませんミウラさん。リビングに収納あり、排水パンなしの物件でお願いします」
「わかりました。謝らないでくださいね。色々見てるうちにあれこれと出てくるものですから。その方がこちらとしても助かります。西日も避けましょう」
次の候補。またも築浅で外観ピカピカでお洒落なマンション。エレベーターも2基、ゴミ出し24時間可能。セキュリティ完備で宅配ボックスもある。ファミリータイプではあるが周りは一見閑静そうだ。駅も比較的近い。家賃はそこそこだが間取りや設備も申し分ない。
「恵。そもそもよ、とりあえずの引っ越しだろ?永住するのか?その辺俺は文句ねぇが、しばらくの環境重視なら見栄張るようなとこはやめとけ」
「うーん」
「伏黒さん、一先ずの居住のご予定ですか?」
「そうですね、ほんとに特に決まってないんですが3年とか5年とか…とりあえず数年住めればと思ってます」
目下目的は家族全員で住むため。数年後は自分含め紗奈もどうなっているかわからない。何かが変わればすぐに対応するつもりだ。
恵の言葉にミウラは顎に手を当てふむふむと頷く。
「もしかしたら条件から大幅にズレてしまうかもしれませんが、物件としては伏黒さんに合いそうなものがあります。ぜひ一度見てください」
「お願いします」
ミウラはまたカチカチと操作しプリントアウト。それを2人の前に提示した。
「戸建てですか?」
「はい。賃貸ご希望とのことで意外に思われるかもしれませんが戸建てで賃貸というのもあるんです。しかしこちらは少し特殊でして」
確かに、なんとなく引っ越し先はマンションなのだろうと思っていた。いや、思ってもいない。東京周辺で部屋を借りるなんて大体がマンションだ。それ以外の知識と頭なんてない。
そしてミウラが言うにはこうだ。
築10年、2階建て、ゆったりした3SLDK。住人は海外赴任で家族で引っ越し済み、任期が終わればまた戻るそうだ。それも5年間と期間が決まっていて、その間個人に貸したいと。つい最近家主と不動産会社が媒介契約を結んだところだと言う。よくある物件と違い更新はなく期間限定の定期借家。故に家賃も相場より低め。ペット不可だが家主の条件はそれくらい。築10年とのことでエアコンとビルトイン食洗機は交換して出られているそうだ。物件としてはかなり良いのだが、期間限定という点でまだ決まっていないとのことだった。
「…排水パンは?」
「ありませんね。そして角地ですので隣接するお宅はお隣と裏の2軒だけです」
西日も避けられそうだし、庭はないが駐車スペースは大きさによるが2台停められそうだ。それと駅歩数はあるし乗り換えも1回必要なのだが紗奈の職場にも40分ほどで済みそうである。
「いいじゃねぇか。オープンキッチンみてぇだし」
「そうですね。元は自由設計のお宅ですので収納も充実しているかと思います」
正直馴染みのない場所だが、市名だけ見ると任務で行ったこともあるし治安も悪いとは聞かない。間取りも悪くない、バルコニーも広く2階の2部屋どちらからも出られる。車を持ったとしても甚爾のバイクと並んで置けるほどには余裕がありそうだし、定期借家ゆえに賃料も予算の3/4以下に抑えられるのはかなり魅力的。まさか戸建てを借りるなんて思いもつかなかったが、これは確かに伏黒家にとっては諸々都合がよさそうだ。
「隣とは言え物理的に離れてるのはいいな」
壁が薄く決して新しいとは言えない部屋に住んでいる甚爾。何度壁ドンしたことか。近い内にこちらからもうるさくしてしまうだろうから、やはり壁がくっついていない、上下左右に住人がいないというところが戸建ての魅力だ。
「いいですね」
「最長5年ですが大丈夫ですか」
「はい、問題なさそうです。…あの、確認なんですが、ペット不可って仰ってましたが子供は不可ではないですか」
「そうですね、不可となっておりません。むしろ"可"にチェックが入ってますが…」
恵からの確認。ミウラはその質問に少し眉を上げて不思議そうにしている。
「そうですか、よかったです」
「そこ不可なら振り出しだぞ」
「あのぉ…伏黒さん。大変失礼な質問になってしまうかと思うのですが…」
ミウラは2人に向き直って少し背中を丸める姿勢になった。
「"子供"ではないのでしょうか…」
ミウラは恵に向かって手のひらを見せた。家族構成を伝えた際の「夫婦と子供、祖父」の子供が恵だと。その父親、甚爾が夫婦に該当するとばかり思っていたのだ。恵のことは年齢的に子供には見えなかったが家族構成として。だから、やけに子供主導なんだな、と思っていた。
「あ、俺はこの人の子供ですが、俺が夫婦の方でこの人が祖父です」
「ソフ…!」
「子供はまだ産まれてませんが」
「こいつが世帯主、何なら俺はもうすぐこいつの扶養だ」
「そっそうでしたか!大変失礼しました!」
「はっはっ、ミウラサンよぉ、一世代ズレてたな」
なるほど、だから何かとミウラは都度都度自分の方を見ていた訳だ。こんなダルダルな自分とかっちりしてる恵とを見極められないなんてまだまだだな、と甚爾は笑う。
「申し訳ありません」
「いえ。俺もちゃんと言ってなかったですね」
「とんでもない、伏黒さんはしっかり伝えてくださってました。私が勘違いを…」
「いえいえ。多分この人のせいなので」
恵発信で、恵主体で、恵視点。…のはずなのだが隣に座る父親こと、この年齢不詳の男。そっちを指差し恵は頭を下げる。
「はいはい。ややこしいだけの存在で悪いな」
「まさかおじいちゃまだとは思わず…失礼しました」
「そうそう、俺はおじいちゃまだ」
少しやけになっている甚爾を横目にため息を吐く。年の離れた兄弟に見られることも初めてではない。そもそも一緒にいることがほとんどなく最近はそんなことがめっきりなかったから失念していた。本当に、いつまで若く見られるつもりなんだこの父親、いや祖父は。
「とにかく子供可で安心しました」
「…はい!お子さんが赤ちゃんとのことでしたら益々ピッタリな物件かと思います。内見行かれますか」
「是非」
情報や写真で見ただけでもかなり気持ちが傾いてるしほぼ確定だなという思いがあったが、午前中になんとか合流出来た紗奈と共に4人で現地まで向かったのだった。
・
──およそ1ヶ月後
物件探しの日、次に揃うのは約1ヶ月後だったのだがその日を引っ越しに充てられたのは幸運だった。
とは言え甚爾の引っ越しは既に済んでいる。本人曰く手荷物が片手で足りる数しかなくバイクで運び終えたそうだ。しばらくは夫婦2人で新居に住み、自分はその間、最低限のものと今のアパートに引き続き住む。引っ越したあとは不要なものはすべて処分するとのこと。
恵と紗奈も合間を縫って段ボールに詰める作業は済ませていた。
まずは恵宅から作業開始。朝早くから引っ越し業者が家具や段ボールを運び出す。元々必要最低限しかないからすんなり終了。その間は甚爾が紗奈宅に出向き手伝っていた。やっぱり女の荷物は数が多いだの、シーンに合わせた靴や服の種類にため息を吐き、仕事のもんばっかりで事務所かと甚爾の文句が飛ぶ。仕事女の嗜みとやらも大変だなとも追加。
テキパキと作業が進む中、恵宅を出発したトラックが到着した。
・
そして引っ越しのプロの方々の手腕のおかげで、目標である正午の移動完了が叶った。
2階の奥の部屋は甚爾の部屋。大きめではあるが本当に手荷物状態のものが3つポツンと置かれている。あとは恵宅にあったテレビとテレビ台。手前の8畳夫婦の部屋には紗奈宅からの荷物。納戸には仕事関係のものを詰め込んだ。ダイニングには紗奈が使っていたテーブルを置き、リビングには恵宅のソファとローテーブルを置いた。1階の洋室は子供部屋兼現在は物置。中身の詰まった段ボール箱をとりあえず入れ込んだ。
「はーいお疲れ」
引っ越しトラックを玄関先で見送った2人が戻り、人をダメにするソファに沈んでいる甚爾が声を掛けた。
「一段落だな」
「はぁ~!ありがとうございました!」
とりあえず移動は終わった。元の住み処の諸々の解約や処分等まだ残ってはいるが、ここで寝て起きられるくらいは今日から出来る状態。上出来だ。
「ピザでも取れ。腹減った」
「そうだな、注文する」
早速新住所に届けてもらうことにする。酒、と言われたが今日はないと一蹴。
新居で揃って食べる最初の食事は、Lサイズのピザ2枚、人数分のポテトフライとチキン、炭酸のきいたコーラとなった。
───つづく
★次回「物入り編」ベビー用品購入など
さて、そろそろ本腰を入れなければならない。何なら始動が遅いくらいだ。最優先事項であった紗奈と子供のことは安定期に入り一旦落ち着いた。そして繰り上がりの最優先事項となったのは物件探し。出産日近くになるまでには全員移動完了していなければならない。出来れば臨月に入る前まで。しかも3ヶ所から集まるのだから諸々の手配もしなければいけない。入居の日はまちまちでいいが、とりあえず本丸となる新居を決めなければ話が進まない。
「ごめん恵、お父さん。仕事が入っちゃった」
「えっ」
今日は、3人それぞれがスケジュールを調整し都合を合わせた唯一の日。一旦紗奈宅に集まり午前中から物件探しに行く予定にしていた。が、紗奈も調整していたにも関わらず急な呼び出し。甘えるつもりはないが、妊婦にも容赦がない。
出発のタクシーがそろそろ来るかというところで紗奈からの報せ。顔の前で手を合わせている彼女に、恵は思わず声を漏らした。
「終わったらすぐ合流するから!」
「昼には終わるか?」
「がんばります。すみませんお父さん」
「あー別に。恵がやるだろ。俺は口出すだけだ」
「よろしくお願いします」
今日を逃せば次が約1ヶ月後になってしまう。それに今日で決めてしまう気でいるから行かない訳にもいかない。
「昨日までのメモ送るね」
恵のスマホに通知音。紗奈の操作するスマホから、軽く話し合って出た希望とスクリーンショットした地図の画面にざっくり「○」が描かれた画像が届いた。その範囲内で探したいということだろう。
「でも私は通勤1時間以内だと嬉しいなーってだけだから!細かいのは特にない」
「わかったよ。出来るだけ早く来てくれ。でも無理すんな」
「ありがとう!」
マンション下に呼んでいたタクシーにまず紗奈を乗せ出発させる。新たに手配したものが来るまでしばらく待機だ。
「悪いな父さん」
「問題ねーよ。今後社会的に死なねぇように今頑張ってんだろ紗奈ちゃんも。そんなときのための俺だろ」
「おお……」
去るタクシーにひらひらさせていた手を下ろす甚爾。理解してくれているとは思っていたけれど、ここまで完璧だったとは。恵はまた思わず声が漏れた。
と、なれば話は早い。物件探しにいざ行かん。
──紗奈宅最寄駅、某不動産店にて。
「予約した伏黒です」
「お待ちしておりました、こちらへどうぞ」
自動ドアを入り一番近くにいた男性に声をかけた。そのまま奥側の対面カウンターに案内される。2人は並んで座り、まもなくコロンとしたフォルムのグラスでそれぞれにお茶が出された。
「本日はお越しいただきありがとうございます。わたくしミウラと申します。早速ではありますがご希望を伺わせてください」
「よろしくお願いします」
ミウラと名乗った優しげな雰囲気の男性。歳は40前後か。落ち着いたベテランの雰囲気もあり頼りになりそうだ。
ひとまずは場所だ。家から職場までドアtoドアで1時間以内、駅歩数はこだわらず。あまり騒がしくなく治安がいい場所。市や区は跨いでもいいし何なら県境も。郊外でもいい。一にも二にも治安だ。この際最強セキュリティが常に在宅している予定だということは置いておく。
「なるほど、その条件ですとまだ範囲が広いですね」
「そうですね」
次は予算や広さの話になるか。恵は「大体ですが」と前置きして希望を並べて行く。家賃は20数万円ほど、広さは3LDK、リビングは広めが理想。個室はプライベートが確保出来る程度の広さで構わない。ペットを飼う予定はない。築年数も、あまりに古くなければ問わない。
「あー。リビングへの日当たりは良い方がいい。あとは徒歩圏内にスーパーとクリニックは必須だ」
「周辺の施設は充実していれば尚よし、ですね」
恵の希望は希望と言うよりも「問わない」「こだわらない」が語尾に付きがちだ。それらを聞いていた甚爾の口出しが開始された。
「築は問わないが壁が薄いのはだめだな。通り沿いの場合は低層階もだめだ。うるせぇしカーテンも閉めっぱなしになる。もしメゾネットタイプとか階段があるなら踊り場がある方がいい。風呂と便所は隣。キッチンは対面のやつな。あー、あとバルコニー広いと何かと便利だな。マンションなら子供が多いところがいい。生活音足音がお互い様になる」
ミウラははい、はい、と相槌を打ったり頷いたり。パソコンをカチカチさせて甚爾の希望を聞いている。
「お兄様の仰ることごもっともです。反映させますね。ちなみに家族構成伺ってもよろしいでしょうか」
「はい。夫婦と子供、祖父の4人です」
「失礼しました。お父様でいらっしゃいましたか?」
「あ、はい、そうです」
関係性は勘違いされていたようだが、見た目から身内とは認識されていたらしい。まぁ若く見積もるのが接客業のセオリーなのだろう。そう思いながら恵は続ける。
「今全員別々に住んでて、すみませんが出来るだけ早く入居出来たら嬉しいです」
「かしこまりました」
ミウラはいくつか候補を絞っていく。
「こちらは築浅ですが満室ではなく、階数はまだお選びいただけます。ご夫婦の職場へもそれぞれ電車で30分程度、周りは比較的静かな環境ですね。駐車場は別途契約になりますが」
前に置かれたプリントアウトされた紙1枚。場所や金額、間取りが見やすくまとめられたものに注視する。マンション15階建て、3LDK。キッチンも対面、リビングには大きく面した窓と、その外には一般的な広さのバルコニー。所謂、ありふれたよく見る変哲はない誰もが住みやすいとされる間取りだ。ミウラが言う通りアクセスもいい。まぁもちろん悪くはない。
「確かに希望通り」
「いや恵、よく見ろ。リビングに収納ねぇし、日当たりいいが西日直撃だろ。夏場死ぬぞ。電気代もかかる」
「おおなるほど。年の功の視点」
「それにここ」
平面の間取りを見ただけでは生活導線や想像ができない恵よりは諸々柔軟に考えられている甚爾。若者はすでにあるものに対して順応していくのかもしれないが、自分だけならまだしも家族で住むとなればこの辺について頭を柔らかくしておいた方がいい。
甚爾は脱衣所を指先でトントンと突いた。
「これ、排水パンだろ。あのデカイ洗濯機合うか?」
「確かに」
あの立派な洗濯機。ここに来てこいつを優先しなければならないとは考えていなかった。買って後悔はしていないがネックの1つになろうとは。勢いで買ったのは失敗だったかなどと少しでも思ってしまい申し訳ない、高級家電よ。そして排水パンは取り外し等可能なのだろうが出来ることならそういうことは避けたい。
「…すみませんミウラさん。リビングに収納あり、排水パンなしの物件でお願いします」
「わかりました。謝らないでくださいね。色々見てるうちにあれこれと出てくるものですから。その方がこちらとしても助かります。西日も避けましょう」
次の候補。またも築浅で外観ピカピカでお洒落なマンション。エレベーターも2基、ゴミ出し24時間可能。セキュリティ完備で宅配ボックスもある。ファミリータイプではあるが周りは一見閑静そうだ。駅も比較的近い。家賃はそこそこだが間取りや設備も申し分ない。
「恵。そもそもよ、とりあえずの引っ越しだろ?永住するのか?その辺俺は文句ねぇが、しばらくの環境重視なら見栄張るようなとこはやめとけ」
「うーん」
「伏黒さん、一先ずの居住のご予定ですか?」
「そうですね、ほんとに特に決まってないんですが3年とか5年とか…とりあえず数年住めればと思ってます」
目下目的は家族全員で住むため。数年後は自分含め紗奈もどうなっているかわからない。何かが変わればすぐに対応するつもりだ。
恵の言葉にミウラは顎に手を当てふむふむと頷く。
「もしかしたら条件から大幅にズレてしまうかもしれませんが、物件としては伏黒さんに合いそうなものがあります。ぜひ一度見てください」
「お願いします」
ミウラはまたカチカチと操作しプリントアウト。それを2人の前に提示した。
「戸建てですか?」
「はい。賃貸ご希望とのことで意外に思われるかもしれませんが戸建てで賃貸というのもあるんです。しかしこちらは少し特殊でして」
確かに、なんとなく引っ越し先はマンションなのだろうと思っていた。いや、思ってもいない。東京周辺で部屋を借りるなんて大体がマンションだ。それ以外の知識と頭なんてない。
そしてミウラが言うにはこうだ。
築10年、2階建て、ゆったりした3SLDK。住人は海外赴任で家族で引っ越し済み、任期が終わればまた戻るそうだ。それも5年間と期間が決まっていて、その間個人に貸したいと。つい最近家主と不動産会社が媒介契約を結んだところだと言う。よくある物件と違い更新はなく期間限定の定期借家。故に家賃も相場より低め。ペット不可だが家主の条件はそれくらい。築10年とのことでエアコンとビルトイン食洗機は交換して出られているそうだ。物件としてはかなり良いのだが、期間限定という点でまだ決まっていないとのことだった。
「…排水パンは?」
「ありませんね。そして角地ですので隣接するお宅はお隣と裏の2軒だけです」
西日も避けられそうだし、庭はないが駐車スペースは大きさによるが2台停められそうだ。それと駅歩数はあるし乗り換えも1回必要なのだが紗奈の職場にも40分ほどで済みそうである。
「いいじゃねぇか。オープンキッチンみてぇだし」
「そうですね。元は自由設計のお宅ですので収納も充実しているかと思います」
正直馴染みのない場所だが、市名だけ見ると任務で行ったこともあるし治安も悪いとは聞かない。間取りも悪くない、バルコニーも広く2階の2部屋どちらからも出られる。車を持ったとしても甚爾のバイクと並んで置けるほどには余裕がありそうだし、定期借家ゆえに賃料も予算の3/4以下に抑えられるのはかなり魅力的。まさか戸建てを借りるなんて思いもつかなかったが、これは確かに伏黒家にとっては諸々都合がよさそうだ。
「隣とは言え物理的に離れてるのはいいな」
壁が薄く決して新しいとは言えない部屋に住んでいる甚爾。何度壁ドンしたことか。近い内にこちらからもうるさくしてしまうだろうから、やはり壁がくっついていない、上下左右に住人がいないというところが戸建ての魅力だ。
「いいですね」
「最長5年ですが大丈夫ですか」
「はい、問題なさそうです。…あの、確認なんですが、ペット不可って仰ってましたが子供は不可ではないですか」
「そうですね、不可となっておりません。むしろ"可"にチェックが入ってますが…」
恵からの確認。ミウラはその質問に少し眉を上げて不思議そうにしている。
「そうですか、よかったです」
「そこ不可なら振り出しだぞ」
「あのぉ…伏黒さん。大変失礼な質問になってしまうかと思うのですが…」
ミウラは2人に向き直って少し背中を丸める姿勢になった。
「"子供"ではないのでしょうか…」
ミウラは恵に向かって手のひらを見せた。家族構成を伝えた際の「夫婦と子供、祖父」の子供が恵だと。その父親、甚爾が夫婦に該当するとばかり思っていたのだ。恵のことは年齢的に子供には見えなかったが家族構成として。だから、やけに子供主導なんだな、と思っていた。
「あ、俺はこの人の子供ですが、俺が夫婦の方でこの人が祖父です」
「ソフ…!」
「子供はまだ産まれてませんが」
「こいつが世帯主、何なら俺はもうすぐこいつの扶養だ」
「そっそうでしたか!大変失礼しました!」
「はっはっ、ミウラサンよぉ、一世代ズレてたな」
なるほど、だから何かとミウラは都度都度自分の方を見ていた訳だ。こんなダルダルな自分とかっちりしてる恵とを見極められないなんてまだまだだな、と甚爾は笑う。
「申し訳ありません」
「いえ。俺もちゃんと言ってなかったですね」
「とんでもない、伏黒さんはしっかり伝えてくださってました。私が勘違いを…」
「いえいえ。多分この人のせいなので」
恵発信で、恵主体で、恵視点。…のはずなのだが隣に座る父親こと、この年齢不詳の男。そっちを指差し恵は頭を下げる。
「はいはい。ややこしいだけの存在で悪いな」
「まさかおじいちゃまだとは思わず…失礼しました」
「そうそう、俺はおじいちゃまだ」
少しやけになっている甚爾を横目にため息を吐く。年の離れた兄弟に見られることも初めてではない。そもそも一緒にいることがほとんどなく最近はそんなことがめっきりなかったから失念していた。本当に、いつまで若く見られるつもりなんだこの父親、いや祖父は。
「とにかく子供可で安心しました」
「…はい!お子さんが赤ちゃんとのことでしたら益々ピッタリな物件かと思います。内見行かれますか」
「是非」
情報や写真で見ただけでもかなり気持ちが傾いてるしほぼ確定だなという思いがあったが、午前中になんとか合流出来た紗奈と共に4人で現地まで向かったのだった。
・
──およそ1ヶ月後
物件探しの日、次に揃うのは約1ヶ月後だったのだがその日を引っ越しに充てられたのは幸運だった。
とは言え甚爾の引っ越しは既に済んでいる。本人曰く手荷物が片手で足りる数しかなくバイクで運び終えたそうだ。しばらくは夫婦2人で新居に住み、自分はその間、最低限のものと今のアパートに引き続き住む。引っ越したあとは不要なものはすべて処分するとのこと。
恵と紗奈も合間を縫って段ボールに詰める作業は済ませていた。
まずは恵宅から作業開始。朝早くから引っ越し業者が家具や段ボールを運び出す。元々必要最低限しかないからすんなり終了。その間は甚爾が紗奈宅に出向き手伝っていた。やっぱり女の荷物は数が多いだの、シーンに合わせた靴や服の種類にため息を吐き、仕事のもんばっかりで事務所かと甚爾の文句が飛ぶ。仕事女の嗜みとやらも大変だなとも追加。
テキパキと作業が進む中、恵宅を出発したトラックが到着した。
・
そして引っ越しのプロの方々の手腕のおかげで、目標である正午の移動完了が叶った。
2階の奥の部屋は甚爾の部屋。大きめではあるが本当に手荷物状態のものが3つポツンと置かれている。あとは恵宅にあったテレビとテレビ台。手前の8畳夫婦の部屋には紗奈宅からの荷物。納戸には仕事関係のものを詰め込んだ。ダイニングには紗奈が使っていたテーブルを置き、リビングには恵宅のソファとローテーブルを置いた。1階の洋室は子供部屋兼現在は物置。中身の詰まった段ボール箱をとりあえず入れ込んだ。
「はーいお疲れ」
引っ越しトラックを玄関先で見送った2人が戻り、人をダメにするソファに沈んでいる甚爾が声を掛けた。
「一段落だな」
「はぁ~!ありがとうございました!」
とりあえず移動は終わった。元の住み処の諸々の解約や処分等まだ残ってはいるが、ここで寝て起きられるくらいは今日から出来る状態。上出来だ。
「ピザでも取れ。腹減った」
「そうだな、注文する」
早速新住所に届けてもらうことにする。酒、と言われたが今日はないと一蹴。
新居で揃って食べる最初の食事は、Lサイズのピザ2枚、人数分のポテトフライとチキン、炭酸のきいたコーラとなった。
───つづく
★次回「物入り編」ベビー用品購入など