伏黒家の日常
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
夜。紗奈宅に帰った恵は風呂から上がる。
紗奈はソファに腰掛け、膝に置いたノートパソコンでメールの確認。恵が戻ったと同時にそれをパタンと閉じテーブルに置いた。
「風呂ありがとう」
「うん、お疲れ様。何か飲む?」
「ん、後で俺がする」
立ち上がろうとする紗奈の肩にポンと手を置いて制止する。と、恵はソファに寝転び、さっきまでパソコンが占領していた太ももの上に頭を預けた。
「重くないか」
「大丈夫」
少し寝返り顔を紗奈のお腹にくっ付けた。片腕は腰に回して抱き寄せるように。
恵がごろごろと甘えた態度を見せるときは疲れているとき。理由もなくすることもあるが、それがきっかけのひとつだったりする。長い睫毛が下がり深呼吸をしている。紗奈はそんな恵の黒髪を手櫛するように撫でた。
「疲れた?」
「…ちょっとな」
「いくらでも癒してあげるよー」
「すっかり余裕だな」
「恵のおかげ」
「そうか」
そう言われながら頭を撫でられる。たったこれだけなのだが、これだけでもやった甲斐があったと嬉しくなる。
恵はまるで猫のように自分に添えられたその手にごろごろと頬や首筋を当てた。いつもならこのままもっと甘えるところなのだが一先ずこの辺までにしておこう。
「そういえば…。うっすら思ってたが話したことなかったな」
「なになに」
「こいつの性別」
恵は目の前の紗奈のお腹に頬を付けてそう口を開く。
何度か受けた健診でのエコーでは判定出来ず。何となくだが特にその話題は出ず、もらったエコー写真と胎児の様子と状態の共有のみしていた。
「確かに。先生も見てくれるんだけどまだちゃんと見えないみたいなんだよね」
「そうか。早く知りたいな」
「恵の予想は?どっちがいいとかあるの?」
ふむ。今話を振ってみて何だがそこまでは考えていなかった。うっすら思っていたのも「どっちかなー」というざっくりとした入り口のみ。そこからは予想も理想も描いていなかった。
「まぁもちろん元気に産まれてくれればどっちでもいい」
「だね。でも私は女だから、女の子の方が色々勝手がわかるからいいなって感じかな」
「それで言うと俺も男の方がやりやすいかもな」
「お父さんも男の子の方が適当にできるからいいって言ってたよ」
「いつの間にそんな話…」
「この前メールで」
夫婦間でもその話をしていないのに、義父との会話が先だったとは。まぁ想像したり口に出していない自分が悪い。逆に言えば、自分よりも父の方が少し先の未来を想像してた訳だ。今現在をクリアしていくのに必死な自分よりは余裕があるようだ。とは言え我が実父の言う"適当"とは…。そこは今は考えないようにしよう。
「女の子だったらどうする?」
「想像つかないな…いや、甘やかす未来しか見えん」
「恵とお父さんと娘かぁ…。ふふっ、想像したら微笑ましすぎて笑っちゃう」
「……絶対嫁にやらん」
「え、それお父さんも言ってた」
「ははっ、なんだよもう」
女児だった場合の、更にはもっと先の未来までを想像していたなんて。しかも似たようなことを。これには笑うしかない。
「えー恵とお父さんの壁分厚ぅ。じゃあ私がボーイフレンドの味方しなきゃね」
「おい、そっちにつくのかよ」
「そりゃね」
「俺ら太刀打ち出来ねぇな」
「だって、私みたいに完璧な彼氏と幸せになってほしいし」
「……それを言われちゃあな」
何だか得意気な表情の紗奈。自分もそうだ。何ならその父だってそうだ。いや、世の男性陣皆。大事な娘さんと結婚して幸せになっているのだ。…まぁ大半は。それを許さないなんてあんまりだよな。とも思うし、それとこれとは話が違うとも思う。
「と言うかまだ産まれてないし」
「性別わかってもいねぇし」
ははは、と笑い合う。でもこうして未来を予想して自分たち家族を想像するのはなかなか嬉しいものだ。いやはや今までの生活の中ではあり得なかった。紗奈と言う恋人はいるからそりゃいずれは結婚かと漠然と頭をかすめたことくらいある。周りの術師はそれ以上は自重する者が大半。その中で自分はこの未来を歩み始めている。諸々の怖さもあるが、やはり素直に嬉しい。恵はまたギュッと紗奈の腰を抱いてお腹に頬をくっ付けた。
「…と言うか。父さん、紗奈に連絡くんのか」
「うん。たまにメールくれるよ。おちびは元気かって」
「おちび……。父さん結構楽しみにしてくれてんだな」
週に一度ほど、甚爾から短文のメールが入る。紗奈からの返信は、健診後ならその結果と普段の調子や様子の報告。やり取りは意外にも数ラリーは続く。以前連絡先を交換したのみで稼働することはなかった中気にかける連絡が来るようになっていたのだ。その辺りマメではない甚爾から連絡が来ていたなんて、と恵は思わず口角が上がる。
「そうだ。もうすぐ健診だよな」
「うん、明後日の10時から」
「お、ほんとか。俺その時間ちょっと余裕ある。付いて行ってもいいか」
「いいけど、無理しなくていいよ」
「ううん、行きたい」
出来れば毎回付き添いしたかったのだが。都度ギリギリまで様子を見ていたがなかなか叶わず。むしろ、つわりが酷いときにこそ付き添いたかったのだが。休み休み動けていたとは言え、移動が辛い時期を越えたのだから自分の付き添いなんて不要なのだろうが。邪魔でないのなら行けるときには行きたい。
・
2日後。かかりつけのレディースクリニック。恵はとにもかくにも紗奈に付いて行く。
慣れたように受付けをし、毎回するのだという体重、血圧測定。その後検尿のためにトイレに入る。待合スペースには3組座っている。子供連れ1組、単独2組。いずれもやはり女性で、自分のような男性はいない。どうにも居心地が悪く、これもどうなのかと思いつつではあるがトイレの前で紗奈が出てくるのを待つ。
──ガチャ
「ぅわっ、どうしたの」
「…待ってた」
「座っててくれていいのに」
「そうだけど」
待合スペースとトイレは目と鼻の先。紗奈がそこへ戻る後ろをついて行く。
「恵も座りな?」
「だって空けておかなきゃだろ」
「もし来たらで大丈夫。今まだ余裕あるし」
壁に沿ってくっついてる長いシート、その前にも長めのシートが2脚並んでいる。詰めればざっとあと10人は座れるのだが、こういう場所で男が座るのはなんとなくNGな気がする。が、目が合った後ろに座っている子連れの女性がニコリと笑って小さくお辞儀をしてくれた。恵もそれに同じく頭を下げ、紗奈の隣に座った。
当然だが初めて来るこのような場所にそわそわしてしまう。ありがたいことに自分は病院にかかったことはないし、怪我をしても高専内で済んでいる。それにしてもほとんどの物が珍しく、恵は目玉だけを動かして観察する。
壁に貼られたポスターやご案内を1枚ずつ読む。待合室の隅には子供用の本棚。「はんぺんくんとたまごちゃんの冒険」…なんだそりゃ。
「伏黒さん、こちらへどうぞ」
「はい」
1人が会計に呼ばれ、1人が診察室から出て来る。それからまもなく看護師が中から現れて自分たちが呼ばれた。そして「はい」と紗奈が返事をし立ち上がる。が、恵は一瞬動きが止まった。外で紗奈が伏黒と呼ばれているのを初めて聞いたからだ。籍を入れて間もない。かと言って自分のその辺りの変化はない。紗奈も職場との電話でもまだ旧姓で呼ばれていた。自然で当然のことなのだろうが、他人に伏黒さんと呼ばれてそれに紗奈がはいと返事をする。そうだ、こいつは伏黒だ。むしろ今はメインの伏黒は紗奈であって、自分は伏黒さんの付き添い人なのだ。
諸々の実感と喜びでニヤついてしまう恵は何とか無表情を守り前の2人について行く。
さて、診察室。白衣を着たベテランそうな女性の先生からの問診を受ける。恵はその後ろに用意された丸椅子で様子を伺う。
「体重、血圧、たんぱく値も。問題ないですよ」
「ありがとうございます」
「次はこっちに横になってくださいね」
「はい」
滞りなく進んでいく。先生はモニターがついた機材が乗ったワゴンのような物をこちらへ移動させる。紗奈もいつもの一連の流れという風に衣服をずらしお腹を出した。明らかに以前よりはぽっこりと出たお腹。これから胎児の様子を診ていくのだそうだ。
「失礼しますねー」
先生は何やら機材から伸びた機械にチューブから出したジェルを塗り、紗奈のへその下辺りに付ける。と、モニターに白黒の画面が写し出される。写真で見たものと似ている。恵は、これがエコー検査かと納得しそのモニターに少し近寄った。
先生が機械をお腹に滑らせあちこち見ている。何がどれかはほとんどわからないが、2人もモニターをじっと見る。
「伏黒さん、赤ちゃん順調ですよー」
「よかったです」
よくはわからないが、動いてはいる。先生は映し出される部位を「これが頭です」「肩ですねー」と説明してくれる。胎児が成長したからもうエコーでは全貌が見えないそうだが、なるほど、我が妻の腹の中で映るこれが我が子か。写真で見るどこかの部位の写真よりはこうやって動いているものを目の当たりにした方が余程実感してきた。
「じゃあまた性別見てみましょうか。今日は見せてくれるかしらねー」
モニターではやはりわからないが、先生の笑顔と頷きに安堵する。胎児の心拍や頭囲なども確認したようだ。そして、最後に性別確認。体や足の向き、へその緒で隠れてて見えないことも多々なのだそう。
「ご主人も知りたいですか?」
「そうですね、はい」
「パパがいるときに見えたらいいわねぇ。伏黒さん、もうちょっと当てますね」
先生は引き続きその機械をお腹に滑らせていく。似たような位置を細かく角度を変えて。そこら辺に下半身があるのだろう。
「あー…、見えー……た!」
「えっ」
モニターを凝視する一同であったが、先生の言葉に2人が同じ声を上げた。すると先生がモニターを指差しながら説明してくれる。
「ちょっとわかりにくいけど、これが右足、これが左足です。で、これがシンボルだね」
「んー?」
「…と言うことは」
「間違いなく男の子でしょうねー」
説明する先生の指差しの先にはチョンとした影のようなもの。先生はその画面をスクリーンショットしながら満足そうに頷いた。その横で思わず「おお…」と目を合わせる2人。
「ありがとうございます」
「パパもいるときに性別がわかるとね、何だか家族が揃ったわ~って気になるのよ。嬉しいわー」
お腹に当てていた機械を離す。モニターから胎児の映像が消えた。恵はほんの少しだけ寂しい気持ちになっていると、先生から2枚のエコー写真を渡される。頭の方か何かわからないものと、先ほどの足とシンボルが映し出されたときのもの。それを両手に広げて眺めた。
「よし、伏黒さんもベビちゃんも順調!まぁもう少し食べてもいいかな。無理のない程度にしっかり栄養摂ってくださいね」
「はい。ありがとうございました」
お腹に付いたジェルを拭われ、身支度を整える紗奈。
そして診察室を後にし、先ほどの席と同じ場所に腰掛けた。
そして会計も終わり、少し買い物をして帰りのタクシーの中。
恵はさっき貰ったエコー写真を眺める。今まで紗奈が単独で行った時のものも見せて貰っているが、正直どこが何やら。周りに印字されている数値もイマイチわからず。エコーとは言え、説明されながら初めて動く我が子を見られて胸が打たれた。
「………」
「ふふっ、息子のそれの写真見ながら感動してる」
「…たまたまこの写真なだけだ」
からかう様に軽口を言う紗奈。そんな彼女にそのエコー写真を返した。
「それにしても……"息子"かぁ」
「嬉しそうだね」
「ほんとにどっちでも嬉しい。けど、確定すると何て言うか…んー、なんかニヤけるな」
「わかるー。モヤっとしてた赤ちゃん像がちょっとハッキリしてくる感じするし」
「正直、俺が父親やれんのかって不安もあったが吹き飛んだかも」
「お父さんの時間と手もいただくからね。私たちはとにかく両立しまくる!」
「おう」
何もかも初めてのこと。不安は確かにあるが、もうそろそろそんなものは感じている暇などなくなるだろう。家族の手は借りる。が、それは必要最低限。どうしてものとき。甘えすぎないように甘えさせてもらいたい。とにかく今は、その先もだが、我武者羅に頑張るのみ。
・
タクシーがとあるアパートの前に停まる。2人は下車。そしてタクシーは出発せずそのままその場所で留まった。
──ピンポーン
「はいはい」
全10戸ほどのアパート。その2階の右奥の部屋。恵と紗奈はそこを訪ねてインターホンを押す。と、部屋着の甚爾が中から眠そうに出てきた。昼まで寝ていたのだが、恵からの連絡で起こされたのだった。
「こんにちは」
「ごめん父さん」
「ふぁぁ…、別に。どうせ今日は何もねぇし。で、何だ」
「さっき紗奈の健診付き添いしてきた」
「メールで聞いた」
恵から「健診終わった、今から家行く」との内容だったのだから付き添ってきたのは既に知っている。だからその先はなんだ、と甚爾は大あくびをひとつ。
「子供、性別男だった」
「ふーん、確定?」
「アレ見えたし先生も間違いないって感じだった」
「そうか。じゃあある程度雑にできるな」
甚爾は気だるそうに答えるのみ。
「ん?それだけか」
「うん、それだけ」
「はいわざわざどーも」
メールで伝えればいいものを。無駄に律儀だ。嫁を連れて2人でご足労とは。一体誰に似たのだか。
「あ、あとこれ昼飯。どうせまだだろ」
クリニックの近くにあったパン屋。そこのサンドイッチやベーグル、惣菜パンが入った袋を手渡した。
「お前らも何か食ってくか」
「いや、大丈夫。俺らこのまま仕事行く。タクシー待ってくれてるから」
「おー。感心なこった。呪霊とクライアントと闘って稼げ稼げ。俺は昼寝する」
「……羨ましすぎて腹立つな」
呆れ顔の恵と笑う紗奈。ニッとほくそ笑む甚爾はパンの袋を少し上に掲げた。
「じゃあな。紗奈ちゃんも無理すんなよ。何かあったら連絡しろ」
「はい、ありがとうございます」
恵は手を上げて玄関先から階段の方へ戻る。先に降り、紗奈の足元を気にしながら手を差しのべていた。
甚爾もサンダルを履き、目の前の柵から下を覗く。2人は待たせていたというタクシーに乗り込み、一方通行の道を直進して去っていった。それを見えなくなるまで見送る。
「………ちびすけか」
ふいに口から出る。勝手に付けてた所謂胎児ネームは「おちび」から「ちびすけ」に変更だ。甚爾は、思わずニヤけてしまった自分に舌打ちした。
さて、せっかくだから恵にもらったこれらを昼食に充てるとする。冷蔵庫から出した水と一緒にドカっとソファに座った。
「6、7、8、9…。ふーん」
いつもと変わらず呑気に過ごしていたが、あと5ヶ月もすれば産まれているではないか。何だかむず痒さが増す。
首元をガリガリ掻いて、ベーコンとレタスがたっぷりのベーグルにかぶり付いた。
「うまっ」
いや、このニヤニヤはこれの美味さ故にだからな。
甚爾は脳内で言い訳をした。
───つづく
★次回:「物件探し編」