伏黒家の日常
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クリニックに行き胎動も確認、初めてのエコー写真と診断書を貰ったあとは役所で母子手帳を貰った。もちろんスムーズに一気に事が運んだ訳ではない。半休を何回か取り、それらの手続きや名字が変わった為銀行や郵便局にも行かなければならない。チームには報連相をし了承を得ているがたまに理解のない別のチームの先輩にチクリと嫌味を言われる。まぁこれらは自分の先輩も受けているのを見てたから、ついに自分の番が来たのかという程度だから気にならないが。嫌味な先輩なんぞに負けてたまるかの精神で仕事と妊婦を両立するしかない。
そう。甚爾に同居の同意を得た日、あの後すぐに晴れて「伏黒紗奈」となった。が、恵とはまだ一緒に暮らしていない。お互いの必要な物は不自由ない量を置いてるし、他の物の移動は急がない。そもそもどちらの部屋も二人で「住む」には狭いし、更には引っ越すにも時間がない。今は基本的に恵が紗奈の部屋に寝泊まりし、必要があれば自分の部屋に戻るという生活になった。
「紗奈、大丈夫か」
「あれ、おかえり。今日はもう終わったの?」
「いや、ちょっと空いたから様子見に来た。また戻る。具合いはどうだ」
高専か現地で電話の一本で済むだろうにわざわざ一時帰宅。悪阻が現れてから、時間が出来たら顔を見に訪れる。
「ありがとう。今動けるから仕事出来てるよ」
「そうか。無理すんなよ。今あったかいモン淹れる」
「ふふ、ありがとう」
紗奈は現在新プロジェクトのリーダーであるが、現場の指揮はサブリーダーに任せて自分はクライアントとの交渉、資料作成などパソコンと電話があれば出来る作業を自宅で行っている。しばらくはリモートワークでしのぐこととなった。
「はい、紅茶」
「ありがと」
紅茶を淹れると言いつつも、やはりマグカップにティーバッグを入れてお湯を注ぐだけのものだが。しかし恵が新たに購入してきたカフェインレスのもの。
なければいいのにな、と祈っていた初期悪阻が紗奈にも来てしまった。それが現れてすぐ、紗奈よりも早く検索する。「つわり 症状」「つわり 要るもの」「つわり 注意点」。ダメだと言われているものは排除し、いいと言われてるものは取り入れた。
「………ふぅ」
「大丈夫か」
それから5分ほど経った頃。キーボードを打つ紗奈の動きが鈍くなる。胸に籠ったような息が吐かれるのを確認した恵はキッチンから紗奈を覗いた。
「………」
「無理するな、横になっとけ」
「そうする」
リビングスペースのソファ。ザッと置かれたバッグやカーディガンその他。それらをどけてやり寝るスペースを作る。
「気持ち悪いか?」
「……うん」
「吐く?」
「多分吐く」
「洗面器用意しとく」
「大丈夫。吐きそうになったらトイレに走る」
横向きに寝転ぶ紗奈にブランケットをかけ背中を擦る。病人ではない。寒がってもない。が、自然とそうしてしまう。具合いが悪そうには見えるがヨロヨロしてる訳ではないし動けはするようだ。とにかく少しでもマシになるような気がして毎回してしまう行為だ。
「……気持ち悪い」
「よしよし」
胃の辺りからみぞおち、胸の中が重く吐き気が渦巻く。最近はこれが続く。座って動けるか否かの差だ。動けると言ってもずっとうっすら気持ち悪いのだ。この吐き気の渦巻きが強くなると座っていられなくなる。
「あ、吐く」
紗奈はガバッと起き上がりトイレにダッシュ。こうなれば最高潮の吐き気が治まるまでそれに従うしかない。そもそもいつも吐くものもほとんどない。食欲がなくほぼ口が受け付けない。水以外では、今日わずかに食べられた小さいおにぎりとレモン味の飴一個、さっきの紅茶。それらが胃液と共に戻る。食べられない、吐く、常に気持ちが悪い。つらい。
恵は紗奈の辛そうな声をドア越しに聞きながらすぐ飲める用の水を用意する。
「…ありがとう」
「落ち着いたか」
「なんとなく…」
トイレから出てきた紗奈は洗面所に向かいうがいと鼻かみ。鼻が赤く涙目の彼女に恵はキャップを開けたペットボトルを渡した。
「もう今日は仕事終われねぇか?」
「…そうだね、あとで会社に連絡する」
水を一口飲んだあと紗奈はソファに戻り横になる。
「ありがとうね、恵。ちょっと寝るから戻っても大丈夫だよ」
そう言ってブランケットを被り目を瞑った。
「ありがとう」だなんて。自分は何もしてない。出来ない。紗奈が吐いてる間は水を用意して背中を擦るだけ。それが役に立ってるかはわからない。ほぼ水しか飲めない、調子良くてかまぼこ一切れ、それすらも吐いてしまう。
代われることなら代わってやりたい。痛いだの苦しいだのには紗奈より強い自信がある。
ソファの前のローテーブルに水、もしかしたら食べれるかもしれないゼリー、スマホを置いておく。これ以上してやれることはない。眉間に皺が寄って耐えている紗奈に後ろ髪を引かれながら恵は部屋を後にした。
───夜中
紗奈宅。リビングで寝ていた恵は紗奈のダッシュするドアの音で起きる。
またトイレで嘔吐し、洗面所で口をゆすいで顔を洗う。そのすぐそばで恵はやはり水のペットボトルを手に見守る。
「…ごめん、恵…」
「全然」
「違う…、ごめん、今メンタルやばくて…」
「どうした?」
受け取った水を一口飲むと、はぁーと息を吐いた紗奈が続ける。
「私が、男だったらよかったのにねぇって、せめてソレがなければねぇ、って…。自分が男なら、ってそんなの私も昔から思ってるし仕事仲間とも言い合ってる。けど今回はそういう意味で言われたんじゃない」
「うん」
取り巻く環境や自分の近くで起きたこと。それらは「自分が男なら」クリア出来ていたことが多々ある。男女平等と言ったって、結婚妊娠出産が関わればそうはいかないことだって出てくる。これは仕方ない。が、平等ではなくなるシーンに度々悔しい思いをしている。
「つわりだって赤ちゃんのためには仕方ないってわかってる」
「うん」
「でも今日、妊娠のこと、失敗したねぇって笑われた」
恵が部屋を出た後、職場に電話した際に言われたのだろう。嫌な人間はどこにでもいる。
「思うように仕事できないのも、みんなに迷惑かけてることも、失敗だなんて言われるのもしんどい。いつもは嫌味言われたって気にしないのに…」
「仕事できないのは仕方ねぇ。仲間ってそんなモンだ。紗奈だって誰かをフォローしてる。失敗とか言われてお前もムカついてくれたんだろ?」
「うん…。でも、つわりとか仕事とか…このしんどいのがなければいいのにって思っちゃう…これって私が赤ちゃんと恵のこと拒否してることにならない?」
「なるかよ、そんくらいで」
ギリギリ泣いてないが、こんなに萎れている紗奈を見るのは初めてだ。そりゃ、今までも問題なく出来てたことが誰のせいでもなく出来なくなる。とにかく耐えるしかない日々に鬱々としてくるのも仕方がない。
「俺の大事なモンに失敗なんて言うやつ、いつでもカチコミいれてやる」
「うん、ありがとう…」
フッと笑う紗奈。すっかり痩せてしまった身体を抱き寄せて腕の中に納める恵。大丈夫。いや、大丈夫なんて無責任なことは言えないが自分が付いてることは絶対だから。
とは言え。耐える紗奈に寄り添うことしか出来ていない。そもそも常にはいられない。
絶対にいつかは終わる。でもそれがいつなのか。終わりが見えない。わからないからつらい。
自分に出来ることが他に何かあるのではないか。不安を一つでも取り除くため、思い付くことはなんだってやってみよう。
◆第一陣 冷蔵庫革命
恵がまず取りかかったのは冷蔵庫。紗奈も元々ほぼ自炊しないから材料という材料は入ってない。一人暮らしには十分な大きさのそこにはチョコレートや栄養ドリンク、冷えピタ。水やお茶のペットボトル10本ほど。恵が買い足した経口補水液と葉酸入りジュースとゼリー。
いつもは紗奈が食べられそうな、食べたいものを聞いて買っていた。が、意外と自分で想像してたもの以外が食べられるかもしれない。「これなら食べられる」というものを見付けなければ。とにかくそれらしいものを手当たり次第買ってみることにする。余れば自分で食べればいい。
──近所のスーパーにて
とにもかくにも買い物だ。カートの上下にカゴをセットしていざ出陣。普段なら欲しいものに直行だが、1コーナーずつを見て回る。紗奈が食べられそうな可能性がちょっとでもありそうなものをひたすらカゴに入れる作戦だ。
(野菜…。サラダはどうだ。かぼちゃ…トマト…。ブロッコリーはいけるか)
(卵豆腐は良さそうだな。3つ入りか。豆腐。絹ごし、木綿。納豆…匂いがな。いや、意外とってこともある。ちくわ、枝豆、枝豆な。枝豆入りの練り物か。かまぼこ食えてたしいけるかも)
(魚………ナシか。焼きは部屋に匂い充満でアウト、生もアウト。自分用に辛子明太子買お)
(肉も同様だな。魚肉ソーセージくらい買っとくか)
(スープ類。どんだけあるんだよ。とりあえず五種類くらいか。あと味噌汁。春雨系もいいかもな)
(お菓子コーナー、意外と本命と踏んでんだよな。グミ…は色んな味で試そう。あと飴。さっぱりしたやつ…。袋小せぇからって買いすぎか…。まぁいいか。煎餅系と、チョコ、ラムネ…。と言うか待てよ。歯磨きするにも一苦労って言ってたな…菓子類は控えるか?)
(と言いつつゼリープリンは良さそうに思うよな。何種類か買っとこ)
などと、都度都度脳内会議をしながら商品棚の前で腕を組む。時には顎を指で支えて考える人のポーズ。全て紗奈が食べているところをイメージしながら商品を吟味する。全部駄目でも、吐いてしまったとしても。もしかしたら一つくらい「これなら」って言ってもらえるものがあるかもしれない。
「合計で15,846円です」
「カードでお願いします」
たっぷりと商品の入ったカゴが二つ。それらの会計が終わり支払う。
帰宅後。大きい買い物袋一つ分と、持参したエコバッグ2つ分。それらを冷蔵庫やストックカゴに詰め込んで行った。
そして冷蔵庫にメモ用紙を貼った。上部に「食べられる」と見出しを書く。これならOKというものがあればそこにメモするようにしておけば共有出来るしまた買っておける。
「よし、一旦これでいいか」
準備完了。具合いが悪く寝室で眠る紗奈の姿をこっそり確認して恵は次の任務のため部屋を後にした。
そこから数日にかけて得られた成果とは。
──恵メモの記録
1. ゼリー:○
→ 冷たさと、咀嚼がほぼ要らないのがいいらしい。
みかん○、りんご○、もも×
2. プリン:×
→ ゼリー同様と思いきや×。
甘みがだめか?カラメルは○
高いやつ×、3連の安いやつは一口なら○
プリン味のゲロはもうイヤだとのこと。
3. 梅がゆ:△
→ 半分まで○。やはり酸っぱいのは良さそう。
次はシソ系の何か検討もあり。
4. バナナ:×
→ 予想外の敗北。一口かじったが×
独特な粘りなのかモサモサ感×
残りは俺の朝飯。
5. カットサラダ:△
→ドレッシングによる可能性。
何もつけずレタスのみ食べた。
6. グミ(りんご味):○
→時間はかかるが一袋食べられた。
ストックしておいても良さそう。
7. グミ(ぶどう味・ソーダ味):×
→なぜか受け付けないとのこと。
グミに関しては何味か重要。
8. スポーツドリンク(ノーマル以外):×
→ 飲めなくはないが、普通味がいいとのこと。
9. エビフライ:△
→惣菜。意外や意外、2口いけた。
マックのポテトは食べる人もいるという。
他揚げ物検討。
10. 豚の角煮:×××
→俺がバカだった。紗奈の好物だが今は×
つわりが終わったら作ってやる
11. ヨーグルト(アロエ入り):×
→ 食感が気持ち悪いらしい。グミはいけるが。
「アロエじゃなくてプレーン希望」との声。
12. 野菜ジュース(トマト入り):△
→ 「体には良さそう」だが「今じゃない」。保留。
13. とんがり○ーン:◎
→まさかの好評ナンバーワン。やはり揚げる系か?
ポテチ類ももしや。
まとめ:すっきり系、揚げ物系◎
甘いもの×、ものにより果物は○
吐く前提。※吐くときの味を想像すること!
例:みかん味○、チョコ味×
ほんの一部ではあるが、以上が恵のメモだ。このメモが毎日少しずつ増えていく。
やがて紗奈にとっての一軍たちで充実した冷蔵庫は、恵の戦果の賜物となった。まるで宝物庫にも見えるそれを満足そうに見下ろしウンウンと頷く恵であった。
◆真夜中の通販術師
さて、改めてリビングを見渡してみてどうだ。悪くはない。今まで特に問題もない。が、最適で快適かと言われれば頷けない。無駄なものはないが、それだけだ。ここはまた間違いなく自分の出番だ。
ネット通販は便利だ。いくら忙殺されていてもいつでもどこでも何時でも買い物が出来る。
夜中紗奈宅に一時帰宅した恵はリビングの明かりはつけずにネットショッピングを始めた。
「と言っても何がある…。あ、あれだ。前に言ってたやつ」
お掃除ロボットを検索。前に使ってたやつが壊れてドックに入ったまま放置されている。間違いなくコレだ。紗奈もきっと喜ぶに違いない。
「お掃除ロボット、最新、おすすめ、と。34,800円。まぁそんなもんか。26万、たッッ…。それはさすがにな、比較比較…」
長く使うことになるだろうからケチりすぎてもいけない。とにかく各ショップで同じ商品を比較してはレビューを読む。が、読めば読むほどわからなくなるのも通販あるある。とりあえず「音がうるさい」とか「吸いが甘い」とかのものはナシにして買うことにする。結局こういうのは最終的に価格だろう。「高い」と思う商品の中で一番手が出るものをお気に入りリストに入れていく。
「そういやレコーダーも調子悪いって言ってたな」
寝室では紗奈が眠っている。やはり起こさないように注意してテレビをつけた。
そこに映し出されたのは深夜のバラエティ番組。パッと見の状況は右側雛壇に座ってる男性アイドルが次々と何か披露している途中のようだ。コーナーなのか罰ゲームなのかは不明だが。
『続いてのチャレンジャーは』
『はい、俺です』
『制限時間は1分、ではスタート!』
『はっ、えっと、続いてご紹介するのは最新空気清浄機です!えー特にハウスダストに強いモデルなんです!研究に研究を重ねた独自のフィルターが最大の魅力。なんと言ってもお掃除がしやすい構造が……あ、あれ、開かない』
『もぉ~焦らない~』
『大丈夫やでー!』
『こ、この通りパーツの取り外しも簡単なんです!で、ハウスダストに強くて』
『もう聞いたぞー』
『ああっ!特にペットがいるご家庭、妊婦さんや赤ちゃんにもとっても優しく強い味方!俺はこれを推します!そして俺もこれに買い換えますっ!』
──カンカンカン!
『おお!イイ!時間ぴったりだったな!』
何かのチャレンジが終わったそのアイドルは小さくお辞儀をして元の位置に戻る。司会の人が「続いては」と進行している。おそらくそこに座っている7人が順番にアピール合戦してるといったところか。
「空気清浄機か。それだ。ありがとなイケメン」
そもそも除湿器、加湿器、空気清浄機の違いは何なのか。タブをいくつか開いて比べてみる。
「なるほど、じゃあ結局両方ついてる清浄機のがいいってことになるな」
となると、商品はどれがいいか、だ。これもまたお掃除ロボットと同じルートを辿る。いくつかの機能を見比べ、レビューを読み、価格で考える。
「あー、ありすぎてわからん」
せっかくだからあのイケメンが紹介してた商品を買うとしようか。テレビでは別のアイドルが別の商品のアピールをしていた。これもどうせなら全部見るか。何なら前のアイドルが何を紹介してたのかも気になってきた。おそらく最後に総まとめがあるだろう。そこまで番組は引き続き視聴することにする。
「なるほど、加圧靴下か…むくみが出てるか聞いてみなきゃだな…。マタニティ用の下着かぁ…さすがにな」
不思議と、1つカートに入れたら2つ目3つ目がすぐに入っていく。恵とて例外ではなく、夜中のテンションと紗奈を思うあまりの物欲とでどんどんカートに突っ込んでいく。一旦保留のものはお気に入りリストへ。ついでに前から気になっていた自分用の買い物も。
そう言えばレコーダーの様子を見るためにテレビをつけたのだった。これは急ぎではないからまたにするとして。
ネットショッピングとは恐ろしい、果てがないのが困りもの。本筋のものはもちろんのこと逸れた商品まで吟味しだす。
無事に例のアピール合戦も見届け、手元の画面の右上のカートアイコンを見れば8の文字。まだ増える。
「はぁ?これもいいのかよ…一体どれを選べば…。いや、俺はもう攻略した。結局は価格と見た目だ。機能はもはやわからん。どれもいいはずだろ」
数がありすぎてとにかくわからない。しかし方向性は決まった。比較沼に沈んだ恵が発動するのはただひとつ─。
──即決審術・美価一刀!!
目下対象はデザイン(美)、そして値段(価)。その他は最新がゆえある程度は約束されている。説明を読んでも沼にはまるのみ。あらゆる比較を放棄し、この術こそが今の恵にとって確実な選定法だった。
「はい発動」
術が決まればお気に入りリスト内の選定もなんとスムーズか。カートのカウンターも上がりまくるし合計金額もエグいことになっているがそんなところは見てはいけない。ほとんど貯まっていくだけのお金の使いどころはまず今だ。
「はいはい発動発動」
通販術師と化した恵は、選定の儀を極めし者となった。
◆最新家電─洗濯機の乱─
「これに早く気付くべきだった」
恵が腕を組み立つ目の前には洗濯機。紗奈が一人暮らしをする時に買ったものとのこと。10年も経っていないと思うが最近どうも調子が悪いらしい。フィルターや排水口、思い当たる場所は掃除した。乾燥機付きではあるが乾燥にえらく時間がかかるし、その割に塊の真ん中の方に位置してしまった洗濯物は全乾きとは言えない。入れる量を減らせというかもしれないが、そういうことではない。最初から規定通りの量でやってんだこっちは。何なら当時は「こんなに入れても大丈夫!」って感じでコマーシャルしていた。
とにかく、月日と共に機能が落ちたのだ。洗濯自体出来てはいたから盲点だった。今のこいつは機能はしているが快適なそれではない。ストレスは徹底排除だ。
「買い換えるか」
─ということで、何とか閉店間際のデカイ家電量販店に滑り込む。通販もいいがさすがにデカめの買い物だ。実物を見ておくのもいいだろう。洗濯機売り場に直行。売り場に到着する前に担当らしい店員を捕まえた。
「乾燥機付きの洗濯機でいいやつください」
「メーカーによって特色が違いますが、どこのものがいい、こういう機能を重視しているなどございますか?」
「特にない。あ。今は手狭な1DKなんですが、あと半年もすれば引っ越しして4人家族になります」
とにかくよく乾いて容量がデカイこと。頑丈なこと。デザインはお洒落であれば尚良いが、そこは二の次。紗奈宅には防水パンがない。隣に後付けの収納棚が置いてあったな。とりあえず大きさは何であれどうとでもなりそうだ。引っ越すのは確定だから、そこに持って行って不足がないものがいい。
「承知しました。特にこだわりなし、ファミリーでお使いとのことでしたらこの辺りが人気です」
「じゃあそれで、一番最新で高いやつでお願いします」
「となりますとこちらですね。白と黒がありますがいかがですか?」
「白でお願いします」
「かしこまりました。あと特徴といたしましては」
「あ、大丈夫です。これ買いますので、配送で日時指定したいです」
トントン拍子で決めていく。新しいものなんて、どうせ今は家にあるものより遥かに性能がいいに決まってる。値段が高いイコール機能もいい。だからとにかく値段が高い最新のもので決まりだ。ここでもアレを発動。恵はこのフロアに着いてものの3分でレジに向かった。
──指定日時当日
「配送業者でーす」
「よろしくお願いします。こっちです」
大きい段ボールに包まれた荷物と男性2人。使っていたものを回収してもらうため、まずは今あるものを外に出す。撤去してから、手が届かなかった床や壁などを拭き掃除。そして次は新しいものを同じ場所に置いてもらう。
「あのぉ、お客様…」
「何か問題でも」
「入るには入るんですけど…、洗濯機の扉が完全には開かなさそうです」
「あ」
洗面台の向かいに置く形。今までは1人用で洗濯機の蓋部分も小さめで側面が斜めになっていて、その中央ほどに丸い扉がありデザイン上斜め向きに開けられた。小ぶりなサイズだからその位置でも問題なく使用できた。
が、容量はファミリー向け、デザインは側面全体が開くデザイン。そして致命的なのが扉の開く方向だ。脱衣所の右奥に配置しなければならないのに扉が右開きなのだ。つまり、壁に向かって開く。更に、開くとその扉が洗面台に当たってしまう。
「あー…、大丈夫です。新居用にこれを選んでるので。ここではこれで大丈夫です」
まるで想定内、むしろあえてこれを買ったのだとアピールするようにポーカーフェイスを気取る。少し早口になってしまったが。
「そうでしたか!失礼しました。ではしっかり設置しますね」
「よろしくお願いします」
恵はとりあえず廊下に出て作業を眺めた。
──30分後
「恵」
「起きれるのか」
「うん。洗濯機届いた?」
「あー、前のと入れ換えてもらった」
「そっか、ありがとう」
紗奈は設置された最新家電を見にさっそく脱衣所へ向かった。
「め、恵っ!」
「……はーい」
そこに入るや否や紗奈の驚嘆の声。
正直、防水パンの有無と大体の横幅しか測っていなかったものだから、正直やっちまった感はある。成功か失敗かと言われると……。
とりあえず名前を呼ばれたからにはそこへ行くしかない。
「呼んだか」
「そりゃ呼ぶでしょ」
「……あー、アレはなんて言うか」
「ぷっ、あはは!すっごい存在感!でっか!めちゃくちゃ洗いそう!」
狭い空間に、デン!と効果音を付けたくなるほど鎮座している高級最新家電。体感で言えば以前の倍くらいある。あまりの存在感に紗奈は思わず笑った。
「すまん。横幅しか考えてなかったから…」
「えー!じゃあこうやって入れなきゃだね!」
致命的な扉が開く方向。恵はそれを開き紗奈に見せる。大きな扉と壁の間に出来たスペースに手を入れ、紗奈は洗濯物を入れるジェスチャーをする。
まさか扉の開く方向まで考えなければならなかったなんて。まぁ、45度くらいは開くし出し入れは何とか出来そうだ。…いや、入れるのは放り込めばいいが出す時は…。やっぱりなかなか致命的だ。ミスった。
「……すまん」
「あははは!大丈夫大丈夫!今日さっそく使おうよ。買って来てくれてありがとうね。はぁ~、笑ったらちょっと気持ち悪いの治まった」
「よかった」
恵はもう一度腕を伸ばしてドラム内から洗濯物を取るシミュレーションをする。…さすがに一番奥までは届かない。まぁ長いトングとかそういう挟む類いのものを準備すれば間に合いそうか。しかも紗奈のお腹が大きくなればなるほどここから全て取り出すのは難しくなるだろう。洗濯は俺担当だな、と恵はまだ笑っている紗奈に向かって微笑んだ。
◆伏黒甚爾、出番なし。
──ピンポーン
「おー恵。来たぞ」
「…事前に連絡してくれ」
「しただろ。もうすぐ着くってよ」
「それ事前とは言わん」
高専に戻る車移動の途中、甚爾からの連絡。紗奈宅の近くに行く用事があるから帰りに寄るとのこと。家にはもちろん紗奈がいる。が、調子が良く起きているならまだしも寝込んでいたら可哀想だ。やるべき処理等は少々後回しにして、恵は一旦紗奈宅へと向かったのだった。
「まぁいいじゃねぇか」
「いいけど」
「紗奈ちゃんは?」
「寝てる」
「そうか」
甚爾を招き入れながら答える恵。声が大きくならないようにシー、と人差し指を口の前に置いた。
「つわりがあるって言ってただろ。何が欲しいかわからねぇから色々買ってきたぞ」
「ありがとう」
「おお、なんかモノ増えたな」
リビングダイニングに通される。以前一度だけ来たことがあるここは殺風景でどこの事務所だよという印象だったがテーブルやソファ以外のものが様変わりしている。えらく狭くなったが居心地は良さそうだ。
甚爾はその増えたものの1つにズンと腰掛けた。
「これあれだろ。人をダメにするソファ」
「買ってみた」
「ふーん、いいじゃねぇか。俺にも買ってくれ」
「新居でな」
目の前のローテーブルの横には小さい棚の様なものが増えていて、そのカゴの中には大きい水筒か小さいポットのようなもの、紙コップ、日本茶や紅茶などのティーバッグ、グミや小分けのお菓子が置かれている。
よく見れば新しそうなお掃除ロボットも動いているし、やたら高機能そうな空気清浄機が稼働している。おそらくキッチン内から溢れたのかストックなのか、いくつかの紙袋と飲料の箱がリビングに積まれている。
「なんか充実してんな」
「買い出したら止まらなくなった。食器洗浄機はさすがにやめた」
「いやー、感心感心。まさに巣作りだな」
部屋をぐるりと見回す甚爾。人をダメにするソファにふんぞり返りウンウンと頷く。
「ちなみに父さん、何買ってきてくれたんだ」
「ん、袋開けろ」
自分はその体勢のままそう顎をクイッと上げて指示。
恵は脇に置いたクラフト紙の袋を覗いた。
「貼るカイロ…?」
「あ?妊婦って体冷やしちゃいけねぇだろ」
「しかも多…」
「少ねぇより多い方がいいだろうが」
「まぁ、ありがとう」
「これは?何のシュッシュ?」
「部屋だな。書いてんだろ、お部屋を快適空間にってよ」
「匂いがあったらどうかだな…今の紗奈に合えばいいんだが」
──シュッ、……ブォォォォ
「あ?クセェか?空気清浄機フル稼働だな」
「悪くないが…これは要相談だな」
「ブランケット…でっか」
「寒けりゃ要るだろ。リビングに置いとけ」
「まぁすでに2枚そこに置いてある」
「予備にしろ予備に」
「俺が寝泊まりで使う」
「いいけどよ。紗奈ちゃんに持って来たんだがな」
「これ、父さんが買ったのか?」
「当たり前だろ。女って冷えるしな、いいだろそれ」
「これを?このもっこもこでピンクのレッグウォーマーを?もっこもこのラブリー柄の腹巻きを…?」
「そうだが?」
「………っ、どこで…?」
「あ?笑うなら笑えよ。あー、なんとかっていう、チュチュナントカだ」
「ぐ……っ、……さぞ見られただろ」
「そんなもんは覚悟の上だ。俺みたいなの入っちゃいけねぇ店だったか?」
「いや…っ、いいけど…!ふ…っ、ぐぅぅ…」
「普通に声出して笑えよ」
「デンタル類?」
「吐きづわりは歯と歯茎やられるんだとよ。歯磨きままならねぇし胃液とかな。つわり終わったら歯医者行くように言っとけ」
「おお、そうなのか。わかった。よくそんなの知ってんな」
「まぁ年の功だな」
「口腔ケアグッズな、お気に入りリスト入れとく」
「これ何だ?ポスター?」
「少しくれぇはユーモアも必要だろ。見てみ」
「……大自然」
「癒しの森だとよ。緑大事だろ。風呂にも貼れるぞ」
「え…ありがとう…」
「こっちの袋は…食品?」
「ああ。飯だけでも食べられるようにふりかけ、ノンカフェインの茶…」
「ふりかけな。ありがとう。ちょっと味変してみるのにいいかも」
「吐きづわりだから食いもんはあんま買ってねぇぞ。あとは三色団子と」
「団子?」
「餅は腹に溜まるからいいだろ」
「食えたらいいな」
「と、高級プリン」
「プリン…」
「嫌いか?」
「普段は好きだが今は吐くやつ…」
「冷蔵庫入れとけ」
「今パンパンだから4つも入んねぇわ」
「…じゃあ、今食うか」
「2個ずつな…」
「もしかして俺、用ナシだったか」
「そんなことねぇよ、ありがとな」
「お。じゃあ、あれあるだろ、妊婦健診。付き添いしてやるぞ」
「一昨日行った。調子良かったから紗奈が単独で行ってる。次の予約は一ヶ月後」
「…力仕事とかあんだろ」
「俺が来たときやればいいし。…あー、電球変えとく?」
「………プリン食うか…」
「………お茶淹れる…」
気まぐれに「そろそろ出番か」と来てみたはいいが、既に息子が完璧な空間に仕上げ終えた後だったようだ。
今日の甚爾の仕事は、ノンカフェインの暖かい紅茶とプリン2個を息子と食すことで終わった。三色団子をローテーブル横のカゴの中に突っ込み、紗奈宅を後にした。
──三週間程経過
紗奈の悪阻も全快とはいかないが吐くことが劇的に減り、様子見ながらもリモートワークが出来るようになった頃。
「調子良さそうだな。出かけるのか」
「うん、また出社できるようになったときのためにね。会社に顔出してくる」
外出前、紗奈はマイボトルに例のカフェインレスの紅茶を用意するためキッチンに立っていた。
「無理すんなよ」
「うん、ありがとう。でもほんと、恵がいなかったら今頃どうなってたか」
「お前は子供のために頑張ってるからな。俺はお前を支える、それだけだ」
「え、私の旦那最高か?」
「今後もそれを目指す」
「はぁ…恵…すき♡」
「なんだそれ。まぁ俺もだけど」
恵の胸元に顎を乗せるようにくっついて見上げ、前からハグする紗奈。恵もそれに応えて腕を回す。まだ痩せてしまったままだが精気と勢いは見違えるほどに回復している。
「恵…一緒に戦ってくれてありがとう」
「……おう」
まだ序の口なのだろうが、大変な時期その1が一旦無事に終わったということに安堵した。正しかったのかそうでなかったのかわからない。もっといい正解があったのかもしれない。けど、自分も一緒に出来ていたのだ。紗奈の一言で、自分は間違ってはいなかったのだ、ちゃんと寄り添えていたのだと確信できた。思わず抱き締める腕にグッと力が入った。
「お父さんにもお礼しなきゃ」
「食事にでも誘えば喜ぶだろ」
「よし、私の接待先リストの出番だね」
「その辺は頼んだ」
「任せとけ」
さて、終わったのだがまだまだ始まったばかり。
しかし装備も整え経験値は上がった。
冷蔵庫に貼られたメモも、お茶各種も、スマホ内のお気に入りリストも、今は使いづらい最新家電も、浴室の壁に貼られた癒しの森も。2人にとってすべて大切なものだ。
この先も、"家族"となら、たぶん大丈夫。
──つづく
★次回:「性別判明編」
こんな雰囲気で話が進んでいく予定
バラエティに出てたアイドルは鳳瑛二くんです