伏黒家の日常
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紗奈は頭を抱えた。
生活感のない自宅の、一応はダイニングテーブルと称した、食事もすることはたまに、主にデスクワークをするのがメインのノートパソコンと紙類が散乱しているそれ。機能重視の椅子に座り、紙類をザッと横に避けたスペースに両肘を付いてその手で頭を抱える。
両肘の間にあるのはあれだ。まごうことなき、紛れもなく、妊娠検査薬。自分でその辺のドラッグストアで買った。今さっき試した。案の定、ピンク色の縦ラインがこれでもかと言う程にくっきり2本。こんなの、心当たりと確信めいたものがない限り試さない。購入した時点ですでに"案の定"なのだ。
「………はぁ、どうしよう…」
そりゃあ病院に行って診てもらった訳ではないから確定ではない。だが市販の検査薬でもかなりの精度があると聞くし、なんなら病院での検査もそれと同様の物を使うとも聞く。であれば、それは限りなく「そう」と言っていい。
「あー…頭回んない…とりあえず待つかぁ…」
とりあえずカラカラになった喉を潤す為にキッチンへ向かった。
──ガチャ、
およそ30分後、解錠された玄関ドアが開く音がする。
「邪魔するぞ」
「おかえり、お疲れ様」
紗奈の自宅、合鍵で入って来たのは恋人の恵。お互いの部屋へ行ったり来たり。今日も特に約束などしていた訳ではない。すれ違わないように事前連絡はするが、今回は紗奈の部屋に帰った。
「なんか顔色悪くないか?相変わらず仕事忙しいんだな」
「いや、まぁ忙しいけど。今回は違う。恵、ちょっとそこ座って」
「……なんだよ、怖ぇな」
紗奈はダイニングテーブルの、自分が座っている前の席を手のひらで指した。低めのトーンで「座って」などと初めて言われた恵は一瞬躊躇した。が、言われた通りいつもの席に腰を下ろす。
「これ」
「…ん?ん…、んー。…なんだこれ」
例のそれを恵の前にテーブルにスライドさせながら置く。これ、と言われても初めて見る物だから「なんだ」としか言えないこの男。じっと近くで見てみたはいいが予想が出来ない。
「妊娠検査薬。陽性だった」
「え……、おー…。あー…陽性っていわゆる…?」
「子供ができた」
「おー…おぉ…」
淡々と言う紗奈に、恵は驚くと言うよりも納得した、と言う表情だ。なるほどとでも言いたげだった。
まさか「なぜ」などの類いの言葉が浮かぶ訳はなく、「だろうな」や「了解した」の種類のものが恵の頭の中を回る。ヤることはヤってるのだ。不思議ではない。
「一応言っとくけど、恵との子供だよ」
「当たり前だろ」
当然過ぎる言葉に恵の表情がスンと真顔になる。他の男とだなんてあり得なさ過ぎるという言葉でも足りない。言うまでもない。
「はぁー…、どうしよう」
「は?」
ため息と共にまた抱えるように額に手のひらを当てる紗奈。そんな彼女に恵の眉間にグッと皺が寄る。
「紗奈。まさか産まないなんて言わねぇよな」
「…違う。ごめん。…でも産むとか産まないとか今わかんない…」
「いや、産まない選択肢なんてないだろ」
「そうなんだけど…。ごめん、産みたくないとかじゃない。でも…この前試験に合格したし長期プロジェクトのリーダーになったばっかだし…」
紗奈が仕事人間なのも知ってる。キャリアアップに日々邁進しているのも知ってる。どちらかと言うと結婚よりも仕事をしたい考えなのも知ってる。それらを知った上で彼女と恋人関係を継続しているのも恵だし、それでもいい、紗奈の思うようにすればいいと思っているのも恵だ。だが、こうなってしまっては考え方も少しは変わる。
「うん、知ってる。でも、だ。産んでくれるよな」
「………うーん…」
わかっている。産まない、産みたくないというそれではなく、彼女の頭の中で「産んだ場合の今後について」考えを巡らせてることは。
紗奈は仕事が好きだ。だが、もし1年2年を休んだとしたらキャリアを捨てたも同然。育休満了まで取った女性社員は以前と同じ仕事は出来ない。これだから女は損だ、と事ある毎に愚痴っているのを聞いている。
「でも恵だって仕事があるじゃん、祓うやつ」
「そうだけど。そろそろお前呪術師って言えよ」
「言いたいけどちゃんと言えないんだってば…」
「呪術師」
「じゅじゅちゅし」
「クククっ…」
「もう、今それいいって」
沈みかけた空気がなんとなく軽くなる。
とは言え紗奈の言う通り、恵にも危険かつ責任ある仕事があるし、俺が全部やってやるからと簡単に言えないのも事実。
お互いの仕事を理解し尊重しているからこそ、ハッキリと言ってやれない。仕事を捨てて子供を取れとも言えないし、仕事を捨てて子供を取るとも言えない。ただ、産まない選択肢はない。それだけだった。
「うーん、私は両親いないし…兄夫婦に頼る訳にはいかないし…」
「………」
「いっそ住み込みベビーシッター雇うかな…お金だけはある程度あるし…困ったときはお金で解決だよなぁ…でもなぁ…それって子供に良い環境?…私がやめればいいんだろうけど…」
「………」
紗奈は独り言でもなく、恵に言うでもなく。限りなく現実的なパターンを口走っていく。その言葉を聞きながら恵は腕を組んでうーんと唸る。
「……かなり癪だがアテが一つある」
「なになに」
「……いや…やっぱりナシか」
「言ってみてよ」
「いや…いやいや…アテにはならねぇか…」
「いいから言って」
目をギュッと瞑りウンウン唸り続ける恵。が、紗奈の催促に口を開く。
「…俺には身内がいる。…実父だ」
「ジップ…」
「……あの親父だよ」
「ぉぉ…」
恵の脳内にはあの人物の顔が浮かぶ。紗奈の反応も、さっきの恵同様「了解した」という反応。実父の存在を知らない訳ではない。会ったことももちろんある。が、なにせあの人物だ。思い出せる顔は真顔かほくそ笑んでるそれ。普段の様子も聞いてはいる。アテになるのかならないのか…恵が唸るのも頷ける。けれど恵の身内なのも確かだ。他人ではない。
「お父さん、結構器用だよね」
「ああ、我が実父ながらクズだし親らしいことしてもらった記憶はない。が、まぁ割と何でもこなす」
「……ありだね」
「…だろ?かなり癪だが。しかもめんどくせぇって一刀両断の可能性もある」
「いやもうそんなこと言ってられない。頼む価値しかないよ」
「……確かに」
と言うことで、あるはずはないが「最悪の事態」は免れそうな案と共に沈みかけた雰囲気は完全になくなった。
恵は早速その人物にアポを取るためスマホを操作する。
「伏黒甚爾」をタップしてメッセージを打った。
・
──5日後、恵宅
「はいありがとよ、このコーヒーうまいよな」
部屋のローテーブル。恵はインスタントのコーヒーを甚爾の前に置く。それを手にする甚爾の向かいに正座する紗奈の隣に同じように座った。
「で。大体は聞いたが。…あち。ふー…話って?」
「事情はメールで話した通り。改めて頼みます。俺たちと同居して手助けしてください。お願いします」
「お願いします」
頭を下げる2人を、甚爾はカップをすすりながら眺める。もう一度すすって、それをテーブルに置いた。そのタイミングで恵は頭の高さを戻した。
「ああ、まぁメールの通りだな」
「父さんの手を借りたいのは主に紗奈の産後から。今から約7ヶ月後くらいだ。その頃には同じ家に住んでて欲しいし、俺がいないときは俺に代わって紗奈と子供をサポートして欲しい」
「俺が嫁のフォローと孫のベビーシッターねぇ」
そんな、人の役に立つことを俺が。なんなら今までの自分とは両極端だ。しかも「助ける」だの「サポート」だの「嫁」だの、果ては「孫」と来た。何だかむず痒くなって首をボリボリと掻いた。
「…まぁな。俺もそんな若くねぇし。女遊びは控えなきゃなんねぇとはうっすら思ってたしな」
「一般的にまだ若いと思うが…でもその体力感心するわ…」
「家族の為に時間と体力割いたってバチは当たんねぇよな」
「じゃあ」
「ああ、いいよ。同居、しようじゃねぇか」
「ありがとう…!一生感謝する!」
「別に。大袈裟にすんな。最初から断るつもりもねぇよ」
まさか恵から同居なんて言われる日が来ると思っていなかったが、いざ言われてみれば嫌な気がしない。正直普通にめんどくせぇとは思っているが。頼られるのも悪くない。
「ありがとうございます!」
「ただし紗奈ちゃんよ、途中で嫌になっても知らねぇからな」
「絶対大丈夫です!」
「あと、俺は金はねぇぞ」
「あ、そこは期待してない。俺ら持ってるし稼いでくるから。もちろん生活費は全部俺が払う。安心してくれ」
「おー」
自他共に認めるクズっぷりを何十年と披露してきたのだから、期待していないと真顔で即答されても仕方がない。そしてそれを特に「情けない」などと思うタマでもない。
「あと、これは普通に質問なんだが…父さん、よそに女とか子供作ってないよな」
「あ?舐めんなよ。あれから真っ先にパイプカットしたっつーの」
「…あれからっていつからだよ…。そうか、まぁ安心した」
それはそうでいいのか恵よ…、と紗奈は思うだけにした。甚爾のその辺のことを突っ込むのはあまり得策とは言えない。
「それにしてもよ、この俺にガキ…それも赤ん坊のお守り頼むたぁ、お前ら頭おかしいだろ」
「俺も一瞬思ったが」
「おい」
「考えれば考えるほど適任過ぎて。俺と紗奈の事情もわかってくれてるし」
「まぁ、殺さねぇ程度にはやれるだろ」
「一応、多分、俺のこと育ててるしな。頼りにします」
「あーわかったわかった。とりあえず頑丈なガキ産めよ」
甚爾は、飲み干したカップを覗き、改めて深々と頭を下げる恵にシッシッと手を払う。
そして舞台は揃ったと言わんばかりに、恵はそれぞれの膝にパンッと両手を置いた。
「よし、紗奈。結婚するぞ」
「うん……ええっ!?」
「いやだってそうだろ。ちゃんと言ってもなかったし。悪かったな」
「そんなの別にいいけど!」
「はーいおめでとー」
パチパチパチ、と甚爾の拍手が3回鳴る。これがプロポーズ兼親への挨拶兼親からの祝福となった。まぁ、これでいいのだ。
「あとで役所行くとして。名字どうする。俺が変わっても問題ない」
「え。私が伏黒になるよ」
「でも面倒だろ。よく知らねぇが手続き色々あるだろ。紗奈は会社もあるし」
「面倒なのは最初だけじゃん。全然大丈夫!だって伏黒って名字カッコいいし」
「そうか、わかった。じゃあそれで行こう」
「オッケー」
そのやり取りをソファに寝転び頬杖をついて眺めている甚爾。思わずフンっと鼻が鳴った。恵からのメッセージでは一大事だの危機だのと言っておいて、結局は円滑に進んでいる。この2人の調子じゃ意外と父親の手助けなんて必要なく肩透かしでも食らいそうだ。今は微笑ましいくらいの息子たちに、甚爾は思わず笑った。
…以上がプロローグ。
そして伏黒家の日常が始まったのだった。
──つづく
★次回:「つわり期編」
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ショートショートの短編小話で伏黒家の平和な日常を予定しています
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