第3回戦 夏休み前の試練
「あの……、失礼します。生徒会長さんはいますか?」
期末テスト3日目。
すべての科目のテストが終了してほっと一息ついた放課後、私たちは生徒会室で談笑をしていた。この日、家庭科部の部員2名が生徒会室を訪ねてきた。
「あなたは……2年4組の金子さんですよね。家庭科部部長の」
私が席から立ち上がって、訪問してきた金子さんの前に移動した。
「は、はい! 名前を知ってくれているなんて、光栄です!」
目の前で恥ずかしそうに顔を赤らめる彼女とは今までに全く接点はない。でも生徒会にいる以上、志木折中生徒の名前と顔は極力覚えるようにしている。
「夕夏はねー。人の名前を覚えるの、めっちゃ早いんだよぉ。わたしは出会った初日に、もう名前知られてた」
後ろで美雪がモッチーにコソコソと話しているが、内容が丸聞こえだ。美雪は転校当時からアイドル並みのルックスでかなり知名度があったというのもあるが、名前と顔を覚えるのが早いというのは、学力・運動が平凡な取り柄のない私にとっては特技なのかもしれない。ふと、そう思った。
「会長は職員室に行っていて、今ちょうど席を外していますが……。何か御用ですか?」
「あっ、えっと……」
金子さんは丁寧な口調で話を切り出した。
「実は、生徒会さんで家庭科部のお手伝いをしていただけないかと思いまして。ちょっとご相談にうかがったのです」
すると、金子さんの隣に立っている部員の女の子が驚きの発言をした。
「階段のところに貼ってあったポスターを見たんです」
「ポスターですか?」
「は、はい。『生徒会何でもお手伝い月間!イン・サマータイム』という」
「え?」
そんな名前のポスターは初耳だ。困惑した私はモッチーと美雪を振り返り、目線で訴えた。2人も首を横に振っているあたり、わからないのだろう。金子さんは話を続ける。
「それで、まだ夏休みではないんですけど……。ちょっと急いで作らないといけないものがあって、夏休み前ですがお手伝いをお願いできないかと。あっ、でも、期日は夏休み最終日の8月31日までになるのですが」
私は再びモッチーと美雪を振り返ったが、口パクで美雪に『何それ知らない』と返された。モッチーは眉間にしわを寄せて何かを考えている。
「えっと。ちなみに、その急いで作らないといけないものとは何でしょう」
私は困惑しながらも、笑顔を作り丁寧に聞き返した。
「はい。それが――」
☆ ★ ☆
「はあ!? 断っただと!?」
「違うわよ! あんたが来てから相談すると言って帰したのよ!」
戻ってきた秋元に事情を説明するや否や、生徒会室は大騒ぎになっていた。
「やっぱり拓海の仕業だったか」
「会長ぉー、わたしたちに許可なく変なポスター貼ったね? そうだね?」
着席しながら冷たい視線を送るモッチーと、詰め寄って事実を確認する美雪。更には私からの叱咤によって秋元は戻ってきて早々、3人からの攻撃を受けることになった。
「おい。変なとは何だ、柊」
「だって、明らかに変だよぉ」
家庭科部の2人が帰った後、美雪は階段に貼ってあったポスターをはがして生徒会室まで持ってきた。そのポスターを苦笑いしながら机の上に広げたが、まず目に入ってきたのが中央に貼られている秋元の腕組をしている写真だ。しかも背景を切り抜いてあり秋元だけが綺麗に貼られている。無駄に丁寧な作りだ。
「会長ぉ、ナルシストだったんだ」
「生徒会の看板を背負っている以上、会長のオレ自身がポスターに載らないでどうするんだ! 別に自分が好きとか、そういうのじゃねーよ」
別に写真はなくてもポスターは作れるけどね。しかもドヤ顔で写っているあたりが腹立たしい。
「それで、一番上に書いてある『生徒会何でもお手伝い月間イン・サマータイム』って何?」
モッチーがポスターの上部分に大きく書かれた文字をなぞりながら聞いた。
「これはだな、夏休み期間中に困っている人や部活を助けたいという想いから生まれたものだ。なんて優しい世界――」
「これ、生徒会の部分を秋元にすればいいんじゃない?」
「そうだね。柊さん、マジック持ってきて」
「って、おい!」
私とモッチーの間に秋元が割り込んできた。
「私たちの許可なしに?」
「生徒会の名前を使う以上、他の役員にも話すべきだ」
追い詰められる秋元。私とモッチーから責められて分が悪そうだ。
「会長ぉ、これさぁ」
美雪が広げてあったポスターを丸め始めた。
「夏休みの宿題を代行してくださいとか、絶対出てくると思うよぉ?」
確かに何でもやると書いてある以上、そういった頼みごとが出てくる可能性もある。
「だから、この企画は――」
美雪はそう言いかけて、ごみ箱に丸めたポスターを勢いよく投げ入れた。
「この企画はチャラでーす!」
「あーっ! オレがテスト期間中に頑張って作ったポスターが!」
秋元は悲痛な叫び声を上げると、席を立って急いでごみ箱へ自作ポスターを取りに行った。美雪は秋元に悪乗りするタイプだと思っていたが、意外にも自分の考えを持っているようだ。
「おい、柊!」
「わたしの貴重な中2の夏休みをお手伝いに費やしたくないよぉーだ」
だってゲームやりたいもんと美雪は口をとがらせ、自分の席で足をパタパタとさせた。
「私は美雪に一票。夏休みにまで手伝いをするからといって学校に来るのはちょっと違うんじゃない? 秋元、生徒会はボランティアじゃないのよ?」
「そうだね」
モッチーが私の意見に頷いてくれた。
「でも、まあ……。生徒会とポスターに書いて家庭科部の目に留まってしまった以上、今回は協力せざるを得ないかな」
「春樹!」
「でも、柊さんと水野さんの意見には賛成。この企画はなしだ。手伝いは今回だけに限る」
うなだれる秋元。見通しを立てずに思い立ったらすぐ行動という彼の悪い癖が出た。
「それで、家庭科部の手伝いってなんだ?」
「なんかねー。ぞうきんを作るお手伝いをしてほしいんだってぇ」
美雪が答えた。
「ぞうきん? あの掃除で使うぞうきんのことか?」
「そうだよ。志木折中の近くの小学校に贈るんだってー」
志木折中の近隣にある歩いて5分ほどのところにある、私と秋元の出身校の志木折小学校のことだ。小学校の創立100周年を記念して家庭科部からぞうきんを作って贈るそうだ。しかし、3年生の先輩が部活動の引退によって抜けてしまった今、部員の数は1年生と2年生を合わせても5人しかいなくなってしまったと金子さんは言っていた。
「500枚必要らしいよ」
モッチーの呟きに対して、秋元は自信たっぷりに頷いた。
「なるほど。それは充実した夏休みになりそうだな」
「期限は終業式の日までだ」
「なるほど。あと1週間か。……無理だな」
秋元の声がだんだんと小さくなっていった。
「まあ、生徒会で依頼されたのは100枚だけどねぇー」
美雪はミシンが生徒会の人数分借りられることも付け足した。
「それを先に言えよ! じゃあ余裕だな。4人で25枚ずつ作れば1週間で終わるだろ。つまり、終業式には手伝いが終わる計算になる」
「ちょっと! 何で私がそのメンバーに入っていることが前提なのよ!」
冗談じゃない。さっき金子さんに「会長に相談する」なんて言ったのはただの建前。私は壊滅的に裁縫ができない。裁縫に限らず何においても不器用なのだ。女子だから裁縫ができるなんて思われているのなら、それは声を大にして否定したい。ミシンは過去にトラウマがある。困っている家庭科部を手伝いたい気持ちは山々だけど……。
でも、裁縫ができないことを秋元に知られたら、生ネタにされ続け、馬鹿にされるのは目に見えている。弱みを握られるわけにはいかない。何としてでも阻止しなければ――!
「おい、おまえ、何怒って――」
「私は家庭科部の手伝いには反対です。一人でも反対がいれば議題会をするルールでしょ?」
☆ ★ ☆
議題『家庭科部の手伝いを引き受けるかについて』
私は議題をホワイトボードに書いた。
「さて、早く始めましょう。この議題について賛成、反対の札を挙げてください」
「おい! 司会は生徒会長のオレが担当だぞ!」
「……じゃあ、どうぞ」
秋元に司会をバトンタッチして私が着席すると、秋元の合図で全員が札を挙げた。賛成は秋元、モッチー、美雪。反対は……私だけだ。
「まず賛成派の意見から聞くか。オレは聞くまでもないだろ。じゃあ柊から」
指名された美雪は、賛成札を団扇代わりに扇ぎながらベルを鳴らした。
「テストも終わったし、暇だし。夏休み前に終わるなら断る理由もないかなぁーって」
「はい、じゃあ次」
美雪の意見を聞き終わると、秋元はテンポよくモッチーを指名した。
「さっき言った通りだよ。ポスターが家庭科部の目に止まった以上、今回は引き受けるのがいいと思う」
「……だそうだ。何でおまえは反対なんだよ」
困った。確かにテストが終わって放課後にやることがない今、美雪と同じ意見で断る理由はない。裁縫ができないというのは私の都合だ。何か皆が納得できる理由を考えなければ。何かないだろうか。
「おい。黙ってないで何か発言しろ」
「……美雪。本当に暇なの?」
ベルを鳴らせと横で催促する秋元を無視して、私は美雪に聞いた。
「えっ?」
「何か、やることあるんじゃない?」
私は席を立ち上がって、壁に掲示されている“あるもの”に近づいた。
「『志木折だより』の発行は私と美雪の仕事のはずよ。まさか、忘れているわけじゃないわよね?」
「あわわわわ……!」
――危なかった!!
慌てふためく美雪を見ながら冷静を装う私だが、正直私も忘れていた。偶然目の前の壁に貼られていた志木折だよりを見て気づいたのだ。
『志木折だより』は生徒会が奇数月に発行している学校新聞のことで、書記の私はもちろん、会計も作成には参加することになっている。7月分の発行は前任の生徒会役員が担当していたため、9月分の発行から私と美雪が携わることになる。配布日は月初めだ。
「えっとぉ。9月1日配布だから……」
「夏休みがあるから、今のうちに作らないと夏休みに登校して作ることになるわよ」
「嫌ぁー! それは嫌っ!」
美雪は持っていた賛成札を机に置き、反対札を勢いよく挙げた。
「わたし、意見変えまぁーす」
「くそっ! 賛成と反対が同票になっちまったじゃねーか」
秋元は舌打ちをして私を睨んだ。これで2対2になり、決闘に持ち込める。決闘で反対チームが勝てば裁縫をしなくて済むから、これは絶対に負けられない。
「決闘は……。そうね、家庭科部にちなんで“料理対決”なんてどう?」
「おい! 決闘内容は生徒会長のオレが決めることだぞ!」
「まあ、たまにはいいじゃん」
モッチーが秋元をなだめてくれた。
うちは父子家庭だ。母親がいない中で磨いた料理スキルとメニューのレパートリーは、一般人とは言わせない。この勝負、勝たせてもらう!
「決闘は明日の放課後にします。授業が終わったら、そのまま家庭科室に集合ね」
秋元は自分の役割を取られたと言って終始不機嫌な様子だった。
エプロンと三角巾を持ってくるようにと付け加えて、この日は解散した。
期末テスト3日目。
すべての科目のテストが終了してほっと一息ついた放課後、私たちは生徒会室で談笑をしていた。この日、家庭科部の部員2名が生徒会室を訪ねてきた。
「あなたは……2年4組の金子さんですよね。家庭科部部長の」
私が席から立ち上がって、訪問してきた金子さんの前に移動した。
「は、はい! 名前を知ってくれているなんて、光栄です!」
目の前で恥ずかしそうに顔を赤らめる彼女とは今までに全く接点はない。でも生徒会にいる以上、志木折中生徒の名前と顔は極力覚えるようにしている。
「夕夏はねー。人の名前を覚えるの、めっちゃ早いんだよぉ。わたしは出会った初日に、もう名前知られてた」
後ろで美雪がモッチーにコソコソと話しているが、内容が丸聞こえだ。美雪は転校当時からアイドル並みのルックスでかなり知名度があったというのもあるが、名前と顔を覚えるのが早いというのは、学力・運動が平凡な取り柄のない私にとっては特技なのかもしれない。ふと、そう思った。
「会長は職員室に行っていて、今ちょうど席を外していますが……。何か御用ですか?」
「あっ、えっと……」
金子さんは丁寧な口調で話を切り出した。
「実は、生徒会さんで家庭科部のお手伝いをしていただけないかと思いまして。ちょっとご相談にうかがったのです」
すると、金子さんの隣に立っている部員の女の子が驚きの発言をした。
「階段のところに貼ってあったポスターを見たんです」
「ポスターですか?」
「は、はい。『生徒会何でもお手伝い月間!イン・サマータイム』という」
「え?」
そんな名前のポスターは初耳だ。困惑した私はモッチーと美雪を振り返り、目線で訴えた。2人も首を横に振っているあたり、わからないのだろう。金子さんは話を続ける。
「それで、まだ夏休みではないんですけど……。ちょっと急いで作らないといけないものがあって、夏休み前ですがお手伝いをお願いできないかと。あっ、でも、期日は夏休み最終日の8月31日までになるのですが」
私は再びモッチーと美雪を振り返ったが、口パクで美雪に『何それ知らない』と返された。モッチーは眉間にしわを寄せて何かを考えている。
「えっと。ちなみに、その急いで作らないといけないものとは何でしょう」
私は困惑しながらも、笑顔を作り丁寧に聞き返した。
「はい。それが――」
☆ ★ ☆
「はあ!? 断っただと!?」
「違うわよ! あんたが来てから相談すると言って帰したのよ!」
戻ってきた秋元に事情を説明するや否や、生徒会室は大騒ぎになっていた。
「やっぱり拓海の仕業だったか」
「会長ぉー、わたしたちに許可なく変なポスター貼ったね? そうだね?」
着席しながら冷たい視線を送るモッチーと、詰め寄って事実を確認する美雪。更には私からの叱咤によって秋元は戻ってきて早々、3人からの攻撃を受けることになった。
「おい。変なとは何だ、柊」
「だって、明らかに変だよぉ」
家庭科部の2人が帰った後、美雪は階段に貼ってあったポスターをはがして生徒会室まで持ってきた。そのポスターを苦笑いしながら机の上に広げたが、まず目に入ってきたのが中央に貼られている秋元の腕組をしている写真だ。しかも背景を切り抜いてあり秋元だけが綺麗に貼られている。無駄に丁寧な作りだ。
「会長ぉ、ナルシストだったんだ」
「生徒会の看板を背負っている以上、会長のオレ自身がポスターに載らないでどうするんだ! 別に自分が好きとか、そういうのじゃねーよ」
別に写真はなくてもポスターは作れるけどね。しかもドヤ顔で写っているあたりが腹立たしい。
「それで、一番上に書いてある『生徒会何でもお手伝い月間イン・サマータイム』って何?」
モッチーがポスターの上部分に大きく書かれた文字をなぞりながら聞いた。
「これはだな、夏休み期間中に困っている人や部活を助けたいという想いから生まれたものだ。なんて優しい世界――」
「これ、生徒会の部分を秋元にすればいいんじゃない?」
「そうだね。柊さん、マジック持ってきて」
「って、おい!」
私とモッチーの間に秋元が割り込んできた。
「私たちの許可なしに?」
「生徒会の名前を使う以上、他の役員にも話すべきだ」
追い詰められる秋元。私とモッチーから責められて分が悪そうだ。
「会長ぉ、これさぁ」
美雪が広げてあったポスターを丸め始めた。
「夏休みの宿題を代行してくださいとか、絶対出てくると思うよぉ?」
確かに何でもやると書いてある以上、そういった頼みごとが出てくる可能性もある。
「だから、この企画は――」
美雪はそう言いかけて、ごみ箱に丸めたポスターを勢いよく投げ入れた。
「この企画はチャラでーす!」
「あーっ! オレがテスト期間中に頑張って作ったポスターが!」
秋元は悲痛な叫び声を上げると、席を立って急いでごみ箱へ自作ポスターを取りに行った。美雪は秋元に悪乗りするタイプだと思っていたが、意外にも自分の考えを持っているようだ。
「おい、柊!」
「わたしの貴重な中2の夏休みをお手伝いに費やしたくないよぉーだ」
だってゲームやりたいもんと美雪は口をとがらせ、自分の席で足をパタパタとさせた。
「私は美雪に一票。夏休みにまで手伝いをするからといって学校に来るのはちょっと違うんじゃない? 秋元、生徒会はボランティアじゃないのよ?」
「そうだね」
モッチーが私の意見に頷いてくれた。
「でも、まあ……。生徒会とポスターに書いて家庭科部の目に留まってしまった以上、今回は協力せざるを得ないかな」
「春樹!」
「でも、柊さんと水野さんの意見には賛成。この企画はなしだ。手伝いは今回だけに限る」
うなだれる秋元。見通しを立てずに思い立ったらすぐ行動という彼の悪い癖が出た。
「それで、家庭科部の手伝いってなんだ?」
「なんかねー。ぞうきんを作るお手伝いをしてほしいんだってぇ」
美雪が答えた。
「ぞうきん? あの掃除で使うぞうきんのことか?」
「そうだよ。志木折中の近くの小学校に贈るんだってー」
志木折中の近隣にある歩いて5分ほどのところにある、私と秋元の出身校の志木折小学校のことだ。小学校の創立100周年を記念して家庭科部からぞうきんを作って贈るそうだ。しかし、3年生の先輩が部活動の引退によって抜けてしまった今、部員の数は1年生と2年生を合わせても5人しかいなくなってしまったと金子さんは言っていた。
「500枚必要らしいよ」
モッチーの呟きに対して、秋元は自信たっぷりに頷いた。
「なるほど。それは充実した夏休みになりそうだな」
「期限は終業式の日までだ」
「なるほど。あと1週間か。……無理だな」
秋元の声がだんだんと小さくなっていった。
「まあ、生徒会で依頼されたのは100枚だけどねぇー」
美雪はミシンが生徒会の人数分借りられることも付け足した。
「それを先に言えよ! じゃあ余裕だな。4人で25枚ずつ作れば1週間で終わるだろ。つまり、終業式には手伝いが終わる計算になる」
「ちょっと! 何で私がそのメンバーに入っていることが前提なのよ!」
冗談じゃない。さっき金子さんに「会長に相談する」なんて言ったのはただの建前。私は壊滅的に裁縫ができない。裁縫に限らず何においても不器用なのだ。女子だから裁縫ができるなんて思われているのなら、それは声を大にして否定したい。ミシンは過去にトラウマがある。困っている家庭科部を手伝いたい気持ちは山々だけど……。
でも、裁縫ができないことを秋元に知られたら、生ネタにされ続け、馬鹿にされるのは目に見えている。弱みを握られるわけにはいかない。何としてでも阻止しなければ――!
「おい、おまえ、何怒って――」
「私は家庭科部の手伝いには反対です。一人でも反対がいれば議題会をするルールでしょ?」
☆ ★ ☆
議題『家庭科部の手伝いを引き受けるかについて』
私は議題をホワイトボードに書いた。
「さて、早く始めましょう。この議題について賛成、反対の札を挙げてください」
「おい! 司会は生徒会長のオレが担当だぞ!」
「……じゃあ、どうぞ」
秋元に司会をバトンタッチして私が着席すると、秋元の合図で全員が札を挙げた。賛成は秋元、モッチー、美雪。反対は……私だけだ。
「まず賛成派の意見から聞くか。オレは聞くまでもないだろ。じゃあ柊から」
指名された美雪は、賛成札を団扇代わりに扇ぎながらベルを鳴らした。
「テストも終わったし、暇だし。夏休み前に終わるなら断る理由もないかなぁーって」
「はい、じゃあ次」
美雪の意見を聞き終わると、秋元はテンポよくモッチーを指名した。
「さっき言った通りだよ。ポスターが家庭科部の目に止まった以上、今回は引き受けるのがいいと思う」
「……だそうだ。何でおまえは反対なんだよ」
困った。確かにテストが終わって放課後にやることがない今、美雪と同じ意見で断る理由はない。裁縫ができないというのは私の都合だ。何か皆が納得できる理由を考えなければ。何かないだろうか。
「おい。黙ってないで何か発言しろ」
「……美雪。本当に暇なの?」
ベルを鳴らせと横で催促する秋元を無視して、私は美雪に聞いた。
「えっ?」
「何か、やることあるんじゃない?」
私は席を立ち上がって、壁に掲示されている“あるもの”に近づいた。
「『志木折だより』の発行は私と美雪の仕事のはずよ。まさか、忘れているわけじゃないわよね?」
「あわわわわ……!」
――危なかった!!
慌てふためく美雪を見ながら冷静を装う私だが、正直私も忘れていた。偶然目の前の壁に貼られていた志木折だよりを見て気づいたのだ。
『志木折だより』は生徒会が奇数月に発行している学校新聞のことで、書記の私はもちろん、会計も作成には参加することになっている。7月分の発行は前任の生徒会役員が担当していたため、9月分の発行から私と美雪が携わることになる。配布日は月初めだ。
「えっとぉ。9月1日配布だから……」
「夏休みがあるから、今のうちに作らないと夏休みに登校して作ることになるわよ」
「嫌ぁー! それは嫌っ!」
美雪は持っていた賛成札を机に置き、反対札を勢いよく挙げた。
「わたし、意見変えまぁーす」
「くそっ! 賛成と反対が同票になっちまったじゃねーか」
秋元は舌打ちをして私を睨んだ。これで2対2になり、決闘に持ち込める。決闘で反対チームが勝てば裁縫をしなくて済むから、これは絶対に負けられない。
「決闘は……。そうね、家庭科部にちなんで“料理対決”なんてどう?」
「おい! 決闘内容は生徒会長のオレが決めることだぞ!」
「まあ、たまにはいいじゃん」
モッチーが秋元をなだめてくれた。
うちは父子家庭だ。母親がいない中で磨いた料理スキルとメニューのレパートリーは、一般人とは言わせない。この勝負、勝たせてもらう!
「決闘は明日の放課後にします。授業が終わったら、そのまま家庭科室に集合ね」
秋元は自分の役割を取られたと言って終始不機嫌な様子だった。
エプロンと三角巾を持ってくるようにと付け加えて、この日は解散した。