番外編
「ごめん、待った?」
「いや。オレも今来たところだから」
私に気づいた秋元は、手に持っていたスマートフォンを上着のポケットに入れた。秋元に会うときはだいたい制服を着ているから、お互いに私服で会うのは小学校以来かもしれない。とても新鮮に感じる。
年が明けた1月1日の元旦。私は秋元とおみくじを引きに、近所の神社へと足を運ぶことになった。お互いの家が近いということもあり、待ち合わせ場所は近所の公園にした。
「まずは、あけましておめでとう……かな」
「そうだな。今年もよろしく」
秋元はそう言って笑うと、私の肩にかかっているバッグを見た。
「花?」
「うん、ちょっと寄りたいところがあって。すぐ終わるから」
☆ ★ ☆
近所の神社はとてもこぢんまりとしていて、よくテレビでやっている大行列の初もうでとはかけ離れているくらい人がいない。その隣には霊園……といっても、それも小さな規模なのだが、お墓が集まっている場所がある。
私は目的地に着くと、バッグを下ろして中に入っているお花を取り出した。
「……そっか、お前のお母さん亡くなってるんだったな」
「うん。いつも元旦にはお墓参りに来てるんだ」
私はお花を入れる容器に水をそそぐと、お花が均等になるようにきれいにそろえた。
「お線香あげるから、ちょっと待ってて」
「あー……。オレもあげるよ」
「そう? わかった、じゃあ半分に分けよっか」
火をつけたお線香を半分秋元に渡す。何だか、家族以外の人とお墓参りに来るのは不思議な感じがする。私は母親のお墓の前で手を合わせた。
――ママ、私は元気にやっています。びっくりすると思うけど、彼氏ができました。同級生の秋元ってヤツ。とにかく騒がしくて自由人だけど、ときどき優しくなったりする変な人です。これからも天国から見守っていてください。
「ずいぶんと長々と手を合わせてたな。何を話したんだ?」
「あんたの悪口よ」
「なんだよ、それ。変なこと吹き込むなよ」
秋元は苦笑いすると、同じように手を合わせた。彼もなかなか合掌が終わらない。
「何話したのよ」
「娘さんをオレにくださいって言っておいた」
「バ、バカ! 気が早いわよ!」
「冗談だよ。顔真っ赤だぞ」
あーもう! 一緒に来るんじゃなかった!
「まあ、半分は本気だけど」
「もうからかわないでよ。私がお墓行きになるじゃない……」
私はその場でしゃがみこんで、ほてっている顔を両手で隠した。
☆ ★ ☆
神社へ行くには、急な坂を上らないといけない。坂の上には階段があり、また登らないといけないので、神社に着くまでに息が上がってしまいそうだ。
「おい水野! どっちが先に神社に着くか決闘しようぜ!」
秋元は私に向かって人差し指を突き立てた。
「なに言ってんのよ。それより、病み上がりでしょ? 運動していいの?」
「激しい運動はダメだけど、普通に動く分にはいいだろ」
秋元の普通は普通ではないことはわかっている。この人は絶対走る。私は知っている。
「ダメだって。お医者さんに怒られるわよ」
「なんだよ、じゃあオレ1人で先に行くぞ」
決闘を断られたからか、秋元は少しむすっとしている。
「オレのほうが絶対速――」
そう言って、やっぱり走り出そうとする秋元の手を反射的につかんだ。
「だ、だから、ダメって言ってるじゃん!」
「……!」
冷たい秋元の手がだんだんと温かくなっていくのを感じる。秋元の顔を見ると、彼は私から恥ずかしそうに目をそらした。
―――あの秋元が照れている! なんだか新鮮でかわいい。……と本人に言ったらうるさいだろうから、心の中に秘めておこう。
「離せよ」
「ダメ。絶対走るから、神社に着くまではこの状態」
「……オレは犬か」
本当に犬の散歩みたいだ。
無事に彼が走り出すことなく階段の最後の1段が上り終わると、目の前には古い神社と広い敷地が広がっていた。人はまばらで、手の指で数えられるくらいに少ない。
「こんなところに神社なんてあったんだな」
秋元は物珍しそうに神社を見ている。
「もしかして、お参り初めてなの?」
「ああ。漫画でなら見たことあるけど」
そう言いながら、秋元は目の前にいる親子が参拝する様子をじっと見ている。彼は入院生活が長いから外出すること自体あまりなかったのかもしれない。
私たちの番になると、手に持っていた小銭を賽銭箱に投げ入れた。隣にいる秋元がちらちらと私を見ながら同じ動きをするのが面白くて、笑いそうになるのをこらえる。
「水野は何をお願いしたんだ?」
「私は生徒会メンバーがみんな健康でいられますようにってお願いした」
「よし、ちゃんとオレも入ってるな」
秋元は嬉しそうに笑った。
「秋元は?」
「もう一生入院したくないから本当にまじでお願いしますって」
切実な願いだ。さっきまでの笑顔が一瞬で曇ったので、彼にとって入院生活はよほど嫌なことなんだろう。
☆ ★ ☆
神社の脇に出店のようなテントがあり、その下でおみくじを引いた。私は吉、秋元は中吉だった。
「やったぜ! オレの勝ちだな!」
秋元は中吉の文字を私に見せつけた。
「おみくじに勝ちも負けもないわよ」
「ほほえましいねぇ」
喜ぶ秋元の目の前で、おみくじを販売しているおじさんから声を掛けられた。
「キミ、残念だが、ここは中吉よりも吉のほうが運勢がよいとされているんだよ」
神社によって違うけど、とおじさんは付け加えた。
「なんだと……。おい、水野。オレのと交換しろ!」
「いやいや、自分が引いたものでしょ。交換したら意味ないから」
そんなやり取りを見ていたおじさんが笑ってる。
「キミたち、若いねぇ。カップルかい?」
「あー……。はい、そうです」
秋元が答えた。
カップル……! そうか、私と秋元って、今付き合っているってことはカップルってことになるのよね? そう考えると、急に体温が上がったような感覚になる。
「甘酒飲むかい? 無料で配布しているんだ」
おじさんは大きな鍋に入った甘酒をかきまぜた。お酒の香りが広がる。
「アルコールは入っていないから、キミたちでも飲めるよ。さあ、どうぞ」
私と秋元は紙コップに移された温かい甘酒を受け取った。神社から少し離れた敷地内にベンチがあったので、私たちはそこに座った。少し間が空いているのは、なんとなく恥ずかしかったからだ。
空気は冷たいが、日差しは温かい。静かな敷地内に小鳥のさえずりが聴こえて、心地よい時間が流れる。
……秋元、なんだか嬉しそう。
甘酒を両手で持ちながら遠くを見つめる秋元の目は輝いていた。外の空気や景色が新鮮なんだろう。
「モッチーと美雪も来年は誘ってみようか」
モッチーと美雪は私と秋元の家からも離れているし、ご両親の実家に帰っているのかもしれない。そう考えると、今回は誘えなかったのだ。
「そうだな。来年の今ごろは生徒会も任期が終わってるのか」
「……そうなるね」
生徒会の任期は6月の末で終わってしまう。4人で生徒会室にいられるのもあと半年しかない。
「なに寂しそうな顔してんだよ。同じ学校だから、いつでも会えるじゃねーか」
「まあ、そうなんだけどね」
そう言って、私は笑った。でも、学校生活にも終わりはある。この楽しい学校生活がずっと続けばいいのにと思ってしまう。
私は手に持っている甘酒をすすった。
「もう、一生中学生でもいいかも」
「は? それは困る。オレの病気が一生治らない」
秋元は足元にあった石を力強く蹴った。
「え、そうなの?」
「再発を繰り返すのは子どものうちらしいんだ。大人になれば落ち着くって医者が言ってた。だからオレは早く大人になりたい」
彼は真剣な顔で私に言ったので、少しドキッとした。
……ああ。私、秋元のこと本当に好きなんだな。今みたいな真剣な表情とか、笑ったかと思えば、たまに寂しげな表情もする。表情がコロコロ変わる彼が愛おしいと思える。
「じゃあ、早く大人にならないとね……」
よかった。彼の病気は治るんだ。そう思ったら、安心して目に涙がたまった。秋元に見られないように目をそらすが、彼は私を覗き込むように見てくる。彼は周囲を振り返り、人がいないことを確認すると、私の膝に置いてある右手に自分の手を重ねた。
「……え?」
びっくりして、左手に持っていた甘酒をひっくり返しそうになった。
「オレは死なないから。……悪かったな、その……。心配させて」
「……うん」
秋元のお見舞いに行ったとき、私は自分の母親と重ね合わせてしまった。彼も死んでしまうのではないかと怖かった。ようやく自分の気持ちに素直になって、好きだと気づいた人がいなくなってしまったら……。これ以上は考えたくもない。
「私より先に死ぬなんて、許さないから……」
重なった秋元の手は私よりも大きくて、すべてを包み込んでくれるようだった。
――変なの。私と身長は変わらないはずなのに。やっぱり男の子なんだ。
目にたまっていた涙が自分の膝にこぼれ落ちた。
私はてのひらを返すと、ぎゅっと秋元の手を握り返す。
「……!」
秋元は驚いたように顔を赤くさせた。
「お返し」
神様、どうか彼とこの先もずっと一緒にいられますように――。
「いや。オレも今来たところだから」
私に気づいた秋元は、手に持っていたスマートフォンを上着のポケットに入れた。秋元に会うときはだいたい制服を着ているから、お互いに私服で会うのは小学校以来かもしれない。とても新鮮に感じる。
年が明けた1月1日の元旦。私は秋元とおみくじを引きに、近所の神社へと足を運ぶことになった。お互いの家が近いということもあり、待ち合わせ場所は近所の公園にした。
「まずは、あけましておめでとう……かな」
「そうだな。今年もよろしく」
秋元はそう言って笑うと、私の肩にかかっているバッグを見た。
「花?」
「うん、ちょっと寄りたいところがあって。すぐ終わるから」
☆ ★ ☆
近所の神社はとてもこぢんまりとしていて、よくテレビでやっている大行列の初もうでとはかけ離れているくらい人がいない。その隣には霊園……といっても、それも小さな規模なのだが、お墓が集まっている場所がある。
私は目的地に着くと、バッグを下ろして中に入っているお花を取り出した。
「……そっか、お前のお母さん亡くなってるんだったな」
「うん。いつも元旦にはお墓参りに来てるんだ」
私はお花を入れる容器に水をそそぐと、お花が均等になるようにきれいにそろえた。
「お線香あげるから、ちょっと待ってて」
「あー……。オレもあげるよ」
「そう? わかった、じゃあ半分に分けよっか」
火をつけたお線香を半分秋元に渡す。何だか、家族以外の人とお墓参りに来るのは不思議な感じがする。私は母親のお墓の前で手を合わせた。
――ママ、私は元気にやっています。びっくりすると思うけど、彼氏ができました。同級生の秋元ってヤツ。とにかく騒がしくて自由人だけど、ときどき優しくなったりする変な人です。これからも天国から見守っていてください。
「ずいぶんと長々と手を合わせてたな。何を話したんだ?」
「あんたの悪口よ」
「なんだよ、それ。変なこと吹き込むなよ」
秋元は苦笑いすると、同じように手を合わせた。彼もなかなか合掌が終わらない。
「何話したのよ」
「娘さんをオレにくださいって言っておいた」
「バ、バカ! 気が早いわよ!」
「冗談だよ。顔真っ赤だぞ」
あーもう! 一緒に来るんじゃなかった!
「まあ、半分は本気だけど」
「もうからかわないでよ。私がお墓行きになるじゃない……」
私はその場でしゃがみこんで、ほてっている顔を両手で隠した。
☆ ★ ☆
神社へ行くには、急な坂を上らないといけない。坂の上には階段があり、また登らないといけないので、神社に着くまでに息が上がってしまいそうだ。
「おい水野! どっちが先に神社に着くか決闘しようぜ!」
秋元は私に向かって人差し指を突き立てた。
「なに言ってんのよ。それより、病み上がりでしょ? 運動していいの?」
「激しい運動はダメだけど、普通に動く分にはいいだろ」
秋元の普通は普通ではないことはわかっている。この人は絶対走る。私は知っている。
「ダメだって。お医者さんに怒られるわよ」
「なんだよ、じゃあオレ1人で先に行くぞ」
決闘を断られたからか、秋元は少しむすっとしている。
「オレのほうが絶対速――」
そう言って、やっぱり走り出そうとする秋元の手を反射的につかんだ。
「だ、だから、ダメって言ってるじゃん!」
「……!」
冷たい秋元の手がだんだんと温かくなっていくのを感じる。秋元の顔を見ると、彼は私から恥ずかしそうに目をそらした。
―――あの秋元が照れている! なんだか新鮮でかわいい。……と本人に言ったらうるさいだろうから、心の中に秘めておこう。
「離せよ」
「ダメ。絶対走るから、神社に着くまではこの状態」
「……オレは犬か」
本当に犬の散歩みたいだ。
無事に彼が走り出すことなく階段の最後の1段が上り終わると、目の前には古い神社と広い敷地が広がっていた。人はまばらで、手の指で数えられるくらいに少ない。
「こんなところに神社なんてあったんだな」
秋元は物珍しそうに神社を見ている。
「もしかして、お参り初めてなの?」
「ああ。漫画でなら見たことあるけど」
そう言いながら、秋元は目の前にいる親子が参拝する様子をじっと見ている。彼は入院生活が長いから外出すること自体あまりなかったのかもしれない。
私たちの番になると、手に持っていた小銭を賽銭箱に投げ入れた。隣にいる秋元がちらちらと私を見ながら同じ動きをするのが面白くて、笑いそうになるのをこらえる。
「水野は何をお願いしたんだ?」
「私は生徒会メンバーがみんな健康でいられますようにってお願いした」
「よし、ちゃんとオレも入ってるな」
秋元は嬉しそうに笑った。
「秋元は?」
「もう一生入院したくないから本当にまじでお願いしますって」
切実な願いだ。さっきまでの笑顔が一瞬で曇ったので、彼にとって入院生活はよほど嫌なことなんだろう。
☆ ★ ☆
神社の脇に出店のようなテントがあり、その下でおみくじを引いた。私は吉、秋元は中吉だった。
「やったぜ! オレの勝ちだな!」
秋元は中吉の文字を私に見せつけた。
「おみくじに勝ちも負けもないわよ」
「ほほえましいねぇ」
喜ぶ秋元の目の前で、おみくじを販売しているおじさんから声を掛けられた。
「キミ、残念だが、ここは中吉よりも吉のほうが運勢がよいとされているんだよ」
神社によって違うけど、とおじさんは付け加えた。
「なんだと……。おい、水野。オレのと交換しろ!」
「いやいや、自分が引いたものでしょ。交換したら意味ないから」
そんなやり取りを見ていたおじさんが笑ってる。
「キミたち、若いねぇ。カップルかい?」
「あー……。はい、そうです」
秋元が答えた。
カップル……! そうか、私と秋元って、今付き合っているってことはカップルってことになるのよね? そう考えると、急に体温が上がったような感覚になる。
「甘酒飲むかい? 無料で配布しているんだ」
おじさんは大きな鍋に入った甘酒をかきまぜた。お酒の香りが広がる。
「アルコールは入っていないから、キミたちでも飲めるよ。さあ、どうぞ」
私と秋元は紙コップに移された温かい甘酒を受け取った。神社から少し離れた敷地内にベンチがあったので、私たちはそこに座った。少し間が空いているのは、なんとなく恥ずかしかったからだ。
空気は冷たいが、日差しは温かい。静かな敷地内に小鳥のさえずりが聴こえて、心地よい時間が流れる。
……秋元、なんだか嬉しそう。
甘酒を両手で持ちながら遠くを見つめる秋元の目は輝いていた。外の空気や景色が新鮮なんだろう。
「モッチーと美雪も来年は誘ってみようか」
モッチーと美雪は私と秋元の家からも離れているし、ご両親の実家に帰っているのかもしれない。そう考えると、今回は誘えなかったのだ。
「そうだな。来年の今ごろは生徒会も任期が終わってるのか」
「……そうなるね」
生徒会の任期は6月の末で終わってしまう。4人で生徒会室にいられるのもあと半年しかない。
「なに寂しそうな顔してんだよ。同じ学校だから、いつでも会えるじゃねーか」
「まあ、そうなんだけどね」
そう言って、私は笑った。でも、学校生活にも終わりはある。この楽しい学校生活がずっと続けばいいのにと思ってしまう。
私は手に持っている甘酒をすすった。
「もう、一生中学生でもいいかも」
「は? それは困る。オレの病気が一生治らない」
秋元は足元にあった石を力強く蹴った。
「え、そうなの?」
「再発を繰り返すのは子どものうちらしいんだ。大人になれば落ち着くって医者が言ってた。だからオレは早く大人になりたい」
彼は真剣な顔で私に言ったので、少しドキッとした。
……ああ。私、秋元のこと本当に好きなんだな。今みたいな真剣な表情とか、笑ったかと思えば、たまに寂しげな表情もする。表情がコロコロ変わる彼が愛おしいと思える。
「じゃあ、早く大人にならないとね……」
よかった。彼の病気は治るんだ。そう思ったら、安心して目に涙がたまった。秋元に見られないように目をそらすが、彼は私を覗き込むように見てくる。彼は周囲を振り返り、人がいないことを確認すると、私の膝に置いてある右手に自分の手を重ねた。
「……え?」
びっくりして、左手に持っていた甘酒をひっくり返しそうになった。
「オレは死なないから。……悪かったな、その……。心配させて」
「……うん」
秋元のお見舞いに行ったとき、私は自分の母親と重ね合わせてしまった。彼も死んでしまうのではないかと怖かった。ようやく自分の気持ちに素直になって、好きだと気づいた人がいなくなってしまったら……。これ以上は考えたくもない。
「私より先に死ぬなんて、許さないから……」
重なった秋元の手は私よりも大きくて、すべてを包み込んでくれるようだった。
――変なの。私と身長は変わらないはずなのに。やっぱり男の子なんだ。
目にたまっていた涙が自分の膝にこぼれ落ちた。
私はてのひらを返すと、ぎゅっと秋元の手を握り返す。
「……!」
秋元は驚いたように顔を赤くさせた。
「お返し」
神様、どうか彼とこの先もずっと一緒にいられますように――。