第6回戦 クリーンアップ大作戦
「……なーんかぁ、空気悪くない?」
生徒会室に入ってきた美雪は、私と秋元の様子を見て何かを察したようだった。読書をしていたモッチーが本を閉じて、美雪に声を掛ける。
「水野さんに身長越された秋元が拗ねてるだけだよ」
「おぉー、なるほど。それで、夕夏は何センチになったの?」
美雪は閉まっていた窓を全開にしながら私に聞いた。
「155センチよ」
「それで、会長はぁ?」
「……聞くな」
秋元はそっけなく答えると、私たちに背を向けた。
秋元の前で身長の話がタブーなのはわかってはいたが、彼が私をからかうから身長ネタを持ち出したのだ。つい最近、家で身長を計ったら1センチだけ伸びていたことを秋元に言った。案の定、それを聞いた秋元は見るからに不機嫌になり、今に至っている。
「拓海、水野さんに謝りなよ。さすがに“怪力女”は失礼だよ」
「ぶぶっ……」
美雪はモッチーの言葉に吹き出したが、すぐに何事もなかったかのように平静に戻った。
「だって、普通の女はあんな重いもの1人で運んだりしねーだろ」
そう言って秋元は私たちに背を向けたまま、生徒会室の隅に置かれた段ボールを指さした。段ボールの中には、次の生徒総会で使用するアンケート用紙などの大量の資料が入っている。
「わぁ、確かに重いねぇ。これ、夕夏が一人で運んだの?」
美雪が試しに段ボールを持ち上げてみた。
「うん。別に、手伝ってもらうほどの重さじゃなかったし」
「ほらな、怪力女じゃねーか」
「……失礼ね。私の身長が伸びたからかもね」
「こら、やめなって2人とも」
モッチーが仲裁に入ってくれたが、これではまた振り出しに戻るといった感じだ。秋元の機嫌はますます悪くなっている。
「夕夏ぁ、ちょっと耳貸して」
美雪にそう言われて耳元を彼女に近づける。
「……あー。わかった」
私は美雪の言われた通りの言葉を秋元にかけた。
「秋元、私が悪かったわ。次からは秋元に手伝ってもらうようにするから」
美雪いわく、秋元は自分を頼ってほしかったのではないか? とのことだ。本当にこんなことで彼の機嫌が直るわけ――。
「ま、まあ、水野がそう言うなら仕方ないな! よし、今日の議題会を始めるぞ!」
そう言って、さっきまでの不機嫌が嘘のように吹き飛び、彼は一目散に廊下に設置されている議題箱へ走っていった。
「会長、ちょろいなぁ」
「……本当ね」
☆ ★ ☆
気を取り直して、秋元は議題箱から1枚の紙を取り出した。
【不良をどうにかしてください】
「これは志木折中の平和に関わる大事件だ! 今すぐ取り締まりに行くぞ!」
「だから、生徒会はいつから風紀委員になったのよ」
秋元は1人で盛り上がっているが、不良の取り締まりは生徒会の仕事ではない。
「まず、志木折中に不良なんているの? 僕は聞いたことないけど」
「あー。もしかして、あいつらかもぉ」
モッチーの疑問に対して、美雪が人差し指を立てた。
「わたしのクラスの鮫島と平岡って人。髪が金髪でいかにも、って感じなんだよねぇ」
「金髪か。そんなヤツ校内にいたか?」
興味を示した秋元が美雪に聞いた。
「普段授業に出ないで、学校内にアジトみたいなのを作ってるって噂だよぉ」
あくまでも噂だけどね、と美雪は付け加えた。私も名前は聞いたことがあったが、1年の頃から全く姿を見ない。
「アジトか、いいな! 漫画に出てくるような、かっこいいのをオレたちも作ろうぜ!」
「よくないわよ! あんたも不良になってどうするのよ!」
「そもそも、僕らが関わることじゃないよね」
モッチーは冷静にそう言った。私も彼の意見に一票だ。
「わたしも、怖い人たちとは関わりたくないよぉ~」
「何だよ、みんな乗り気じゃねーな。不良と話せる機会なんて今後一生ないかもしれないんだぞ」
乗り気なのはあなただけです。それに、できれば関わりたくないと思っている人が大半なのではないだろうか。
すると突然、生徒会室にノックの音が響いた。
「どうぞ」
秋元はドアの向こうにいる人に声を掛けると、練習着を着た硬式テニス部の女子生徒たちが2人入室してきた。1人は私のクラスメイトだ。
「秋元くん、その……。聞き耳を立てていたわけじゃないんだけど、不良の話してたよね? それ、書いたの私たちなんだ」
なぜこんな偶然テニス部がいるのかと思ったが、今日は雨なので校内でランニングをしていたとクラスメイトの京子から事情を聞き納得した。私は2人分の椅子を用意すると、彼女たちに座ってもらった。
「詳しく聞こうか」
秋元は取り調べをする刑事のようなまなざしで、テニス部の2人にたずねた。京子は緊張した面持ちで、秋元に語りかけた。
「最近のことなんだけど、テニスコートの近くに不良が隠れ家みたいな不気味な小屋を作ったのは知ってる?」
美雪がさっき言っていたアジトのことだ。
「それで1週間くらい前かな、テニスボールがその小屋に当たって、中から不良の2人組が怒って出てきたって言うの」
もう1人の生徒が横から話に加わる。
「ボール拾いをしてた後輩が泣いて帰ってきたから、どうしたのかと思って聞いてみたら、そういうことだったみたい」
「ひどい話だねぇ! 後輩ちゃんは何も悪くないじゃん」
美雪はかなり立腹した様子で続けた。
「第一、悪いのは変な小屋を勝手に作った不良たちだよぉ。先生にそのこと報告した?」
「うん、したんだけど……。先生も手に負えないみたいで、結局様子を見るってことになったの」
京子は残念そうに言った。
「不良の名前と学年はわかるか?」
「2年1組の鮫島と平岡って人だよ。金髪の」
秋元は京子の回答を聞くと、手元にある紙に素早くメモを取った。さっき美雪から聞いている情報でわかっているはずだけど。取り調べ風にかっこよくメモを取りたかっただけだろう。
「テニス部からしたら、いつ小屋にボールが当たるかって気になって練習どころじゃないだろうね」
「モッチーの言う通りね。このままじゃ、テニス部が可哀想。なんとか先生たちで対処してもらえないかしら」
私がそう言った横で、秋元は不自然なくらいに頷いている。
「……なるほど。話は聞かせてもらったぜ。それなら――」
秋元は席を立ち、仁王立ちになると廊下にも響き渡るような大声で彼は言った。
「オレたち生徒会が、不良どもに直接交渉してこようじゃないか!」
☆ ★ ☆
「ちょっと! 議題会の討論をすっ飛ばして、勝手に決めないでよ!」
私はテニス部の2人に聞こえないよう、小声で前を歩く秋元に声を掛けた。
「テニス部が困ってるんだろ?先生に相談するより、直接オレたちがヤツらに言った方が早いじゃねーか」
話を聞いた直後に私たちは小雨が降る中、テニスコートを訪れることになった。テニス部の2人も一緒に行くと言ってくれたので心強いが、正直秋元以外の生徒会役員は誰一人として乗り気ではない。しかし、彼らのアジトとなっている不気味な小屋には少し興味があった。
「あそこ。見える? 青いブルーシートが被さっているところ」
京子が指さした先には、悪のアジトのような雰囲気が漂う気味の悪い小屋があった。前に体育でテニスの授業をしたときにはなかったので、さっき言っていたように最近建てられたものだろう。
「……震度3の地震で全壊しそうね」
斜めになった屋根を見るからに、簡易組み立てで出来た小屋というのは遠目から見てもわかった。ブルーシートがなければ、今ごろ室内も水浸しだろう。
「よし、乗り込むぞ!」
「拓海1人で行ってきなよ」
テンションが高まる秋元に、モッチーがストップをかけた。
「全員で行く必要はないでしょ」
「何だよ、春樹。ビビってんのか?」
「逆に不良相手に物怖じしない拓海が凄いよ」
「中に2人いるとわかれば、人数が多い方が有利だろ。まあ、交渉はオレがするとして、お前らは後ろで待ってればいいから」
そんな会話をしている間に小屋の前までたどり着いた。しかし、放課後なので中に人がいるとは限らない。私たちは秋元から距離を取って、その様子を見守ることになった。
「おーい、話があるんだけど」
ガン、と強い音が響いた。秋元が小屋のドアとなる部分を蹴ったのだ。なんて豪快な挨拶だろう。
「バカ! 挑発してどうすんのよ! 中に人がいたら――」
すると、小屋の中から1人が出てきた。私たちはその不良を見るなり、後ずさりした。
「……あれが鮫島だよぉ」
美雪が小声で私に耳打ちした。並んだ秋元との対格差はまるで親子だ。本当に中学生なのだろうかと疑問に思うくらいがっちりとした体格をしている。制服ではなく、黒のTシャツと迷彩柄の半ズボンをはいている。もし秋元が殴られでもすれば、怪我は免れないだろう。
私は秋元を引き戻しに、勇気を出して一歩をふみ出した。
生徒会室に入ってきた美雪は、私と秋元の様子を見て何かを察したようだった。読書をしていたモッチーが本を閉じて、美雪に声を掛ける。
「水野さんに身長越された秋元が拗ねてるだけだよ」
「おぉー、なるほど。それで、夕夏は何センチになったの?」
美雪は閉まっていた窓を全開にしながら私に聞いた。
「155センチよ」
「それで、会長はぁ?」
「……聞くな」
秋元はそっけなく答えると、私たちに背を向けた。
秋元の前で身長の話がタブーなのはわかってはいたが、彼が私をからかうから身長ネタを持ち出したのだ。つい最近、家で身長を計ったら1センチだけ伸びていたことを秋元に言った。案の定、それを聞いた秋元は見るからに不機嫌になり、今に至っている。
「拓海、水野さんに謝りなよ。さすがに“怪力女”は失礼だよ」
「ぶぶっ……」
美雪はモッチーの言葉に吹き出したが、すぐに何事もなかったかのように平静に戻った。
「だって、普通の女はあんな重いもの1人で運んだりしねーだろ」
そう言って秋元は私たちに背を向けたまま、生徒会室の隅に置かれた段ボールを指さした。段ボールの中には、次の生徒総会で使用するアンケート用紙などの大量の資料が入っている。
「わぁ、確かに重いねぇ。これ、夕夏が一人で運んだの?」
美雪が試しに段ボールを持ち上げてみた。
「うん。別に、手伝ってもらうほどの重さじゃなかったし」
「ほらな、怪力女じゃねーか」
「……失礼ね。私の身長が伸びたからかもね」
「こら、やめなって2人とも」
モッチーが仲裁に入ってくれたが、これではまた振り出しに戻るといった感じだ。秋元の機嫌はますます悪くなっている。
「夕夏ぁ、ちょっと耳貸して」
美雪にそう言われて耳元を彼女に近づける。
「……あー。わかった」
私は美雪の言われた通りの言葉を秋元にかけた。
「秋元、私が悪かったわ。次からは秋元に手伝ってもらうようにするから」
美雪いわく、秋元は自分を頼ってほしかったのではないか? とのことだ。本当にこんなことで彼の機嫌が直るわけ――。
「ま、まあ、水野がそう言うなら仕方ないな! よし、今日の議題会を始めるぞ!」
そう言って、さっきまでの不機嫌が嘘のように吹き飛び、彼は一目散に廊下に設置されている議題箱へ走っていった。
「会長、ちょろいなぁ」
「……本当ね」
☆ ★ ☆
気を取り直して、秋元は議題箱から1枚の紙を取り出した。
【不良をどうにかしてください】
「これは志木折中の平和に関わる大事件だ! 今すぐ取り締まりに行くぞ!」
「だから、生徒会はいつから風紀委員になったのよ」
秋元は1人で盛り上がっているが、不良の取り締まりは生徒会の仕事ではない。
「まず、志木折中に不良なんているの? 僕は聞いたことないけど」
「あー。もしかして、あいつらかもぉ」
モッチーの疑問に対して、美雪が人差し指を立てた。
「わたしのクラスの鮫島と平岡って人。髪が金髪でいかにも、って感じなんだよねぇ」
「金髪か。そんなヤツ校内にいたか?」
興味を示した秋元が美雪に聞いた。
「普段授業に出ないで、学校内にアジトみたいなのを作ってるって噂だよぉ」
あくまでも噂だけどね、と美雪は付け加えた。私も名前は聞いたことがあったが、1年の頃から全く姿を見ない。
「アジトか、いいな! 漫画に出てくるような、かっこいいのをオレたちも作ろうぜ!」
「よくないわよ! あんたも不良になってどうするのよ!」
「そもそも、僕らが関わることじゃないよね」
モッチーは冷静にそう言った。私も彼の意見に一票だ。
「わたしも、怖い人たちとは関わりたくないよぉ~」
「何だよ、みんな乗り気じゃねーな。不良と話せる機会なんて今後一生ないかもしれないんだぞ」
乗り気なのはあなただけです。それに、できれば関わりたくないと思っている人が大半なのではないだろうか。
すると突然、生徒会室にノックの音が響いた。
「どうぞ」
秋元はドアの向こうにいる人に声を掛けると、練習着を着た硬式テニス部の女子生徒たちが2人入室してきた。1人は私のクラスメイトだ。
「秋元くん、その……。聞き耳を立てていたわけじゃないんだけど、不良の話してたよね? それ、書いたの私たちなんだ」
なぜこんな偶然テニス部がいるのかと思ったが、今日は雨なので校内でランニングをしていたとクラスメイトの京子から事情を聞き納得した。私は2人分の椅子を用意すると、彼女たちに座ってもらった。
「詳しく聞こうか」
秋元は取り調べをする刑事のようなまなざしで、テニス部の2人にたずねた。京子は緊張した面持ちで、秋元に語りかけた。
「最近のことなんだけど、テニスコートの近くに不良が隠れ家みたいな不気味な小屋を作ったのは知ってる?」
美雪がさっき言っていたアジトのことだ。
「それで1週間くらい前かな、テニスボールがその小屋に当たって、中から不良の2人組が怒って出てきたって言うの」
もう1人の生徒が横から話に加わる。
「ボール拾いをしてた後輩が泣いて帰ってきたから、どうしたのかと思って聞いてみたら、そういうことだったみたい」
「ひどい話だねぇ! 後輩ちゃんは何も悪くないじゃん」
美雪はかなり立腹した様子で続けた。
「第一、悪いのは変な小屋を勝手に作った不良たちだよぉ。先生にそのこと報告した?」
「うん、したんだけど……。先生も手に負えないみたいで、結局様子を見るってことになったの」
京子は残念そうに言った。
「不良の名前と学年はわかるか?」
「2年1組の鮫島と平岡って人だよ。金髪の」
秋元は京子の回答を聞くと、手元にある紙に素早くメモを取った。さっき美雪から聞いている情報でわかっているはずだけど。取り調べ風にかっこよくメモを取りたかっただけだろう。
「テニス部からしたら、いつ小屋にボールが当たるかって気になって練習どころじゃないだろうね」
「モッチーの言う通りね。このままじゃ、テニス部が可哀想。なんとか先生たちで対処してもらえないかしら」
私がそう言った横で、秋元は不自然なくらいに頷いている。
「……なるほど。話は聞かせてもらったぜ。それなら――」
秋元は席を立ち、仁王立ちになると廊下にも響き渡るような大声で彼は言った。
「オレたち生徒会が、不良どもに直接交渉してこようじゃないか!」
☆ ★ ☆
「ちょっと! 議題会の討論をすっ飛ばして、勝手に決めないでよ!」
私はテニス部の2人に聞こえないよう、小声で前を歩く秋元に声を掛けた。
「テニス部が困ってるんだろ?先生に相談するより、直接オレたちがヤツらに言った方が早いじゃねーか」
話を聞いた直後に私たちは小雨が降る中、テニスコートを訪れることになった。テニス部の2人も一緒に行くと言ってくれたので心強いが、正直秋元以外の生徒会役員は誰一人として乗り気ではない。しかし、彼らのアジトとなっている不気味な小屋には少し興味があった。
「あそこ。見える? 青いブルーシートが被さっているところ」
京子が指さした先には、悪のアジトのような雰囲気が漂う気味の悪い小屋があった。前に体育でテニスの授業をしたときにはなかったので、さっき言っていたように最近建てられたものだろう。
「……震度3の地震で全壊しそうね」
斜めになった屋根を見るからに、簡易組み立てで出来た小屋というのは遠目から見てもわかった。ブルーシートがなければ、今ごろ室内も水浸しだろう。
「よし、乗り込むぞ!」
「拓海1人で行ってきなよ」
テンションが高まる秋元に、モッチーがストップをかけた。
「全員で行く必要はないでしょ」
「何だよ、春樹。ビビってんのか?」
「逆に不良相手に物怖じしない拓海が凄いよ」
「中に2人いるとわかれば、人数が多い方が有利だろ。まあ、交渉はオレがするとして、お前らは後ろで待ってればいいから」
そんな会話をしている間に小屋の前までたどり着いた。しかし、放課後なので中に人がいるとは限らない。私たちは秋元から距離を取って、その様子を見守ることになった。
「おーい、話があるんだけど」
ガン、と強い音が響いた。秋元が小屋のドアとなる部分を蹴ったのだ。なんて豪快な挨拶だろう。
「バカ! 挑発してどうすんのよ! 中に人がいたら――」
すると、小屋の中から1人が出てきた。私たちはその不良を見るなり、後ずさりした。
「……あれが鮫島だよぉ」
美雪が小声で私に耳打ちした。並んだ秋元との対格差はまるで親子だ。本当に中学生なのだろうかと疑問に思うくらいがっちりとした体格をしている。制服ではなく、黒のTシャツと迷彩柄の半ズボンをはいている。もし秋元が殴られでもすれば、怪我は免れないだろう。
私は秋元を引き戻しに、勇気を出して一歩をふみ出した。