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第5回戦 体育祭は終わらない

「まったく、先生までもこき使って……」

 グラウンドいっぱいにドッジボールのラインを引くのは志木折中の先生たちだ。何もなかった地面に、先生数人がかりでようやくコートが完成した。

「これ、コートが広すぎて内野から外野にボールが届かないんじゃない?」
「その時はその時だ」

 隣にいる秋元が腕を組んで自信たっぷりに発言しているが、明らかに計画した本人もこんな広さになることをわかっていなかったのだろう。

「よし、始めるぞ!」

 秋元は得点係の美雪が座る机に向かって走り出した。机に置いてあるマイクを手に取る。

「最終確認だ。制限時間は10分間。その間に相手チームの内野を当てられるだけ当てろ! ただし、緑のビブスを着た2人が当たった段階で強制的に試合終了だ」

 それもそうか。私かモッチーのどちらかが当たれば、勝敗が決まったも同然だ。何としても逃げきらなければいけない。

「あと、外野にいる奴は相手チームの内野を当てたら、必ず自分たちの内野に戻れ。いいか、必ずだぞ。内野に入りたくないからといって、ずっと外野にいるのは禁止だ」

 意外とよく先を見越して考えられている。内野がすっからかんになれば、これだけ広いコートで当たりにくくなるのは目に見えている。

「質問は……ないな! 柊、あとは任せた!」
「はいはーい! みなさん、ジャンプボールですよぉ~」

 ボールを抱えながら美雪はコートに足を踏み入れると、首から下げている笛を鳴らした。彼女が手に持っているボールは、よく見るとバレーボールだ。重みもあるので、男子が投げれば凄いスピードになるだろう。当たったら痛そうだ。

「水野、行け!」
「何でジャンプボールが私なのよ! ほかに背が高い人なんて、たくさんいるじゃない!」
「相手は春樹だ」
「余計無理よ!」

 モッチーが白組の男子たちに押し出されてジャンプボールの位置まで移動している。彼は学校内でも身長が高い方なので、ジャンプボールには適しているかもしれない。当の本人は嫌そうだが。結局、緑のビブス同士の対決という雰囲気になってしまい、私がジャンプボールをすることになった。

「おっとぉ、1000点同士の対決となりましたっ! ジャンプボールは赤組は水野夕夏、白組は…モッチーです! 本名は忘れましたぁ」

 なぜかさっきまでやる気のなかった美雪が、楽しそうにマイク片手をに実況している。秋元は美雪の機嫌を取るために、実況していいとそそのかしたのだろうか。本名を忘れられたモッチーは苦笑いしている。

「まさか、水野さんとジャンプボールをする日が来るなんてね」
「本当ね。もう一生ないんじゃないかしら」

 目の前に立つモッチーは予想以上に背が高く、私と頭1つ分くらいは違うのではないかと思った。

「モッチーって、こんなに身長高かったんだね」
「え、そう?」
「おい、そこ! いい雰囲気になってないで、さっさとボール寄越せ!」

 秋元が地団駄を踏んで怒っている。会話は強制的にそこで終了となった。
 美雪がボールを真上に上げた。モッチーのことだから、私に気を遣ってボールを譲ってくれるかもしれない。あえてジャンプをしないとか、逆にしゃがんでくれたりとか――。

 しかし指先すらもかすらず、ボールが私の真後ろにトンと落ちる音がした。彼は普通にジャンプしたのだ。

「ごめん、水野さん!」

 そう言い残して、モッチーは猛スピードで逃げるように白組の内野の奥の方へと姿を消した。

「……ですよね」

 彼も白組の勝利がかかっているから、わかってはいたけれど何だか無念な気持ちだ。

「おい、水野! 何ぼーっとしてんだよ!」

 急に秋元に強く腕を掴まれて正気に戻った。

「ちょっと! 痛いんだけど!」
「そんなところにいると当たるぞ! こっち来い!」

 秋元に腕を掴まれたまま、コートの中心付近まで走った。コートの中心から後ろにかけて、かなり生徒が密集している。

「バカ! お前が当たったら負けなんだから、その辺チョロチョロうろつくな!」
「そっちが勝手に1000点って決めたんでしょ!」
「あーそうだよ! だから、オレの後ろから離れるなよ!」
「なっ……!」

 そう言って秋元は背を向けて私の前に回った。秋元の背中は、モッチーよりも背が低いはずなのに、どこか大きく、頼もしくも感じた。急に体温が上がったような感覚になる。

「何か文句でもあるのかよ」

 振り向いた秋元が不機嫌そうに聞いた。

「いや、別に……」

 顔を見られたくない私は、少し俯きがちに答えた。
 秋元が守っているのは、当たれば白組の勝利が確定となる『1000点』だ。決して『私』ではない。勘違いするな、私。彼はただの友達なのだから。

 ――だって普通なら、友達にときめいたりしないじゃない。


☆  ★  ☆


「さあさあ、試合開始から5分が経ちましたよぉー。白組が依然としてリードしている感じですかねぇ」

 美雪がマイクを通して途中経過を報告した。

「ちっ。春樹の奴、全然出てこないじゃねーか」
「当り前よ。自分のせいで白組が負けると思えば隠れるでしょ」

 当てた人数は白組の方が多い。元の点数でも白組がリードしていたので、ここから巻き返せるかといえば、少し難しいのではないかと感じる。

「仕方ない、アレを使うか。おい、柊! タイムだ。いったんストップウォッチを止めろ」

 秋元が美雪に声を掛け、いったん試合は中断となった。またろくでもないことを企んでいるのだろうか。秋元は美雪からマイクを借りると、全校生徒に向けて言い放った。

「よし、ここでボールを追加するぞ!」
「えぇ!?」

 秋元の隣で立っていた美雪が驚いている。彼女もこのことを聞かされていなかったみたいだ。コート内の女子生徒から悲鳴が聞こえる。

「2つ増やすから、今までのと合わせて3つだ! 決闘はまだまだこれからだぞ!」
「会長ぉ、無理でーす。3つのボールを目で追えたら人間卒業レベルだよぉ」
「そこは任せろ」

 秋元がついに得点の手伝いをするのかと思いきや、まったく別の人が出てきた。

「3年4組の晃先輩と舟木先輩はオレのところまで来てくれ」

 そう慣れ慣れしく秋元が呼んだ先輩には見覚えがあった。前年度の生徒会の会長と副会長だ。

「よお、アッキー。また面白そうなことやってくれてるじゃねーか」

 晃先輩と呼ばれた元生徒会長の斉藤先輩は、秋元に近づくと彼の背中をバシッと勢いよく叩いた。強面こわもてな外見と、優しそうな声のギャップが何とも不思議な感じなのは、当時の生徒会長時代から変わっていない。

「まあ、秋元くんの頼みならしょうがないわね」

 黒髪のポニーテールが美しい副会長の舟木先輩も、秋元に対して完全に親目線だ。それにしても、彼は前年度の役員となぜこんなに仲がいいのだろうか。彼の人脈はまだ謎な部分が多い。

「というわけだ、柊! あとは任せたぞ」
「は、はいぃ……」
 美雪は元会長と元副会長に不自然なほどカクカクしたお辞儀をした。いきなり上級生2人が一緒に得点係をすることになれば、緊張もするだろう。

「よし、じゃあ再開だ!」

 美雪の笛の合図とともに、歓声と悲鳴が入り混じるカオスなドッジボール決闘が再び幕を開けた。


☆  ★  ☆


「はいはーい! みなさん、終了ですよぉ。ボールは得点係まで戻しに来てくださいねぇ」

 美雪が笛を吹き、ようやくドッジボールは終了した。

「はあ、もう疲れた……」
「お前、何もしてねーだろ」
「あんたが動き回るのをついていくの、大変だったんだからね!」

 秋元は「後ろにいろ」とか言っておきながら彼自身が広範囲に動くので、私がついていくのに必死だったのだ。でも、当たらなかったのは不幸中の幸いだった。相手チームの内野を見ると、最後の5分間でかなり減ったのではないだろうか。モッチーも無事、内野に残ることができたみたいだ。

「今集計中ですのでお待ちくださいねぇ」

 美雪は斉藤先輩と舟木先輩と協力して点数を出している。

「これは……!」

 得点係の3人は驚きを隠せないようだった。何か小声でやり取りをしているが、遠くにいる私は内容までは聞き取ることはできない。

「な、なんということでしょう。赤組が1210点。白組も1210点で同点だよぉ……」

 やがて美雪がそう発言すると、グラウンドにいる生徒たちはざわついた。美雪は秋元に視線で訴えている。まさかこんなことになるとは思っていなかったので、次の対応をどうすればいいか迷っているようだ。

「すげーな! 同点かよ!」

 秋元は美雪の元へ走っていき、マイクを受け取った。

「生徒諸君、決闘お疲れ。いい試合だった! よってこれから――」

 秋元が考えそうなことを予想してみよう。
 まず1つ目は、サドンデス対決に持ち込む。つまり試合を続行して、誰か1人でも当たったらそこで試合終了。当てた方のチームが優勝となる。2つ目はじゃんけん対決だ。代表者1名同士がじゃんけんをし、勝った方が優勝という単純なやり方。

 しかし、秋元の発した言葉は、私の予想をはるかに上回った。

「よってこれから、閉会式を始める!」
「……え?」

 誰もが予想していなかった展開になった。秋元は嬉しそうに話を続ける。

「今回の優勝は、赤組と白組の両方だ!」

 生徒たちから大きな歓声が上がった。私は驚きながらも、周りの拍手に合わせて手を叩いた。予想は裏切られたが、赤組の生徒が喜んでいる姿を見ると私も嬉しくなった。

 閉会式で登壇した赤組と白組の応援団長は、固く握手を交わしお互いの健闘を称えあった。優勝トロフィーには、志木折中創立以来初となる『赤組・白組優勝』という文字が刻まれることになった。

「なあ、水野。逆に今まで同点がなかったのが面白いくらいじゃねーか?」
「……まあ、考えてみればね」
「じゃあ、オレが志木折中の歴史を変えたことになるな!」

 そう言った秋元の顔は、どこか満足そうだった。
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