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第1回戦 膝下5センチの壁

 市立志木折中学校。
 全校生徒数は300人程度のごく普通の公立中学校だ。

 学校の大きさに比べて生徒数が少ないのは、少子化によって入学する生徒数が減ったためと言われている。だから空き教室も多い。実際、今年入学した1年生はクラス数が私たちの学年よりも1つ減っている。

 そんな学校で、今日も騒がしくしている一室がある。
 それが生徒会室だ。

「なんだよ、水野。そんな険しい顔して」

 主に生徒会室を騒がしくしている元凶は目の前にいる彼なのだが……。

 生徒会長・秋元拓海。
 彼は性格でいうと、自由すぎるくらいの自由奔放。自分の思い通りの学校生活にするために、手段は問わない。決して悪いヤツではないけれど、とても手に負えないというのが正直な感想だ。こんな人が生徒会長でよく許されるなあ、と生徒を代表して言いたい。

「はあーこの部屋暑いねえ。会長、扇風機の風が来ないんだけどぉ」

 そう言いながら、スカートをパタパタとさせるのは会計の柊美雪。
 美雪は2年生の始業式と同時に転校してきた。クリクリとした目に、色白の肌。まるでアイドルのような容姿から美少女の転校生と呼ばれて入学当初には2年生だけでなく、他の学年もこぞって美雪のクラスを覗きに来たという逸話がある。その中にはもちろん秋元もいたとか。

「ちょっと、美雪! 男子いるんだからやめなさいよ」

 私は美雪に言う。

「えー。だって、会長とモッチーしかいないしぃ」
「オレらは男として見られていないらしいな、春樹」

 秋元が副会長の望月春樹の肩をポンと叩く。望月くんは生徒会ではモッチーというあだ名で呼ばれている。彼もそれでいいと言うから、私もそう呼ばせてもらっている。

「悪いけど、今テスト勉強で忙しいから」
「ちぇー。つまんねぇの」

 モッチーのそっけない態度に秋元は頬を膨らませた。
 モッチーは入学当初から学年1位をキープし続けている。即決・即行動の秋元とは反対にちゃんと理論的に考えて答えを出し、生徒会長の補佐というか……どちらが生徒会長かわからないくらいにしっかりしている。(むしろモッチーの方が秋元よりも断然生徒会長向きだと思っている)

「おい、柊。志木折中のアイドルがそんなことしてたら男が離れていくぞ」
「もぉー。その呼び方やめてって100回くらい言ってるんだけど」

 志木折中の生徒会には二つ名というよくわからない設定がある。
 美雪は『志木折中のアイドル』という二つ名が。望月くんことモッチーは『学年一位の秀才』。会長の秋元は『世界が認める生徒会長』という(ふざけた)二つ名がついている。よく分からないが、運動神経抜群という裏設定もあるらしい。まあ、確かに運動できるのは事実だけれど。

「でも、それがいい」

 秋元が、ちらっと私の顔を見る。

「……何が言いたいのよ」
「いや、お前みたいな一般人が同じことやったところで全然萌えないなと思って」

 そう、私の生徒会での二つ名は『一般人』だ。学力も、運動も平均的。容姿に至ってもパッとしない地味顔。秀才のモッチーや美人の美雪と比較すると、突き抜けたものが何もない。

 それにしても失礼な発言だ。秋元は私に対して時々……いや、頻繁に煽ってくる。口論が絶えないのも、先に秋元の発言が原因になることがほとんどだ。

「一般人で悪かったわね。……それより、早く身長伸びるといいわね」

 私は嫌味たっぷりで言い返す。秋元は自身の身長が低いことを気にしていて、身長をネタにすると必ずといっていいほど突っかかってくるのはわかりきっているのだ。

「身長は関係ないだろ!」
「やめなって」

 秋元が私を叩こうとしたところで、モッチーが秋元の腕をつかんだ。

「暴力は良くない」

 モッチーの言葉に「ちっ」と秋元は舌打ちをして腕を下げた。

「なんか、空気悪いので窓開けますねー。ほら、換気換気~」

 美雪が小走りで窓を開けに行く。

「期末テストも近いんだから、さっさと議題終わらせて帰ろうよ」
「……わーったよ」

 そう言って秋元は生徒会室の扉を開け出ていった。
 しかし、出ていったそばから戻ってきた。

「おい、意見箱がないぞ」
「ここにあるよぉー」

 美雪が両手で掲げているものこそが『意見箱』だ。


 生徒会室の外に設置されている志木折中の生徒が学校に対して改善してほしいことなどを書いて投函できるようになっているボックスで、生徒会役員で話し合いの際に参考にすることが多い。その話し合いの場を生徒会では『議題会』と呼んでいる。

「持ってきてるなら言えよ」
「ごめんごめん。でも、面白いのあったよぉ」

 美雪は意見箱から一枚の手紙を出して広げた。


【女子の制服のスカート丈を短くしてほしいです】


「ほーほーなるほどぉ。暑いもんねぇーこの時期。ねぇ?」

 そしてまた美雪はスカートをパタパタとさせた。

「その手紙、先に見てたでしょ。柊さん」

 モッチーの鋭い指摘に美雪は「そんなことないしぃ~」と目をそらした。

「しょうがないじゃない。スカート丈は校則で決まっているん――」
「いい議題だ」
「ちょっと! 人が話してる途中に――」
「今日の議題はこれだ!」

 秋元は人の話を最後まで聞かない。


☆  ★  ☆


「水野、書け」

 私は渋々席を立ち、ホワイトボードの前に移動した。書記は今日の議題や生徒会役員から出た意見をホワイトボードに書く。最終的に意見をまとめるのは生徒会長の秋元だ。

 議題:女子生徒のスカート丈の長さを短くしてほしい

 私は黒いホワイトボードマーカーで文字を書いた。

「おい、もっと丁寧に書けよ」
「うるさいわね、十分丁寧よ。字が汚くて悪かったわね」
「字が汚いとモテないぞ」

 本当、秋元は一言多い。私は冷たい視線を秋元に送るが、当の本人は気にしていないようである。

「じゃあ議題会開始だ。まずは、この議題に対しての賛成と反対の札を挙げろ」

 議題会謎ルールその1。
 初めに賛成と反対の札を挙げる。生徒会役員の手元には『賛成』と『反対』と書かれた持ち手のついた2枚の札がある。見た目はどこからどう見ても正月で使う羽子板だ。その上に紙にマジックで書かれた『賛成』と『反対』の文字がセロハンテープで貼られている。秋元が生徒会室にあったもので勝手に作ったらしいが、もはや普通に話し合えばいいだけなので不要に思う。

 私は着席をして秋元の「せーの」の声で全員が一斉に札を挙げた。

「おぉー意見が割れたねぇ」

 美雪が驚いた声を上げた。賛成を挙げたのは秋元と美雪、反対は私とモッチーだ。つまり、意見が半分に分かれたことになる。

「えっ、夕夏は反対なの? なんでなんで」

 夕夏は私の名前だ。

「なんでって、それは――」
「そこ、発言するときはベルを鳴らせ」

 議題会謎ルールその2。
 発言をするときは手元にあるベルを鳴らす。指でちょこんと触れると「チン」と音が鳴る、飲食店のお会計で置いてあるようなベルだ。意見のバッティングを防ぐためだそうだが、これも不要に思う。

 私は軽くベルを鳴らした。

「というか、逆になんで短くする必要があるのよ」
「そりゃあ……」

 美雪が思い出したように手元のベルを鳴らす。

「女子は膝上のスカート丈が憧れだからでしょお」

 あと暑いしね、と一言加えた。
 秋元が力強くベルを鳴らす。

「柊に一票!」
「はあ? あんた男でしょ」
「膝上のスカートは男にとってもロマンだからな!」
「熱く語ってるところ悪いけど、足を机に乗せながら喋る癖やめなさいよ」

 不貞腐れた秋元は静かに足を机から降ろした。

「女子が短くするなら、男子のズボンも膝上にすればいいじゃない」
「あ! それは面白いかもぉ~」
「おい柊、水野の話に乗るな」

 続いて、モッチーがベルを鳴らす。

「反対に一票。そういう男子が出てくるから、スカートは膝下が健全でいいんじゃないかと」

 そういう男子とは、まぎれもなく秋元のことだ。

「裏切るのかよぉ、春樹」
「裏切るもなにも、僕たち同盟でも組んでたっけ。あと肩痛いから、つかむのやめて」

「男子は置いておいて。女子だって、おしゃれしたい年ごろなんだからぁ。だって漫画に出てくる制服は膝上がほとんどだしぃ~。制服デートだって憧れっていうかぁ~」

 泣きつく秋元、冷静なモッチー、一人でどこかへ旅立ってしまった美雪。今日も生徒会室は騒がしい。

「それで、なんで夕夏は反対なの?」

 妄想から帰ってきた美雪が私に聞いた。

「え、だって……短いと体操服見えるじゃない」
「はあ!?」

 秋元がモッチーの肩をつかんで揺らしていたのをピタリと止めた。

「お前、その下に短パン履いてんのかよ!」
「え? だって、みんな履いてるよ」
「くそっ、オレのロマンを返せ!」

 あなたが勝手に抱いていた幻想です。残念でした。

 私は席を立ちあがってホワイトボードにみんなの意見を書いた。

「嘘だろ……。じゃあ、柊も履いてるのか?」
「うん。じゃじゃーん!」

 美雪は満面の笑みでバッとスカートを持ち上げたと同時に、秋元の悲鳴が生徒会室に響き渡った。

「知らなかった……。ひどい……こんなのひどすぎる」
「勝手に落ち込んでなさいよ。それで、書き終わったけど」

 意見を書き終えた私は、机に伏せる哀れな秋元を横目で見ながら着席した。

「2対2ってことは、これは勝負だね? 今日はどんな決闘をするの? ねえ会長ってば、聞いてまーすーかぁー」

 美雪が机に伏せている秋元を指でツンツンとつついているが、反応がない。

 議題会謎ルールその3。
 いつも同点票だと、秋元が勝負だと言って決闘をすることになっている。秋元はなにかと勝負をしたがり、その決闘も滅茶苦茶な内容なことが多い。

「拓海はしばらく立ち直れないらしいよ。だから2対1で反対派の勝ち」
「おい春樹!」

 モッチーの言葉に反応し、ようやく秋元が起き上がった。席を立ち、ホワイトボードを見ながら私たちに説明をする。

「今回の勝負は簡潔にしよう。すばり『署名活動対決』だ!」

 腕を組みながら、彼は説明を続けた。

「ルールは簡単。賛成派、反対派で学校内で署名活動を行い、多くの署名を集められた方が勝ちだ。もしオレら賛成派が勝ったら、その署名をそのまま学校に提出すればいい」
「なるほど!こんなにスカート丈が短いのを希望している人がいますよーっていう証拠になるね!」

 美雪がパチパチと拍手をした。

「困ったね」

 モッチーが険しい顔をしている。

「志木折中の男女の生徒比は4対6で女子が多い。それに、現実問題として柊さんみたいな考えの女子は多いんじゃないかな」
「実際、3年生の先輩の中にはスカートの裾を切ってる人もいるわけだしねぇー。まあ、先生に怒られてたけど」

 確かに、1年生は校則や先輩の目を気にしてスカート丈は校則である膝下5センチを忠実に守っている。しかし、私たち2年生や先輩の3年生はスカートを折って膝丈か、膝よりも上にしている人が多いのは事実だ。

「期限は……。そうだな、明日の放課後までだ!」
「短っ!」

 秋元が言ったことに、この場にいる3人が声をそろえて言った。

「別に、昼休みとか使ってやればいいだろ。それに、これは人脈の勝負でもあるからな」

 人脈かぁ、と私は頭を抱えた。決闘のペアになったモッチーは遠い目をしている。確かに、モッチーは秋元以外の人と話しているところを見たことがないような……。

 始まる前から負け戦というのも虚しいから極力頑張りたいところだけど、それにしても人脈がなさすぎる私たちが反対票を集めるということ自体、勝ち負けは決まったも同然である。
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