ブレワイ短編集

 よく晴れた日だった。

 エノキダとパウダの結婚式が恙無く終わり、その晩披露宴を兼ねた小さな宴会が設けられた。式に参列したペーダを始めとした村人たち、エノキダの上司であるサクラダと兄弟弟子カツラダ、そしてリンクも一緒に、祝いの料理と酒に舌鼓を打っていた。




「リンク〜!結婚っていいねぇ!僕もお嫁さん欲しいなぁ〜。ねぇ、いい人いない?リンクなら女の子の友達多いでしょ?」

「やめるゴロ、ペーダ。リンクが困ってるゴロよ」




 酔ったペーダがリンクに絡むのをグレーダが諌める。リンクはグレーダの出してくれた助け舟に乗ると、「女の子の友達いないよ」と言わんばかりに困り顔で笑った。




「えー、リンクでいないなら僕もう絶対無理じゃーん。ちぇーっ」

「何を言ってるゾラか。お主はまだまだ若い。出会いは女神様のお導きで、きっと訪れるゾラ」




 エノキダと話していたカポーダがペーダに声をかける。そして持ってきた酒をペーダの盃に注いだ。
「出会いがあるといいなぁ」とボヤきながらカポーダとペーダが乾杯をした。周りからは笑い声が絶えず聞こえてくる。絡み酒から解放されたリンクは、夜風にあたりに外に出た。


 外に出ると大きな満月が空に浮かんでいた。太陽の明るさにも負けないほどの月明かりが、出来たばかりの村を照らす。外のベンチに腰掛け、一息つきながら、神秘的な明かりに照らされた女神像をぼーっと眺めていた時だった。




「この世界に一人、みたい顔してるねぇ君」




 ヒュウとほんの少し、緑色の風が吹いた。リンクが振り返ると、ぼんやりと光る鬼火が一つ。

 そこに居たのは今は亡きかつての仲間――リトの英傑・リーバルであった。既に死して肉体を失った彼の体は緑青の淡い光を放ち、周りには無数の鬼火が彼を現世に留めるかのように漂っていた。

 リーバルはフンと鼻を鳴らすと、リンクの隣に座った。




「加護を通して見てたよ。村作りの世話から結婚式の世話まで、ハイリアの英傑様は忙しいねぇ。僕らの無念は二の次かい?」

「……そんなことない。ちゃんと、みんなのことはずっと考えてる」




 月を見上げながらリンクが答える。皮肉に糞真面目に返答されて、リーバルはハッと軽く息を漏らした。




「だったらこんなところで油売ってないで、さっさとハイラル城に向かうべきじゃないか?ナボリスとウルボザも解放したんだろう?あとはもう……ガノンだけだ」




 リーバルの声が重く沈む。彼は百年という永い年月を、厄災ガノンを倒すという執念にも似た使命感だけで、肉体を失ってもなおこの世に留まってきた。

 ただ厄災ガノンを倒すには……彼奴を封印できるのは姫巫女と勇者しかいない……。姫巫女・ゼルダは、百年前から一人で厄災ガノンを抑え込んでいる。百年もの間、をだ。そして、いよいよその力も尽きかけている。だからこそ……不本意でもあるが……退魔の剣に選ばれた、勇者・リンクの力がすぐにでも要る、というのに。この男は!

 キッとリーバルがリンクを睨みつける。眉間には深いシワが目立つ。今この時もハイラル城でガノンと共にいるゼルダのことを思うと、己の目の前にいるリンクの体たらくが許せないのである。




「……あのさ」




 リーバルの視線を知ってか知らずか、ゆっくりとリンクが口を開く。




「百年前の俺って本当に今の俺と一緒なの?」

「は?」




 リーバルの口から素っ頓狂な声が出た。いや、素っ頓狂なことを言ったのはリンクの方だ、とリーバルはすぐに気づいた。




「君さぁ……ここにきてふざけてるワケ?一緒も何も、君は百年前死にかけて回生の祠に入れられた。それで回復したから今ここにいるんだろう?同じじゃないか」

「でも……それで俺は記憶をなくしたんだ。目が覚めた時、俺は自分が誰かなのかさえ覚えていなかった」

「……それは、まぁ……薄々感じてはいたけど……」




 リンクの返事に先程まで饒舌だったリーバルが嘴をつぐむ。

 神獣ヴァ・メドーとリーバルを解放しに来た彼と再会した時に感じた違和感。彼は己を知っているはずなのに、まるで他人のような表情をしていた理由。それがまさか回生の祠に入れられたことによる記憶障害のせいだとは、リーバルは思ってもみなかった。

 嘴をつぐんだリーバルの横で、変わらず月を見上げながらリンクが話を続ける。




「起きてからじいさん……ハイラル王に言われるがままカカリコ村に行ってインパに会った。インパには『四神獣を解放せよ』って言われるわ、『シーカーストーンに残ってるウツシエの土地を巡れ』って言われるわ……自分のことを考える暇もなかったよ」

「…………」




 リンクがポツポツと言葉を紡ぐ。百年前の無愛想で無口な彼からは想像できない言葉の波に、リーバルは黙って耳を傾けていた。




「ウツシエの土地を巡って……確かに記憶は戻ったよ。でも……感情までは戻ってないんだ。まるで、他人の記憶を覗き見しているような……ゼルダがなんで苛立っていたのか分からないし、それにあの時…そんなゼルダを見て自分が何を感じていたかって、分からないんだ。だから……」




 だんだんとリンクの声が小さく弱くなっていく。『あぁ、なるほどね』とリーバルが目を細めた。




「だから君は『自分が確かにココに居る』って証を作りたかったわけだ。こんな、英傑の使命とはかけ離れた些事に関わることでね」




――この男は『百年前の自分』と『今の自分』の記憶の狭間で苦しんでいたのか。リーバルがニヤリと口角を上げた。




「なんだいなんだい。百年経って随分と人間臭くなったじゃないか、君。まさか退魔の騎士サマが、居場所を探して求める雛鳥のようなヤツだったとはね」

「……昔の俺は人間じゃなかったってこと?」




 リンクが俯きながらポツリと聞き返す。「そういう事じゃなくて」とリーバルが笑いを堪えながら口を開いた。




「いいかい?昔の君は『姫の護衛騎士』『退魔の騎士』『ハイリアの英傑』……他にも呼び名はあっただろうが、それはまぁ硬っ苦しい肩書きに雁字搦めでね。自分で居場所を探すどころか周りが与えてくれていたもんだ。それがどうだい?何もかも無くなった君は、空っぽになったその頭と力と心をフルに使って、『今の』ハイラルを生きはじめた。やっと『自分探し』ってやつが出来てるんだねぇ」

「……つまり?」




 リンクがリーバルの方を向く。うっすら涙をうかべる青い瞳に見つめられ、リーバルは我ながら回りくどいなと、大きな手で己の頬をかいた。




「……空っぽの君に助けられても、姫も僕らも嬉しくないね。昔を思い出してもらうのはいい事だけど、『君自身』の感情が伴わないんじゃ意味が無い。『今の』ハイラルを生きて、頭と心が全て満たされた君にこそ、厄災ガノンは倒されるべきだし……僕はそんな君を援護したいと思ってる」




 リーバルの言葉になおも頭上に『?』が浮かぶリンク。理解力のないリンクの様子を見て、どんだけ酒を飲んだんだ、とリーバルが大きくため息をついた。




「……まだ記憶を完全に取り戻したわけじゃないんだろう?早く取り戻しに行きなよ。それから……色んなところにお節介に行ったらいい」

「……いいのか?」

「いいもなにも、それが君のやらなきゃいけないことの一つだろう?『百年前の君』と『今の君』。二人の君が合わさってようやく『勇者リンク』になるんだから」




 ようやく意味がわかったリンクが目を見開く。その様子を見てリーバルは満足そうに嘴の口角を上げた。




「おっと?でもこれ以上待たせすぎるなよ?姫の力もいつ尽きるか分からない。僕らだって散々待ってるんだ。……まぁ、だけど、」




 「『今を生きてる』君が、居場所を必要としてるのもよく分かるから」と言いかけてリーバルが言葉を止めた。皆まで言うことでもない、そう思ったからである。それを感じたのかリンクが柔らかく笑った。
 



「分かってるよ。……待っててくれて、ありがとう」




 リンクの言葉にリーバルが目を細めて微笑む。




「全く、本当に素直になったじゃないか。いや、あの頃も素直ではあったんだろうね。僕の方こそ百年かかってようやく君の感情が分かるようになった。僕だけじゃなく、みんな驚いてるだろうね。いやどうだろう?ミファーは『そんなことない』って言い出しそうだ」




 そうかもな、とリンクも微笑む。月明かりが二人を柔らかく照らしている。今を生きるリンクと過去を生きたリーバルを月が繋ぐ。

 ふとリンクがリーバルの方を見ると、リーバルの姿が薄くなってきていた。




「リーバル……」

「君が雛鳥みたいなヤツだってことが分かったからね。メドーで待っとくよ」

「……また、会える?」




 リンクが捨てられた子犬のような目でリーバルを見つめる。百年前には決して見せなかった表情にリーバルは思わず吹き出した。




「なんだいその顔!君そんな顔もできたのか!?本当、人間臭くなったじゃないか。いいねぇ、最高に笑えるよ」




 次はムッとした顔でリーバルを見つめるリンク。コロコロと変わる表情にリーバルは目を細めた。




「またちょっかい出したくなったら出てきてやるよ。安心しな?僕らは加護を通していつも君を見ているんだから」

「……そうか」




 ホッとした顔をするリンクに、リーバルが『まるで百面相だな』と内心ニヤつく。そして、人差し指でリンクの額に触れた。




「……いいかい?君は、独りじゃない。姫も生きてるし、僕らもいる。それに『このハイラル』で出会った人たちも居るだろう?だからもう孤独感に苛まれるな。そんなものより今できた『居場所』を心に満たすんだ」

「……うん」

「まぁ僕としては早く記憶と感情を取り戻して欲しいんどけどね?言っとくけど君、百年前と比べたらだいぶ弱くなってるんだからね?今のままじゃその背中の古臭い剣も泣くよ?」

「それは、頑張る」




 リンクが真っ直ぐな瞳でリーバルを見つめ返す。孤独感でいっぱいだった瞳はそこには無かった。リーバルが口角をあげた。




「じゃ、頑張りな。またね」




 そう言うとリーバルは翼を広げた。そして一回大きく羽ばたき、空に浮かんだと思うとそのまま煙のように消えた。残った緑青の鬼火がユラユラと数回揺れ、それもまた、ひとつずつ消えていったのだった。

 リーバルが居た跡をリンクが見つめる。そして徐に月に視線を移す。




「俺は、独りじゃ、ない」




 己に言い聞かせるようにゆっくりと声に出す。努力家で、自信家のリト族から貰った激励を頭の中で繰り返す。心の中が暖かくなるのを、彼は確かに感じていた。
 

 月がリンクを照らす。建物の中では変わらず宴が続いている。リンクは立ち上がると、祝いの場に戻って行ったのであった。




 おわり
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