雑多
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ギュ、ギュ、と雪の鳴く音だけが坂田銀時の鼓膜を震わせる。
抱える刀は温もりなど与えてくれない。ただ冷えきった体を更に冷たくさせる。
ハーと息を吐くと、フワフワと白い雲が昇る。『今日は飯にありつけるのかな』なんてことを考えながら、少しでも暖を取るために死体から剥ぎ取った着物を乱雑に羽織り、ギュ、ギュと鳴く白い道の上を彼は歩いていた。
◇◇
この世にあるのは生と死だけ。坂田銀時は齢十もいかぬうちにその考えに行き着いていた。
親はとうの昔に居なくなり、天涯孤独となった幼子の彼に残された生きる術は、無念を残して逝った者たちが置いていったものを頂戴することだけ。それが忌み嫌われるものだと年月を重ねるうちに薄らと分かるようになっていたが、浮浪児の彼がまともに飯にありつく方法はこれしか無かった。
飯があれば生きる、無ければ死ぬ。時には拾った刀を振るい同じ様な人種と争う。忌み嫌われる行いをしてまで彼が生き続けるのは、本能以外の何物でもなかった。
◇◇
シンシンと山間の街道に雪が降り続いている。そこを襤褸を着て彼が歩く。その姿は雪のような白髪と白い息のせいで、まるで山の精のような出で立ちであった。
『こんな雪の日には小綺麗な死体にありつける』。山の精のような出で立ちとは反対に、生にしがみついた考えが彼の頭を巡る。雪のおかげで食べ物が腐らないのだ。こんなにもありがたいことは無い。腹がぐうと鳴る。昨日握り飯一個を食べて以来、食べ物にありつけていない。彼は道端に死体が無いか忙しなく目を動かしていた。
ふと、街道のすぐ脇の森の中に雪が不自然に盛り上がっているところを見つけた。
ギュ、ギュ、と足袋など履いていない足で雪を踏みしめ森に分け入る。高さが大体彼の膝ほど、長さが大人一人分ぐらいだろうか。彼はある程度予想をつけて盛り上がりに刀を刺し込んだ。
すると、グニ、と弾力のある触感が返ってきた。そのまま刀を使って雪を払い除ける。五分も経たずに現れた予想通りのソレに彼はなんの感情も抱かない。彼の目線の先に在ったのは、身綺麗なまま横たわる男の死体であった。
ざっとソレを観察してみると、右の足が折れている。なるほど、怪我をして休んでいたところに雪が降ってどうすることも出来ずにそのまま死んだのだ、と彼は察した。死体の足元を見ると焚き木の跡がある。旅商人でも通ればこの男は助かったのだろうと思うが、今は天人との戦争のせいで簡単に行き来ができる世の中ではない。この男は時代に殺されたのだと、幼子はほんの少し同情した。
だが、それとこれは別である。死体にかかっていた残りの雪を払うと、彼は死体の男が大事そうに抱え込んでいた袋に手を伸ばした。
何か食い物は無いか。彼にとって一番重要なのはそれであった。
『この男が死んだのは仕方がない、当たり前だ』。そう彼は思いながら袋を漁った。足を折り、街まで歩けなかった男の体の弱さ、遭難した時を想定していないかのような荷物の少なさ。彼の目に映る全てが、この男がここで死ぬことを示していた。そう思うと、ほんの少しだけ感じていた同情は少しの余韻も残さず彼の脳内から消えていた。
袋の中には酒瓶と少しの路銀、そして女の人が写った紙が一枚入っているだけだった。食料はこの男が食べてしまったのか、はたまた持っていなかったのか。真相は分からないが、食べるものがないことに彼はガックリと肩を落とした。
唯一、酒があったことだけが救いだった。酒を飲めばひとまず体は温まる。子供の体に酒は禁忌だが、彼は知らない。そんなことを教えてくれる親切な大人など居なかったからだ。
瓶に口をつけクッと呷る。酒が喉を通り、臓腑に染み渡っていく。小さな身体が少しずつ熱を持ち始めた。
男の死体の横で子供が酒を呷る。生と死が混在している場所で坂田銀時はなんの感情も抱かず、ただジッと、シンシンと降り続く雪を仰ぎ見ていた。
◇◇
「何をしている」
突然野太い男の声が街道から聞こえた。彼がゆっくりそちらを振り向くと、刀を提げた編笠の男が三人いた。
「何故こんな所に童が……?」
「兄者……童の横、あれは骸では……?」
「何?もしや、化生の類か?」
男たちが訝しげに彼を見つめる。自身の白髪と死体漁りをしているせいで、こういうことはよく言われる。そのため彼は『またか』とため息をついた。
「このように雪が降る山に童が一人で、しかも骸と一緒に居るはずがない。化生……この山に棲むという鬼に決まっておろう」
「いや……まさか、天人ではないか?」
一人がそう言うと男たちは刀に手をかけた。それを見た銀時がゆらりと立ち上がる。立ち上がった彼を見てすかさず男たちは刀を抜いた。
◇◇
降り続いていた雪が止んだ。街道と森で相対する彼らに、シンとした緊張感が漂う。ただ、生唾を飲み込んで緊張しているのは男たちだけ。銀時は特に何の感情も持ち合わせていなかった。
強いて挙げるなら『勘違いで斬られるのはごめんだ』という感情だけである。
「……何か言わぬか、童」
「……」
「何も言わぬ、か……。まあいい。鬼か天人か……斬ってみれば分かる」
男たちがジリジリと銀時に近づく。足元の雪が男たちに踏み締められてキュと小さく呻いた。
男たちが動き始めたのを見て、ストン、と銀時が刀を抜いた。正確には柄を握っただけ。鞘が勝手に落ちたのである。
目の前にいる子供が、自分の背丈とほぼ同じ長さの刀を、なんの淀みもなく抜いた様に男たちの足が止まった。『天人ではない、やはり得体の知れぬナニカなのではないか』と、男たちに思わせるには十分であった。
一際大きく雪が哭いた。意を決した男たちが銀時に斬りかかろうと、踏み込んだのである。
――瞬間。雪に紅花が咲いた。
男の一人が蹲った。慌てて他の男が目をやると、刀を握っていたはずの両手が無い。ポタポタと、紅い液体が男の足元を染め上げていた。
白髪の子供はいつの間にか男たちの背後にいた。彼が持つ刀に伝う血が、この子供が斬り落としたということを示している。
目に見えることが全てである、のに。男たちは自分たちの足元に落ちているソレを見ても、不思議とあの子供に斬られたのだとはついぞ思えなかった。
「化ケ物め……!」
気だるそうに欠伸をする銀時に、両手を斬られた男が脂汗を浮かせて睨みつける。一方の銀時はその視線を全く意に介さない。その目には、慣れている。
残りの男たちが鬨の声を上げた。その声は意味の分からない恐怖に打ち勝とうと己を奮い立たせるものであった。
ただ……その声を聞いても、銀時の心には何も湧くことはなかった。
◇◇
幾度か雪が哭き、鉄が叫びあった後、静寂が訪れた。立っているのは銀時だけであった。
穢れを知らなかった無垢な地面は、今では横たわる男たちと真っ赤な彼岸花の絨毯に変わっていた。その上に立ちすくむ銀時もまた、所々に紅花を咲かせていた。ほんの少しだけ息が上がっている。さすがに男三人を相手にするのは骨が折れたらしい。だが、その顔は決して疲れた顔はしておらず、さらには人を斬った後だと言うのに立ち会う前と変わらない、欠伸をした後の眠そうな顔をしていた。
ガサゴソ、と銀時は男たちの荷物を漁る。あるものを見つけ、初めて彼の顔が綻んだ。
見つけたのは握り飯だった。一人ずつ持っていたらしく、三個も手に入った。心からの笑みを浮かべた彼は、思いっきり握り飯を頬張ったのである。
しっかりと感じる米の甘みと程よい塩加減。咀嚼する度に満足感が広がる。臓腑に染み渡る温かさが酒とは違う。彼は確と、生を噛み締めた。そしてこうも思った。『男たちを殺して良かった』と。
◇◇
ギュ、ギュと雪が鳴く。襤褸を着た草履の子供が大事そうに握り飯を持って白い道を歩いていく。
彼はこれからも、生きる為に生きていく。
おわり
抱える刀は温もりなど与えてくれない。ただ冷えきった体を更に冷たくさせる。
ハーと息を吐くと、フワフワと白い雲が昇る。『今日は飯にありつけるのかな』なんてことを考えながら、少しでも暖を取るために死体から剥ぎ取った着物を乱雑に羽織り、ギュ、ギュと鳴く白い道の上を彼は歩いていた。
◇◇
この世にあるのは生と死だけ。坂田銀時は齢十もいかぬうちにその考えに行き着いていた。
親はとうの昔に居なくなり、天涯孤独となった幼子の彼に残された生きる術は、無念を残して逝った者たちが置いていったものを頂戴することだけ。それが忌み嫌われるものだと年月を重ねるうちに薄らと分かるようになっていたが、浮浪児の彼がまともに飯にありつく方法はこれしか無かった。
飯があれば生きる、無ければ死ぬ。時には拾った刀を振るい同じ様な人種と争う。忌み嫌われる行いをしてまで彼が生き続けるのは、本能以外の何物でもなかった。
◇◇
シンシンと山間の街道に雪が降り続いている。そこを襤褸を着て彼が歩く。その姿は雪のような白髪と白い息のせいで、まるで山の精のような出で立ちであった。
『こんな雪の日には小綺麗な死体にありつける』。山の精のような出で立ちとは反対に、生にしがみついた考えが彼の頭を巡る。雪のおかげで食べ物が腐らないのだ。こんなにもありがたいことは無い。腹がぐうと鳴る。昨日握り飯一個を食べて以来、食べ物にありつけていない。彼は道端に死体が無いか忙しなく目を動かしていた。
ふと、街道のすぐ脇の森の中に雪が不自然に盛り上がっているところを見つけた。
ギュ、ギュ、と足袋など履いていない足で雪を踏みしめ森に分け入る。高さが大体彼の膝ほど、長さが大人一人分ぐらいだろうか。彼はある程度予想をつけて盛り上がりに刀を刺し込んだ。
すると、グニ、と弾力のある触感が返ってきた。そのまま刀を使って雪を払い除ける。五分も経たずに現れた予想通りのソレに彼はなんの感情も抱かない。彼の目線の先に在ったのは、身綺麗なまま横たわる男の死体であった。
ざっとソレを観察してみると、右の足が折れている。なるほど、怪我をして休んでいたところに雪が降ってどうすることも出来ずにそのまま死んだのだ、と彼は察した。死体の足元を見ると焚き木の跡がある。旅商人でも通ればこの男は助かったのだろうと思うが、今は天人との戦争のせいで簡単に行き来ができる世の中ではない。この男は時代に殺されたのだと、幼子はほんの少し同情した。
だが、それとこれは別である。死体にかかっていた残りの雪を払うと、彼は死体の男が大事そうに抱え込んでいた袋に手を伸ばした。
何か食い物は無いか。彼にとって一番重要なのはそれであった。
『この男が死んだのは仕方がない、当たり前だ』。そう彼は思いながら袋を漁った。足を折り、街まで歩けなかった男の体の弱さ、遭難した時を想定していないかのような荷物の少なさ。彼の目に映る全てが、この男がここで死ぬことを示していた。そう思うと、ほんの少しだけ感じていた同情は少しの余韻も残さず彼の脳内から消えていた。
袋の中には酒瓶と少しの路銀、そして女の人が写った紙が一枚入っているだけだった。食料はこの男が食べてしまったのか、はたまた持っていなかったのか。真相は分からないが、食べるものがないことに彼はガックリと肩を落とした。
唯一、酒があったことだけが救いだった。酒を飲めばひとまず体は温まる。子供の体に酒は禁忌だが、彼は知らない。そんなことを教えてくれる親切な大人など居なかったからだ。
瓶に口をつけクッと呷る。酒が喉を通り、臓腑に染み渡っていく。小さな身体が少しずつ熱を持ち始めた。
男の死体の横で子供が酒を呷る。生と死が混在している場所で坂田銀時はなんの感情も抱かず、ただジッと、シンシンと降り続く雪を仰ぎ見ていた。
◇◇
「何をしている」
突然野太い男の声が街道から聞こえた。彼がゆっくりそちらを振り向くと、刀を提げた編笠の男が三人いた。
「何故こんな所に童が……?」
「兄者……童の横、あれは骸では……?」
「何?もしや、化生の類か?」
男たちが訝しげに彼を見つめる。自身の白髪と死体漁りをしているせいで、こういうことはよく言われる。そのため彼は『またか』とため息をついた。
「このように雪が降る山に童が一人で、しかも骸と一緒に居るはずがない。化生……この山に棲むという鬼に決まっておろう」
「いや……まさか、天人ではないか?」
一人がそう言うと男たちは刀に手をかけた。それを見た銀時がゆらりと立ち上がる。立ち上がった彼を見てすかさず男たちは刀を抜いた。
◇◇
降り続いていた雪が止んだ。街道と森で相対する彼らに、シンとした緊張感が漂う。ただ、生唾を飲み込んで緊張しているのは男たちだけ。銀時は特に何の感情も持ち合わせていなかった。
強いて挙げるなら『勘違いで斬られるのはごめんだ』という感情だけである。
「……何か言わぬか、童」
「……」
「何も言わぬ、か……。まあいい。鬼か天人か……斬ってみれば分かる」
男たちがジリジリと銀時に近づく。足元の雪が男たちに踏み締められてキュと小さく呻いた。
男たちが動き始めたのを見て、ストン、と銀時が刀を抜いた。正確には柄を握っただけ。鞘が勝手に落ちたのである。
目の前にいる子供が、自分の背丈とほぼ同じ長さの刀を、なんの淀みもなく抜いた様に男たちの足が止まった。『天人ではない、やはり得体の知れぬナニカなのではないか』と、男たちに思わせるには十分であった。
一際大きく雪が哭いた。意を決した男たちが銀時に斬りかかろうと、踏み込んだのである。
――瞬間。雪に紅花が咲いた。
男の一人が蹲った。慌てて他の男が目をやると、刀を握っていたはずの両手が無い。ポタポタと、紅い液体が男の足元を染め上げていた。
白髪の子供はいつの間にか男たちの背後にいた。彼が持つ刀に伝う血が、この子供が斬り落としたということを示している。
目に見えることが全てである、のに。男たちは自分たちの足元に落ちているソレを見ても、不思議とあの子供に斬られたのだとはついぞ思えなかった。
「化ケ物め……!」
気だるそうに欠伸をする銀時に、両手を斬られた男が脂汗を浮かせて睨みつける。一方の銀時はその視線を全く意に介さない。その目には、慣れている。
残りの男たちが鬨の声を上げた。その声は意味の分からない恐怖に打ち勝とうと己を奮い立たせるものであった。
ただ……その声を聞いても、銀時の心には何も湧くことはなかった。
◇◇
幾度か雪が哭き、鉄が叫びあった後、静寂が訪れた。立っているのは銀時だけであった。
穢れを知らなかった無垢な地面は、今では横たわる男たちと真っ赤な彼岸花の絨毯に変わっていた。その上に立ちすくむ銀時もまた、所々に紅花を咲かせていた。ほんの少しだけ息が上がっている。さすがに男三人を相手にするのは骨が折れたらしい。だが、その顔は決して疲れた顔はしておらず、さらには人を斬った後だと言うのに立ち会う前と変わらない、欠伸をした後の眠そうな顔をしていた。
ガサゴソ、と銀時は男たちの荷物を漁る。あるものを見つけ、初めて彼の顔が綻んだ。
見つけたのは握り飯だった。一人ずつ持っていたらしく、三個も手に入った。心からの笑みを浮かべた彼は、思いっきり握り飯を頬張ったのである。
しっかりと感じる米の甘みと程よい塩加減。咀嚼する度に満足感が広がる。臓腑に染み渡る温かさが酒とは違う。彼は確と、生を噛み締めた。そしてこうも思った。『男たちを殺して良かった』と。
◇◇
ギュ、ギュと雪が鳴く。襤褸を着た草履の子供が大事そうに握り飯を持って白い道を歩いていく。
彼はこれからも、生きる為に生きていく。
おわり
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