捧げ物
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―春―
白く薄い霞のようなモヤが青空を覆う。春らしい掴みどころのない空気感の中、どこからか飛んできた桜の花びらがひらりと一つの湯のみの中に落ちた。
「おっ、ただの茶が桜茶になった」
ラッキー、と銀髪の男がその茶を啜る。横に座る女はどこがラッキーなんだろうと首を傾げながら団子を頬張った。
茶屋の椅子から見える、箒で掃いたような雲がゆっくりとその形を変えていく。移りゆく雲を見ながら、この後雨でも降るのかもしれないなと女は考えていた。
何をする訳でもなく二人でただボーッとしていると、急に春風が二人を撫ぜた。いや、『撫ぜた』という言葉は少し優しかったかもしれない。小さな竜巻のような突風が桜と砂を巻き上げて二人にぶつかったのである。突然の出来事に男と女は「ヴァッ」と実に色気のない声を出した。
「ペッペッ!うへぇ、口に砂が入りやがった。口の中ザラザラすらァ」
おめーは大丈夫か?と男が口元を拭いながら女に尋ねる。女は今日のためにおろした着物に付いた砂を払い落としながら、「大丈夫」と短く答えた。
男の顔を見ながら返事をした女に、男がその顔を見て微笑む。女の頭上には『?』が浮かんだ。男はスッと、徐に彼女に手を伸ばしたと思ったらその手は頭に向かった。
「桜、付いてんぞ」
そう言って男が女の目の前で手を広げる。そこには5枚の花びらが揃った桜の花。まるで作り物のように綺麗な形をしたその花に女は思わず感嘆の息を漏らした。
「そのまま頭に乗せときゃ良かったな。似合ってたわ」
嬉しそうな女の顔を見た男が、ククッと軽く微笑んで桜の花を女の手に乗せる。花を左手の薬指近くに置いたのは偶然だろうか。だが女は自身の薬指近くに花が置かれたとは思っていない。ただただ精巧な作り物のような桜の花を愛でていた。そんな彼女を男が愛おしそうに見つめる。男は満足すると膝に手をついて立ち上がった。
「一雨来そうだから帰るか」
そう言って男が女に手を差し出す。差し出された右手に女は手を乗せると、二人は指を絡ませ家路についたのだった。二人の後には桜の風が空へと昇っていた。
◇◇
―夏―
どこからか祭囃子が聞こえてくる。すっかり日が落ちたかぶき町を祭りの提灯が淡く彩る。街には祭りに行く子どもや若者に家族連れ、そして恋人たちの笑顔で溢れていた。
この日、女も祭りに誘われ新しく浴衣を新調していた。祭りの薄暗さでも映えるような、薄い黄色の布地に上品な桃色の花があしらわれている浴衣である。髪は結い上げ簪を差していた。
「よォ。よく似合ってんじゃねーか」
祭り会場の入口で立っていると待ち人が来た。いつもの着流しを片脱ぎしないできちんと身につけた銀髪の男である。いつもの着物かと思っていたが、よく見ると生地が少し薄い。その柄の浴衣もあるんだと女は一人感心した。
「何マジマジと見てんだよ。俺の男っぷりに惚れ直したか?」
ニヤリと笑って男が尋ねる。浴衣を見ていたのに何を言い出すんだこいつは。そんなことは無いという意味を込めて女は盛大にため息をついた。
「オイなんだよそのため息は。こういう時ぐらい素直に『惚れ直した』って言ってくれてもいいだろーが」
そう言って男がジト目で女の顔を覗き込む。女は気にしない素振りで祭りの会場へと歩き出した。男も彼女の後をゆったりとした歩幅でついて行く。
祭りの会場になった神社はすでにたくさんの人で賑わっていた。焼きそばやたこ焼き、かき氷などの食べ物類から射的や金魚すくいなどの遊び系の露店が所狭しと並ぶ。
ところで祭りの食べ物はなぜこうも美味しそうに見えるのだろう。露店を眺める女の口からはほんの少しよだれが垂れていた。それを見た男が呆れながら女の顔に自身の顔を近づけた。
「オイオイ、よだれ垂れてんぞ。ったく色気より食い気だな」
何が食いたいんだ?と男が女に尋ねる。女は真っ直ぐたこ焼きの露店を指差した。男は「ハイハイ」と軽く返事をすると二人でたこ焼き屋へと向かった。
「へいらっしゃ…って銀さんじゃねーか」
「よォ長谷川さん。儲かってっか?」
長谷川と呼ばれた男は、思わぬ客の登場でグラサン越しに驚きの表情を見せた。
「銀さん、このバイト紹介したら『用があるから』って断ったくせに、用ってデートのことかよ!しかも俺のとこに来るとか当てつけか?あ?」
「別に別居中の長谷川さんに彼女自慢しに来たとかじゃねーよ?たまたまツレがここのたこ焼きがいいって言うから仕方なくね?」
「違うね!ぜってーワザとだろ!ぜってー彼女自慢しに来ただけだろーが!」
ギャーギャーと騒ぐ男達をチベスナ顔で見つめながら女が銀髪の男の袖を引く。男は「ああ、そうだったな」と女の方を見てから長谷川に「たこ焼き一つ」と注文した。長谷川は「へいへい」と愛想悪く答えると手際よく十個のたこ焼きを容器に入れた。
「はい、七百円ね」
「顔見知りから金取るのかよ。ケチだなァ長谷川さんは」
「ケチってなんだケチって!二個おまけしてやったんだから代金ぐらい払えよ!」
へいへいと男が財布を取り出して支払いをした。一方の女はすでにたこ焼きを頬張っている。外はカリッと、中はふわふわなたこ焼き。このグラサンが作ったとは思えないほど美味しい。思わず女の顔から笑みが溢れた。
「美味そうに食ってくれるな彼女サン。可愛いじゃねーの」
「オイ、長谷川さんには別居中の嫁がいるだろーが。人の彼女をそういう目で見んじゃねーよ」
女の肩を寄せながら男がジロリと長谷川を睨む。長谷川はニヤッと笑うと手を軽く振った。
「銀さんも一丁前にヤキモチ妬くんだなァ〜!俺ァもっとハツみたいな大人な女がタイプなの。銀さんの彼女サンにゃこれっぽっちも興味ねーから安心しな。可愛いってのはアレだよ、小動物みてーってこと」
「ああ?言ってくれるじゃねーの?今は小動物みてーなこいつだってなァ、夜になったらそれはもう飢えたメスライオンのように……がっ!!」
余計なことを口走りそうだった男に女がボディブローをキメる。男は脇腹を抑えながらしれっとたこ焼きを頬張り続ける女を涙目で見た。
「じゃ、じゃーな長谷川さん。儲かったら今度パチンコ奢ってくれや」
「奢らねーよバカ。銀さん、その子大事にすんだぞ」
「さすが愛想尽かされて別居中の人の言葉は重みがあるねェ。……言われなくてもわーってるよ」
男はそう言ってたこ焼きを頬張る女を愛おしそうに見つめる。女は照れ隠しでたこ焼きを頬張り続ける。長谷川が半泣きで発した「ちゃんとヨリ戻すもん」という言葉は祭りの雑踏に吸い込まれていったのだった。
◇◇
―秋―
肌寒さで目が覚める季節になった。男がパチリと目を覚まし時計を見ると針は五時半を指している。まだ日も昇っていないのに……と男が少し肩を落とした。
今日は久しぶりに女の家に泊まった。普段来ることがないため来客用の冬用布団が無く、仕方なく薄手の布団を重ねて寝たのだがどうやら足りなかったようだ。こんな早朝に目が覚めてしまうのも男に金がないのも、全部地球と異常気象のせいだと男は心の中で悪態をつきながら胸元をボリボリとかいた。
男の横には冬用の布団を頭まで被りスヤスヤと眠る女がいた。男は女の寝顔をジッと見つめて昨夜のことを思い出していた。
昨夜は外で飲んでから久々に女の家に泊まろうと一緒にこの家に帰ってきた。玄関に入ると何を言うでもなく唇を合わせた。シャワーを浴びたいと言った彼女をさりげなくそのまま布団へと誘導し、頭の上から足の先まで跡を残していった。女の遠慮がちな吐息が肌に当たる度に自身が昂ったのも仕方がない。散々身体を重ねてきたからこそ分かる、女を啼かせられる場所を執拗に攻めて何度もその美しい姿を目と耳に焼き付けた。そして彼女が切なさそうに、愛おしそうに自分の名を呼ぶのが酷く堪らない。
あの声、あの顔、あの仕草、全てが自分のモノだと思うと幸福感で満たされた。
「……やべ」
昨夜のことを思い出していた男は下半身も昨夜のことを思い出してしまった事に気づいた。うーんと少し悩んだ結果、まァ発散しなくて大丈夫かと女の布団に潜り込んだ。
女を抱きしめ、ほかほかと温かい彼女の体温に男は安らぎを感じる。この温もりを離したくないと、独占欲にも似た感情を抱えながら男は再び眠りについたのだった。
◇◇
―冬―
「いやー、今年もあっという間に終わりますねェ」
コタツで暖を取るメガネの男がしみじみと口にする。コタツに入っているのはこの男だけではない。チャイナ娘と銀髪の男、そして女もコタツに入ってぬくぬくと暖をとっていた。
新しい年が目の前に迫った大晦日。『今年は一緒に年越しすっか』と男に誘われ、万事屋の面々と一緒に鍋とおせちをつついた。遠い蝦夷の方ではおせちは年を越す前から食べるらしい。その作法に則って四人でご馳走を堪能し、今はまったりとご馳走の余韻を感じていた。
「今年も色々あったアルな。新八のメガネが割れたり新八のメガネが溶けたり、あと新八のメガネが宇宙に行ったり」
「色々って僕のメガネのことしか言ってねーだろーがァ!しかも全部無かったことだし!記憶を捏造すんじゃねーよ!」
「まあまあ落ち着けよ新八。神楽はテキトー言っただけだろ。俺は覚えてるぜ?おめーのメガネがマグマに落ちたの」
「だからそんなこと無かったって言ってるでしょーが!!てか一年の締めが僕のメガネいじりで終わるの超嫌なんですけど!!しかも初めましての人の前で!!」
メガネの男・新八が二人のボケに勢いよくツッコミまくる。女と新八、そしてチャイナ娘・神楽の三人は今日が初対面である。新八のツッコミの勢いに多少面食らった女だったが、『記憶を捏造すんじゃねーよ!』のところでは既に順応して静かに酒を呷っていた。
「って我関せずで飲んでるしこの人!」
「さすが銀ちゃんが連れてきた女アル。新八のツッコミにも動じてないネ。肝が据わってるアル」
「オイ、おめーの話してんだよ。いつまで飲んでんだ」
男に酒を取られ恨めしそうに睨みつける女。そんな女の目は気にせず、男が新八と神楽に視線を移した。
「おめーらお妙たちと初詣行くんだろ?新年まであと十分だぞ」
「ヤバ!急ぐアルよ新八!除夜の鐘の最後の一突きやるアル!」
「いやそれお寺の人がするって決まってるから!銀さん行ってきますね!」
「おー気をつけてな」
男の声掛けに新八が右手を上げて返事し、二人はバタバタと出かける準備をしてあっという間に外に出て行った。ガララ、ピシャッと玄関が閉まる音がして男はボリボリと頭をかいた。
「ガキ共は元気でいーなァ……って、そういやアイツら片付けもしねーで行きやがったな」
送り出した割に文句を言う男に、心が狭いなと女が嘲笑する。そして男に取り上げられた酒をもう一度取ると、男と自分の盃に酒を注いだ。そして二人で再度乾杯をした。
「どうだ?坂田さんファミリーは賑やかでいいだろ?本当、アイツらが来てから毎日暇なしだわ」
酒を呷りながら男がフッと笑う。女は『坂田さんファミリー』という言葉の語感の良さに笑みを浮かべた。また、二人の時じゃ見られない男の姿を見ることが出来て女は満足そうに酒を呷った。
「おめーもさ、坂田さんファミリーに入らねーか?」
頬杖をつきながら男が女に尋ねる。女はいいねぇと男に微笑みかけて返事をした。すると、途端に男の顔がキュッと真顔になった。女の頭上に『?』が浮かぶ。
「そしたらさ……コレ、もらっちゃくれねーか」
コトン、とコタツの上に硬い音が小さく鳴った。そこにあったのは一つの小箱。女は数秒固まり、そして可能性があるものを思いついて一気に顔を赤く染めた。女の心の揺れを拾ったのか、盃の中の酒も一緒に揺れた。そして男が箱を開ける。
中に入っていたのは赤い宝石があしらわれた指輪。急に女の心臓がうるさく鳴り始めた。
「🌸」
男が女の名を呼ぶ。その顔はいつもの死んだ魚のような目ではない。紅い熱を持った眼差しが真っ直ぐに彼女の目を見つめている。銀時は自身の手を彼女の手に重ねて言葉を続けた。
「俺ァ、お前と知り合って今まで付き合ってきて……それだけでもまあまあな時間を一緒に過ごしている訳だが、この先もずっと一緒に居てェと思ってる」
彼女の手を握る銀時の手が少し震えている。🌸はそれを感じ取ると、空いているもう片方の手を銀時の手に重ねた。
「……ジジイとババアになっても、今日と変わらない日々を過ごしていきたい。お前にゃ俺の帰る場所になって欲しい。……って、俺のワガママばっかりだなカッコ悪ィ」
そんな事ない、と🌸が重ねた手をギュッと握る。銀時の緊張した顔が少し綻んだ。
「仕事はこんなんだし常に家計は火の車だし、おめーにゃ苦労させるかもしれねェ。だが……一生かけて必ずお前を護る。俺の魂に誓ってだ」
だから……、と銀時が言葉を詰まらせる。サキは全てを分かったと言わんばかりに銀時の頬に手を添えた。
「だから……俺の苗字を貰ってくれ。結婚しよう、🌸」
不安や期待、色んな感情が混じった紅い瞳でサキを真っ直ぐに見つめ銀時が言葉を紡いだ。彼女は一筋涙を流すと、大きく何度も頷いた。
気がつくと🌸は床に倒れ、自身の上には銀時が覆いかぶさっていた。銀時が自分を押し倒したのだと気づくのにさほど時間はかからなかった。銀時の腕がぎゅうっと先を力強く抱きしめる。
「…ッ、ほんと、なんだな…?いいんだな、俺で……」
震える声で銀時が尋ねる。🌸は腕を銀時の背に回してギュッと抱き締め返した。銀時の腕に更に力が入った。
「……ぜってー護り抜く。幸せにする。死ぬ時に『もう一度銀さんと一緒になりたい』って言わせられるように、ずっとずっと大事にする」
銀時の言葉に涙が止まらない🌸。銀時がふっと身体を離し、彼女の涙を拭った。
「🌸……ずっと、一生、愛してる」
そう言ってニコリと微笑むと銀時は彼女に口付けをした。そのキスは優しく、溶け合うような甘い味がした。
外からガヤガヤと新年を祝う人々の声が聞こえる。新しい年、二人の新たな関係が今、始まろうとしていた。
おしまい
白く薄い霞のようなモヤが青空を覆う。春らしい掴みどころのない空気感の中、どこからか飛んできた桜の花びらがひらりと一つの湯のみの中に落ちた。
「おっ、ただの茶が桜茶になった」
ラッキー、と銀髪の男がその茶を啜る。横に座る女はどこがラッキーなんだろうと首を傾げながら団子を頬張った。
茶屋の椅子から見える、箒で掃いたような雲がゆっくりとその形を変えていく。移りゆく雲を見ながら、この後雨でも降るのかもしれないなと女は考えていた。
何をする訳でもなく二人でただボーッとしていると、急に春風が二人を撫ぜた。いや、『撫ぜた』という言葉は少し優しかったかもしれない。小さな竜巻のような突風が桜と砂を巻き上げて二人にぶつかったのである。突然の出来事に男と女は「ヴァッ」と実に色気のない声を出した。
「ペッペッ!うへぇ、口に砂が入りやがった。口の中ザラザラすらァ」
おめーは大丈夫か?と男が口元を拭いながら女に尋ねる。女は今日のためにおろした着物に付いた砂を払い落としながら、「大丈夫」と短く答えた。
男の顔を見ながら返事をした女に、男がその顔を見て微笑む。女の頭上には『?』が浮かんだ。男はスッと、徐に彼女に手を伸ばしたと思ったらその手は頭に向かった。
「桜、付いてんぞ」
そう言って男が女の目の前で手を広げる。そこには5枚の花びらが揃った桜の花。まるで作り物のように綺麗な形をしたその花に女は思わず感嘆の息を漏らした。
「そのまま頭に乗せときゃ良かったな。似合ってたわ」
嬉しそうな女の顔を見た男が、ククッと軽く微笑んで桜の花を女の手に乗せる。花を左手の薬指近くに置いたのは偶然だろうか。だが女は自身の薬指近くに花が置かれたとは思っていない。ただただ精巧な作り物のような桜の花を愛でていた。そんな彼女を男が愛おしそうに見つめる。男は満足すると膝に手をついて立ち上がった。
「一雨来そうだから帰るか」
そう言って男が女に手を差し出す。差し出された右手に女は手を乗せると、二人は指を絡ませ家路についたのだった。二人の後には桜の風が空へと昇っていた。
◇◇
―夏―
どこからか祭囃子が聞こえてくる。すっかり日が落ちたかぶき町を祭りの提灯が淡く彩る。街には祭りに行く子どもや若者に家族連れ、そして恋人たちの笑顔で溢れていた。
この日、女も祭りに誘われ新しく浴衣を新調していた。祭りの薄暗さでも映えるような、薄い黄色の布地に上品な桃色の花があしらわれている浴衣である。髪は結い上げ簪を差していた。
「よォ。よく似合ってんじゃねーか」
祭り会場の入口で立っていると待ち人が来た。いつもの着流しを片脱ぎしないできちんと身につけた銀髪の男である。いつもの着物かと思っていたが、よく見ると生地が少し薄い。その柄の浴衣もあるんだと女は一人感心した。
「何マジマジと見てんだよ。俺の男っぷりに惚れ直したか?」
ニヤリと笑って男が尋ねる。浴衣を見ていたのに何を言い出すんだこいつは。そんなことは無いという意味を込めて女は盛大にため息をついた。
「オイなんだよそのため息は。こういう時ぐらい素直に『惚れ直した』って言ってくれてもいいだろーが」
そう言って男がジト目で女の顔を覗き込む。女は気にしない素振りで祭りの会場へと歩き出した。男も彼女の後をゆったりとした歩幅でついて行く。
祭りの会場になった神社はすでにたくさんの人で賑わっていた。焼きそばやたこ焼き、かき氷などの食べ物類から射的や金魚すくいなどの遊び系の露店が所狭しと並ぶ。
ところで祭りの食べ物はなぜこうも美味しそうに見えるのだろう。露店を眺める女の口からはほんの少しよだれが垂れていた。それを見た男が呆れながら女の顔に自身の顔を近づけた。
「オイオイ、よだれ垂れてんぞ。ったく色気より食い気だな」
何が食いたいんだ?と男が女に尋ねる。女は真っ直ぐたこ焼きの露店を指差した。男は「ハイハイ」と軽く返事をすると二人でたこ焼き屋へと向かった。
「へいらっしゃ…って銀さんじゃねーか」
「よォ長谷川さん。儲かってっか?」
長谷川と呼ばれた男は、思わぬ客の登場でグラサン越しに驚きの表情を見せた。
「銀さん、このバイト紹介したら『用があるから』って断ったくせに、用ってデートのことかよ!しかも俺のとこに来るとか当てつけか?あ?」
「別に別居中の長谷川さんに彼女自慢しに来たとかじゃねーよ?たまたまツレがここのたこ焼きがいいって言うから仕方なくね?」
「違うね!ぜってーワザとだろ!ぜってー彼女自慢しに来ただけだろーが!」
ギャーギャーと騒ぐ男達をチベスナ顔で見つめながら女が銀髪の男の袖を引く。男は「ああ、そうだったな」と女の方を見てから長谷川に「たこ焼き一つ」と注文した。長谷川は「へいへい」と愛想悪く答えると手際よく十個のたこ焼きを容器に入れた。
「はい、七百円ね」
「顔見知りから金取るのかよ。ケチだなァ長谷川さんは」
「ケチってなんだケチって!二個おまけしてやったんだから代金ぐらい払えよ!」
へいへいと男が財布を取り出して支払いをした。一方の女はすでにたこ焼きを頬張っている。外はカリッと、中はふわふわなたこ焼き。このグラサンが作ったとは思えないほど美味しい。思わず女の顔から笑みが溢れた。
「美味そうに食ってくれるな彼女サン。可愛いじゃねーの」
「オイ、長谷川さんには別居中の嫁がいるだろーが。人の彼女をそういう目で見んじゃねーよ」
女の肩を寄せながら男がジロリと長谷川を睨む。長谷川はニヤッと笑うと手を軽く振った。
「銀さんも一丁前にヤキモチ妬くんだなァ〜!俺ァもっとハツみたいな大人な女がタイプなの。銀さんの彼女サンにゃこれっぽっちも興味ねーから安心しな。可愛いってのはアレだよ、小動物みてーってこと」
「ああ?言ってくれるじゃねーの?今は小動物みてーなこいつだってなァ、夜になったらそれはもう飢えたメスライオンのように……がっ!!」
余計なことを口走りそうだった男に女がボディブローをキメる。男は脇腹を抑えながらしれっとたこ焼きを頬張り続ける女を涙目で見た。
「じゃ、じゃーな長谷川さん。儲かったら今度パチンコ奢ってくれや」
「奢らねーよバカ。銀さん、その子大事にすんだぞ」
「さすが愛想尽かされて別居中の人の言葉は重みがあるねェ。……言われなくてもわーってるよ」
男はそう言ってたこ焼きを頬張る女を愛おしそうに見つめる。女は照れ隠しでたこ焼きを頬張り続ける。長谷川が半泣きで発した「ちゃんとヨリ戻すもん」という言葉は祭りの雑踏に吸い込まれていったのだった。
◇◇
―秋―
肌寒さで目が覚める季節になった。男がパチリと目を覚まし時計を見ると針は五時半を指している。まだ日も昇っていないのに……と男が少し肩を落とした。
今日は久しぶりに女の家に泊まった。普段来ることがないため来客用の冬用布団が無く、仕方なく薄手の布団を重ねて寝たのだがどうやら足りなかったようだ。こんな早朝に目が覚めてしまうのも男に金がないのも、全部地球と異常気象のせいだと男は心の中で悪態をつきながら胸元をボリボリとかいた。
男の横には冬用の布団を頭まで被りスヤスヤと眠る女がいた。男は女の寝顔をジッと見つめて昨夜のことを思い出していた。
昨夜は外で飲んでから久々に女の家に泊まろうと一緒にこの家に帰ってきた。玄関に入ると何を言うでもなく唇を合わせた。シャワーを浴びたいと言った彼女をさりげなくそのまま布団へと誘導し、頭の上から足の先まで跡を残していった。女の遠慮がちな吐息が肌に当たる度に自身が昂ったのも仕方がない。散々身体を重ねてきたからこそ分かる、女を啼かせられる場所を執拗に攻めて何度もその美しい姿を目と耳に焼き付けた。そして彼女が切なさそうに、愛おしそうに自分の名を呼ぶのが酷く堪らない。
あの声、あの顔、あの仕草、全てが自分のモノだと思うと幸福感で満たされた。
「……やべ」
昨夜のことを思い出していた男は下半身も昨夜のことを思い出してしまった事に気づいた。うーんと少し悩んだ結果、まァ発散しなくて大丈夫かと女の布団に潜り込んだ。
女を抱きしめ、ほかほかと温かい彼女の体温に男は安らぎを感じる。この温もりを離したくないと、独占欲にも似た感情を抱えながら男は再び眠りについたのだった。
◇◇
―冬―
「いやー、今年もあっという間に終わりますねェ」
コタツで暖を取るメガネの男がしみじみと口にする。コタツに入っているのはこの男だけではない。チャイナ娘と銀髪の男、そして女もコタツに入ってぬくぬくと暖をとっていた。
新しい年が目の前に迫った大晦日。『今年は一緒に年越しすっか』と男に誘われ、万事屋の面々と一緒に鍋とおせちをつついた。遠い蝦夷の方ではおせちは年を越す前から食べるらしい。その作法に則って四人でご馳走を堪能し、今はまったりとご馳走の余韻を感じていた。
「今年も色々あったアルな。新八のメガネが割れたり新八のメガネが溶けたり、あと新八のメガネが宇宙に行ったり」
「色々って僕のメガネのことしか言ってねーだろーがァ!しかも全部無かったことだし!記憶を捏造すんじゃねーよ!」
「まあまあ落ち着けよ新八。神楽はテキトー言っただけだろ。俺は覚えてるぜ?おめーのメガネがマグマに落ちたの」
「だからそんなこと無かったって言ってるでしょーが!!てか一年の締めが僕のメガネいじりで終わるの超嫌なんですけど!!しかも初めましての人の前で!!」
メガネの男・新八が二人のボケに勢いよくツッコミまくる。女と新八、そしてチャイナ娘・神楽の三人は今日が初対面である。新八のツッコミの勢いに多少面食らった女だったが、『記憶を捏造すんじゃねーよ!』のところでは既に順応して静かに酒を呷っていた。
「って我関せずで飲んでるしこの人!」
「さすが銀ちゃんが連れてきた女アル。新八のツッコミにも動じてないネ。肝が据わってるアル」
「オイ、おめーの話してんだよ。いつまで飲んでんだ」
男に酒を取られ恨めしそうに睨みつける女。そんな女の目は気にせず、男が新八と神楽に視線を移した。
「おめーらお妙たちと初詣行くんだろ?新年まであと十分だぞ」
「ヤバ!急ぐアルよ新八!除夜の鐘の最後の一突きやるアル!」
「いやそれお寺の人がするって決まってるから!銀さん行ってきますね!」
「おー気をつけてな」
男の声掛けに新八が右手を上げて返事し、二人はバタバタと出かける準備をしてあっという間に外に出て行った。ガララ、ピシャッと玄関が閉まる音がして男はボリボリと頭をかいた。
「ガキ共は元気でいーなァ……って、そういやアイツら片付けもしねーで行きやがったな」
送り出した割に文句を言う男に、心が狭いなと女が嘲笑する。そして男に取り上げられた酒をもう一度取ると、男と自分の盃に酒を注いだ。そして二人で再度乾杯をした。
「どうだ?坂田さんファミリーは賑やかでいいだろ?本当、アイツらが来てから毎日暇なしだわ」
酒を呷りながら男がフッと笑う。女は『坂田さんファミリー』という言葉の語感の良さに笑みを浮かべた。また、二人の時じゃ見られない男の姿を見ることが出来て女は満足そうに酒を呷った。
「おめーもさ、坂田さんファミリーに入らねーか?」
頬杖をつきながら男が女に尋ねる。女はいいねぇと男に微笑みかけて返事をした。すると、途端に男の顔がキュッと真顔になった。女の頭上に『?』が浮かぶ。
「そしたらさ……コレ、もらっちゃくれねーか」
コトン、とコタツの上に硬い音が小さく鳴った。そこにあったのは一つの小箱。女は数秒固まり、そして可能性があるものを思いついて一気に顔を赤く染めた。女の心の揺れを拾ったのか、盃の中の酒も一緒に揺れた。そして男が箱を開ける。
中に入っていたのは赤い宝石があしらわれた指輪。急に女の心臓がうるさく鳴り始めた。
「🌸」
男が女の名を呼ぶ。その顔はいつもの死んだ魚のような目ではない。紅い熱を持った眼差しが真っ直ぐに彼女の目を見つめている。銀時は自身の手を彼女の手に重ねて言葉を続けた。
「俺ァ、お前と知り合って今まで付き合ってきて……それだけでもまあまあな時間を一緒に過ごしている訳だが、この先もずっと一緒に居てェと思ってる」
彼女の手を握る銀時の手が少し震えている。🌸はそれを感じ取ると、空いているもう片方の手を銀時の手に重ねた。
「……ジジイとババアになっても、今日と変わらない日々を過ごしていきたい。お前にゃ俺の帰る場所になって欲しい。……って、俺のワガママばっかりだなカッコ悪ィ」
そんな事ない、と🌸が重ねた手をギュッと握る。銀時の緊張した顔が少し綻んだ。
「仕事はこんなんだし常に家計は火の車だし、おめーにゃ苦労させるかもしれねェ。だが……一生かけて必ずお前を護る。俺の魂に誓ってだ」
だから……、と銀時が言葉を詰まらせる。サキは全てを分かったと言わんばかりに銀時の頬に手を添えた。
「だから……俺の苗字を貰ってくれ。結婚しよう、🌸」
不安や期待、色んな感情が混じった紅い瞳でサキを真っ直ぐに見つめ銀時が言葉を紡いだ。彼女は一筋涙を流すと、大きく何度も頷いた。
気がつくと🌸は床に倒れ、自身の上には銀時が覆いかぶさっていた。銀時が自分を押し倒したのだと気づくのにさほど時間はかからなかった。銀時の腕がぎゅうっと先を力強く抱きしめる。
「…ッ、ほんと、なんだな…?いいんだな、俺で……」
震える声で銀時が尋ねる。🌸は腕を銀時の背に回してギュッと抱き締め返した。銀時の腕に更に力が入った。
「……ぜってー護り抜く。幸せにする。死ぬ時に『もう一度銀さんと一緒になりたい』って言わせられるように、ずっとずっと大事にする」
銀時の言葉に涙が止まらない🌸。銀時がふっと身体を離し、彼女の涙を拭った。
「🌸……ずっと、一生、愛してる」
そう言ってニコリと微笑むと銀時は彼女に口付けをした。そのキスは優しく、溶け合うような甘い味がした。
外からガヤガヤと新年を祝う人々の声が聞こえる。新しい年、二人の新たな関係が今、始まろうとしていた。
おしまい
