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きみはヒーロー

その夏、ぼくはきみと再会した。

***

生まれる前からぼくはきみといっしょだった。苦手な親戚が来た時もお母さんの苦手なトモダチが来た時もぼくはきみと部屋の隅で丸まっていればよかった。お父さんにもお母さんにもかまってもらえない時だってきみだけはぼくの側にいて遊んでくれたりお守りをしたりしてくれた。きみがぼくを育ててた、なんてお母さんはぼくに言ったりもしていた。

でもきみは、ぼくが幼稚園に移る時に急に家からいなくなってしまった。

「なんだよ、おまえまた猫じゃん」
授業のときこっそり描いてた絵を見て隣の席の健太くんが言った。

「ああ……うん」
べつにぼくも意識して猫を描こうと思ってるわけじゃないんだけど。

「あのさあ、その猫っておまえのヒーローなの?」
「あー……うん、そうかも。いつの間にかいなくなっちゃってたんだけど」
「ふーん。……じゃあさ、オレのヒーローとおまえのヒーロー、どっちが強いか比べっこしようぜ」
「え、いいけど……もう先生来ちゃうよ」

授業が始まるチャイムが鳴る。

「バレなきゃいいんだって」
健太くんは声をひそめて笑った。

授業中、先生の目を盗んでノートに絵を描いた。装備をかっこよくしたり攻撃力を上げたりして、べつに戦わせるわけじゃないんだけど、おたがいのヒーローを健太くんと見せ合った。なんだかすごく楽しかった。

「またやろうぜ」
「うん!」

「おーい健太ー」って声がして、健太くんは「わり」って言って呼んだ子がいる明るい廊下の方に走って行った。

廊下も外も明るくて、真ん中の列のいちばん後ろの自分の席だけが少し落ち着く暗さだった。たまにみらいくんとか友喜くん辺りがぼくの席に来ていっしょに絵を描いたり話したりした。
ポツンと取り残されたぼくはなんとなく机に伏せて外を見た。このときぼくがいた教室は5階にあって、なんとなく窓の方を見ても地面は見えなかった。

(いい天気だなあ……)

ぼくはいっしょに寝てるお母さんに隠れて、夜寝ないでこっそり携帯で読んでいた本を思い出していた。
プールの匂いとシャワシャワシャワっていう虫の声の中で、ぼくは次の授業が始まるまで目をつむっていた。

(カエルとかザリガニとかつかまえて帰ったらお母さん喜んでくれるのかなぁ……)
校舎の中はいつまでも明るくて、いっしょに帰る真希くんとあかりちゃんといる時間も明るかった。コンクリートの道が白く反射して暑くて、田んぼがきらきら涼しそうだった。笹舟を作って誰のものがいちばん長く流れるか競いながら歩いた。

この頃のぼくの家はいつもほとんど真っ暗で、冷房が強くて寒かった。つかまえたカエルはいつの間にかミイラになってしまっていた。
それでも2年前くらいの引っ越してきたばっかりの時はいまよりは少し明るくて、わくわくする空気で、お母さんは笑ってて、ぼくを好きなうどん屋さんに連れて行ってくれたりしし座流星群を見るためにぼくを起こしたりしてた。
キラキラ子どもみたいに笑うお母さんがぼくは大好きで、でもそんなことはあんまり言わなかった。お父さんはいたんだけど、お父さんとの記憶はあんまりない。
しばらくしてぼくにはお母さんだけになって、おばあちゃんがいる家の近くに引っ越すことになった。ぼくが幼稚園に移る前にいた保育園の区域に住むことになるらしかった。とはいえ、ぼくがいた保育園よりはずいぶん山の方だったんだけど。

少しずつ荷物を運ぶために新しい家にお母さんと車で通うようになった。
外も車の中も明るくて、お母さんも嬉しそうだった。
「のん、パンでも買ってく?」
「うん」
保育園の近くのパン屋さんに寄ってぼくはパンのキャラクターのパンを買ってもらった。こんなお母さんを見るのは久しぶりな気がする。

新しい家は団地で、2階とベランダと庭があった。1階はごはんを食べたりテレビを見たりする部屋で、2階の右側の部屋がお母さんの部屋で、2階の左側の部屋がぼくの部屋だ。
まだ畳と窓しかない自分の部屋に、ぼくは青いエアベッドを敷いて横になった。明るくて温かい部屋とセミの声が心地よくて、窓から見える山と空がすごく綺麗だった。

「今年は夏休みに行こうか」
新しい家に荷物を積み終わって、引っ越した日にお母さんが言った。

(夏休みなんて何年ぶりだろう……)
嬉しい気持ちよりびっくりした気持ちの方が大きかった。

「そういえばお祭りのとき、なんで鼻と口のところに絵を描くの?」
ぼくはミルクアイスキャンディーを食べながら聞く。お母さんは冷たいコーヒーを飲んだ。
「そういうもんだからじゃない?」
「そっか……」
ベランダのドアから入る光が明るくて、空は抜けるように青かった。

あの子がいなくてお父さんがいる家はなんか居心地が悪くて、ぼくは小学校に上がる頃から帰りに道草をくうくせがついた。
新しい場所に引っ越して学校も変わって、ぼくの好奇心は強くなっていた。

(こんなところに神社があったのか……)

学校が早く終わって、山の方に行く前にぶらぶら歩いていたらなんとなく不思議な雰囲気の神社があった。小さい神社なんだけど、なんとなく前来たことがあるような気がして鳥居をくぐった。

「ニャー」
足元から声がしてぼくは視線を落とした。
白くて小さな猫のアーモンドみたいな形の目にぼくが映った。
「ここに住んでるの?」
ぼくはしゃがんで白猫を撫でた。白猫はごろんと横になってしばらくぼくに撫でられてから満足そうに起き上がると、狛犬の方に行ってしまった。
ぼくは伸びをして、せっかくだから白猫が向かった狛犬の方に行って、隅っこに座った。なんとなく居心地が良かった。
たまに吹く風が気持ちよくて、ぼくは扇風機にあたる時みたいに目をつむった。

「こんなところに人が来るなんて珍しいな」
ぼくと同じくらいの子の声が聞こえて、はっとした。全体的に色が白っぽくて髪の毛がふわふわしてて……同じ学校にはいない子だった。
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