蓮の花咲く水辺で
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「江宗主…」
表情は読めないけれど一人項垂れている彼にそっと声を掛ける。入り口に佇む私に部屋の主はこちらに顔を向けた。
「○○○。来ていたのか」
金麟台の一件から、ずっと苛立ったようなそれでいて悲痛そうな、見ているこちらまで腸を千切られるような気持ちになる彼の表情は今もまだ変わらない。
彼はそう簡単には外に出られない私に普段から色々な話を聞かせてくれていた。
だから直接見た訳ではないけれど、この一件のこと含め彼の家族や兄弟同然に育った人の事、過去に修行に行った場所での事、仲間と遊びに行った店や食べ物の事など私にとってはどれも珍しく、眩く輝く宝石の様に思えた。そしてそれらを話す彼の顔もまた同じように活き活きと輝いていたのを思い出す。
私が彼と出逢ったのは蓮の花の浮かぶ湖の外れの畔で月夜の晩に一人歌いながらお気に入りの長い髪を梳いていた時だった。
人間の気配と足音を感じて急ぎ水底へ身を隠そうとしたけれど相手の方が数段動きが早かった。
完全に油断していた。こんな外れまでこんな時間に人間が来るとは思わなかったからだ。
「歌っていたのはお前か」
その声が耳に届いた瞬間、日頃体を纏う湖底の水よりももっと冷徹な感触が私の喉元に触れた。
見上げると視界の中では月の光を受けた剣身が今にも私の喉を切り裂こうと妖しく光っている。
私は息を呑んだ。
「ぁ…」
その瞬間震える手から櫛を取り落してしまいカランという音が夜の静寂の中で響く。
大切な櫛がとついそちらに気を取られると顔の横ですっと剣を引いた気配がした。
「魚人か」
見上げると腰に剣を納めた人間の若者と目が合う。
「私を…殺さないのですか…?」
人間に見つかればきっとすぐに殺されるものだと思っていた私は逃げる事も忘れその紫の衣の若者に問い掛けてしまった。
「言葉は通じるようだな。」
しまった、と思った。余計なことを言わずすぐに櫛を拾って水底に身を隠すべきだったかもしれない。
「魚人は妖や鬼と同類なれど人に害を加えないと聞く。ならば殺す理由もあるまい。」
そう言うと彼は私の隣に腰を下ろす。
逃げる機会を失ってただ私もその場に座っているしかなくなってしまった。
「先程の歌は何という歌だ。もう一度聴かせろ。」
また想像していなかった言葉が聞こえてきた。人間とは異なるこの姿を見ても殺しもせず隣に座り歌えだなんて。
まさか外に連れて行って見世物にでもする気だろうか。しかしきっと今逃げたらまたあの恐ろしい銀の光を突き付けられるかもしれない恐怖感が拭い切れず震える声で歌い始めた。
でも喉が震えて上手く歌えない。
「怖がらなくていい。お前が妙な気さえ起こさなければ何もしない。」
「そうだ、名は何と言う?名前くらいあるだろう?」
少し迷った後私は答えた。
「…○○○」
「そうか○○○。いい名だ。」
張り詰めていた空気が先程よりも少し緩んだ気がして私はすうっと一呼吸すると再び歌い始めた。
歌い終えると彼は少しの間黙って目を閉じている彼をじっと見つめた。
「美しい歌声だ」
満足したのか静かに目を開くと彼はそう呟いた。魚人族は元来歌を得意としその歌声で人々を魅了すると言われている。敢えて惑わせたりはしないけれど、他の仲間たちも歌は上手かったと記憶している。
「お前はいつからこの湖に?」
いつ頃からここにいたのかなんて人間より遥かに長く生きる私達魚人族には昔の記憶など一々留めていない。元より私は何故ここにいるのか、さえ曖昧だ。
魚人族は海で生まれ海で死ぬのが当り前だけど淡水でも生きられる。
きっと覚えていない程昔に誰かに連れてこられここに留められたのかもしれないし、幸いこの辺りの水路はあちこち繋がっているからそのうちの一つから迷い込んでしまったのかもしれない。
彼には大体そのように話した。
「またここに来てもいいか?」
素性の知れない異形と話し、また歌を聴きに来たいなどこの若者は一体何者なのだろう。
それでも危害を加えようとしない彼に私も少しずつ心を開いていった。
表情は読めないけれど一人項垂れている彼にそっと声を掛ける。入り口に佇む私に部屋の主はこちらに顔を向けた。
「○○○。来ていたのか」
金麟台の一件から、ずっと苛立ったようなそれでいて悲痛そうな、見ているこちらまで腸を千切られるような気持ちになる彼の表情は今もまだ変わらない。
彼はそう簡単には外に出られない私に普段から色々な話を聞かせてくれていた。
だから直接見た訳ではないけれど、この一件のこと含め彼の家族や兄弟同然に育った人の事、過去に修行に行った場所での事、仲間と遊びに行った店や食べ物の事など私にとってはどれも珍しく、眩く輝く宝石の様に思えた。そしてそれらを話す彼の顔もまた同じように活き活きと輝いていたのを思い出す。
私が彼と出逢ったのは蓮の花の浮かぶ湖の外れの畔で月夜の晩に一人歌いながらお気に入りの長い髪を梳いていた時だった。
人間の気配と足音を感じて急ぎ水底へ身を隠そうとしたけれど相手の方が数段動きが早かった。
完全に油断していた。こんな外れまでこんな時間に人間が来るとは思わなかったからだ。
「歌っていたのはお前か」
その声が耳に届いた瞬間、日頃体を纏う湖底の水よりももっと冷徹な感触が私の喉元に触れた。
見上げると視界の中では月の光を受けた剣身が今にも私の喉を切り裂こうと妖しく光っている。
私は息を呑んだ。
「ぁ…」
その瞬間震える手から櫛を取り落してしまいカランという音が夜の静寂の中で響く。
大切な櫛がとついそちらに気を取られると顔の横ですっと剣を引いた気配がした。
「魚人か」
見上げると腰に剣を納めた人間の若者と目が合う。
「私を…殺さないのですか…?」
人間に見つかればきっとすぐに殺されるものだと思っていた私は逃げる事も忘れその紫の衣の若者に問い掛けてしまった。
「言葉は通じるようだな。」
しまった、と思った。余計なことを言わずすぐに櫛を拾って水底に身を隠すべきだったかもしれない。
「魚人は妖や鬼と同類なれど人に害を加えないと聞く。ならば殺す理由もあるまい。」
そう言うと彼は私の隣に腰を下ろす。
逃げる機会を失ってただ私もその場に座っているしかなくなってしまった。
「先程の歌は何という歌だ。もう一度聴かせろ。」
また想像していなかった言葉が聞こえてきた。人間とは異なるこの姿を見ても殺しもせず隣に座り歌えだなんて。
まさか外に連れて行って見世物にでもする気だろうか。しかしきっと今逃げたらまたあの恐ろしい銀の光を突き付けられるかもしれない恐怖感が拭い切れず震える声で歌い始めた。
でも喉が震えて上手く歌えない。
「怖がらなくていい。お前が妙な気さえ起こさなければ何もしない。」
「そうだ、名は何と言う?名前くらいあるだろう?」
少し迷った後私は答えた。
「…○○○」
「そうか○○○。いい名だ。」
張り詰めていた空気が先程よりも少し緩んだ気がして私はすうっと一呼吸すると再び歌い始めた。
歌い終えると彼は少しの間黙って目を閉じている彼をじっと見つめた。
「美しい歌声だ」
満足したのか静かに目を開くと彼はそう呟いた。魚人族は元来歌を得意としその歌声で人々を魅了すると言われている。敢えて惑わせたりはしないけれど、他の仲間たちも歌は上手かったと記憶している。
「お前はいつからこの湖に?」
いつ頃からここにいたのかなんて人間より遥かに長く生きる私達魚人族には昔の記憶など一々留めていない。元より私は何故ここにいるのか、さえ曖昧だ。
魚人族は海で生まれ海で死ぬのが当り前だけど淡水でも生きられる。
きっと覚えていない程昔に誰かに連れてこられここに留められたのかもしれないし、幸いこの辺りの水路はあちこち繋がっているからそのうちの一つから迷い込んでしまったのかもしれない。
彼には大体そのように話した。
「またここに来てもいいか?」
素性の知れない異形と話し、また歌を聴きに来たいなどこの若者は一体何者なのだろう。
それでも危害を加えようとしない彼に私も少しずつ心を開いていった。
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