房太郎
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日差しが燦燦と照り付けるある日、人間が考え得ることの例にもれず私は友達数人と近隣のプールに来ていた。プールサイドからはまだ時間も早いというのにそれなりに人影があるのが見える。
こういう時に人がいるからと油断してはいけないのが水の事故。よくあるのが脚を攣らせてそのまま溺れるパターン。しかし私は海ならともかく流れもない足の着くプールで溺死なんてあり得ないとさえ思っている。そんなのはきっと不運が重なってしまった稀なケースだろうと。
軽くストレッチをしてからお目当ての遊具OKの槽へ飛び込むと私たちは早速ビーチボールで遊びだす。
一段落してその辺りで思い思いに浮かんだり泳いだりしていると左足に違和感を感じた。そしてすぐに激痛が走る。
攣った──そう思った時には遅かった。同時に右足にも違和感が。
正にあり得ないと今の今までたかをくくっていたその状況になっているのだ。
近くに友人達がいるのに彼女たちの誰も私が水中に沈んでいくのに気付いてくれず、助けを求めて声を出そうとも開いた口にただ水が侵入してくるばかり。
きっとこのまま誰にも知られず溺れて死ぬんだろう そう思った矢先、頭上から飛び込んでくる誰かの影が見えた。そしてその影は私の体を抱え上げプールサイドに持ち上げた。
友人たちもそれに気づきゲホゲホと飲み込んだ水を吐き出そうとする私のもとに駆け寄って来てくれる。みんな口々に謝ってくれたが、本当にこの時点まで私が溺れていることに気が付かなかったらしい。
私はひとまず自分を助けてくれた人にお礼をしようと隣にいる人に顔を向ける。
「危ないところをありがとうございました。なんとお礼を言ったらよいか…」
彼女たちも一緒にお礼を述べる。 私の命を助けてくれたその人はこのプールの監視員だった。
「何となく危ない予感はしてたから注意して見ててよかったよ。」
「本当に本当にありがとうございました。あの、せめてお名前を…」
と何度も頭を下げる。 長身で長髪を後ろで一つに結んだ彼は大沢房太郎と言った。私たちは房太郎さんにまた何度もお礼を言って別れた。
彼の適切な判断のおかげで私はその後水嫌いにも恐怖症になることもなく、数年後、かねてより興味のあったスキューバダイビングのライセンスを取りに南の海へ行くことにした。
小型の舟に乗って沖に向かう途中、これから行うことの説明をしている講師の一人に見覚えのある人物がいるのに気が付く。長身長髪のその人は間違いなくあの時の監視員、房太郎さんだ。
沖について舟が停まってから話しかけると彼も覚えてくれていて私たちは偶然の再会に喜び合った。
「房太郎さんはどうして海へ?」
素直な疑問から聞くと
「色々あって夢の為にこっちで暮らすことになったんだよ。潜水は得意だから向いてる職業かなと思って。」
彼はそう教えてくれた。
「私は房太郎さんのおかげで水嫌いにもならずに、前からずっとやりたいと思っていたダイビングに挑戦できたんです。」
「そっか。じゃあ○○○ちゃんは夢を一つ叶えたんだね。」
「はい。そういうことになりますね。」
私がそう言うと彼は少し遠い目をした。
講義は2泊3日の泊りがけで行われ、二日目の自由時間に私は一人で岩場へ出かけた。潜るわけでも水浴びをするわけでもなかったから普段の服を着ている。日常の喧騒から離れていられるこの瞬間、ただもう少しこの美しい海を目に焼き付けておきたかったから。
少し歩を進めると波が打ち付ける岩場に先客がいるのに気が付いた。背中を向けているけど海を見詰めるあの背格好と長い黒髪は房太郎さんだ。
私は声を掛けて隣に座る。
「一人で何してたんですか?」
「うん、ちょっとね。 ○○○ちゃんは?」
「私はこの美しい海を目に焼き付けていたくて。ほら私の住んでるところ海がないから…」
「…そっか、じゃあ俺も同じかも」
そう言って少し間が開いてしまう。何だか今日の房太郎さんは少し様子が変だ。と言っても久しぶりの再会で彼の何を知ってるわけではないのだけど。話題を探していると
「この海って本当にきれいでしょ」
とまた遠い目をする。ええ、本当に、と相槌を打つと唐突に
「今から潜ろう」
と思い立ったように言い出した。
「えっ でも私たち装備が…」
そんなつもりは全くなかったから普段着のままだ。それなのに彼が
「大丈夫、装備なしでも素潜りで30分は潜水できるから。」
「えっ、ちょっ…」
私は急に抱きかかえられ抵抗した。
大丈夫って言ったって私にはそんなに長い時間水の中にいるなんてできない。それでも抵抗むなしく彼と強引にダイブさせられ、私は水面ギリギリのところで覚悟を決め息を吸いこみ水死はまぬかれた。
恐々と目を開けると、どこまでも深く青い世界に南の海特有の色とりどりの魚たちが悠々と泳ぐ姿。
(きれい…)
普段の装備で見ていた海中の風景より、その何倍も何十倍も美しく見えた。
ウェットスーツや水中ゴーグルも身に着けず、隔てるものが何もないからまるで本当に海と一体になったように感じる。
そうか、そういえば私たち人間も海から来たんだ──
この時間が一瞬にも永遠にも感じていると、段々息苦しくなってきていることに気が付いた。思わずぎゅっと手に力を込めると繋がれた手の感覚で気付いたのかこちらを見つめる房太郎さんと目が合った。
私は浮上の合図を送ったが不意にその手を引かれ唇を塞がれる。
突然のことに思考が停止してしまったが苦しかった呼吸が楽になったのと同時にその意味を理解した。前触れもなく合わせられた唇と地上よりは薄い酸素のせいか少しぼーっとする。
酸素を分けてもらえれば充分だったのに彼は暫しの間私と唇を離さずにいて。
目を閉じてこの時間の流れや水の流れ、いや、何かもっととてつもなく大きな流れに身を委ねようと思った。
唇を離した後もこの青の世界の生き物たちは美しくて私たちはまた見惚れていた。
彼からの浮上の合図で海面に上がると新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込む。脳が働きを再開させたからか、海中での出来事が鮮明によみがえって急に恥ずかしくなってしまった。
俯いていると彼が言う。
「俺の夢ね、ここを俺の王国にすることなんだ。」
房太郎さんがあの時言ってた夢ってそのことだったんだ。私は黙ったまま聞く。
「だけど王国に一人じゃ寂しいだろ? だから○○○ちゃん、俺と一緒にここに住んでくれないか?」
「プールで出会ったあの日からずっと君のことを見ていた。」
思いもよらない言葉だった。
だけどそれはすごく甘くて魅力的で、私は微笑んで頷くと彼も安心したようなそれでいて少し泣きそうな顔で微笑んだ。
こういう時に人がいるからと油断してはいけないのが水の事故。よくあるのが脚を攣らせてそのまま溺れるパターン。しかし私は海ならともかく流れもない足の着くプールで溺死なんてあり得ないとさえ思っている。そんなのはきっと不運が重なってしまった稀なケースだろうと。
軽くストレッチをしてからお目当ての遊具OKの槽へ飛び込むと私たちは早速ビーチボールで遊びだす。
一段落してその辺りで思い思いに浮かんだり泳いだりしていると左足に違和感を感じた。そしてすぐに激痛が走る。
攣った──そう思った時には遅かった。同時に右足にも違和感が。
正にあり得ないと今の今までたかをくくっていたその状況になっているのだ。
近くに友人達がいるのに彼女たちの誰も私が水中に沈んでいくのに気付いてくれず、助けを求めて声を出そうとも開いた口にただ水が侵入してくるばかり。
きっとこのまま誰にも知られず溺れて死ぬんだろう そう思った矢先、頭上から飛び込んでくる誰かの影が見えた。そしてその影は私の体を抱え上げプールサイドに持ち上げた。
友人たちもそれに気づきゲホゲホと飲み込んだ水を吐き出そうとする私のもとに駆け寄って来てくれる。みんな口々に謝ってくれたが、本当にこの時点まで私が溺れていることに気が付かなかったらしい。
私はひとまず自分を助けてくれた人にお礼をしようと隣にいる人に顔を向ける。
「危ないところをありがとうございました。なんとお礼を言ったらよいか…」
彼女たちも一緒にお礼を述べる。 私の命を助けてくれたその人はこのプールの監視員だった。
「何となく危ない予感はしてたから注意して見ててよかったよ。」
「本当に本当にありがとうございました。あの、せめてお名前を…」
と何度も頭を下げる。 長身で長髪を後ろで一つに結んだ彼は大沢房太郎と言った。私たちは房太郎さんにまた何度もお礼を言って別れた。
彼の適切な判断のおかげで私はその後水嫌いにも恐怖症になることもなく、数年後、かねてより興味のあったスキューバダイビングのライセンスを取りに南の海へ行くことにした。
小型の舟に乗って沖に向かう途中、これから行うことの説明をしている講師の一人に見覚えのある人物がいるのに気が付く。長身長髪のその人は間違いなくあの時の監視員、房太郎さんだ。
沖について舟が停まってから話しかけると彼も覚えてくれていて私たちは偶然の再会に喜び合った。
「房太郎さんはどうして海へ?」
素直な疑問から聞くと
「色々あって夢の為にこっちで暮らすことになったんだよ。潜水は得意だから向いてる職業かなと思って。」
彼はそう教えてくれた。
「私は房太郎さんのおかげで水嫌いにもならずに、前からずっとやりたいと思っていたダイビングに挑戦できたんです。」
「そっか。じゃあ○○○ちゃんは夢を一つ叶えたんだね。」
「はい。そういうことになりますね。」
私がそう言うと彼は少し遠い目をした。
講義は2泊3日の泊りがけで行われ、二日目の自由時間に私は一人で岩場へ出かけた。潜るわけでも水浴びをするわけでもなかったから普段の服を着ている。日常の喧騒から離れていられるこの瞬間、ただもう少しこの美しい海を目に焼き付けておきたかったから。
少し歩を進めると波が打ち付ける岩場に先客がいるのに気が付いた。背中を向けているけど海を見詰めるあの背格好と長い黒髪は房太郎さんだ。
私は声を掛けて隣に座る。
「一人で何してたんですか?」
「うん、ちょっとね。 ○○○ちゃんは?」
「私はこの美しい海を目に焼き付けていたくて。ほら私の住んでるところ海がないから…」
「…そっか、じゃあ俺も同じかも」
そう言って少し間が開いてしまう。何だか今日の房太郎さんは少し様子が変だ。と言っても久しぶりの再会で彼の何を知ってるわけではないのだけど。話題を探していると
「この海って本当にきれいでしょ」
とまた遠い目をする。ええ、本当に、と相槌を打つと唐突に
「今から潜ろう」
と思い立ったように言い出した。
「えっ でも私たち装備が…」
そんなつもりは全くなかったから普段着のままだ。それなのに彼が
「大丈夫、装備なしでも素潜りで30分は潜水できるから。」
「えっ、ちょっ…」
私は急に抱きかかえられ抵抗した。
大丈夫って言ったって私にはそんなに長い時間水の中にいるなんてできない。それでも抵抗むなしく彼と強引にダイブさせられ、私は水面ギリギリのところで覚悟を決め息を吸いこみ水死はまぬかれた。
恐々と目を開けると、どこまでも深く青い世界に南の海特有の色とりどりの魚たちが悠々と泳ぐ姿。
(きれい…)
普段の装備で見ていた海中の風景より、その何倍も何十倍も美しく見えた。
ウェットスーツや水中ゴーグルも身に着けず、隔てるものが何もないからまるで本当に海と一体になったように感じる。
そうか、そういえば私たち人間も海から来たんだ──
この時間が一瞬にも永遠にも感じていると、段々息苦しくなってきていることに気が付いた。思わずぎゅっと手に力を込めると繋がれた手の感覚で気付いたのかこちらを見つめる房太郎さんと目が合った。
私は浮上の合図を送ったが不意にその手を引かれ唇を塞がれる。
突然のことに思考が停止してしまったが苦しかった呼吸が楽になったのと同時にその意味を理解した。前触れもなく合わせられた唇と地上よりは薄い酸素のせいか少しぼーっとする。
酸素を分けてもらえれば充分だったのに彼は暫しの間私と唇を離さずにいて。
目を閉じてこの時間の流れや水の流れ、いや、何かもっととてつもなく大きな流れに身を委ねようと思った。
唇を離した後もこの青の世界の生き物たちは美しくて私たちはまた見惚れていた。
彼からの浮上の合図で海面に上がると新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込む。脳が働きを再開させたからか、海中での出来事が鮮明によみがえって急に恥ずかしくなってしまった。
俯いていると彼が言う。
「俺の夢ね、ここを俺の王国にすることなんだ。」
房太郎さんがあの時言ってた夢ってそのことだったんだ。私は黙ったまま聞く。
「だけど王国に一人じゃ寂しいだろ? だから○○○ちゃん、俺と一緒にここに住んでくれないか?」
「プールで出会ったあの日からずっと君のことを見ていた。」
思いもよらない言葉だった。
だけどそれはすごく甘くて魅力的で、私は微笑んで頷くと彼も安心したようなそれでいて少し泣きそうな顔で微笑んだ。
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