酔態と口づけとひみつ


 次の日。
 三雲は本部を訪れていた。
 酔っぱらった出水があの後どうなったか気になり、様子を見に来たのだ。
 太刀川隊の作戦室を目指して歩いていると、おーいと呼び止められる。
「メガネくん、いたいた」
「出水先輩」
 昨日のふにゃふにゃとした様子は見られない。
 ひとまずよかったと胸を撫でおろす。
「何か昨日迷惑かけちゃったみたいで、悪いな」
「いえ、大丈夫です!」
「気がついたら二宮隊のところで寝ててさあ、頭も痛いしマジでびっくりしたわ」
「あ、二宮さん作戦室に連れて行ったんですね……」
「そうそう、メガネくんが見つけてくれたところに二宮さんが拾ってくれたんだろ? 俺昨日の記憶なんも無くてさあ」
「あ、あの出水先輩」
「ん?」
「に、二宮さんとのことは……俺、誰にも言わないので!」
「……は?」
 静寂が辺りを包む。
 数秒して、出水の顔がぶわわっと赤く染まった。
「ま、待って、二宮さんって、え?」
 出水が頭を抱える。
「……メガネくん」
「はいっ」
「俺、昨日何してた?」
「多分、知らないほうがいいと思います……」
「いや、言ってくれ、頼む!」
 少し言い淀んで、三雲は昨日見た事実を口にした。
「その……二宮さんと、キスしてました。あと、告白も……」
「~~~~~~~っ!」
 出水が声にならない悲鳴を上げる。
 いつもかっこよくてスマートな先輩がこんなになるんだと、三雲は心の中で思った。
「メガネくん、ちょっと待ってて」
「え? あ、はい!」
 出水がダッシュで廊下を駆けていく。数分もしないうちに戻ってきたその手には、高級そうなブランドのロゴがあしらわれた紙袋があった。
「これ、唯我が持ってきたプリン! なんかどっかのデパートの限定品で、めっちゃうまいらしいから玉狛のみんなで食べて!」
 ぐい、と紙袋を押し付けられる。
「あ、あの」
 そして両肩を強く掴み、真っ赤な顔のまま懇願される。
「だから、昨日のことは忘れてくれ! な!?」
 賄賂などなくても誰にも言うつもりはないのだが、恐らく受け取らないと出水は引き下がってくれないだろう。
「大丈夫です、誰にも言いませんから」
「うわー……マジで恥ず……」
 出水はへなへなとしゃがみ込む。
 顔を隠しているが、耳まで真っ赤だ。
「あの、二宮さんとは、いつから……?」
「……あの人が俺に弟子入りして、ちょっとしてから」
 一緒に時を過ごしているうちに憧れが恋に変わっていったのだと、出水は話した。
 ダメ元で告白して、まさかの両想いということがわかり、今に至るらしい。
「付き合ってんの、秘密にしてるから、玉狛の他の人にも内緒にしてくんね?」
「あ、はい……でも、迅さんは知ってました」
「あー……サイドエフェクトか」
 出水ははあ、と息を吐いて立ち上がる。
「まあでも、バレたのがメガネくんでよかったわ。ほかの奴らにバレたらどーなってたか」
「そうですか……」
 そこで、三雲ははたと気づく。
「あの、出水先輩」
「ん?」
「昨日出水先輩が倒れてたところから二宮隊の作戦室って結構距離があったと思うんですけど……」
「うん」
「その、二宮さん酔っぱらった出水先輩を担いで歩いてたので、誰かにそれ見られてたかもしれないです……」
「……マジで?」
「マジです」
 出水が三雲に背を向ける。
「ちょっと二宮さんのとこ行って確認してくる……」
「あ、はい……」
 顔を赤くしたままの出水を見送る。
 あの強くてかっこよくて頼れる先輩の出水が、こんなにも翻弄されている。
 自分はしたことはないけれど、恋はきっと、恐ろしくて、素晴らしいものなのだろう。
 三雲はお幸せに、という言葉を心の中で唱えた。
 後日プリンを盗られたと唯我から責め立てられるとは、この時思ってもいなかった。
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