酔態と口づけとひみつ
ある日。三雲は用がありボーダー本部に来ていた。
用事を済ませ、廊下を歩いていた時。
「え……?」
進行方向に、人が倒れている。
非常事態に、三雲は廊下を走る。
あの明るい髪色は、まさか。
「出水先輩!?」
出水が、廊下で横になっていた。
「出水先輩、どうしたんですか!?」
急いで駆け寄り、肩を揺さぶる。
「ん……んん~?」
どうやら意識はあるらしい。ほっとしたのも束の間、出水の声に違和感を覚える。
「あれえ? メガネくん……?」
やけに滑舌が悪いというか、舌たらずだ。
「あの、こんなところで何を……?」
「ん~……眠いから寝てた……廊下冷たくて気持ちよくてさぁ……」
出水がひっく、としゃっくりをする。
顔が赤くて、呂律が回っていない。
その様子に、三雲はまさか、と推察する。
「出水先輩、もしかして酔ってます……?」
「え~?」
出水がにへらと笑う。
酔っている。確実に酔っぱらっている。
「え、出水先輩未成年ですよね……? 間違ってお酒とか飲みました?」
「酒じゃなくてえ、作戦室にあったオレンジジュース飲んだ!」
「多分それですね……」
太刀川隊の作戦室にあったということは、太刀川あたりが持ち込んだ酒をジュースと間違って飲んだのだろう。
しかし、どうしたものか。
間違って飲んだとはいえ、出水は未成年。あまり酔っている姿を大勢の前に晒すのはよくない。
「出水先輩、とりあえず太刀川隊の部屋に行きましょう、立てますか?」
「やだ! 俺はここで寝る!」
「いやいや、ここ廊下ですから……!」
手を差し出すが、出水は廊下に寝っ転がって動こうとしない。
誰か助けを呼ばなければ三雲一人で動かす事は出来ない。
途方に暮れていると、背後から低い声がした。
「三雲、何ボーッと突っ立ってる」
「二宮さん……!」
二宮の姿に、三雲はほっと胸をなでおろした。
B級以上で、大人で、しかも出水と親交がある良識がある人だ。
「あの、出水先輩がお酒飲んじゃったみたいで……」
「……出水が?」
二宮が廊下でゴロゴロしている出水に気づく。
「こいつは未成年だぞ。誰が飲ませた」
「多分、間違って飲んだんじゃないかと……」
「ん~……んん~……」
二宮がはぁとため息をつく。
出水は猫のように身体を伸ばしてリラックスしていた。
「酔っぱらってて話が通じなくて、ここから動かそうにも眠いって動いてくれなくて、どうしようかと……」
「おい出水」
三雲の横を通り抜けて、二宮が出水に話しかける。
「ん~? ……あ、二宮さんっ!」
二宮を見た瞬間、出水の表情がぱあっと明るくなる。
そしてがばりと起き上がり、二宮に抱き着いた。
「やった、二宮さん見ーっけ!」
「え、ええっ!?」
その様子に、三雲は思わず声を出してしまった。
出水は二宮をぎゅうぎゅうと抱き締めて離さない。
「出水、お前どんだけ飲んだ」
「缶ジュースいっぽん!」
「あ、あの、二宮さん?」
抱き着いたことを怒るかと思ったが、二宮は出水の抱擁をすんなりと受け入れているようだった。
「ねえねえ、二宮さんっ」
「何だ」
「ん!」
上機嫌な出水が、二宮の唇を奪った。
「な……!」
突然の展開に、三雲はあんぐりと口を開ける。
キスした。お世話になった射手の先輩が、あの二宮さんに。
「へへ、奪っちゃった!」
「……出水、場所を考えろ」
「いいじゃん、ね、二宮さんもして?」
「駄目だ」
「えーけちー」
キスをしたことを特に咎めることなく続く会話に、三雲はついていけない。
「あ、あの……?」
困惑する三雲をちらりと見て、二宮が言葉を口にする。
「どうやらこいつは酔うとキス魔になるらしい」
「いや……」
二宮の苦しすぎる言い訳に心の中で突っ込む。
それだったら第一発見者の僕がされてないのはおかしくないですか、という言葉は言えなかった。
しかも、二宮は場所を考えろと言っていた。つまり、場所さえ考えればキスをしていいという風に取れる。
「にのみやさん、すき」
出水が甘えた声で二宮にぐりぐりと頭を押し付ける。
これ、僕はいていいんだろうか。
三雲の背中にだらだらと汗が流れる。
なんだか、見てはいけないものを見ているような。
「ね、二宮さんは? 俺のことすき?」
「……出水、もう黙れ」
「やだ。答えてくれるまで黙んねー!」
出水がねえねえにのみやさん、と上目遣いで二宮を睨む。
「……三雲がいるのに言ったら、恥かくのはお前だぞ」
「……俺のこと、すきじゃない?」
出水が急にしょんぼりとした声を出す。
その瞳に、じわりと涙が浮かんでいた。
「そうは言ってねえだろ。……ったく」
二宮が出水の耳元で何か囁く。
それを聞くと、出水は再びぱあっと顔を輝かせて、二宮の頬に口づけた。
「俺も大好き、二宮さん!」
上機嫌な猫のような出水の頭を、二宮が撫でる。
その優しげな手つきは、まるで壊れ物を扱うようだった。
(二宮さん、そんなことできるんだ)
心の中で、そんな感想が浮かぶ。
無慈悲な弾を撃ち込むあの手が、人をいつくしむ動作をしたのが酷く不思議だった。
「三雲」
「あっはい!」
「今日見たことは誰にも言うな」
「え、えっと……わかりました!」
「こいつは俺が連れていく」
二宮が出水を俵のように担ぐ。
「二宮さん、お姫様抱っこしてくんねーの? この前みたいに」
「他の奴らに見られたらどうする」
「見せつける!」
出水はけたけたと笑う。
二宮ははあ、とため息をついてから、廊下を歩き出した。
「じゃーねー、メガネくん!」
二宮に担がれながら、出水がぶんぶんと手を振る。
「は、はあ……」
三雲はひとり、廊下で大量の汗を流しながら立ち尽くした。
その日の夜。
三雲は玉狛支部で昼間見たものを思い出していた。
『……出水、場所を考えろ』
『二宮さん、大好き!』
『……俺のこと、すきじゃない?』
あのふたりが、いや、師弟関係なのは知ってたけど。
ひとりで抱え込むことはできないが、おいそれと他の人に話していいことでも無い気がする。
どうしたものかと悩んでいると、迅が談話室に入ってきた。
「ようメガネくん、何か悩みごと?」
「迅さん……!」
そうだ、迅ならば大丈夫だ。きっと内緒にしてくれる上に、ボーダーの人間関係にも詳しい。
「あの、変なこと聞くんですけど」
「うん、何?」
「出水先輩と二宮さんって、付き合ってるんですか……?」
ふたりの会話から、関係性は何となく察した。
恐らく、相思相愛なのだろう。
「あー……」
三雲の言葉に、迅がポリポリと頬をかく。
「……何か、見た?」
「ええと、はい……その、詳しくは言えないんですが……」
「そっかー、バレたか……」
迅がぼんち揚げを三雲に渡しながら、ソファに座る。
「他の人には言わないでやってくれ。内緒にしてるみたいだから」
「……隠してるんですか? どうして?」
「そりゃ、ふたりともボーダーでの立場があるからなあ。ファンも一定数いるし」
確かに出水も二宮も顔が整っていて、実力がある。女性が惚れてもおかしくない。
「迅さんはどうして知ってるんですか? 本人から聞いたんですか?」
「いや、たまたま二宮さんとすれ違ったらサイドエフェクトでばっちり見えちゃって……」
「あ……」
未来でふたりの逢瀬でも見てしまったのか、迅が気まずそうな顔をする。
「ま、本人たちが幸せなら何も言うことないだろ」
「その……何というか、間近でふたりの様子を見てしまって……これからどういう顔して会えばいいのかわからないです……」
「はは、いつも通りでいいだろ」
迅がぼんち揚げを食べながら、二ッと笑う。
「人を好きになるなんて、幸せなことなんだからさ。見守ってやってくれ」
用事を済ませ、廊下を歩いていた時。
「え……?」
進行方向に、人が倒れている。
非常事態に、三雲は廊下を走る。
あの明るい髪色は、まさか。
「出水先輩!?」
出水が、廊下で横になっていた。
「出水先輩、どうしたんですか!?」
急いで駆け寄り、肩を揺さぶる。
「ん……んん~?」
どうやら意識はあるらしい。ほっとしたのも束の間、出水の声に違和感を覚える。
「あれえ? メガネくん……?」
やけに滑舌が悪いというか、舌たらずだ。
「あの、こんなところで何を……?」
「ん~……眠いから寝てた……廊下冷たくて気持ちよくてさぁ……」
出水がひっく、としゃっくりをする。
顔が赤くて、呂律が回っていない。
その様子に、三雲はまさか、と推察する。
「出水先輩、もしかして酔ってます……?」
「え~?」
出水がにへらと笑う。
酔っている。確実に酔っぱらっている。
「え、出水先輩未成年ですよね……? 間違ってお酒とか飲みました?」
「酒じゃなくてえ、作戦室にあったオレンジジュース飲んだ!」
「多分それですね……」
太刀川隊の作戦室にあったということは、太刀川あたりが持ち込んだ酒をジュースと間違って飲んだのだろう。
しかし、どうしたものか。
間違って飲んだとはいえ、出水は未成年。あまり酔っている姿を大勢の前に晒すのはよくない。
「出水先輩、とりあえず太刀川隊の部屋に行きましょう、立てますか?」
「やだ! 俺はここで寝る!」
「いやいや、ここ廊下ですから……!」
手を差し出すが、出水は廊下に寝っ転がって動こうとしない。
誰か助けを呼ばなければ三雲一人で動かす事は出来ない。
途方に暮れていると、背後から低い声がした。
「三雲、何ボーッと突っ立ってる」
「二宮さん……!」
二宮の姿に、三雲はほっと胸をなでおろした。
B級以上で、大人で、しかも出水と親交がある良識がある人だ。
「あの、出水先輩がお酒飲んじゃったみたいで……」
「……出水が?」
二宮が廊下でゴロゴロしている出水に気づく。
「こいつは未成年だぞ。誰が飲ませた」
「多分、間違って飲んだんじゃないかと……」
「ん~……んん~……」
二宮がはぁとため息をつく。
出水は猫のように身体を伸ばしてリラックスしていた。
「酔っぱらってて話が通じなくて、ここから動かそうにも眠いって動いてくれなくて、どうしようかと……」
「おい出水」
三雲の横を通り抜けて、二宮が出水に話しかける。
「ん~? ……あ、二宮さんっ!」
二宮を見た瞬間、出水の表情がぱあっと明るくなる。
そしてがばりと起き上がり、二宮に抱き着いた。
「やった、二宮さん見ーっけ!」
「え、ええっ!?」
その様子に、三雲は思わず声を出してしまった。
出水は二宮をぎゅうぎゅうと抱き締めて離さない。
「出水、お前どんだけ飲んだ」
「缶ジュースいっぽん!」
「あ、あの、二宮さん?」
抱き着いたことを怒るかと思ったが、二宮は出水の抱擁をすんなりと受け入れているようだった。
「ねえねえ、二宮さんっ」
「何だ」
「ん!」
上機嫌な出水が、二宮の唇を奪った。
「な……!」
突然の展開に、三雲はあんぐりと口を開ける。
キスした。お世話になった射手の先輩が、あの二宮さんに。
「へへ、奪っちゃった!」
「……出水、場所を考えろ」
「いいじゃん、ね、二宮さんもして?」
「駄目だ」
「えーけちー」
キスをしたことを特に咎めることなく続く会話に、三雲はついていけない。
「あ、あの……?」
困惑する三雲をちらりと見て、二宮が言葉を口にする。
「どうやらこいつは酔うとキス魔になるらしい」
「いや……」
二宮の苦しすぎる言い訳に心の中で突っ込む。
それだったら第一発見者の僕がされてないのはおかしくないですか、という言葉は言えなかった。
しかも、二宮は場所を考えろと言っていた。つまり、場所さえ考えればキスをしていいという風に取れる。
「にのみやさん、すき」
出水が甘えた声で二宮にぐりぐりと頭を押し付ける。
これ、僕はいていいんだろうか。
三雲の背中にだらだらと汗が流れる。
なんだか、見てはいけないものを見ているような。
「ね、二宮さんは? 俺のことすき?」
「……出水、もう黙れ」
「やだ。答えてくれるまで黙んねー!」
出水がねえねえにのみやさん、と上目遣いで二宮を睨む。
「……三雲がいるのに言ったら、恥かくのはお前だぞ」
「……俺のこと、すきじゃない?」
出水が急にしょんぼりとした声を出す。
その瞳に、じわりと涙が浮かんでいた。
「そうは言ってねえだろ。……ったく」
二宮が出水の耳元で何か囁く。
それを聞くと、出水は再びぱあっと顔を輝かせて、二宮の頬に口づけた。
「俺も大好き、二宮さん!」
上機嫌な猫のような出水の頭を、二宮が撫でる。
その優しげな手つきは、まるで壊れ物を扱うようだった。
(二宮さん、そんなことできるんだ)
心の中で、そんな感想が浮かぶ。
無慈悲な弾を撃ち込むあの手が、人をいつくしむ動作をしたのが酷く不思議だった。
「三雲」
「あっはい!」
「今日見たことは誰にも言うな」
「え、えっと……わかりました!」
「こいつは俺が連れていく」
二宮が出水を俵のように担ぐ。
「二宮さん、お姫様抱っこしてくんねーの? この前みたいに」
「他の奴らに見られたらどうする」
「見せつける!」
出水はけたけたと笑う。
二宮ははあ、とため息をついてから、廊下を歩き出した。
「じゃーねー、メガネくん!」
二宮に担がれながら、出水がぶんぶんと手を振る。
「は、はあ……」
三雲はひとり、廊下で大量の汗を流しながら立ち尽くした。
その日の夜。
三雲は玉狛支部で昼間見たものを思い出していた。
『……出水、場所を考えろ』
『二宮さん、大好き!』
『……俺のこと、すきじゃない?』
あのふたりが、いや、師弟関係なのは知ってたけど。
ひとりで抱え込むことはできないが、おいそれと他の人に話していいことでも無い気がする。
どうしたものかと悩んでいると、迅が談話室に入ってきた。
「ようメガネくん、何か悩みごと?」
「迅さん……!」
そうだ、迅ならば大丈夫だ。きっと内緒にしてくれる上に、ボーダーの人間関係にも詳しい。
「あの、変なこと聞くんですけど」
「うん、何?」
「出水先輩と二宮さんって、付き合ってるんですか……?」
ふたりの会話から、関係性は何となく察した。
恐らく、相思相愛なのだろう。
「あー……」
三雲の言葉に、迅がポリポリと頬をかく。
「……何か、見た?」
「ええと、はい……その、詳しくは言えないんですが……」
「そっかー、バレたか……」
迅がぼんち揚げを三雲に渡しながら、ソファに座る。
「他の人には言わないでやってくれ。内緒にしてるみたいだから」
「……隠してるんですか? どうして?」
「そりゃ、ふたりともボーダーでの立場があるからなあ。ファンも一定数いるし」
確かに出水も二宮も顔が整っていて、実力がある。女性が惚れてもおかしくない。
「迅さんはどうして知ってるんですか? 本人から聞いたんですか?」
「いや、たまたま二宮さんとすれ違ったらサイドエフェクトでばっちり見えちゃって……」
「あ……」
未来でふたりの逢瀬でも見てしまったのか、迅が気まずそうな顔をする。
「ま、本人たちが幸せなら何も言うことないだろ」
「その……何というか、間近でふたりの様子を見てしまって……これからどういう顔して会えばいいのかわからないです……」
「はは、いつも通りでいいだろ」
迅がぼんち揚げを食べながら、二ッと笑う。
「人を好きになるなんて、幸せなことなんだからさ。見守ってやってくれ」
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