十九歳だから恋バナがしたい!

十九歳だから恋バナがしたい!

 久しぶりに来る玉狛支部のインターホンを鳴らす。出てきたのは、同い年の気心が知れた友人。
「よ、ザッキー。うちに来るの久しぶりじゃない?」
「そうだな、何年ぶりかも」
 あがってあがって、と言われてお言葉に甘える。迅は玉狛支部に住んでいるので、ここが彼の家と言って差し支えないだろう。なので何度が同い年のメンバーで遊びに来ることも、ひとりでおとずれることもあった。
 リビングに通され、少しくたびれたソファに座る。
「で、お菓子ってなにー?」
「ああ、これ。小太郎がくれたんだ。道端で困ってるおばあさん助けたらその人が和菓子屋の女将さんだったみたいで、食いきれないくらいくれたんだと」
 そう言って迅に持ってきた紙袋を開けて中身を見せる。中には賞味期限がそれなりにある饅頭や羊羹を詰めてくれたが、それにしたって多い。柿崎隊だけでは消費しきれないということで、色々な人に配っているのだ。
「やった、ありがとう。うち人数多いからこういうおすそ分け助かるんだ」
「むしろもらってくれるとこっちのほうが助かる」
「羊羹に饅頭かー。餡子だし、ヒュースが喜びそう」
 迅は高級そうな練り羊羹を一個手に取る。
「ヒュースって……玉狛第二の?」
「そうそう、二人目のエース。あいつたい焼きとかどら焼き好きなんだよ。だから気に入ると思う」
 迅がにへらと笑う。気のせいな気もするが、なんだが笑顔が朗らかだ。
「食うところがすごくかわいいんだ。おっきい口開けてあぐって食うの。鍋も自分でよそえるくせに、おれによそえって言ってきて。甘えんぼうなんだよなー」
 柿崎の違和感はだんだんと確かなものになっていく。気のせいではない。明らかに迅の顔が緩んでいる。ジャムのようにでろでろで、甘ったるい。
「あいつ学校通ってないから昼間一緒にいるんだけど、見てて飽きないの。陽太郎と一緒にゲームして、お昼寝して。ちょっとちょっかいかけると猫みたいにふしゃーって怒るんだ」
 迅は羊羹をもぐもぐと食べつつ、合間にヒュースがいかに愛らしいかを語る。これは、もしかしなくても。
「……えーと、迅」
「ん?」
「なんだか話を聞いてると、お前がヒュースにベタ惚れな気がするんだが」
 もし勘違いだったらすまない、と先に謝るのを忘れない。すると迅はにやりと楽しそうに笑った。
「……バレた?」
「ああ、バレバレだな。その、女の子じゃないのが意外だったけど」
「おれも意外だったよー。でももう好きになっちゃったら駄目なの。目に入れても痛くないし、食べちゃいたいくらいかわいいし、パシリに使われても許しちゃう」
 そう言う迅はとても幸せそうだ。苦労人な男だから幸せになってほしいと思ってはいたが、年相応の恋を謳歌しているらしい。
「まあ、お前は尽くすタイプだとは思ってたが」
「うん。もー尽くしまくり。超幸せ」
「それならなによりだ……」
 迅は羊羹を食べ終わり、他にもどんなのあるか確認していい? と断りを入れてから紙袋の中を検め始めた。
「ふんふん、豆饅頭、小倉羊羹、きんつば、白あんの饅頭……ヒュース白あん食べたことないかも。取っておいてあげよう。あ、栗羊羹もある」
 なんだか献身が過ぎる気がする。そこまで迅を虜にする魅力がある男なのだろうか。
「……その、告白とかはしたのか?」
「え? もうとっくにしたよ。今付き合ってる」
「いつの間に!?」
「いやあ、ヒュースって玉狛の秘蔵っ子だったからさ。言えなくて。ほんとうはザッキーにも言いたかったんだよ?」
「あ、ああ……なるほど……」
 いやしかし、一体いつから付き合っているのだろう。あの迅が。あの、迅が。
 柿崎も十九歳の男。恋愛話に興味がないと言えば嘘になる。
「……告白は、どっちから?」
「もちろんおれ。好きです付き合ってくださいって言ったよ」
「で、すぐにオッケーもらったのか?」
「ううん、殴り飛ばされた。ふざけているのかって」
「殴っ……!?」
「すごい痛かったよ。腫れずっと引かなかったもん」
 迅はその時のことを思い出したのか、自分の頬を撫でる。
「……そこからよく付き合えたな」
「何回も告白してデートして貢ぎ物して、ようやくね。『金輪際女の尻を触らないなら付き合ってやらんこともない』って言われた時にはもう飛び上がっちゃったよ」
「その、ヒュースはお前のこと好きなのか? あんまりにお前がしつこいから折れたとか……」
「あーその心配はないない。最初に殴ってきたのも照れ隠しってわかってたし、素直になれてないだけっていうのは明らかだったから。ちゃあんとおれのこと好きだよ、あの子」
「そうか、それは……よかったな」
 相手も迅を想っているというのなら、友人としてこんなにも喜ばしいことはない。柿崎は素直に本心を述べた。
「最近はおれに勝とうと一生懸命でさ、ヒュースのほうから色々と仕掛けてきてくれんの。真面目なところが出ちゃってるんだよねー」
「色々?」
「んー? 抱きついたりキスしたり、まあ色々。全部返り討ちにしてるけど」
 あっさりとそんなことを言うものだから、柿崎は目の前の男の恋愛偏差値が知りたくなった。知る限り迅は特定の人と付き合ったことはない。なのにどうしてそんなにヒュースに対して優位を取れるのだろう。
「返り討ちって、どういう……」
「抱き締め返して耳元で囁いたり、キスはもっと深いのしたり。あとはここでは言えないようなことも諸々」
「……迅……」
「だってヒュースがかわいいんだもん。盛り上がっちゃって」
 つまりは夜の生活のことだろう。柿崎はこほんと咳ばらいをした。
 その時、リビングのドアがガチャリと開いてヒュースが入ってきた。
「ただいま。……貴様は、柿崎、か?」
「初めましてだな、ヒュース。迅と約束してたんだ。余ってる和菓子がたくさんあるから貰ってほしいって」
「和菓子だと……?」
 ヒュースが眉を動かして、迅の隣に座る。そして迅が手渡した紙袋を漁って、彼にこれはなんだと説明を求める。確かヒュースはカナダ人だったはずだ。和菓子に馴染みがないのだろう。
「これはきんつば。餡子入っててうまいぞー」
「きんつば……。ん……うん、悪くない」
 ヒュースがきんつばの包装を破って、大きなひと口でばくりと食べる。
「確かに、迅の言った通りだ。食わせ甲斐ありそうだ」
「だろ?」
「……何を言った?」
 きんつばを飲み込んだヒュースがこちらを見る。
「ヒュースのもの食ってるところがかわいいって話してたの」
「……な!?」
 ヒュースの顔がぼんっ! と赤くなる。かわいいと言われたことが恥ずかしかったらしい。
「貴様、そういうことは言うなと何度もっ……!」
「えーだってかわいいのは事実だろ?」
「かわいくないっ!」
 彼は迅をぼこぼこと叩く。音からしてかなり痛そうなのに、迅は嬉しそうだ。もしかしたらМなのかもしれない。友達のそんな性癖は知りたくなかったと思ってしまう。
「かわいいよ。世界で一番かわいいっていつも言ってるだろ?」
「~~~~っ!」
 ヒュースの手が大きく振りかぶって、迅の頭に拳骨を叩き込む。ゴン! とひどく重い音が部屋に響いた。
「……柿崎」
「あ、ああ」
「今こいつが言ったことは全て忘れろ。いいな?」
「えーと……」
「いいな?」
 ぎろりと蛇のような目で睨まれて、こくこくと頷く。ヒュースはいくつかの和菓子を手に取り、部屋で食べると言ってリビングを去ってしまった。
「いたたた……容赦ないなあ、あいつ」
「大丈夫か……?」
「ん-、トリオン体だからなんとか。生身だったらたんこぶできてたな」
「あれを照れ隠しって言えるお前は凄いと思うぞ……」
「えー、ヒュースふたりの時は案外デレデレだからさあ。この前なんか──」
「待ってくれ迅、まだ続くのか……?」
 柿崎はこの時、迅のヒュース語りが何時間にも及ぶものであるということを知らなかった。彼が玉狛支部を出る頃には、すっかり夜も更けていたという。

 翌日。迅に渡したものと同じ和菓子たちを、弓場に渡す。
「助かるぜ、帯島がこういうの好きだからなァ」
「よかった。昨日迅にも渡したんだ。ヒュースが喜ぶからって嬉しそうだった」
 そう言うと、突然弓場ががしっ! と両肩を掴んできた。
「国治ァ……まさか聞いたのか、迅のヒュース語り……」
「あ、ああ……。もしかして、お前も?」
「……何時間だった?」
「四時間……」
「俺ァ五時間だった……。迅があんまりにも幸せそうだったから止めるのも忍びなくてなァ……」
 彼の顔に疲労が浮かぶ。弓場は優しい男だ。長い時間付き合ってやったのだろう。
「気持ちはわかるぞ、あいつ苦労人だもんな……。なんか恋愛してる姿が嬉しくなって……」
「ああ……だが今度聞かされる時は生駒と嵐山も巻き込むぞ、人数増えりゃ時間も減る可能性があるはずだ……!」
「そう、だな、そうしよう……」
 そんな会話がなされていた同時刻、生駒と嵐山が盛大なくしゃみをして悪寒を感じたらしいが、どうしてかはふたりが知る由もないのだった。
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