Show me love!

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 ──その特異点は、中央に大きなハートの像を掲げている城があった。
『ようこそ、カルデアのお方。ずぅっとお待ちしておりましたよ? 貴方がどんな英霊を連れてきてくれるのか、私楽しみで夜も眠れなかったのですから』
 特異点全体に、少女の声が響く。それと同時に城門が開いた。
『どうぞ中へ。襲ったりなんて野暮なことはいたしません』
「……どうする、マスター?」
 沖田オルタがマスターの意見をたずねる。レイシフトしたサーヴァントは彼とグレイ、パーシヴァルの三人だ。
「……行ってみよう。相手と交渉できるかもしれない」
 マスターの言葉に全員が頷いて城の中へと入っていく。パーシヴァルは辺りを系刑しながら、やけに甘ったるい香りがする場所だと感想を抱いた。

「ようこそいらっしゃいました、カルデアのお人」
 城主だと名乗る少女は、可憐という印象を受けた。武器も振るうことができなさそうな細い腕。だが相手もサーヴァントである。見た目に惑わされてはいけない。沖田オルタとグレイとパーシヴァルは武器に手をかけた。
「ああ、どうか殺気を出されないで。それはどうか本番に取っておいてくださいませ」
「……本番って?」
 マスターがたずねる。少女はふ、と笑って、その紫の瞳を細めた。
「ここで、私とひとりずつ一騎打ちをしていただきたいのです。私を倒せれば聖杯はお渡ししましょう」
「……ふむ、話が早くて助かる」
 沖田オルタが煉獄を構える。だが、その瞬間。
 ぶわりと、強い魔力で辺りに風が生まれた。あまりの強風に目を開けていられない。
「ッ!? どういうことだ……!? これは神霊並みの魔力……。お前、一体どこの英霊だ」
 聖杯の力にしたって異常だ。沖田オルタは彼女を睨みつけてまた煉獄を構える。
「マスター、拙の後ろに!」
「うん!」
「私は聖杯に願いました。『その人が獲得している恋心がそのまま力になる世界が欲しい』、と。すなわちここでは『どれだけ強い恋心を得ているか』で魔力の量と質が変わります」
「……はァ!?」
「ふふ、少女らしい願いでしょう? 恋をしたことのない、剣が形になったようなお方」
 少女の目が一瞬緑色に変わる。値踏みをするようなその瞳に、パーシヴァルは少女が『その人がどんな恋心を得ているか』を視覚情報として知ることができるのだと考えた。
「……夢見る少女の、まさに夢だな。生憎と私には関わりのないものを」
「生前、私は沢山の愛を得ました。けれど──ついぞ、恋はしなかった。だから、恋を知りたいのです。恋に恋い焦がれているのです。英霊は恋よりも愛を求める。それが残念で仕方ない。愛では駄目なのです。私はもっと自分勝手で、身を焦がすような溢れる想いを見たい」
「こ、恋……拙はそういったことには……」
 グレイが顔を真っ赤にして俯いている。確かに彼女には色恋に長けているイメージはない。
「どんな英霊を召喚しても構いません。ですが私は『恋』という概念そのものに恋しています。それを簡単に超えることはできませんよ? さあ、私に恋心を晒してください。味あわせてください!」
「少女よ、それは違う」
 沖田オルタが冷静な声で少女をたしなめる。
「私は恋を知らない。けれど、大切な気持ちは簡単に他者に晒されていいものでも、玩具にされてもいいものではないということだけはわかる」
「あら、まあ怖い」
 そう言って少女は小さなナイフを取り出して沖田オルタに投げた。それは音速を超えて、咄嗟に受け止めた彼女を壁際まで吹っ飛ばした。
「ぐっ!?」
「沖田オルタ!」
「これは……厄介だ、マスター。あの少女は『愛は駄目』だと言った。なら神に愛されてるサーヴァントなどは強化の対象に入らないということだ。どうしたものか……」
 聖杯がこの特異点を作っている以上、ルールは絶対だ。沖田オルタとグレイは恋をしたことがない。ならば────。
「パーシヴァル!」
 名前を呼ばれて、マスターの元へ馳せ参じる。
「ここに」
「令呪を以て命ずる! ──『思いっきりイチャついていいよ』!」
 彼がそう言った瞬間。パーシヴァルの身体から高濃度の魔力が溢れ出した。手のひらを見ると、腕に海のような青のオーラが纏わりついている。
「……ふふ、バートの愛はこんな美しい色なんだね」
 パーシヴァルは嬉しそうに微笑んだ。少女のほうを見ると、彼女はあまりのパーシヴァルの魔力量にガタガタと震えていた。
「な、なによその魔力……! なんで今まで私が気づかなかったの!?」
「いやあ、最近パーシヴァルの惚気がすごくて苦情が来たから、令呪で縛ってたんだよね」
 マスターが頭を搔きながら言う。貴重な令呪を使わせたのは申し訳ないが、バーソロミューへの想いは簡単に我慢できるものではないのだ。
「どうやら貴方の特異点と私はとても相性がいいようだね。では、お望み通り一騎打ちを」
「っ、誰よ! そんなに貴方を好きなのは誰!? 妖精!? 神霊!? 魔女!? それとも名高い英雄の誰か!?」
 少女はヒステリックに叫ぶ。自分の恋心より大きなものがあることが信じられないらしい。
「私に恋をしているのは名高い英霊だよ、レディ」
「ならその人を教えて! その人に恋をしてもらえれば、私はきっと────!」
 その言葉で少女の真意を理解する。彼女は誰かに想いを向けてほしかったのだ。自分勝手で止められない、嵐のような想いを。
「恋はしたくてするものではないよ。堕ちるものだ。まるで青く美しい海に投げ出されたかのようにね」
 パーシヴァルは聖槍を構える。
「その英霊の名はバーソロミュー・ロバーツという。とても頼りがいのある素晴らしい英霊だ」
「……は?」
 少女の口がぽかんと開く。パーシヴァルの言葉が理解できなかったらしい。
「バーソロミュー……バーソロミュー・ロバーツ? ちょっと待ってくださる? 今聖杯に聞くから……」
 少女が後ろを振り向く。なんだが妙な空気になってきた。
「ハァ!? 十七世紀に生きた『最後の海賊』!? なんの神秘も持ってない英霊くずれじゃない! なんでこんなのの恋に負けるのよ、ありえない! ちょっと聖杯、貴方バグを起こしているんじゃなくて!?」
 少女の言葉に頭がすぅと冷えていく。彼を貶め、彼の恋心をもパーシヴァルの前で否定することは、バーソロミュー本人にだって許されることではないのに、少女はそれをしてしまったのだ。
「あ、やば」
 マスターが呟く。聖槍の穂先に光が収束する。少女はそれに気づいて咄嗟に防御の姿勢を取った。
「ま、待って! 聖杯ならあげるから、助けて────」
「レディ、彼の想いを否定したのが間違いだった。バートは誰よりも私に心を寄せて恋してくれているのだから」
 パーシヴァルは持っている魔力を、最大限聖槍に込める。この魔力がバーソロミューの恋の証しだというのなら、彼女にぶつけてわかってもらうしかない。
「私が得ている恋は、世界で最大の海賊のものだ。心に貴賤などないが、恋に夢見ているだけの貴方に勝ち目はない。私のような無骨な男でもいいから、実際に恋をすることをおすすめするよ」
 そうして、全力で聖槍を穿つ。その日、特異点の中央に座していた大きな城は、たった一撃で四分の三が大破した。

「────で、もうすごかったんだよ。その後出てくる敵も全部一撃! グレイと沖田オルタが手もち無沙汰になっちゃってさ」
「…………」
 バーソロミューはこくりと紅茶を飲む。つい先ほど修復した特異点の様子を話させてほしいとマスターに言われて話に付き合ってみれば、『得ている恋心によって強さが変わる』特異点でパーシヴァルが無双した話だった。
「パーシヴァルがバーソロミューのこと大好きだったのは知ってたけどさ、バーソロミューもパーシヴァルのこと大好きだったんだな~って思ったよ! だって一撃で城がほぼ全壊だよ!?」
「……マスター、私はいつまでこの話を聞いていればいいのかな?」
「それでね、特異点が終わるまでパーシヴァルには頑張ってもらってたんだけど、今まで令呪で縛ってた分が溢れちゃったのか、ずーっとバーソロミューのこと話してて、俺今胸やけがひどいんだ!」
「……それは、ごめんね?」
「で、パーシヴァル出ずっぱりだったから一応今医務室でおかしいところないかチェックしてもらってるんだけど、それが終わったら頑張ったで賞ってことで三日間お休みにしたから! バーソロミューと一緒に!」
「っはあ!? ちょっと待ってくれ、マスター! 三日は無理だ、私が死ぬ!」
 令呪でバーソロミューへの想いを縛られていた──直接的に言ってしまえば欲求不満状態だったパーシヴァルと三日も一緒にいたら、絶対に腰と喉が死ぬ。ぐちゃぐちゃにされる。
 バーソロミューは急いで立ち上がり、紅茶のカップを返却口に置いた。
「マスター、私は今からちょっと隠れるから、パーシヴァルには私は見ていないと言って────」
「バート」
「ヒッ」
 振り返ると、にこにこと爽やかな笑顔を浮かべるパーシヴァルがいた。爽やかなのに、なぜか怖い。
「マスターと話をしていたということは、休暇の話は聞いたね?」
「あー……うん、その、折角お休みをもらったし、メカクレ美少女が出てくるアニメでも見ようかと──」
 そう言って逃れようとしたが、パーシヴァルはバーソロミューの手を取って口づける。
「今回のレイシフト──とても、とても頑張ったんだ。貴方に褒めてほしくて、一生懸命槍を振るった」
「うん、それは聞いたけれど……頑張ったね?」
「マスターがわざわざ休みを合わせてくれたのだから、是非一緒にいたいと思って」
「ぱ、パーシー……いや、それはその、私の勘がね? 三日は駄目だって言ってるんだ。死ぬから、絶対に死ぬから!」
「貴方からの恋心、確かにこの騎士パーシヴァルの胸に。……であれば、次は私が想いを伝える番だ」
 そう言ってパーシヴァルはひょいとバーソロミューを抱き上げた。周囲のサーヴァントがまたあいつらイチャついてるぞ! とブーイングの声をあげる。
「さあ、部屋に行こう、バート。食堂で愛を伝えるのはあまりよくないと私も学んだ。ふたりきりで、部屋でなら構わないだろう?」
「や、待って、パーシー、降ろしてくれっ……!」
「ではマスター、私たちはこの辺りで。休暇をくれたことに感謝を」
「うん、ばいばーい」
「マスター! 恨むからなぁーーーー!」
 バーソロミューの悲鳴が部屋に響く。それから三日彼を見たスタッフとサーヴァントはおらず、四日目に腰に手を当てながらよたよたと歩いている姿が目撃されたとか。
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