腹は八分目まで
腹は八分目まで(過食嘔吐ネタ)
「はい、バーソロミュー」
手渡されたサンドイッチをありがとう、と受け取る。それだけで吐き気がせり上がってきた。ここ数日の自分の体調不良は自覚している。しかしそこまで大きな問題ではなく──何より原因が原因なので、なんとか隠し通していた。しかしこの状況はよくない。マスターがいて、パーシヴァルがいて、アスクレピオスがいる。知られたくない三人が見事に揃ってしまっていた。
大丈夫。食べられる。ほんの少しだけだから胃を圧迫することはない。食べられる、食べられる、食べられる。
自分にそう言い聞かせて、サンドイッチを食んだ。その瞬間。
「っ……!」
せり上がってくる気持ち悪さ。咄嗟にマスターに背を向けて、地面にサンドイッチを吐き出す。
「バーソロミュー!?」
「なんだ、毒か!?」
「いえ、カルデアで作ったです! 毒が混入するはずが……!」
「バート、大丈夫かい!?」
げほげほと咳き込んで、手でマスターたちを制する。やはり無理だった。腹が減っていないみたいなことを言って回避するべきだったのだ。
「バーソロミュー」
アスクレピオスが自分の前に立ち塞がる。
「お前を診察する。口を開けろ」
「……いい、むせただけだ」
「そんなわけがあるか。それを食べる前のお前は明らかに何かに怯えているように見えた。手が震えていたぞ」
「っ……」
「万全の状態でなければ、戦いのときにマスターを守りきれる確率は一気に減る。……それが分からないお前ではないだろう」
マスターを引き合いに出されては何も言えない。バーソロミューは観念して口を開けた。アスクレピオスがライトを使ってバーソロミューの喉の奥を診る。
「アスクレピオス殿、バートは何かの病なのですか!?」
「喉が胃酸で荒れている……。吐いたのは一度や二度ではないな? それに反してお前の魔力は充分にある。口に物を入れようとしただけであの反応。食べることに対して強迫観念があると考えたほうがいい」
「え……」
「精密検査をしたほうがいいが……バーソロミュー、最近食事に関して大きく変わったことは? 食べるもの、量、時間、なんでもいい、教えろ」
「……特に、変化は」
「嘘をつくな」
「最近はよく私と食事を摂っています。食べるものは食堂のものと茶菓子、紅茶が主です。時間も規則正しく、量はむしろ少ないくらいで心配になるほど……」
アスクレピオスはその言葉を聞き逃さなかった。
「その『少なすぎる量』というのは、バーソロミューが言っていたのか?」
「いえ……」
「ではお前の主観だな?」
「は、はい」
「……そういえばお前たちは最近恋仲になったんだったか、チッ、手間のかかる……」
医神はびしりとパーシヴァルを指差す。
「パーシヴァル。バーソロミューに食事をたくさん摂るようにすすめたりしたか?」
「ええ。彼にもっと体力をつけてほしいと思ったので……」
「バーソロミューはそれに応えたか?」
「はい、最近は、特に」
「大馬鹿者! それが原因だ!」
アスクレピオスの怒号が辺りに響く。ああ、バレてしまった。彼には知られたくなかったのに。
「過食による吐き癖がついている。サーヴァントの身でありながらこんなことが起きるなど、よほどの量を食らわせたんだろう!」
「っ……」
「お前もだ、バーソロミュー! おおかた恋人の頼みを聞けずに盛られた分だけ食べたのだろうが、片方が重荷を背負う関係を良好な恋人関係とは呼べん!」
「それ、は」
付き合う前は断れていた。けれど、付き合ってからパーシヴァルの笑顔が見たいと思ってしまって、つい大盛りの食事を受け取ってしまったのだ。それをこっそりと吐き出して、素知らぬ顔でまた食べる。だんだんとそれを繰り返すうちに、物を口に含むだけで吐き気をもよおすようになってしまったのだ。気づいたときにはもう遅い。誰にも相談することができずに、バーソロミューは今日まで吐き気を隠していた。
「医師命令だ、お前たちはしばらく近づくな! バーソロミューはこちらで食事指導をする。ゆっくりと重湯を食べるところからだ。いいな!」
「……マスター、私は一足先に戻ります」
パーシヴァルの表情は見えなかった。彼は走り出して、帰還場所へと向かう。
「待ってくれ、パーシー!」
「おい、近づくなと言っただろう!」
アスクレピオスの声を無視して彼を追いかける。違う、彼のせいではないのに。今彼をひとりにしたら、なにをするかわからなかった。
「パーシー!」
カルデアの廊下で彼に通せんぼする。パーシヴァルの行きそうなところはわかっていた。懲罰部屋だ。バーソロミューはそれに当たりをつけて先回りをしたのだ。
「……バート、私に近づいてはいけない」
パーシヴァルは俯いていて、表情がわからない。けれど自分を責めているのは明らかだった。
「君が懲罰を受ける意味はない! 私が断り切れなかったのが悪いんだ!」
「……いいえ、全て私の咎です。貴方を病に冒させるなど」
「そんな大したものじゃない、大丈夫だから……」
「……貴方がよくても!」
パーシヴァルの大声に肌がびりびりと震えた。
「私が、私を許せない! この世で何より大切な貴方に無理をさせて、吐くまで食べさせて、苦しませた! 死で贖っても贖い切れない最悪の行いだ!」
パーシヴァルは今にも泣きそうな顔をしていた。そんな顔をさせたかったわけではないのに。
「……貴方を傷つけてしまった。それは、変えようのない事実です……。どうか、私を許さないで……」
「パーシー……」
「こんな、こんな私では、貴方の隣にいる資格などない。もっと貴方のことを考えてくれる人がいる。……どうか、私との関係は解消して」
その言葉を聞いた瞬間、怒りのメーターが急に頂点に達した。バーソロミューぐいとパーシヴァルの胸倉を掴む。
「それでも男か、パーシヴァル・ド・ゲール!」
パーシヴァルが別れを切り出したのなんて初めてだ。今までどんなにバーソロミューが身分や歳の差を理由に別れようと言っても別れなかったのに、こんなことで音を上げるなんて。
「ここまで好きにさせておいて今さら別れるとか、釣った魚に餌をやらないのはどうかと思うぞ!」
「バート……」
「今回のことは私も悪かったんだ、間違えたなら次間違えないようにすればいい! 簡単に諦めるな!」
「おい、今すぐ離れろ!」
ようやく追いついたらしいアスクレピオスがナイチンゲールを連れてこちらにやってくる。そしてパーシヴァルとバーソロミューを引き離し、バーソロミューを医務室のほうへと連れていく。
「一週間は面会謝絶だ、その間にエミヤに栄養学を習っておけ!」
「いいかパーシー、もし別れたらカルデアの公式の記録に『バーソロミューのことが嫌い過ぎてヤリ捨てた男』って嘘を書いてやるからな! 私は本当にやるからな!」
「いいから行くぞ!」
バーソロミューはナイチンゲールに首根っこを掴まれて連行される。パーシヴァルは追いついてきたマスターにぽんと肩を叩かれた。
「別れちゃ駄目だよ、パーシヴァル」
「……そう、だね。彼のことを嫌いだなんて、そんな文言が残るのはあまりにも耐え難い」
「一緒にエミヤのところ行こう。俺も栄養学ちゃんと学びたいからさ」
「ええ、是非」
それから数か月後、パーシヴァルはクロテッドクリームをたっぷりとつけたスコーンを食べるバーソロミューを見て一筋の涙を零したらしいが、それはバーソロミューしか知り得ない秘密だった。
「はい、バーソロミュー」
手渡されたサンドイッチをありがとう、と受け取る。それだけで吐き気がせり上がってきた。ここ数日の自分の体調不良は自覚している。しかしそこまで大きな問題ではなく──何より原因が原因なので、なんとか隠し通していた。しかしこの状況はよくない。マスターがいて、パーシヴァルがいて、アスクレピオスがいる。知られたくない三人が見事に揃ってしまっていた。
大丈夫。食べられる。ほんの少しだけだから胃を圧迫することはない。食べられる、食べられる、食べられる。
自分にそう言い聞かせて、サンドイッチを食んだ。その瞬間。
「っ……!」
せり上がってくる気持ち悪さ。咄嗟にマスターに背を向けて、地面にサンドイッチを吐き出す。
「バーソロミュー!?」
「なんだ、毒か!?」
「いえ、カルデアで作ったです! 毒が混入するはずが……!」
「バート、大丈夫かい!?」
げほげほと咳き込んで、手でマスターたちを制する。やはり無理だった。腹が減っていないみたいなことを言って回避するべきだったのだ。
「バーソロミュー」
アスクレピオスが自分の前に立ち塞がる。
「お前を診察する。口を開けろ」
「……いい、むせただけだ」
「そんなわけがあるか。それを食べる前のお前は明らかに何かに怯えているように見えた。手が震えていたぞ」
「っ……」
「万全の状態でなければ、戦いのときにマスターを守りきれる確率は一気に減る。……それが分からないお前ではないだろう」
マスターを引き合いに出されては何も言えない。バーソロミューは観念して口を開けた。アスクレピオスがライトを使ってバーソロミューの喉の奥を診る。
「アスクレピオス殿、バートは何かの病なのですか!?」
「喉が胃酸で荒れている……。吐いたのは一度や二度ではないな? それに反してお前の魔力は充分にある。口に物を入れようとしただけであの反応。食べることに対して強迫観念があると考えたほうがいい」
「え……」
「精密検査をしたほうがいいが……バーソロミュー、最近食事に関して大きく変わったことは? 食べるもの、量、時間、なんでもいい、教えろ」
「……特に、変化は」
「嘘をつくな」
「最近はよく私と食事を摂っています。食べるものは食堂のものと茶菓子、紅茶が主です。時間も規則正しく、量はむしろ少ないくらいで心配になるほど……」
アスクレピオスはその言葉を聞き逃さなかった。
「その『少なすぎる量』というのは、バーソロミューが言っていたのか?」
「いえ……」
「ではお前の主観だな?」
「は、はい」
「……そういえばお前たちは最近恋仲になったんだったか、チッ、手間のかかる……」
医神はびしりとパーシヴァルを指差す。
「パーシヴァル。バーソロミューに食事をたくさん摂るようにすすめたりしたか?」
「ええ。彼にもっと体力をつけてほしいと思ったので……」
「バーソロミューはそれに応えたか?」
「はい、最近は、特に」
「大馬鹿者! それが原因だ!」
アスクレピオスの怒号が辺りに響く。ああ、バレてしまった。彼には知られたくなかったのに。
「過食による吐き癖がついている。サーヴァントの身でありながらこんなことが起きるなど、よほどの量を食らわせたんだろう!」
「っ……」
「お前もだ、バーソロミュー! おおかた恋人の頼みを聞けずに盛られた分だけ食べたのだろうが、片方が重荷を背負う関係を良好な恋人関係とは呼べん!」
「それ、は」
付き合う前は断れていた。けれど、付き合ってからパーシヴァルの笑顔が見たいと思ってしまって、つい大盛りの食事を受け取ってしまったのだ。それをこっそりと吐き出して、素知らぬ顔でまた食べる。だんだんとそれを繰り返すうちに、物を口に含むだけで吐き気をもよおすようになってしまったのだ。気づいたときにはもう遅い。誰にも相談することができずに、バーソロミューは今日まで吐き気を隠していた。
「医師命令だ、お前たちはしばらく近づくな! バーソロミューはこちらで食事指導をする。ゆっくりと重湯を食べるところからだ。いいな!」
「……マスター、私は一足先に戻ります」
パーシヴァルの表情は見えなかった。彼は走り出して、帰還場所へと向かう。
「待ってくれ、パーシー!」
「おい、近づくなと言っただろう!」
アスクレピオスの声を無視して彼を追いかける。違う、彼のせいではないのに。今彼をひとりにしたら、なにをするかわからなかった。
「パーシー!」
カルデアの廊下で彼に通せんぼする。パーシヴァルの行きそうなところはわかっていた。懲罰部屋だ。バーソロミューはそれに当たりをつけて先回りをしたのだ。
「……バート、私に近づいてはいけない」
パーシヴァルは俯いていて、表情がわからない。けれど自分を責めているのは明らかだった。
「君が懲罰を受ける意味はない! 私が断り切れなかったのが悪いんだ!」
「……いいえ、全て私の咎です。貴方を病に冒させるなど」
「そんな大したものじゃない、大丈夫だから……」
「……貴方がよくても!」
パーシヴァルの大声に肌がびりびりと震えた。
「私が、私を許せない! この世で何より大切な貴方に無理をさせて、吐くまで食べさせて、苦しませた! 死で贖っても贖い切れない最悪の行いだ!」
パーシヴァルは今にも泣きそうな顔をしていた。そんな顔をさせたかったわけではないのに。
「……貴方を傷つけてしまった。それは、変えようのない事実です……。どうか、私を許さないで……」
「パーシー……」
「こんな、こんな私では、貴方の隣にいる資格などない。もっと貴方のことを考えてくれる人がいる。……どうか、私との関係は解消して」
その言葉を聞いた瞬間、怒りのメーターが急に頂点に達した。バーソロミューぐいとパーシヴァルの胸倉を掴む。
「それでも男か、パーシヴァル・ド・ゲール!」
パーシヴァルが別れを切り出したのなんて初めてだ。今までどんなにバーソロミューが身分や歳の差を理由に別れようと言っても別れなかったのに、こんなことで音を上げるなんて。
「ここまで好きにさせておいて今さら別れるとか、釣った魚に餌をやらないのはどうかと思うぞ!」
「バート……」
「今回のことは私も悪かったんだ、間違えたなら次間違えないようにすればいい! 簡単に諦めるな!」
「おい、今すぐ離れろ!」
ようやく追いついたらしいアスクレピオスがナイチンゲールを連れてこちらにやってくる。そしてパーシヴァルとバーソロミューを引き離し、バーソロミューを医務室のほうへと連れていく。
「一週間は面会謝絶だ、その間にエミヤに栄養学を習っておけ!」
「いいかパーシー、もし別れたらカルデアの公式の記録に『バーソロミューのことが嫌い過ぎてヤリ捨てた男』って嘘を書いてやるからな! 私は本当にやるからな!」
「いいから行くぞ!」
バーソロミューはナイチンゲールに首根っこを掴まれて連行される。パーシヴァルは追いついてきたマスターにぽんと肩を叩かれた。
「別れちゃ駄目だよ、パーシヴァル」
「……そう、だね。彼のことを嫌いだなんて、そんな文言が残るのはあまりにも耐え難い」
「一緒にエミヤのところ行こう。俺も栄養学ちゃんと学びたいからさ」
「ええ、是非」
それから数か月後、パーシヴァルはクロテッドクリームをたっぷりとつけたスコーンを食べるバーソロミューを見て一筋の涙を零したらしいが、それはバーソロミューしか知り得ない秘密だった。
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