鎖は何のために

鎖は何のために

 意識が浮上して、無意識で腕を動かそうとする。すると、じゃらりと音がして身体の自由がきかないことに気づいた。
「…………」
 状況を確認する。ここは自室ではない。どうやら洞窟のようだ。その壁に、鎖で縫い付けられているらしかった。
 マスターはいない。パーシヴァルもいない。自分が意識を手放す前に何をしていたか思い出そうとすると、頭に霞がかかった感覚がする。
 恐らく、捕らわれているのだろう。首謀者は誰か。何のためにバーソロミューを捕らえたのか。判断するにはあまりにも情報が少なかった。
「あ…………」
 チカ、と視界に何か光るものが見えた。それは宝石と金貨の山。ありきたりなお宝だ。けれど自分は海賊で、だからそんなものに惹かれてしまって、無理だと思っても手を伸ばしてしまった。
「っ……!」
 鎖の拘束は固く、どれだけ力を入れても緩まることがない。見れば、この洞窟には沢山の財宝が置いてある。これら全てを手にすることができたら、どんなに。
「くそっ、離せ……!」
 じゃらじゃらと鎖の音が洞窟に響く。そして、バーソロミューは財宝の山の頂に、金の杯があることに気づいた。
「聖杯……!」
 欲しい。万能の願望機。あれがあればなんだってできる。メカクレのハーレムを作ることだって、愛しい人の隣にいても胸を張れるくらいに霊基を強化することだって、なんでも。
 欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい!
 それは普段のバーソロミューからしたら有り得ない行動だった。彼は情熱的ではあるが、常に冷静に状況を把握する力に長けている。それがレイシフト先なら尚のこと。だが──今、彼はどうしようもなく『欲望』に囚われていた。
 バーソロミューは憑りつかれたように拘束から逃れようとする。けれど鎖は強く、強くバーソロミューを締めつけて離さない。それはバーソロミューにとっては邪魔でしかなかったが、彼を捕らえるというより、彼を守り、抱き締めているように。
「離せ、離せっ!」
 行ってはいけないとバーソロミューを止めるように、拘束が強まる。白の鎖は、決してバーソロミューを行かせない。
 なんなんだ、この鎖は。こんなにも邪魔なのに、どうして、こんなにもあたたかく感じる?
「バーソロミュー!」
 向こうのほうからバーソロミューを呼ぶ声がする。バーソロミューはその声で正気に戻った。今、自分は一体何をしていた?
「バーソロミュー、大丈夫!?」
 聖杯があるひらけた場所、その向こうにマスターとアルトリア・キャスター、メディアリリィ、巌窟王モンテクリストが立っていた。
「マスター、それ以上行ってはいけません。ここ、強い魔術がかかっています。幻視と……理性をなくさせるものが」
 メディアリリィが一歩踏み出そうとしたマスターを止める。理性をなくさせる魔術。先程あんなにも宝を求めたのはきっとそのせいだ。
「っ……待ってて、今助けるから!」
「いえ、なにかがおかしいです、マスター。それだけじゃない。霊基を溶かす位の毒が大気になって蔓延してるんです。ここから一歩でも出たら、パーシヴァルのように相当なダメージを負うはずです。バーソロミューさんはその中心にいるはずなのに、ダメージがほとんどないんです!」
 アルトリア・キャスターが魔術を編みながらそう言う。きっと毒から身を守るためのものだろう。
 パーシヴァル。恋人の名前を出されて、バーソロミューはようやく意識を手放す前のことを思い出した。
 マスターたちとレイシフトをして、聖杯があるという魔術師の工房である洞窟に行って、そこで戦闘をして。
 毒使いであった魔術師が、今わの際に強力な魔術を発動させ、辺りに毒を撒き散らしたのだ。バーソロミューはそれに巻き込まれそうになった。
 それをパーシヴァルが咄嗟に庇い、彼は爆発に巻き込まれた。そして、バーソロミューに手を伸ばして──。
『藤丸くん、聞こえるかい!? そこにわずかだけどパーシヴァルの霊基反応があるんだ! 回復魔術をかけても彼が回復しない原因があるかもしれない!』
「っ……!」
 バーソロミューは自分の身体を抱き締めている白の鎖を見る。バーソロミューを毒から守っている、あたたかなそれ。これがきっとパーシヴァルの霊基の欠片なのだ。きっと彼は何かの力を使って、自分の霊基を鎖に変えてバーソロミューを守らせたのだ。
「……お姫様扱いをするなと、いつも言っているのに、君ってやつは」
 ゆっくりと、恋人に話しかけるように鎖に言葉を投げる。きっとこれの元はパーシヴァルの鎧か、盾なのだろう。
「大丈夫だよ。もう仲間が助けに来てくれたから。とりあえず鎖はやめてもらっていいかな」
 すると、どんなに力を入れてもバーソロミューを離さなかった鎖が、緩くなっていく。鎖はバーソロミューの身体に溶けて、淡い光を纏わせた。
「まだ守ってくれるのかい? 君は心配性だなあ」
 自分の回復よりもバーソロミューの心配をするなんて、本当に困った男だ。
「マスター! 私は大丈夫だ、守護騎士の加護があるからね!」
 一歩踏み出すと、それを阻むように巨大なゴーストが現れる。
「みんな、戦闘準備!」
「道を拓きます!」
 アルトリア・キャスターが巌窟王に魔術をかける。彼は底上げされた魔力でゴーストの右腕に恩讐の炎を叩きつける。
「ぬうっ!」
 だが、堅い。ダメージを与えるどころか、触れたところから巌窟王に呪いが伝播しているように見える。魔術師の工房に巣食っているということは、先程倒した魔術師の残留思念のようなものなのだろう。
「こちら、ヘカテ―の恵みです!」
 メディアリリィが杖を振るい、巌窟王の呪いを消し去る。彼は一度引いて、マスターの横に降り立った。
「巌窟王!」
「わかっている」
 巌窟王の炎が一段と燃え盛る。きっと宝具を撃つ気だ。流石、カルデアで一番聖杯を捧げられているサーヴァントはマスターとの以心伝心が一流だ。
「バーソロミュー! どうにかして俺のところまで来れる!」
「やってみるさ、マスター!」
 バーソロミューは駆け出した。ゴーストがそれに気づいて腕を振るう。それを銃で対応するが、遠隔攻撃の呪いには対応しきれない。
「くっ……!」
 だが、そう思ったその瞬間、巌窟王が一瞬でバーソロミューの前に移動し、呪いを弾き飛ばした。
「……お前は、空に求められたのだな」
「へ?」
 彼の言っていることがわからない。いや、巌窟王は語彙が難解なのだ。わかるほうがおかしい。
「覚悟しろ。星であれ、空であれ──己よりも遥かなものに愛を注がれては、建前や矜持は塵のように消える」
「……すまない、言っている意味が」
「フ。……ただの戯言だ、気にするな」
 そう言って巌窟王はゴーストと向かい合う。そして恩讐の炎に身を包み──その霊基を巨大爪を主力武器とするものに変えた。
「救世主の山に隠されし伝説、神なき人々が見る絶望。これぞ、浄化の炎なれば! 『星よ、輝きの道を征け(パラディ・シャトー・ディフ)』!」
 そしてゴーストを空中に拘束し──一瞬のうちに接近して、巨大爪で切り裂いた。彼が地面に戻った時、ゴーストは霧となって消えてしまった。
「巌窟王、ナイス!」
「──血の涙を知らぬ者に、復讐の神が微笑むものかよ」
 やはり彼の言葉は理解できない。マスターならわかるのだろうか。そう思いながら、バーソロミューはマスターの元へと走った。
「バーソロミュー、大丈夫!?」
「ああ、私は平気だ──すまない、私が取り残されたばっかりに」
「バーソロミューだって仲間が取り残されたら助けに行くでしょ?」
「どうだろうね。私は合理的に動く人間だから、マスターの利にならないなら捨て置くことを進言するかもしれないよ」
「ふへ、進言だけで最終的には俺に決めさせてくれるんだ」
「……全く、この子は」
「洞窟の浄化、あと三分で完了します!」
「やったー! あれ、でも結局パーシヴァルの霊基反応ってなんだったんだろう……?」
「ああ、それはこれだよ」
 そう言ってバーソロミューはずるりと胸から白の鎖を取り出す。
「わ!」
「え!?」
「彼は戦闘不能になる前、私を毒から守るために霊基を分割したらしい。あの一瞬でそんなことをやってのけるのは、流石円卓の騎士というかなんというか……。多分私が彼の元に戻ればパーシヴァルの霊基も元に戻るだろうから、心配しないで」
「う、うん……。すごいね、パーシヴァル」
「清廉なるものは、時にその純真さで常人が考えつかないことをするものだ」
 鎖を胸にしまって、洞窟を出ようとマスターに促す。彼の霊基が混じった身体は、ひどくあたたかった。

 意識が浮上する。目を開けると、愛しいひとがこちらを覗き込んでいた。
「おはよう。気分はどうかな?」
「バート……」
「傷ついた状態で霊基を分割するなんて! 通信でアスクレピオスが相当怒っていたよ。これは正座で説教コースかな」
「……貴方が毒に耐えられる確証がなかったので、咄嗟に……」
「それをやってのけてしまうんだから恐ろしいよ、君は」
 ゆっくりと起き上がる。どうやらここはまだレイシフト先のようだった。少し向こうの草原でマスターたちが輪になっていた。
「まあでも、助けられたよ。ありがとう」
「私の力は、大切な人を守るためにあると思っているので……なによりです」
「その大切な人は君が傷ついたらとても悲しむってこともわかってほしいかな」
 バーソロミューがパーシヴァルの額に口づけを落とす。この愛しいひとを守れるのならば、なんだってしてしまう気がした。
「私は愚か者だから……わかっていても、また貴方を守ろうとしてしまう」
「じゃあ私は君に守られなくて済むように、霊基を強化するとしよう。夏に頑張ったからマスターに聖杯をねだろうかな」
「ふふ、貴方の霊基が強化されるのは私も嬉しい」
 パーシヴァルもバーソロミューに口づけを返す。それを他の人間に見られていることに気づかないまま、ふたりは身を寄せ合った。

「空と海が、互いを求めるか……」
「むう、また巌窟王がわけわからないこと言ってる」
「クハ、なに、交わらぬものが交わることもある。それがカルデアというものだろうよ」
 復讐者は主人の顔を見て、愉快そうに高笑いをした。
 
 
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