イチャつき禁止令、並びに接近禁止令

イチャつき禁止令、並びに接近禁止令 

「バート、とてもいい写真ができたよ」
 パーシヴァルがにこにこと上機嫌そうに笑いながら、数枚の写真を持ってやってきた。
「おやパーシー。写真? 何か頼んでいたっけ?」
「清少納言殿と鈴鹿御前殿が、私たちの写真を撮ってくれていたんだ。とてもエモ、と言っていたよ」
「ふうん、写真を……待ってくれ、『私たち』?」
 パーシヴァルが写真を机に広げる。すると、そこには。
 手を繋いでいるふたり、パーシヴァルにこっそり耳打ちしているバーソロミュー、パーシヴァルにキスをされてくすぐったそうにしているバーソロミュー、カルデアの人気のない廊下でキスをしているふたり、パーシヴァルの足の間でうたた寝をしているバーソロミュー──つまりふたりの逢瀬の瞬間が切り取られていた。
「~~~~~~っ!?」
 ぶわ、と顔が赤くなる。なんだこれは。いつ撮られていた? 人に見られないようにこっそりと気をつけていたはずなのにどうして? 頭の中でぐるぐると思考が回る。
「ふふ、どれもよく撮れている。貴方の愛らしいところが形に残るのはとても嬉しいな」
「……はっ!? だ、駄目だこんなもの! 今すぐ焼却処分だ!」
 バーソロミューは写真を回収しようとする。が、パーシヴァルが写真を全て大事そうに抱えてしまったのでそれは叶わなかった。
「何を言うんだバート! こんなに素晴らしいものを燃やすなんて!」
「私は伊達男で通ってるんだ! そんなふにゃふにゃの顔が世に残るなんて許せない!」
 パーシヴァルから写真を取ろうとしてジャンプをするが、彼が高く写真を掲げているせいで届かない。
「ていうか、君は恥ずかしくないのか!? 私たちがイチャついているところを写真に撮られて!」
 面子からして、恐らく本当に善意で写真をくれたのだろう。だが、あまりにも恥ずかしすぎる。抱っこされていたり、キスをしていたりする瞬間を見られていたなんて。
「貴方を愛することに恥ずかしさなどあるものか。バートを目にするたびに愛したくなるのを我慢しているほどなのに!」
「なっ……!」
「むしろ清少納言殿と鈴鹿御前殿にお願いして、日常でのバートの愛らしいところを──全てが愛らしいのだが──切り取った写真をアルバムにしていただきたいくらいだ。いや、善は急げと言う。今すぐに頼んでくる!」
 パーシヴァルはそう言って部屋を出ようとする。バーソロミューはがしとその腕を掴んで、ぷるぷると震えながら大声で叫んだ。
「しばらくイチャつくのは禁止だーーーー!」

 そして、次の日の朝。バーソロミューはひとり自室のベッドで目を覚ました。
「ん……」
 隣にいるはずの温もりを求めてぽんぽんとベッドを探る。体温のないシーツをしばらく触って気づいた。そうだ、昨日はパーシヴァルに接近禁止令を出して、一緒に寝なかったのだ。
「…………」
 むくりと起き上がって、狭くないベッドを眺める。別にさみしいなんて思っていない。共寝をするようになってから毎日一緒に寝ていたから体温が隣にないことなんて久しぶりで、会いたくなったなんてそんなことはない。
「……はあ」
 ベッドから起き上がって大きく伸びをする。今日は久しぶりにひとりきりを堪能しよう。さみしさに気づかないふりをして、バーソロミューはそう決意した。

「おや、今日はあの騎士はいないのか? 最近はずっと仲睦まじくしていたが、別行動とは珍しい」とスカサハ=スカディ。「まあ海賊様、今日は白い騎士様と一緒じゃないのかしら?」とナーサリーライム。「つがいはどうした、喧嘩か?」「こらこらお竜さん」と坂本龍馬とお竜。「あれ、パーシヴァルの旦那は? 仲良くしなよ~」と斎藤一。「お前らはイチャつきすぎてネタにできん。どうにかしろ。ところで今日は一緒じゃないのか」とアンデルセン。「愛しいひととはできる時に傍にいたほうがいいと思います……」とブリュンヒルデ。
 会うサーヴァント全員に、パーシヴァルと一緒ではないのかと聞かれてしまって、昼。
「今日はパーシヴァルは昼担当ではないから一緒に食事を摂れると思うが」
 エミヤがそう言いかけたので、バーソロミューは手でストップをかけた。
「いいんだ。いま私たちはお互いのために距離を置いていてね、そっとしておいてくれるかな!?」
 どうしてカルデア中のサーヴァントから常に一緒にいるのが当たり前だと認識されているのか。おかしい。思えば付き合ってからずっと隣にいたが、それをここまで認知されているとは思わなかった。
「ふむ……。喧嘩かね。そういうことなら口出しはしないが、早めの解決をおすすめする」
「忠告痛み入るよ……」
 エミヤから肉じゃがとキャベツの味噌汁を受け取って席を探す。すると、もぐもぐと口を動かしているカルナの隣が空いていた。
「やあカルナ。隣、お邪魔してもいいかな」
「ん……バーソロミューか。構わん」
「ありがとう」
 席に座って両手を合わせる。いただきます、と言って肉じゃがをひと口食んだ。カルナはナスのはさみ揚げらしかった。
「今日はパーシヴァルは一緒ではないのか」
「っ!」
 一瞬、肉じゃがを喉に詰まらせる。まさかカルナにまで言われるとは思わなかった。
「諍いか」
「……今日みんなにそう言われるんだが、私たちってそんな普段から一緒にいるかな?」
「どちらかが視界に入れば、どちらかを目にするな」
「…………」
 恥ずかしい。気づかないうちにずっと傍にいたということか。照れ隠しに箸を進めながら、バーソロミューはいやその、と言葉を吐いた。
「……あまりにも傍にいすぎるので、少し距離を置こうって話になってね」
「そうか。その割にはパーシヴァルがかなり落ち込んでいたが」
 ちらりとカルナが視界を遠くにやる。そこにはパールヴァティ―とイシュタルと村正に囲まれているパーシヴァルがいた。
 その姿を見た瞬間、どうしても抱きつきたくなった。あの体温に溺れて、唇を合わせたい。肌に触れて、甘い声でバートと呼んでほしい。
「っ…………」
 自分の中から溢れそうになる欲求を必死に抑える。距離を置こうと言ってからまだ半日も経っていない。それなのにこの様はなんだ。
「我慢をする必要があるのか」
「大人、だからね……節度ある付き合いというものがあるのさ。なのに彼はところ構わず私とイチャつきたいようだから、怒ったんだ」
 カルナには全てお見通しらしい。全てを吐露すると、カルナはふむ、と相槌を打った。
「己の感情もわからないとは、愚かにも程があるな。世の中には必要な工程というものはあるが、お前のそれは明らかに無駄なものに見える」
「……」
 カルナの言葉の意味を読み取る。『バーソロミューだってイチャつくのは本当は嫌ではないと思っているのでしょう。どうせ離れられないのだから一度喧嘩を介する必要があるのでしょうか? 自分の気持ちに素直になったらいいと思います』──と言ったところだろうか。
「わ、私は伊達男で通ってるんだ。彼の前ではその、情けないというか……気の抜けた顔をしてしまうから、駄目なんだ。それに人前でイチャつくのはよくない」
「お前が見栄を大事にしたいのならそうすればいい。だが、それはパーシヴァルを悲しませてまで守るものか?」
「う……」
 いや、これは悲しませる云々と言うより公序良俗の話なのだが──彼がどれだけ傷ついていたのかを考えると、心が痛む。
 バーソロミューだって、本当はさみしかった。隣に彼がいないだけで落ち着かない。今だって駆け出してあの胸に飛び込みたいのを必死に我慢している。
「……こんな、でろでろに甘くなると思わなかったんだ……私たちってもっとこう、大人な色気漂う感じがウケているはずだし……」
 口から漏れたのは言い訳のような言葉ばかり。
「お前はウケ狙いでパーシヴァルと付き合っているのか」
「違うけど需要ってものがあってだね……というかなんで私は自分の恋愛に需要の有無を!?」
 なんだか見えざるものの意志が介入した気がする。
「違うよ、パーバソはバーソロミューがパーシヴァルにグイグイ来られて悲鳴あげたりしてるとこがウケてるんだよ」
 マスターがビーフシチューをトレイにのせながらそんな言葉を残して通り過ぎていく。
「マスター!?」
 さり気なくカップリング名を言わなかったかあの男。と思っていると、マスターの後ろをオムそばを持ちつつ刑部姫がハアハアと息を荒げていた。
「海の男がお姫様のように扱われてあわあわしてるのもDTなはずの騎士がぐいぐい押せ押せで海賊を陥落させてるのも本当においしいです次の新刊はパーバソですありがとうございます」
「待ってくれ新刊ってなんだ肖像権の侵害で訴えるぞ!」
 バーソロミューの悲鳴をオールスルーしてふたりは去っていく。あとで刑部姫は詰めることにする。
「バーソロミュー。触れたいのなら触れればいい。会いたいのなら会いに行けばいい。愛しているのなら、くだらない見栄で手放すな」
「……ああ」
 バーソロミューは席を立って、パーシヴァルの元へと向かう。彼は楽しげにパールヴァティーと会話をしていた。その横が空いていたので、すとんと座る。
「あら、バーソロミューさん」
「……しばらくの間、近づいてはいけなかったのでは?」
 パーシヴァルがさみしそうな声で言う。そんな顔をさせたいわけではない。
「その……私も少しばかり、大人げなかったと思ったんだ。接近禁止令は終わりにしよう」
 バーソロミューはパーシヴァルに手を差し伸べる。
「仲直りだ、パーシヴァル」
「……! っ、バート!」
 だが──パーシヴァルはそれを飛び越えて、バーソロミューをがばりと抱き締めた。
「きゃ、」
「うおっ」
「ななな、なにしてんのよ!」
「~~~~!」
「眠る前も起きた時も貴方の温もりがなく、心が冬の氷で凍てついたようだった……。何度貴方に会いにいって許しを請おうと思ったことか。私はずっと思っていたより貴方の隣に在ることが当たり前になっていたようだ」
「な、あ、」
 動けないバーソロミューに対して、パーシヴァルはバーソロミューの手を取って、ちゅ、と手の甲に口づける。
「愛しいひと。どうかずっと貴方に触れる許可を。貴方に触れられなければ、この身は愛をどこにもやることができずに死んでしまう」
 そんな甘い言葉を、甘い顔で、甘い声で囁くから。バーソロミューは顔を真っ赤にして叫んだ。
「っ、だからそういうところだって言ってるんだこの純粋無垢騎士!」

「パーシヴァルが加減を覚えない限り、あの攻防は続くだろうな」
 ふたりの様子を見ていたカルナは、いつの間にか隣にいたマスターに話しかけた。
「……つまり?」
「あのふたりはこれからもあの調子、ということだ。ごちそうさま」
「ねえカルナ、それどっちの意味?」
 カルナの皿は、新品のように綺麗だった。
 

 
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