スーツとスーツのマリアージュ

スーツとスーツのマリアージュ (貴方を纏うものは 続き)

「どうかな、パーシー?」
 バーソロミューはくるくると踊るように回って、新しい洋服を見せる。
 カジュアルながらもしっかりとした黒のツーピースと白のニットの装いは、彼によく似合っていた。
「とても素敵だ、バート」
 パーシヴァルは紺のスリーピース──きっといつかの聖杯戦争の時に手に入れたのであろう服だ──を着ながら、にっこりと微笑んだ。バーソロミューに「今日仕上がるのはスーツらしいよ、君もスーツ持っていただろう? 着ていったらミス・クレーンが喜ぶよ」とアドバイスを受けたので、これを着ている。ちなみにミス・クレーンはスーツ姿のパーシヴァルを見た瞬間神に祈りを捧げていた。
「ああっ、バーソロミューさんの洗練された身体にぴったりと、けれども動きを制限することなくフィットするスーツ……! 豪奢な方が固めの印象の服を着ることでしか得られない栄養素があります……!」
 ミス・クレーンはハアハアと息を荒げながらカメラを取り出す。彼女はお代はいらないので、バーソロミューが新しい服を着ている姿を写真に撮りたいと言ってきた。
 バーソロミューはふふん、と笑いながらポーズを取る。自慢げな顔が愛らしい。
「もしよろしければ、そこのソファにパーシヴァルさんも座っていただいて、その上に、その、乗っていただけないでしょうか……! アイドルの写真集のような感じで……!」
「おや、なかなか際どいものを要求するね、いいかい?」
「私は大丈夫だよ」
 パーシヴァルがソファに座って、その膝の上にバーソロミューが乗る。いつも部屋でしている体勢だ。彼は首に手を回して距離を詰めてきた。シトラスのいい香りがふわりと漂う。
「ああっ、最高、最高です! どうかそのまま! ふたつのスーツが重なって、なんて素敵なマリアージュ……! これはメンズ同士でなければ撮れない一枚……!」
 彼女はとてつもなく興奮している。また鼻血を出さないだろうか。そう思っていると、バーソロミューの顔がキスできるくらいに近づく。
「私がこんなに近くにいるのに考え事かい? かわいいひと」
「すまない、愛しいひと」
 バーソロミューの背中に手を添える。ミス・クレーンが言葉にならない悲鳴をあげた気がした。
「ミス・クレーンによると、君とはあえて対称的にしたらしいよ。インナーも白にして」
「貴方は白もよく映える。褐色の麗しい肌が一層美しく見えるよ」
「ふふ、ありがとう」
 バーソロミューは機嫌をよくして、パーシヴァルのメッシュをいじる。その仕草がかわいらしくて──。
「バート」
 条件反射のように頬に手を添えて唇に愛を捧げてしまった。
「んっ……」
「ヒョアァッ!?」
 ミス・クレーンの絶叫が響く。唇を離すと、バーソロミューがこら、と唇に指を当ててパーシヴァルをたしなめた。
「結婚式でもないのに、淑女の前で情熱的なキスをしちゃ駄目だろう?」
「……すまない、スーツを着た魅力的な貴方を前に、我慢ができなかった」
「では取り決めをしよう。おさわりまではオッケー、キスは駄目。……わかったかい、パーシー?」
 バーソロミューがパーシヴァルの顎を掬って言い聞かせる。言葉に起こせない悲鳴と共にフラッシュが焚かれた。正直キスはまだし足りない。もっとやわい唇を味わって、しっかりと着込んだ彼の顔を蕩けさせたい。けれど、今はふたりきりではないのだ。
「……くっ、わかった」
「そんな顔をしないで。あとでたくさんしていいから。さ、ミス・クレーン。他にはどんなポーズをご所望だい?」
「はうっ!? あの、ではパーシヴァルさんがバーソロミューさんの腰を抱いているところを……!」
「……承知しました」
 パーシヴァルはキスをしたい欲望を必死に抑えながら、バーソロミューの腰を抱く。ミス・クレーンが絶叫しながらシャッターを切り続けた。
 はやくふたりきりになりたいと煩悩塗れの頭を振りかぶると、バーソロミューが全てを理解したかのように笑って、額にキスを落とした。
「……キスは、駄目なのでは?」
「駄目なのは君からのキス。私は引き際がわかるからね」
 バーソロミューはそう言って、カメラに見せつけるようにパーシヴァルに抱きつく。パーシヴァルは敵わないな、と思いながら、スーツが皺にならないようにバーソロミューを抱き締め返した。
 パーシヴァルの願いとは裏腹に、撮影会はいつまでも終わる気配を見せなかった。
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