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春を待つ

「遠征艇から連絡です。……え?」
 オペレーターが困惑した声を漏らす。
 何かおかしいことがあったのだろうか。迅の未来視ではこの時間まで見ることができなかった。
「どうした?」
「その……隊員が負傷した、と」
「トリオン体ではなくか?」
「ええ、生身だと思われます」
「負傷したのは誰だ?」
「それが……玉狛第二の、ヒュースだそうです」
「なっ!?」
 その言葉に、城戸を除く上層部全員がざわついた。
 迅も、思わず身を乗り出す。
 おかしい。だってヒュースは、アフトクラトルに帰ったはずで。
 最後にヒュースを見た時、アフトクラトルに戻る背中が見えた。
 だから、何も心配はいらないと、見送ったのに。
「ヒュース、が?」
「アフトクラトルで敵に攻撃を受け、意識が戻らないそうです。遠征艇が戻り次第、受け入れの準備をしてほしいとのことです」
「待て待て、ヒュースはアフトクラトルの人間だろう! 仲間割れか?」
「一度敵国に戻った人間を再びこちらに連れ戻すなど……」
 ヒュース、ヒュース。
 意識が戻らないって、どういうことだ。
 もう二度と会えないと思っていた。でもそれは、自分の知らない世界で幸せに生きていくのだろうと。
 それが、どうして?
「三雲隊長から通信が入っています」
「よし、繋げ」
『三雲です。ヒュースがアフトクラトルで刺されました。今応急手当をしたところです。ヒュースは角のことがあるから一般の病院には入れません、ボーダー内で手配を──』
「待て。ヒュースはアフトクラトルの人間だろう。何故連れて帰る?」
 城戸の冷たい声が響く。
 当然の疑問だ。ヒュースはアフトクラトルに帰る為に遠征に参加したのだから。
『……僕の判断です。ヒュースは、アフトクラトルの連中にやられました』
「それは向こうの内輪もめだろう。こちらには関係ない」
『ヒュースは玉狛第二の一員です! 僕は隊長として、仲間を助けたいんです!』
「ヒュースがこちらに与すると、そう言ったのかね?」
『……いいえ、でも、ヒュースは』
「ならば敵国の人間であることに変わりはない。今すぐ艇から下ろせ」
『できません! ヒュースは、こっちに戻って来なくちゃいけないんです!』
「何故だ」
『ッ……! ヒュースが、』
「現地の隊員は納得しているのか。ヒュースが目を覚まして反旗を翻した時はどうする」
『それは────』
「城戸さん」
「……どうした、迅」
「ヒュースを、こっちに帰してくれ」
「……それは、未来視か?」
「いや、違う」
「……では、何故」
 城戸の視線を、まっすぐに見つめ返す。
「今ヒュースをこっちの味方として受け入れてくれたら、おれはこの先、一生城戸さんに不利益なことをしないよ」
「それは、交渉か?」
「いや、お願い」
 視線が、交差する。
「……黒トリガーになれと言ってもか?」
「喜んで」
 ヒュースをもう一度、抱き締めることができるのなら。
 自分の命を兵器として使うことだって厭わない。
「……その言葉、忘れるなよ」
「ありがとう。……メガネくん、今言った通りだ。こっちで受け入れの準備はする。なんとかして持ちこたえてくれ」
『はい!……あの、迅さん』
「ん?」
『ヒュースが、目を覚ましたら……話をしてやってください。お願いです』
「……わかった」
 なるべく平静を装った声で、そう応える。
 握り締めた拳から血が流れていることに、迅は気づかなかった。
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