春を待つ
はらはら、はらはら。薄い色の花びらが風に揺れる。
『サクラが散っていく』
サクラは散るものなのだと、陽太郎が言っていたのを思い出す。
『もう見ごろも終わりだもんなあ』
『サクラは散ったらどうなる、枯れるのか』
『いや? 葉桜になって、また来年には花を咲かせるよ』
『ハザクラ』
『そう』
緑の葉っぱになるんだ、と迅が指をさす。
その先には、桜の淡い色に混じって、少しだけ緑があった。
『ヒュースは桜好き?』
『嫌いではない。花見も悪くなかった』
『おまえ桜じゃなくて食べてばっかりだったけどね』
でもまあいいや、と迅がつぶやく。
『気に入ったなら、また来年見に来よう。何度でも連れていくよ』
そう言いながら、迅が手を差し伸べる。
馬鹿な男だ。俺はもうすぐアフトクラトルに帰るんだぞ。来年などあるものか。
そう言おうとした。けれど目の前の男が、あまりにも幸せそうに切なそうに微笑むから。
ありもしない未来を、一瞬、考えてしまって。
『……そう、だな』
ふ、と笑みが零れる。迅の手を取って、ゆっくりと歩き出す。
『今日のヒュース、素直で可愛い』
『五月蠅い黙れ』
『うそうそ、いつも可愛いよ』
この男の減らず口はいつまで経ってもなくならない。でも、それを少しだけ心地いいと感じてしまっていることは、秘密にしておこうと思った。